学位論文要旨



No 123138
著者(漢字) 益田,直子
著者(英字)
著者(カナ) マスダ,ナオコ
標題(和) アメリカ行政活動検査院 (The U.S. Government Accountability Office) : 統治機構における評価機能の誕生
標題(洋)
報告番号 123138
報告番号 甲23138
学位授与日 2008.02.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 博法第213号
研究科 法学政治学研究科
専攻 総合法政専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 城山,英明
 東京大学 教授 田邊,國昭
 東京大学 教授 五十嵐,武士
 東京大学 教授 田中,信行
 東京大学 教授 川出,良枝
内容要旨 要旨を表示する

行政権の肥大化をいかに民主的に統制すべきかという問題は、複雑化・グローバル化した現代政治においてますます大きな問いとなっている。本論文は、その問いについての一つの回答を、「アメリカ行政活動検査院(GAO)」の歴史的変遷のなかに探ろうという試みである。

GAOとは、アメリカ政府の活動について専門的に評価・検証する独立の立法補佐機関である。行政機関、議会、国民に対し、行政上の問題について注意を喚起する役割を果たしている。今日、政府の活動を監視する「議会の調査部門」「議会のための番犬」であるとされるGAOであるが、しかし1921年の設立時にはGAOは主に行政機関の財務会計上の監査を行う組織にすぎなかった。本研究は、1960年代後半から1970年代にGAOで起きた、会計監査から評価機関へという活動の「機能」の変化と、行政から独立し連邦議会へと接近していった「位置」の変化に着目し、その要因を明らかにすることで、GAOがいかにして独自の行政監視機関となりえたのかを明らかにするものである。

既存研究では、「機能」の説明と「位置」の変化についての記述は認められるが、それが同時期に起きたことに着目しその要因を説明する研究はない。そこで、本研究ではGAOに関するオーラル・ヒストリーなどの一次資料を分析に用いる。GAOはこれまで、組織の歴史の記録をプロジェクトとして外部からの専門家を雇用するなどして行ってきた。しかし、例えば約40以上ものオーラル・ヒストリー・インタビューなどを利用した本格的な研究は、これまでに存在していない。本研究は、その初めての試みである。

本研究の全体像は6章で構成される。研究上の問いを設定した(第I章)のち、GAOの機能と議会との関係の変化が1960年代後半から70年代という時期を共有していることを明示する(第II章)。そして、それらが起きた要因を3つに分類できることを示し、またそれらの妥当性を調べるために仮説を立て(第III章)検証を行う。その検証において既存理論を使った説明は非常に限定的になることを示した上で(第IV章)、歴史記述とオーラル・ヒストリーを利用した検証を行う(第V章)。そして最後に、その検証結果を新たな分析枠組みの提示に利用する(第VI章)。

より具体的には、まず第I章「導入」では、GAOの報告書や議会証言などが政策の現状に変化を及ぼした例を挙げながら、GAOを支える3つの概念(「監視」、「洞察」、「予見」)を紹介する(I.1)。その上で、GAOの「機能」と「位置」の変化を表すデータを示しつつ、現在のGAOに至る経緯と理由を探るという本研究の意義を確認し(I.2)、最後に、分析手法と特徴について言及する(I.3)。

つづく第II章「GAOの制度史」では、まずGAOの現在の活動の特徴、実績、および法的根拠を紹介する(II.1)。特に情報の信頼性と公開性、組織横断的な評価活動、過去の評価の蓄積と利用にGAOの特徴があることを説明する。その上でGAOの「機能」が、(i)1921年から50年までの合規性の検査、(ii)1950年から66年までの財務効率性・合規性の検査、(iii)1966年から現在までの政策実施効果の検証(プログラム評価)・財務効率性の検査・将来課題の分析と、3期に分けて変化していったことを述べる(II.2)。次に、統治機構上の「位置」をめぐって行政府と立法府との間で揺れ動いていたGAOが、法的にも実質的にも立法補佐の機関となっていく経緯について、特に1960年代後半の動きを中心に説明する(II.3)。そして、これらGAOの機能変化と議会との関係の緊密化が、GAO自身の役割を変え、その象徴として名称の変更(「会計検査院」から「行政活動検査院」へ)に至ったことを示す(II.4)。

第III章では、この2つの変化の関係を、(i)政治・社会的要因、(ii)GAOの内部要因、(iii)検査院長によるイニシアティブという3つの観点から考察する。その後これら3つの観点別に仮説を設定する。第一は、さまざまな社会・政治的要因が、議会のあり得べき役割についての考え方に関連し、この考え方はGAOに対する議会の行動に関連していたという予測である。第二は、GAOが経てきた経験と内外の期待に対するGAO内部職員の反応は、GAOの機能の変化と議会との関係変化に関連していたという予測である。そして第三は、検査院長であったエルマー B. スターツの経験、信条、長期の任期、および経営管理理方法の特徴が、GAOの機能変化および議会との関係変化に関係しているという予測である。

第IV章では、これら仮説の検証を行う前に、GAOに関する従来の研究で言及されてきた既存理論について概観する。アカウンタビリティ理論・評価研究・GAOの歴史研究の検討を行い、これらの理論枠組みでは本研究の問いに答えるには不十分であることを説明する。

第V章では、第III章で提示した3つの仮説が成り立つかを観点別に検証し、それらが成立することを明らかにした(V.1-3)。加えて、3つの観点すべてが関連しあいながら変化が起きていること(V.4)、そしてそれらによって成立する因果関係は、党派性・委員会間の権力の均衡・GAOに関する議会内の意見・GAOの「独立性」といった要因に、影響を受けていることを説明した(V.5)。

第VI章「結論」では、GAOの経験の考察をもとに新たな理論的枠組みを提示している。行政学内外の伝統的な議論と最新の理論(行政学(フリードリッヒ=ファイナー論争)、評価研究(議会制民主主義と評価)、憲法学(ブルース・アッカーマン「新しい権力分立」))を本研究で示したGAOの考察と照応することで、評価という「機能」と三権以外の独立した「位置」の獲得により、現代の行政権力に対する有効な統制機能を持ちうるのではないかという、新しい行政権力の統制についての理論的素描である。そして、その一つの例証として、GAOの経験を参考に「機能」と「位置」を変えたことで統制のあり方が変化した英国会計検査院を紹介した。最後に、GAOが象徴する政策の検証や注意喚起の役割は、時間と空間をこえて、行政府と立法府の均衡の上に成り立つ「自由」と「効率」の実現にとって重要であることを述べ、締めくくっている。

審査要旨 要旨を表示する

行政権の肥大化をいかに民主的に統制すべきかという問題は、複雑化・グローバル化した現代政治においてますます大きな問いとなっている。本論文は、その問いについてのひとつの回答を、「アメリカ会計検査院(GAO:General Accounting Office)」から「アメリカ行政活動検査院(GAO:Government Accountability Office)」の歴史的変遷の中に探ろうという試みである。

GAOとは、アメリカ政府の活動について専門的に評価・検証する独立の立法補佐機関である。行政機関、議会、国民に対し、行政上の問題について注意を喚起する役割をこの機関は果たしている。今日、政府の活動を監視する「議会の調査部門」「議会のための番犬」であるとされるGAOであるが、しかし1921年の設立時にはGAOは主に行政機関の財務会計上の監査を行う組織にすぎなかつた。本研究は、1960年代後半から1970年代にGAOで起きた、会計監査から評価機関へという組織活動の「機能」の変化と、行政から独立して連邦議会へと接近していった統治機構内での「位置」の変化に着目し、その要因を明らかにすることで、GAOがいかにして独自の行政監視機関となり得たのかを明らかにしている。

既存の研究では、「機能」の説明と「位置」の変化についての個別の記述は認められるが、それが同時期に起きたことに着目し、その要因を説明する研究はない。本論.文ではGAOに関するオーラル・ヒストリーなどの一時資料を分析に用いて、この変化の過程を説得的に描き出している。

本論文は、6章で構成される。第1章で、研究の問いを設定した後、第2章で、GAOの機能と議会との関係の変化が、1960年代後半から70年代という時期に、共鳴しながら生じたことを示す。第3章では、この変化が起きた要因を,(1)社会政治的背景の変化、(2)組織内部の要因、(3)スターツ院長のイニシャティヴの3つに分類できることを示し、その妥当性を調べるために仮説をたてて検証を行う。第4章で第5章において、オーラル・ヒストリーを用いた変化の過程の分析を通じて、提示した仮説の検証を行っている。最後に、第6章において、これまでの検証結果を用いて、行政統制に関する新たな分析枠組みが提示されている。

第1章「導入」では、GAOの報告書や議会証言などが政策の現状に変化を及ぼした例を挙げ、GAOを支える「監視」、「洞察」、「予見」の3つの基本的な役割について紹介する。その上で、GAOの「機能」と「位置」の変化をデータによって示しつつ、現在のGAOに至る経緯とその理由とを探るという本論文の意義を確認し、また、分析手法とその特徴について言及している。

第2章「GAOの制度史」では、まずGAOの現在の活動の特徴、実績、及び法的根拠を示し、特に、情報の信頼性と公開性、組織横断的な評価活動、過去の評価の蓄積と利用にGAOの特徴があることを説明する。その上で、GAOの「機能」が(1)1921年から50年までの合規性の検査、(2)1950年から66年までの財務効率性・合規性の検査、(3)1966年から現在までの政策実施の効果の検証を行う、プログラム評価、財務効率性の検査・将来課題の分析へと、3期に分けて変化していったことを論じている。次に、統治機構上の「位置」をめぐって行政府と立法府との間で揺れ動いていたGAOが、法的にもまた実質的にも立法補佐機関となってゆく経緯を1960年代後半の動きを中心に説明される。これらのGAOの機能変化と議会との関係の緊密化とが、GAO自身の役割を変えていった。そして、その象徴として「会計検査院」から「行政活動検査院」へと名称変更に至ったのである。

第3章では、このふたつの変化の関係を(1)政治・社会的要因、(2)GAOの内部要因、(3)スターツ検査院長によるイニシャティヴという3つの観点から考察している。これらの3つの観点ごとに、仮説が設定される。第1に、さまざまな社会・政治的な変化が、議会のあり得べき役割についての考え方の変化を促し、この考え方はGAOに対する議会の行動となって現れた、という仮説である。第2に、GAOが経てきた経験と内外の期待に対するGAO職員の反応は、GAOの機能変化と議会との関係変化によって促された、という仮説である。第3に、検査院長であったエルマーB.スターツの経験、信条そして長期に渡る任期、及び経営管理の特徴が、GAOの機能変化と議会との関係変化に寄与した、という仮説である。

第4章では、仮説の検証を行う前に、GAOに関する従来の研究で言及されてきた既存の理論について概観している。アカウンタビリティ理論・評価研究・GAOの歴史研究の検討を行い、これらの理論枠組みでは、なぜGAOの機能変化と統治機構内部における位置の変化が生じたのかという問いに、十分な回答を与えることができないとする。

第5章では、第3章で提示した3つの仮説が成り立つか否かを各観点別に検討し、これらの仮説が成立することを示している。加えて、この3つの観点すべてが、相互に関連する形で変化が生じたこと、そして、ここに成立する因果関係は、党派性・委員会の間の権力均衡・GAOに対する議会内の意見・GAOの独立性といった背景の上で成立するとしている。

第6章「結論」では、これまで論じてきたGAOの経験をもとに、行政統制に関する新たな理論枠組みを提示する。フィリードリッヒとファイナーの間で論争となった行政責任をめぐる議論、また議会制民主主義と評価との関係についての評価研究、ブルース・アッカーマンの「新しい権力分立」の議論を本論文で示したGAOの経験と照応させることによって、評価という機能を確立し、この機能を担う機関を三権以外の独立した位置に置くことによって、現代の行政権力に対する有効な統制機能を持ち得るのではないか、という理論的素描を与えている。

以上が本論文の要旨である。

本論文の長所は以下の3点にある。

第1に、プログラム評価という新たな機能の出現が、GAOが統治機構において占める位置の変化と不可分の関係にあることを指摘した点である。本論文において、監査の観点の拡大やプログラム評価という新しい機能の誕生が、行政府から立法府へという統治機構内部での位置及び関係の変化と密接に連関していることを明らかにした点は、この変化の持つ意味を考える上で、大きな示唆を与えるものである。

第2に、このような変化が、どのような要因によって生じたのかについて、(1)社会・政治的な背景の変化、(2)組織内部の要因、(3)GAO院長のイニシャティヴという3つの観点から説明を与えた点である。この3つの要因がどのようにGAOの機能と位置の変化に寄与したのかを、オーラル・ヒストリーによって蓄積された検査院内外の関係者の証言をもとに再構成し、的確に描き出すことに成功している。

第3に、行政府内部における行政官の専門家としての自己規律と相互監視による機能的責任を強調する考え方と外部の議会による行政府の制度的な統制を強調する考え方の対立に、これらとは異なる軸を加え、行政統制に対する新しい視点を提供した。すなわち、GAOのプログラム評価が、高い専門性に支えられながらも、議会による行政府の監視を補助し、また、一般公衆に対する注意喚起を促すことを通じて、外部からの行政統制を実質化している、と指摘した。評価という新しい機能が、単に行政機関内にとどまらず、立法府を含む統治機構に位置づけられることを通じて、行政内部の機能的責任論でもなく、一般的な議会による監視でもない、新たな行政統制の形が成立するという指摘は、行政統制の議論に対する斬新な枠組みを与える。

しかし、本論文にもいくつかの問題点がある。

第1に、GAOの機能と位置の変化を論じる際に、アメリカ政治のより広いコンテクストに対する言及が不十分である。例えば、GAOのプログラム評価の誕生を議論するに際して、連邦の地方政府に対する補助プログラムが1960年代に急速に増大したことや、執行を地方政府にゆだねざるを得ない連邦制という文脈に対して、十分な言及がなされていない。また、1960年代以降の一連の議会改革によって小委員会を中心とした議会運営へと移行したこと、また、新しいタイプの議員が参入するようになったこと、といった立法府側の変化に対する言及も十分ではない。GAO組織内部の要因やスターツ院長のイニシャティヴという要因と比較すると、政治的な背景の説明が弱く、この時期のアメリカ政治と行政のダイナミズムを十分に描ききれてはいない。

第2に、GAOにおけるプログラム評価の誕生に視点が限定されているため、これがパーフォーマンスの測定といった他の評価方式や行政組織内に位置するInspector Generalといった監視機能と比べて、どのような特徴を持つのかが十分に示されていない。また、GAOという単一の組織の変化が説明の対象となっており、他の評価や行政監視との差異が示されないために、この変化を促してきた影響関係を抽出するための対照事例の拡がりを欠く。

第3に、GAOの組織変化がどのような影響を与えたのかについての分析が、十分に行われてはいない。例えば、プログラム評価の結果として出てくるGAOレポートや議会証言等の内容分析が行われていないために、この変化が具体的にどのように行政統制において影響を及ぼしたのかについては、いくつかの事例は取り上げられるものの、影響のマグニチュードを抽出できていない。

しかしこのような問題点は、本論文の価値を損なうものではない。以上から、本論文の筆者が自立した研究者あるいはその他の高度に専門的な業務に従事するに必要な高度な研究能力およびその基礎となる豊かな学識を備えていることは明らかであり、本論文は博士(法学)の学位を授与するにふさわしいと判定する。

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