学位論文要旨



No 123147
著者(漢字) 石角,元志
著者(英字)
著者(カナ) イシカド,モトユキ
標題(和) 銅酸化物高温超電導体の不均一性と光学応答
標題(洋) Inhomogeneity and optical response of copper oxide high-Tc superconductor
報告番号 123147
報告番号 甲23147
学位授与日 2008.02.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5099号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 上床,美也
 東京大学 教授 常次,宏一
 東京大学 准教授 山室,修
 東京大学 准教授 溝川,貴司
 東京大学 准教授 岡本,徹
内容要旨 要旨を表示する

1.背景

1986年、BednorzとMullerによってLa2xBaxCuOy銅酸化物超伝導体(Tc~35K)が発見されたことにより、高温超伝導研究が始まった。以後20年もの月日が流れその間、さらなるTc向上・高温超伝導発現機構解明を目指した膨大な研究(物質開発・物性測定)が為された。超伝導転移温度に関しては、にBCO超伝導体が発見されて一年後、初めて液体窒素温度を超えるYBa2Cu307-y超伝導体が発見されたことで超伝導フィーバーが起こった。その後超伝導転移温度は次々と塗り替えられTcは100Kを超えた。高島物質開発はしばらくして頭打ちし現在の最高超伝導転移温度はHg-1223の島~135K(超高圧では~160K)である(1993年)。又、数多くの物性測定研究からこれまでに、ジョセフソン・プラズマ(1992年)、擬ギャップ(1989年)、電荷/スピンのストライプ秩序/磁気共鳴モード(1995年)、ナノメートルスケールの電子状態の不均一性(2000年)などが発見されている。これほどの研究をもってしても未だに高温超伝導の謎は未解決のままである。

近年、高温超伝導体の特異な物性として注目されているのがナノメートルスケールの電子状態の不均一性である。2000年頃から、卓越したSTM/STS技術を持つ米コーネル大J.C.Seamus Davisグループは内田研究室との共同研究で高温超伝導状体Bi2212のナノメートルスケール不均一電子状態を明らかにしていった11】。CuO2面の高温超伝導状態はコヒーレンス長程度の長さで超伝導領域と擬ギャップ領域に相分離しているように見える。

2.目的

ところが、この実験結果には問題点が存在する。STM/STS測定は表面敏感なプローブであり、観測されたナノメートルスケールの不均一電子状態は表面状態のみを反映しており、バルクの性質ではない、という疑問が常に存在する。光学測定はバルクなプローブであり、不均一電子状態がバルクの性質なのか検証することが出来る。そこで本研究ではナノメートルスケールの不均一電子状態がSTM/STS測定で観測されているBi2212をバルクなプローブ(赤外分光)で観測し、不均一電子状態がバルクな状態であるかを検証することを目的とした。Bi2212は非常にへき開性の良い物質であり、表面敏感なSTM/STSやARPESなどのプローブに向いており、これまでの研究データの蓄積がある。一方、ドーピング量が狭い範囲までしか振れない、カチオン組成の不安定性があり結晶の乱れを含んでいる、という問題がある。本研究では、この問題を克服した。ドーピングを幅広く振った(特に強いアンダードープはSTM/STSやARPESのデータが僅かである)試料を作製する、結晶の乱れを新たな物性パラメータ(面外乱れ)として面外乱れを制御した試料を作製する。つまり、ドーピング量と面外乱れの二つのパラメータを振り試料作製を行った。研究方針としては、(1)単結晶試料作成とドーピング制御、(2)STM/STSの測定、(3)作成した試料の光学測定、を基本軸と据えた。高温超伝導体の中でもSTM/STS測定に向くBi2212に注目し、この物質の1ドーピング量を大きく振った試料を自ら作成し、Davisグループとの共同研究を行った。そして、STM/STS測定が為されたその試料で赤外分光という手段で光学測定(反射率)を行った。ナノメートルスケールに比べて遥かに長さスケールが大きいプローブで不均一電子状態の影響がどの様に現れるかを追求した。超伝導状態のナノメートルスケールの不均一性はドーピング量、面外の乱れによって変化を受けるので、この二つのパラメータを振りそれらの光学伝導度に及ぼす影響を調べた。光学測定に関しては、具体的に

i)Bi2212の光学スペクトルのドーピング依存性を測定する。

ii)最適組成のBi2212とLn-Bi2201で面外乱れが光学スペクトルに及ばす影響を調べる。

iii)アンダードーピング域でBi2212の面外乱れが光学スペクトルに及ぼす影響を調べる。

の3つに分けて実験を行った。

3.実験結果・考察

(1)試料作製に関して

Bi2212でアンダードーピング域~オーバードーピング域まで広くドープ量を振った単結晶試料(0.10<nh<0.24)が作成出来ることを実証した。

(2)STM/STS観測

これらの試料に対してSTM/STSを用いたミクロな電子状態の観測が米国コーネル大学Davisグループ及び産総研AISTの柏-杉本グループで行われ(Bi2201に関する研究)不均一電子状態のドーピング依存性が明らかとなった[2-4]。

i)ギャップ分布はドーピングの増加とともにその幅が狭くなる。超伝導領域の割合が増大し、非超伝導擬ギャップ領域が減少していく。

ii)△の不均一性は面外の乱れ、過剰酸素及び、Srサイトに置換されたBiが作り出していると考えられる。

iii)SrO層の乱れは、より大きな影響をCuO2面に与える。

(3)光学スペクトルとSTM/STSの比較

i)ドーピング依存性に関して

Bi2212のアンダードーピング域~オーバードーピング域の試料を用意し光学測定を行った(図1)。すべてのドープ量で超伝導状態においても残留光学伝導度が見られた。常伝導状態では、基本的にはノード準粒子の作るDrude項の成分の重さがドーピングとともに急激に増大する。それは電気抵抗率等の輸送現象のドーピング依存性に対応している。一方、,超伝導状態での残留伝導度は同じ試料に対してSTM/STSで観測されたナノスケール不均一性と相関している(不均一になるほど残留伝導度成分は大きくなる)。光学スペクトルはナノスケール不均一電子状態に反応したものと考えられる。その理由は、不均一性の長さスケールが超伝導コヒーレンス長(10・30A)とほぼ同じであり、不均一超伝導状態はランダムなジョセフソン接合ネットワークとみなせるのではないかという考察を行った。さらに超伝導状態の光学スペクトルから超伝導凝集量を見積もりμSRと比較した。光学応答とμSRで見積もった超伝導凝集量は有意な違いを示した。μSRは磁場侵入長を測定するプローブであり、λ(1000・4000A)程度の長さスケールに敏感なプローブである。凝集量の不一致は、高温超伝導状態のナノメートルスケールの不均一性に起因したものであると考えられる。

ii)面外乱れの光学伝導度に及ぼす影響(最適ドーピング)

Bi2212、Ln-Bi2201両物質系の最適組成において面外乱れの光学伝導度に及ぼす影響を調べた(図2)。面外乱れの光学伝導度に及ばす影響はBi2212の場合、超伝導状態では遠赤外領域において見られ、Ln-Bi2201の場合は常伝導状態においても違いが観測され、超伝導状態のスペクトルは残留伝導度に支配されている。この違いは導入された乱れの程度は同じでもCuO2面二枚の場合は一枚に比べ乱れが与える影響が半減しているためだと考えられる。Bi2201の伝導度スペクトルはNd・LSCO系と同様の振る舞いを見せた(殆ど超伝導応答が見られない)°又、ここで調べた全ての試料のキャリヤ濃度は電気抵抗と光学応答によって同じ(最適ドーピング)だと確かめた。このことは、純粋に面外乱れの効果を研究したことを保証する。

iii)乱れの光学伝導度に及ぼす影響(アンダードーピング)

Bi2212のアンダードープされた試料を用いて、CuO2面へのドーピングを減らしたときに面外乱れの影響がどう変わるかを調べた(図3)。面外乱れが軽減されている試料の方が乱れが入っている試料に比べ残留光学伝導度成分が小さくなっている。又、光学伝導度がゼロに近くなっている様子が見られ、超伝導応答が見られた。これは、最適ドーピングに比ベアンダードーピングの方が、光学伝導度はより面外乱れの影響を受けることを意味する。その原因としては、キャリア数が少ないせいでscreeningが弱まった為、という可能性が考えられる。

3.結論

Bi2212で広くドーピング量を振った試料を作成することに成功し、STM/STS測定(Davisグループとの共同研究)及び、バルクプローブである光学測定を行った。STM/STS観測からはミクロな情報を得ることが出来た。又、光学測定よりTc以下の最低温において残留光学伝導度を観測した。この二つ結果を比較し、不均一ジョセフソン接合モデルから残留光学伝導度はSTM/STS観測を反映していると解釈し、不均一電子状態はバルクの性質であることを検証した。

[1] K. M. Lang, V. Madhavan, J. E. Hoffman, E. W. Hudson, H. Eisaki, S. Uchida and J. C. Davis, Nature 415, 412(2002).[2] K. McElroy, Jinho Lee, J. A. Slezak, D.-H. Lee, H. Eisaki, S. Uchida, J. C. Davis, Science 309, 1048(2005).[3] Jinho Lee, K. Fujita, K. McElroy, J. A. Slezak, M. Wang, Y. Aiura, H. Bando, M. Ishikado, T. Masui,J.-X. Zhu, A. V. Balatsky, H. Eisaki, S. Uchida, and J. C. Davis, Nature 442, 546(2006).[4] A. Sugimoto, S. Kashiwaya, H. Eisaki, H. Kashiwaya, H. Tsuchiura, Y. Tanaka, K. Fujita, and S. Uchida, Phys. Rev. B 74, 094503(2006).

図1.Bi2212の光学伝導度(ドーピング依存性)

図2.Bi2212とLn-Bi2201の面外乱れ(最適ドーピング)赤線:乱れが入った試料、青線:乱れ軽減された試料

図3.アンダードープ(面外乱れ)

審査要旨 要旨を表示する

本論文は全8章からなり、第1章は序、第2章は背景、第3章目的、第4章は実験方法と試料評価、第5章は実験結果及び解析、第6章は考察、第7章は結論、第8章は付録が書かれている。

内容は、銅酸化物高温超電導体の光学応答について以下の様に述べられている。

近年、高温超伝導体の特異な物性としてナノメートルスケールの電子状態の不均一性が注目されている。2000年頃から、卓越したSTM/STS技術を持つ米コーネル大 J. C. Seamus Davisグループは内田研究室との共同研究で高温超伝導体Bi2212(Bi2Sr2CaCu2O8+δ)のナノメートルスケール不均一電子態を明らかにしてきた。CuO2面の高温超伝導状態はコヒーレンス長程度の長さで超伝導領域と擬ギャップ領域に相分離しているように見える。ところが、STM/STS測定は表面敏感なプローブであり、観測された不均一電子状態は表面状態のみを反映し、バルクの性質ではない、という疑問が常に存在する。光学測定はバルクなプローブであり、不均一電子状態がバルクの性質なのか検証することが出来る。そこで本研究ではこのBi2212をバルクプローブ(赤外分光)で観測し、このことを検証することを目的とした。Bi2212は非常にへき開性の良い物質であり、表面敏感なSTM/STS やARPES などの測定に適しており、これまでの多くの蓄積された研究データがある。一方、ドーピング量が狭い範囲までしか振れない、カチオン組成の不安定性があり結晶の乱れを含んでいる、という問題がある。本研究では、この問題を克服したドーピング量と面外乱れの二つをパラメータとした試料を作成し、以下の方針に従って研究を遂行した。

(1)単結晶試料作成とドーピング制御、

(2)STM/STSの測定(共同研究)

(3)作成した試料の光学測定を行い、STM/STS測定結果と合わせて比較・検討する。

以下、実験結果・考察及び結論を示す。

(1) 試料作製に関して

Bi2212でアンダードーピング域~オーバードーピング域まで広くドープ量を振った単結晶試料(0.10 < nh < 0.24)が作成出来ることを実証した。

(2) STM/STS観測

これらの試料に対してSTM/STSを用いたミクロな電子状態の観測が米国コーネル大学Davis グループ(Bi2212)及び産総研AISTの柏谷-杉本 グループ(Bi2201)で行われ、i)ドーピング量の増加とともに超伝導領域の割合が増大し、非超伝導擬ギャップ領域が減少していく。ii) ギャップの不均一性は面外の乱れ、過剰酸素及び、Srサイトに置換されたBiが作り出していると考えられる。iii) SrO層の乱れは、より大きな影響をCuO2面に与える、という不均一電子状態のドーピング・面外乱れの依存性を明らかにした。

(3) 光学スペクトルとSTM/STSの比較

Bi2212 のアンダードーピング域~オーバードーピング域の試料を用意し光学測定を行った。常伝導状態では、ノード準粒子の作るDrude 項の成分の重さがドーピングとともに急激に増大し、電気抵抗率等の輸送現象のドーピング依存性に対応し、一方超伝導状態での残留伝導度は同じ試料に対してSTM/STSで観測されたナノメートル不均一性と相関している。その理由は、不均一性の長さスケールが超伝導コヒーレンス長(10-30Å)とほぼ同じであり、不均一超伝導状態はランダムなジョセフソン接合ネットワークとみなせるのではないかという考察を行った。

Bi2212、Ln-Bi2201両物質系の最適組成において面外乱れの光学伝導度に及ぼす影響を調べた。面外乱れの光学伝導度に及ばす影響はBi2212の場合、超伝導状態では遠赤外領域において見られ、Ln-Bi2201の場合は常伝導状態においても違いが観測され、超伝導状態のスペクトルは残留伝導度に支配されている。この違いは導入された乱れの程度は同じでもCuO2面二枚の場合は一枚に比べ乱れが与える影響が半減しているためだと考えられる。

Bi2212 のアンダードープされた試料を用いて、CuO2 面へのドーピングを減らしたときに面外乱れの影響を調べた。面外乱れが軽減されている試料の方が、乱れの入っている試料に比べ残留光学伝導度成分が小さくなる。又、光学伝導度がゼロに近くなっている様子が見られ、超伝導応答が見られた。これらの結果より、不均一ジョセフソン接合モデルから残留光学伝導度STM/STS観測を反映していると解釈し、不均一電子状態はバルクの性質であることを検証した。

以上のように、本論文で行われた研究は、Bi2Sr2CaCu2O8+δ物質系超伝導体について、ドーピング量よる超伝導特性の変化と面外乱れの関係を初めて明らかにした。結果はBi2212およびBi2201系超伝導の機構解明に重要な知見を提供するばかりでなく、広く銅酸化物高温超伝導体の理解の基礎を与えるものである。なお、本論文の一部は、藤田和弘、小島健児および内田慎一との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および考察を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)を授与できると認める。

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