学位論文要旨



No 123152
著者(漢字) 小林,頼太
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,ライタ
標題(和) 外来種カミツキガメの個体群特性および管理に関する研究
標題(洋)
報告番号 123152
報告番号 甲23152
学位授与日 2008.02.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3236号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 宮下,直
 東京大学 教授 樋口,広芳
 東京大学 客員准教授 亀崎,直樹
 東邦大学理学部生物学科 教授 長谷川,雅美
 横浜国立大学大学院環境情報学府・研究院 准教授 小池,文人
内容要旨 要旨を表示する

第一章 序論

外来種の侵入は,生物多様性の減少や経済的な損失を引き起こすことがあり,重大な環境問題のひとつといえる.外来種問題対策としては,これまで,その侵入課程や影響のリスクに応じて,「侵入防止」,「根絶」,「抑制・封じ込め」などを目標として対策が講じられてきた.外来種対策事業には多くの費用が伴うため,事前にその実現可能性を評価したうえで目標を設定することは,効率的な管理計画を立案するうえで重要である.

その評価手段として,数理モデルを用いた個体群動態の予測は有効である.個体群動態モデルは,これまで絶滅危惧生物の保全,害虫管理,野生動物の管理,水産資源の管理などさまざまな分野で利用されてきた.外来種管理のモデルも数多く研究されてきたが,分布拡大の予測や,脆弱な生育段階の検出が中心であり,根絶可能性など駆除管理にまで言及した例は数少ない.

カミツキガメは,アメリカ原産の大型カメ類であり,日本へはペットとして大量に輸入されていた.2005年6月に施行した外来生物法では,生態系および人の健康への影響が懸念されることから,輸入,飼育,移動等が原則禁止となる特定外来生物に指定された.しかし,法律施行後も野外からの発見が続いており,今後も日本各地で定着個体群を形成する可能性が指摘されている.

本研究では,カミツキガメの発見報告が多い千葉県印旛沼地域の個体を対象とし,複数の駆除戦略を想定した数理モデルによって個体群の動態を予測することで,根絶可能な駆除戦略を探索した.そのために本研究では,第2章で千葉県印旛沼流域でカミツキガメに関する野外での基礎的な情報(分布,密度,行動圏,生息地利用,移動率,産卵数,巣立ち率)を取得し,第3章でその特性を基に個体群動態予測モデルを作成した.第4章の総合考察では,その実現可能性について評価を行った.

第2章 カミツキガメ移入個体群の特性

外来種にとって,侵入先の環境は,その生活史や行動に影響を及ぼし,個体群の成長速度を決定する重要な要因となる可能性がある.そのため,侵入先での外来種の生態情報は,被害地域及び規模の予測,管理実施の緊急性など,管理計画立案の根本として大きな役割を果たす.

千葉県印旛沼周辺では,1990年代中頃から,野外でカミツキガメが頻繁に発見されるようになったが,これまでに本種の侵入規模や野外での生態に関する情報はほとんどなかった.そこで野生化の状況の把握をするため,2000年から2004年にかけては分布調査,2005年には標識再捕獲法による成体の密度推定を行った.2002年と2003年には成熟した個体(n=28)に電波発信機を装着して追跡し,野外での行動圏,生息地利用,および産卵場所の探索を行った.分布調査の結果,カミツキガメは印旛沼に注ぎ込む河川の一部に偏って確認された.また,個体密度は調査地点(流入河川に過去の捕獲記録を基に7地点を設定)によって大きく異なり,最も密度が高い調査地点では74個体/500mであった.2002年6月には日本の野外で初めて本種の産卵を確認したことから,2002年から2006年にかけては野外で巣を探索し,その巣立ち率の調査を行った.その結果,巣立ち率は原産地(ミシガン州など)と比較して高く,その要因としては,中型哺乳類による捕食がなかったことが考えられた.電波発信機による追跡の結果,カミツキガメは河川だけでなく,周辺の農地(水田・水路)も利用しており,外れ値を除いた27個体(データは31個)の平均行動圏サイズは50%カーネル法で3594ha,95%カーネル法で20872ha, 利用した河川区間の最長距離で330mであった.行動圏と追跡期間や個体サイズには相関が見られず,また標識再捕獲法による長期的な調査でも移動はほとんどみられなかったことから,カミツキガメの行動圏は比較的安定していることが示唆された.環境に大きな違いが見られないのにカミツキガメの分布が流入河川に集中していたことは,カミツキガメの移動頻度の低さを反映していると考えられた.また,カミツキガメは生息地として,河川だけでなく周辺の農地も利用していた.今後個体数が増加した場合,河川や湖沼などの水域だけでなく水田などの農業生態系にも広く影響が及ぶことが懸念された.

第3章 個体群動態モデルを用いた管理方法の検討

千葉県印旛沼のカミツキガメ個体群の根絶可能性を探るため,駆除モデルを作成した.カミツキガメは齢(サイズ)によって生存率や産卵数に違いが予測されることからモデル構造は齢構成の行列モデルとし,局所的な密度差や低い移動率を示した(2章)ことから,全体個体群を局所個体群の集合として捉えることで空間構造を考慮した.モデルに用いた初期値とパラメータは第2章から得られた値を基本とし,不足したパラメータについては原産地の値を外挿した.パラメータのうち,初期生存率(巣立ち率)や産卵数には確率性を組み込むことで人口学的なゆらぎを反映できるようにした.駆除戦略は,定率除去や定数除去ではなく,駆除回数を決めるという現状に即した基準を採用した.駆除回数は,変温動物であるカミツキガメの捕獲効率が高い日数の上限を考慮して5,10,15,20,25回/年とし,駆除数は,2章の局所密度と捕獲数の関係から回帰式の誤差分散(ポアソン分布)から再抽出することで不確実性を考慮した.個体群の規模は,流入河川の18.5kmの区間とし,行動圏サイズ(2章)から1区画が500mの37個の局所個体群に分割し,区画間の移出入は2章の結果の頻度分布から決定した.シミュレーションの期間は30年間とし,繰り返しを1000回行う基準モデルを作成した.不確実性の高い要因(移出率,初期個体数,外挿した生存率,捕獲効率およびこれらを全て含んだモデル)については,現実的な値の範囲内で任意に値を設定し,シミュレーション結果を基準モデルと比較することで感度分析を行った.

駆除をしない場合,カミツキガメの個体数は急激に増加することが予測された.根絶可能性とそれに必要なコストを計算した結果,年間5,10回の駆除回数ではカミツキガメの根絶はすべてのモデルで不可能であったのに対し,年間25回の駆除回数では,ほとんどのモデルで30年以内に根絶が予測された.感度分析の結果,根絶までの年数に大きな影響を与えるのは,推定個体数の信頼性や駆除効率であり,外挿した生存率や移出入率の影響は相対的に低かった.生存率のように取得に高コストがかかる要因よりも,駆除を実施しながら精度の向上が見込める推定個体数や駆除効率の推定式が重要であったことは,管理上重要である.今後は駆除を実施していくなかでこうした不確実性を軽減し,予測性の高いモデルに更新していく必要がある.

第4章 総合考察

本研究では,移入個体群の特性に基づき,複数の駆除戦略で外来種カミツキガメが根絶可能性を推定した.

2章で示されたカミツキガメの生態的要因(産卵数,行動圏サイズ,移出率など)は移入個体群であっても,原産地の値と類似していた.特に移出率の低さは,根絶を目指す生物としては,有利な特性だと思われた.また,3章のシミュレーションの結果,根絶までに必要な単年度の人件費は,過去の害獣駆除の予算と比較しても現実的な値の範囲内にあった.本研究のモデルでは,情報不足や単純化のため,空間の異質性(局所の環境収容力など)の要因を考慮していないなど課題もある.しかし,侵入先の個体群からパラメータを取得してモデルを作成し,開放的な環境にもかかわらず時間的,費用的に現実的な範囲で外来種の根絶可能性を示すことができたことは,本種の管理を考える上で重要な知見といえる.特に複数の駆除戦略(駆除回数)で根絶可能性が示せたことは,支出可能な予算や,緊急性といった管理実施者の置かれる状況によって計画を立てることが可能となり,外来種管理の実施にあたって有効な情報をもたらすと考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

近年外来生物は,生物多様性の減少や経済的な損失を引き起こしており,大きな環境問題のひとつとなっている.その対策事業には多くの費用が伴うため,事前に管理効果が評価可能であれば,効率的な管理計画の作成に大きく貢献すると考えられる.コンピュータシミュレーションで個体群動態予測を行い,仮想的に管理を実施して効果を評価する方法は,古くから資源管理や希少種の保全など応用面で広く利用されてきた.この手法は外来種の駆除や管理にも有効であると考えられる.

本論文では近年日本で頻繁に発見されるようになったカミツキガメを対象とし,複数の駆除戦略を想定した数理モデルによって個体群の動態を予測するとともに,根絶可能な駆除戦略を探索し,その実現可能性を評価した.カミツキガメは,アメリカ原産の淡水性カメ類であり,生態系および人の健康への影響が懸念されることから,2005年施行の法律によって輸入,飼育,移動等禁止となっている.これまでに国内で定着が確認されている地域は少ないが,野外からの発見は増加しており,予防原則に基づき管理対策を検討すべき種のひとつである.本論文の構成は,序論のあと,日本における基礎生態の把握(2章),数理モデルによる根絶可能性の評価(3章)を行い,最後に総合考察を行った.

第2章では,カミツキガメの侵入規模や個体群特性などを明らかにした.外来種にとって侵入先の環境は,生活史や行動に影響を及ぼし,個体群の増加率を決定する重要な要因と考えられる.本章では,経年的な分布調査,密度,行動圏,生息地利用,および産卵場所や初期生存率を推定した.これらの結果を総合的に判断したところ,カミツキガメは安定した行動圏をもち,移動頻度は低いことがわかった.これは根絶を目標する場合に有利な特性である.一方で,原産地と比較して初期生存率が高いなど,個体群管理に不利な特性もみられた.また,カミツキガメは農地や河川など様々な環境を利用していたが,サイズによる利用環境の傾向から,捕獲が容易な河川環境での駆除だけでも個体数減少に効果的であると考えられた.

続く第3章では印旛沼の個体群で取得した個体群パラメータを基に個体群動態モデルを作成した.このモデルは,人口学的なゆらぎ,環境収容力,移出入(空間構造)などを含む現実的なものである.駆除戦略についても,これまでの駆除モデルで使用されていた定数や定率除去ではなく,密度依存的な捕獲効率の低下と捕獲数の不確実性を考慮した.また,年間の駆除回数という実践を意識した駆除努力の違いもモデルに取り入れた.さらに,モデルの各パラメータについては,不確実性を考慮して値を変えたシミュレーションを行った.その結果,年間15回,20回,25回の駆除頻度であれば,30年以内に根絶可能性は高く,またコスト的にも実現可能な範囲内にあることが示された.

以上,本研究では,侵入先の個体群から取得したパラメータを基本としてモデルを作成し,時間的,費用的に現実的な範囲で外来種の根絶可能性を示すことができた.これはカミツキガメのみならず,外来種管理の研究全般において非常に新奇性の高い成果であり,社会的にもその重要性は高い.よって審査委員一同は,本論文が博士(農学)の学位として価値があるものと認めた.

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