学位論文要旨



No 123150
著者(漢字) 小西,充洋
著者(英字)
著者(カナ) コニシ,アツミ
標題(和) 植物の三次元クロロフィル蛍光画像計測に関する研究
標題(洋)
報告番号 123150
報告番号 甲23150
学位授与日 2008.02.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3234号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物・環境工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大政,謙次
 東京大学 教授 蔵田,憲次
 東京大学 教授 大下,誠一
 東京大学 准教授 芋生,憲司
 東京大学 准教授 富士原,和宏
内容要旨 要旨を表示する

植物の生体画像情報計測技術は,計測対象とセンサとの距離や,対象の大きさにより,遠距離センシングと近距離センシングに大別することができる。遠距離センシングは広域の計測が可能なため,実用性を重視した計測技術や解析手法の研究開発が進められている。一方,近距離センシングは高精度かつ高分解能の計測が可能なため,植物の障害診断や生理機能の解明などを目指して計測技術や解析手法の研究開発が進められている。植物の生体画像情報計測の中でも,クロロフィル蛍光画像計測は,植物の光合成機能にかかわる情報を画像として表現でき,計測対象面における光合成反応の局所的な変化や変化の移動の様子を,非破壊かつ非接触で,リアルタイムに見ることができる唯一の手法といえる。そのため,近距離センシングによる光合成機能解明のための手法としてだけでなく,遠距離センシングによる実用性を重視した計測技術としても期待されている。

クロロフィル蛍光画像計測は,主に葉面において,様々な環境条件の変化に対して変化する光合成反応の不均一性を捉えるために用いられてきた。しかし,植物の画像計測が対象とする群落,個体群,個体,個葉,組織,細胞,および,細胞小器官は,本来,立体的な構造をもつ。さらに,その立体的な構造やその変化は,植物の成長や環境ストレスの影響を反映するため,三次元形状も植物の生体情報として重要といえる。しかしながら,対象の大きさに関わらず,三次元形状とクロロフィル蛍光パラメータの関係はほとんど明らかになっていない。

クロロフィル蛍光画像計測を植物個体や個体群,群落の計測に適用するときの問題点は,広域に光照射することが難しいという点である。そのため,近年,特別な照射光を必要としない分光反射計測を用いて,クロロフィル蛍光計測でしか得られなかった光合成反応に関する情報を得る試みが盛んになされている。しかしながら,これらの研究では,多くが一定の領域の平均値を扱うスポット計測を用いており,分光反射パラメータ画像とクロロフィル蛍光パラメータ画像の関係は未だ明らかになっていない。

また,クロロフィル蛍光画像計測を植物組織や細胞,細胞小器官の計測に適用するときの問題点は,高倍率になるほど非焦点領域(ボケ)が増大するという点である。顕微鏡を用いた高分解能の画像計測分野において,三次元形状計測法は,このジレンマを解消するための焦点領域抽出技術とともに発達してきた。顕微鏡を用いた植物の三次元形状計測手法は,大きく二つに分けられる。一つ目は通常の光学顕微鏡を用いて焦点領域抽出アルゴリズムによりソフト的に焦点領域を抽出し,三次元形状画像を再構築するものである。二つ目は,共焦点レーザースキャン顕微鏡を用いてハード的に焦点領域(光学切片)を抽出し,三次元形状画像を再構築するものである。前者が発光体の表面のみを抽出する手法であるのに対し,後者は発光体の内部の情報も得られる手法である。また,共焦点レーザースキャン顕微鏡は,焦点の合った領域のみを結像する特徴があるため,鮮明な三次元形状画像が容易に構築できるという利点をもつ。しかしながら,共焦点レーザースキャン顕微鏡は,計測光が極端に強いことや,計測視野内で照射ムラができるといった欠点から,飽和パルス法を用いたクロロフィル蛍光顕微画像計測システムには導入されていない。

そこで,本研究では,植物個体のクロロフィル蛍光パラメータ画像を三次元化し,同一個体内での光合成機能障害の不均一性を検知すること,分光反射計測がクロロフィル蛍光計測の代わりとして使用できるか検証すること,クロロフィル蛍光画像計測およびクロロフィル蛍光顕微画像計測を用いて,作用機構に未知な点の多い植物へのオゾン曝露が個葉および細胞に与える障害を診断すること,さらに,共焦点レーザースキャン顕微鏡をもちいて,飽和パルス法が適用でき,従来法よりも高速で三次元クロロフィル蛍光画像を構築できるクロロフィル蛍光顕微画像計測システムを開発し,細胞内の葉緑体の三次元画像解析を行うことを目的とした。

植物個体の三次元形状データに,クロロフィル蛍光パラメータ画像をテクスチャマッピングすることで,クロロフィル蛍光パラメータ画像の三次元化ができた。このことで,本来立体構造をもつ植物個体をより直感的に捉えることが可能となった。また,植物個体を対象としたクロロフィル蛍光画像計測システムを用いて,除草剤(バスタ)塗布が引き起こすクロロフィル蛍光強度変化を調べた。その結果,除草剤塗布領域および隣接した周辺部において,蛍光強度が低下した。また,除草剤を塗布した葉の上位葉の基部に蛍光強度低下部位が見られた。これは,除草剤が蒸散流によって上位葉に運ばれたためと考えられた。さらに,飽和パルス法を用いて算出した植物個体のクロロフィル蛍光パラメータ画像を三次元化したことで,下位葉において熱放散活性程度が増大し,PSII量子収率が低下していることを検知できた。

次に,植物個体のクロロフィル蛍光パラメータと分光反射パラメータを比較したところ,熱放散活性程度が大きかった下位葉において,分光反射パラメータにも変化が見られた。しかしながら,計測光の照射角度によっては,葉面において不均一な熱放散活性の分布があるときにも,分光反射パラメータには不均一な分布が見られなくなることが示された。そのため,植物個体の計測で下位葉に見られた分光反射パラメータの変化は,熱放散活性程度の増大ではなく,植物の成長に伴う色素変化によるものと考えられた。このことは,植物個体や群落を対象とした計測の場合,分光反射パラメータが熱放散活性程度よりも,含有色素量や葉の角度および影等の計測条件によって左右されることを示唆していた。

オゾン曝露後の植物葉には,葉面に不均一な色素の減少,斑点状のPSII量子収率減少および熱放散活性程度の増大が見られた。PSII量子収率の減少部位と熱放散活性程度の増大部位は一致したが,それらと色素減少部位とは必ずしも一致しなかった。このことから,植物のオゾン曝露障害による光合成能力の低下は,光合成色素量の減少と,熱放散活性程度の増大によるPSII量子収率の低下によるものと考えられた。また,これらの障害は別々に引き起こされることが示唆された。さらに,クロロフィル蛍光顕微画像計測システムを用いて,オゾン曝露葉の計測をしたところ,蛍光強度が小さくなってもPSII量子収率が低下しない細胞が確認された。このことから,オゾン曝露によって色素量が減少した細胞においても,PSII量子収率の低下は必ずしも生じるわけではないことが示された。

クロロフィル蛍光顕微画像計測システムに共焦点レーザースキャン顕微鏡を組み込んだ。まず,クロロフィル蛍光画像計測に適する照射光強度となるようにレーザー光強度を設定した。さらに,飽和パルス法を実現するためにレーザー光強度をシャッター制御によって調節できるようにした。また,従来法では一回の飽和パルス光照射につき一枚の焦点面画像が取得されていたため,三次元画像構築のための焦点面画像計測には数分かかっていた。本研究では,飽和パルス光照射からおよそ0.15秒以降,2秒程度飽和状態が持続することを確かめ,ピエゾZスキャン装置を用いて約2秒間で64枚の焦点面画像を取得できるようにした。この結果,一回の飽和パルス光照射につき,一つの三次元画像構築が可能となった。このシステムを用いることによって,Z軸方向に存在位置の異なる孔辺細胞および葉肉細胞内の葉緑体の三次元クロロフィル蛍光画像計測が可能となった。また,得られた三次元クロロフィル蛍光画像から,三次元PSII量子収率画像を算出し,光強度とPSII量子収率の関係を求めた。その結果,孔辺細胞内の葉緑体のPSII量子収率は,葉肉細胞内のPSII量子収率よりも常に小さいことが示された。さらに,葉肉細胞内の葉緑体のうち,表皮に近い位置に存在したものは,細胞の奥に存在したものよりもPSII量子収率が小さかったが,熱放散活性程度も小さかった。このことから,葉肉細胞内の葉緑体にも,その存在位置によって性質の違いがあることが示された。

本研究は以下のようにまとめられる。(1)植物個体のクロロフィル蛍光画像計測により,除草剤による光合成機能障害が上位葉へ進行することを示した。また,飽和パルス法を用いて求めた植物個体のクロロフィル蛍光パラメータ画像から,下位葉において,熱放散活性が増大によるPSII量子収率の低下が生じていたことが認められた。さらに,これらをライダーによって計測した三次元形状データにテクスチャマッピングすることで,三次元化することができた。(2)熱放散活性程度の変化を検知できるといわれている波長域の分光反射パラメータは,熱放散活性程度の変化よりも,光照射の角度や影の影響を強く反映することを示した。(3)オゾン曝露は,植物葉の色素減少と熱放散活性程度の増大によるPSII量子収率の低下を引き起こすが,それらが必ずしも一致しないことを,個葉および細胞のクロロフィル蛍光画像計測によって示した。(4)共焦点レーザースキャン顕微鏡を用いて飽和パルス法を適用できるクロロフィル蛍光顕微画像計測システムを開発した。このシステムを用いて,孔辺細胞および葉肉細胞内の葉緑体の性質の違い,さらには,葉肉細胞内において位置の異なる葉緑体の性質の違いを見出した。

審査要旨 要旨を表示する

植物の生体画像計測技術の一つであるクロロフィル蛍光画像計測は、主に、個葉の光合成反応の不均一性を捉える手法として用いられている。しかし、植物個体や細胞は、本来、立体的な構造をもつ。さらに、その構造の変化は、植物の成長や環境ストレスの影響を反映するため、三次元形状も植物の生体情報として重要である。本論文は、クロロフィル蛍光画像計測を植物個体および葉緑体レベルに適用し、三次元計測が可能なシステムの開発と、それを用いた光合成電子伝達反応の解析を行ったものであり、6章で構成されている。

序論の1章に続く2章では、クロロフィル蛍光計測におけるインダクション法および飽和パルス法の原理とその特徴、さらにそこから得られる情報についてまとめた。続く3章では、三次元クロロフィル蛍光画像計測システムの開発に先立ち、個葉の二次元クロロフィル蛍光画像計測システムと、通常の光学顕微鏡を用いたクロロフィル蛍光顕微画像計測システムの作製を行い、作用機作に不明な点の多い植物のオゾン曝露障害の画像解析を行った。その結果、オゾン曝露によって色素量が減少した細胞においても、PSII量子収率の低下は必ずしも生じないことが示された。さらに、モザイク状に色素量が減少した植物葉から、斑点状に現れる熱放散活性の増大によるPSII量子収率低下部を抽出することができた。

4章では、3章で作製し、有効性を確認した二次元クロロフィル蛍光画像計測システムを、より広範囲の計測が可能なシステムに改良し、さらにイメージングライダーを導入し、三次元計測を行った。このシステムによって、クロロフィル蛍光画像と、各葉の上下関係や傾き、葉面の凹凸等が同時に把握できるようになった。また、このシステムが形状の異なる植物個体(メロンおよびヒマワリ)のクロロフィル蛍光解析に適用可能であることを示した。そして、植物個体内における除草剤による光合成電子伝達障害の拡大の様子の可視化を行った。メロン個体に処理された土壌処理型除草剤(ネコソギエース)の光合成電子伝達障害は、インダクション法で得られる定常蛍光強度Tによって検知が可能であり、蒸散が不活発と考えられる最下位葉および最上位葉へはあまり拡大せず、蒸散が最も活発と考えられる成熟葉に拡大することが示された。また、ヒマワリ葉に塗布された茎葉処理型除草剤(バスタ)の光合成電子伝達障害は、インダクション法で得られる最大蛍光強度Pによって検知が可能であり、処理領域周辺と処理葉の上位葉に移動することが示された。

5章では、共焦点レーザースキャン顕微鏡を用いた三次元クロロフィル蛍光顕微画像計測システムの開発を行った。ここでは、微小領域の計測に適した飽和パルス法を適用するため、計測対象にほぼ均一な光照射のできるニポウディスク式のレーザースキャン顕微鏡に、減光フィルタを装着したシャッターを組み込むことによって、植物にダメージを与えない照射光強度でレーザー光を調節できるようにした。さらに、比較的弱い光照射時にも高速で動画像が計測できる高感度のEM-CCDカメラを用いた。実験材料としてはタマシダを用い、飽和パルス光照射から0.2秒以降、2秒間程度、初期電子受容体であるQAの飽和状態が持続することを確かめた。そして、ピエゾZスキャン装置を用いることによって、約2秒間で64枚の焦点面画像を取得できるようになった。この結果、一回の飽和パルス光照射につき、一つの三次元画像構築が可能となり、計測時間が飛躍的に短縮された。このシステムを用いることによって、深さ方向に存在位置の異なる葉緑体のクロロフィル蛍光画像計測が可能となり、立体的な構造とともに、PSII量子収率の葉内分布を示すことができた。このことから、葉肉細胞内の葉緑体に比べ、孔辺細胞内の葉緑体のCO2固定能力が小さい可能性が示唆され、また、表皮細胞内の葉緑体の光合成電子伝達系は、初期電子受容体であるQA以降で阻害を受けている可能性が示された。これらの器官ごとの光合成電子伝達反応の相違は、本システムを用いて初めて得られた知見である。続く6章で総括がなされている。

以上、本論文では、植物個体および葉緑体レベルにおいて、三次元情報を得ることができるクロロフィル蛍光画像計測システムを開発し、それを用いて、従来法では得られない知見を得ており、学術上貢献するところが少なくないと考えられる。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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