学位論文要旨



No 123134
著者(漢字) 尾川,僚
著者(英字)
著者(カナ) オガワ,リョウ
標題(和) 制度設計、経済動学及び不完備情報
標題(洋) Institution Design, Economic Dynamics and Incomplete Information
報告番号 123134
報告番号 甲23134
学位授与日 2008.02.20
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第228号
研究科 経済学研究科
専攻 経済理論専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神取,道宏
 東京大学 教授 神谷,和也
 東京大学 教授 松島,斉
 東京大学 教授 松井,彰彦
 東京大学 教授 柳川,範之
内容要旨 要旨を表示する

This thesis provides theoretical analyses on matters of institution design in economic dynamics with incomplete information.

Chapter 2 considers when and how "simple" contracts can be optimal in dynamic principal-agent relationships. In designing long-term contract, the principal may find it optimal to make the reward schedule depending on the entire history of agent's past performances, since every each of those performances appears to be very informative about how the agent has made appropriate efforts during the relationship.

However, it is sometimes observed that the reward to the agent depends only on the final outcome. For example, a student's grade in a course quite often depends only on the final exam score, where the performance in the problem sets and the mid-term exam is ignored. The analysis in Chapter 2 shows that such an arrangement can be optimal if the agent's effort in each period has strong persistent effects. It is shown that the optimality of such a simple payment scheme crucially depends on the first order stochastic dominance of the final outcome under various effort sequences.

Study in Chapter 3 sheds light on the design of whole-sale flower markets in Japan. Flower markets are known for the use of descending-auction rule ("Dutch" auction). Japanese markets have also adopted the descending-auction in principle, with a unique modification called "mari" in the market jargon. The principle of "mari" is to allow buyers to apply for purchasing (some part of) the remainder of flowers at the executed price in the previous auction. As it may happen that the number of applicants to "mari" exceeds the number of unsold flowers in which case the flowers are modelled to be randomly allocated, we expect that a certain amount of inefficiency is caused by the use of "mari" rule. On the other hand, "mari" can be seen to contribute for the economy of time: if applications to "mari" rush in, certain amounts of the remainder of flowers are sold off at one time, which would consequently reduce the total number of auctions to be held at the market. The main result of the analysis in Chapter 3 is that the "mari" rule is reasonable: we see from the equilibrium analysis that the loss of efficiency tends to be zero while the number of auctions to be held tends to be one, as the market size increases to infinity.

In Chapter 4 we investigate the value of bicameralism. In changing a nation's fundamental policy from one to another, bicameral system generally requires both chambers to approve the new policy, and if either of the chambers disapproves it then the nation is to stick to status quo policy. Such stickiness of bicameral legislature encounters an interesting situation if the two chambers are elected in different years (as in many of modern bicameral nations including Japan). In such cases it could happen that "the public opinion of last year" rejects "the public opinion of this year", and therefore the government is forced to stick to the status quo policy that appears to lack the current popular support. The analysis in Chapter 4 indicates that bicameralism can be more favourable in the sense that such stickiness contributes to apply the brakes to the failure of current public opinion in the long run.

審査要旨 要旨を表示する

論文審査の結果の要旨

本論文は、制度・組織の設計と評価に関する三つの理論研究からなる。第2章は代理人を複数期間雇って働かせる場合の、最適な業績評価のあり方を論ずる。第3章では、日本の花卉卸売市場で採用されている競売のルールに均衡分析を適応し、その性能を評価する。第4章は、日本や英国で見られる政治形態である二院制の機能を、情報の面から捉えたものである。いずれの研究も、情報の非対称性のもとでの多期間にわたる人間の行動の制御にかかわるものであると同時に、現実に観察される制度・組織の設計に厳密な理論分析を適用するところに特徴がある。

第2章では、多期間にわたって雇用される代理人のパフォーマンスを、もっぱら最終的な結果のみによって評価するのが最適であるのはどのようなときかを明らかにするものである。たとえば、学生の成績評価をする際に、宿題と期末試験の両方が利用できるのに、もっぱら期末試験のみで成績を評価することは広く行われている。研究開発プロジェクト担当者の評価も、開発過程のもろもろの中間的な成果よりも、最終的な結果の如何によることが多い。このような単純な評価の仕方が最適になる条件を、理論的に求めたのが第2章の研究である。最適な報酬体系の設計の基本定理であるHolmstromの十分統計量理論によると、代理人が1期間だけ働くケースにおいては、隠された行動の変化を統計的に検出するために有用な情報すべてに代理人の報酬は影響を受けることになる。これに対して、第2章の研究では、動学的な問題においては、そのような情報のかなりの部分か利用されないことが起こりうることを示している。このようなことを引き起こす重要な要因は、各期の努力水準が、その期の成果だけでなく、将来の成果にも影響を与えるということである。このような、各期の努力水準の持続的な影響力が強い場合には、最終期間の努力を引き出すために最終期間の報酬を最終的な結果に依存させると、以前の期間においても代理人は自発的に努力をする可能性が出てくる。第2章の研究は、こうしたことが成り立つための条件を、1階の確率優位 (first order stochastic dominance) の概念を使ってコンパクトな形で提示している。

第3章は、日本の花卉卸売市場の多くで1990年以降採用された、独自の競売方式の分析である。卸売市場一般で採用されている競売方式には、「上げぜり」と「下げぜり」の2種類がある。「上げぜり」はイギリス式競売とも呼ばれ、せり人が価格をつりあげて行き、最後に残ったものが財を手に入れる方式である。「下げぜり」とは、機械式の表示板上で値段が下がってゆき、最初にボタンを押してこれを止めたものが財を手に入れる方式である。「下げぜり」は、オランダの花卉市場で古くから用いられている方式であり、オランダ式競売とも呼ばれる。日本では従来、花卉卸売市場は(他の卸売市場と同様の)上げぜり方式を採用していたが、1990年に東京の花卉市場の一つである大田花卉が下げぜり方式を採用した。その際に、下げぜりのルールに「マリ」と呼ばれる独自のステップが追加され、その後下げぜり方式を採用した日本の15の花卉市場もみな、この新たなルールを採用している。

「マリ」のない本来の下げぜり方式の欠点は、時間がかかるということである。いま、10単位の財が売りに出され、それぞれの買い手は財を1単位需要しているとしよう。上げぜりの場合は、値段を上げていってちょうど10人の買い手がのこることろに到達すれば、10単位の財は一挙に売れる。これに対して、下げぜりでは、一定の開始価格から下降してゆく価格を最初にボタンを押して値段を止めたものが、その値段でまず1単位財を買う。のこった9単位の財は、同じ開始価格から価格を下降させて、同じように売ってゆく。このため、10単位のものを売るためには、基本的に10回下げぜりをくり返すことになる。

「マリ」というルールは、この欠点を次のようなやり方で緩和しようとするものである。「マリ」のもとでは、最初にボタンを押した者が財を1単位購入したあと、そのときの価格で財を買うものがほかにいないかどうかを募る。もし9人以下の応募があれば、応募者はみなその価格で財を購入する。応募者が9人を超えた場合は、ランダムに選ばれた9人が購入する。こうした「マリ」のあとでも財が売れ残っている場合には、再び開始価格から価格を下降させて残りを売る(以下くりかえし)。

「マリ」の下では、下げぜりのくり返し回数が減らされ、販売がスピードアップされることが期待できそうである。しかし、理論的に見た場合、果たしてマリが有効に機能するかどうかはまったく明らかではない。第3章は、このルールに対して初めて均衡分析を適用し、その性能評価を与えるものである。

理論モデルでは、各買い手は高々1単位財を購入するものとし、各買い手の財に対する評価は独立な [0, 1] 上の一様分布に従っている。また、簡単化のためマリは1回のみとし。マリで売れ残った財はくり返しの下げぜりで販売されるとする。このような仮定の下で、第3章はマリのあるせり下げの対称均衡を特定することに成功した。

均衡分析で分かった第1の点は、マリの導入は非効率性を引き起こすということである。マリのないせり下げでは、最も財を評価する者が財を購入することが知られているが、マリがある場合はこの性質が崩れる。その理由は、均衡においてはマリで存在する財の数より多い人数の買い手がつくことが、一定の確率で発生するためである。このとき、ランダムに買い手が選択される結果、必ずしも財を高く評価するものの手に財が渡らない可能性が出てくるのである。

均衡分析が明らかにする第2の点は、こうしたマリの持つ非効率性と、マリの利点を厳密に比較することである。マリの潜在的な利点は、せり下げを繰り返す回数を減らし、販売のスピードアップを図ることである。第3章は、後者を計測する指標として、均衡において、売りに出される財がマリで売れる割合を計算する。これが1に近づくと、財はほぼマリ1回で売れるため、販売は速やかに終了する。第3章の分析は、財の数と買い手の数が(両者の比率を変えないように)増加すると、この割合が1に近づくことを証明した。その一方で、マリの持つ非効率性の指標として、最大化された余剰の何割がマリの均衡で犠牲になるか計算する。この指標は、財の数と買い手の数が増加すると、ゼロに収束することが証明される。さらに、数値計算によると収束は早く、買い手の数が10人程度でも、二つの指標は収束先に近い値を取ることが明らかにされる。

このことから、マリという競売のルールは、現実的な人数の買い手が参加するケースでは、わずかなコスト(非効率性)で大きく販売をスピードアップさせる機能を持つことが明らかにされた。マリは日本独自の制度であるものの、それを採用する大田花卉は世界3位の規模を持つ市場であるため、その機能をこのように特定したことには大きな意義がある。第3章は北原稔氏との共著であるが、研究計画の策定、理論分析の両面で、両氏の同等の貢献が認められる。

第4章は、イギリスや日本で見られる二院制という政治制度が、効率的に情報を使った意思決定をするために役だつということを、理論モデルで分析したものである。モデルは離散無限期間を持ち、奇数期に上院の選挙が、偶数期に下院の選挙が行われる。各期間の社会にとって望ましい政策はA,Bのどちらかであり、これがマルコフ過程で推移する。二大政党があるとし、一方は政策Aを、もう一方は政策Bを実行しようとする。各期間の選挙では、その期に望ましい政策を取ろうとする政党が、一定の確率で過半数の議席を獲得することが仮定される。政策の決定には上院と下院の合意が必要であり、双方の合意が得られない場合は、前期の政策がそのまま継続される。

第4章は、二院制の機能を明らかにするために、このような状況で議会が一つである場合と比較を試みる。望ましい政策の遷移に慣性があり、今期に望ましい政策は次期にも望ましい確率が高い場合には、二院制のほうが望ましい政策を実行する可能性が高くなることが、動的計画法を使った分析で示される。本研究は、査読付き国際学術誌である International Review of Law and Economics に、条件付きで掲載を許諾されている。

以上のような内容と意義をもつ本研究ではあるが、いくつかの改良の余地がないわけではない。 第2章の研究に対しては、最終結果のみで業績を評価する実例を、さらに広い範囲で見つけることが要望された。また、相互に影響を及ぼしあう業務を逐次こなしてゆく場合に、どのような順番で業務を遂行させたら良いかという、職務設計の理論に本研究を応用できるのではないかという示唆がなされた。第3章については、通常の下げぜりと、マリの有るケースのどちらが高い売り上げをもたらすかを、理論的に分析することが出来るのではないかという示唆がなされた。また、財に対する評価が一様分布であると仮定されているが、これをはずした場合の分析はどうなるかという質問があった。この二つの論点については、北原氏とすでに検討を始めており、一定の結果を得ているという答えがなされた。 審査委員全員の意見として、第3章の研究は、現実の制度の詳細な特徴を説明するものであることと、そのためにかなり複雑となる状況を巧妙な手法で分析した点で、特に高く評価された。第4章については、理論モデルと日本の政治状況の現状の関連について質問が出された。

以上のようにいくつかの要望・示唆が出されたが、本論文は全体として学位申請論文としての要件を十分に満たしており、博士(経済学)の学位授与に値するものとの結論に、審査委員全員が一致して到達した。

2008年1月

審査委員: 神取道宏(主査)

神谷和也

松島斉

松井彰彦

柳川範之

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