学位論文要旨



No 123153
著者(漢字) 斉藤,弘樹
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,ヒロキ
標題(和) 肝臓および膵臓の前駆細胞の分離・同定と機能解析
標題(洋)
報告番号 123153
報告番号 甲23153
学位授与日 2008.02.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3237号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 千田,和広
 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 客員教授 渡邉,すみ子
 東京大学 准教授 今川,和彦
 東京大学 准教授 高橋,伸一郎
内容要旨 要旨を表示する

肝臓は体内最大の臓器で、物質代謝の中心として重要な役割を担い、再生能が高いという特徴がある。肝臓では肝細胞が、胆管を介して胆汁を腸管に分泌する外分泌と、アルブミン(Alb)などの血清タンパク質を血液中に分泌する広義の内分泌を行う。一方、膵臓は消化器系に属する最も主要な外分泌臓器であり、かつ内分泌臓器でもある。膵臓では、大部分を占める腺房細胞が膵管を介して各種消化酵素を腸管へ分泌する外分泌を行う。また、内分泌細胞は、膵島という独特の細胞構築をとり、α細胞はグルカゴンを、β細胞はインスリンを分泌し、血糖調節に重要な役割を果たす。このように、肝臓は肝細胞という一種類の細胞が外分泌も内分泌も行うが、膵臓は腺房細胞が外分泌全てを受け持ち、α細胞やβ細胞などそれぞれ一種類の細胞が一種類の内分泌を行うといった相違点がある。しかしながら、成体の肝臓と膵臓は共に、一つの臓器が外分泌と内分泌機能を担う興味深い特徴を備えている。

発生過程でも肝臓と膵臓は類似点が多い。マウスでは、共に胎生8.5日(E8.5)頃に腸管の一部が隆起し、肝芽及び膵芽が形成される。肝芽細胞は胎生中期に肝細胞と胆管上皮細胞に、膵芽細胞は胎生中期から後期にかけて外分泌と内分泌の前駆細胞に分化し、それぞれ増殖しながら段階的に成熟すると考えられている。このように肝臓と膵臓は、生体機能及び発生過程において多くの類似点が認められることから、類似した機構で細胞の分化や臓器形成が進むと考えられる。

これまで、肝臓の発生過程の研究は、組織学的な手法や遺伝子改変マウスを用いた方法が中心だった。近年、消化管からの肝臓の初期分化における器官培養や、胎生肝臓培養法が開発されて細胞生物学的研究が始まっている。さらに胎仔肝臓細胞の表面抗原として、上皮増殖因子(EGF)様ドメインを持つ膜貫通タンパク質Delta-like (Dlk) が同定されており、E14.5 Dlk+肝臓細胞は、培養系で肝細胞と胆管上皮細胞へ分化し、肝芽細胞としての性質を持つことが示されている。一方で膵臓の発生に関しては、組織学的手法やノックアウトマウスの解析しか行われておらず、細胞生物学的な研究は遅れているのが現状である。

以上の背景から本研究では、肝臓と膵臓の発生時の共通性を考慮に入れながら、両者の発生機構を分子細胞生物学的に解明することを目標に、次の5点について検討した。

(1)E14.5 Dlk+肝芽細胞のin vivo分化能

(2)培養Dlk+胎仔肝芽細胞の膵臓への分化能

(3)胎仔膵臓前駆細胞の同定・分離方法の確立と性状解析

(4)胎仔膵臓細胞の分化誘導法の開発

(5)E16.5 Dlk+PCLP+膵臓細胞の機能解析

(1)E14.5 Dlk+肝芽細胞のin vivo分化能

E14.5 Dlk+肝細胞は、培養系で肝細胞に特異的な代謝酵素と胆管上皮細胞に特徴的なサイトケラチン19(CK19)の発現を誘導できたことから、肝芽細胞と考えられた。そこで、肝再生過程における移植実験により、E14.5 Dlk+肝芽細胞のin vivo分化能を検討した。Fasに対するモノクローナル抗体Jo2の投与により、選択的に肝細胞のアポトーシスが誘導される。C57BL/6マウスにJo2を投与した翌日、脾臓に、Green fluorescent protein (GFP)を構成的に発現する同系のトランスジェニックマウス由来E14.5 Dlk+肝芽細胞を移植した。4週後、肝臓の凍結切片を作製し、蛍光顕微鏡で観察したところ、GFP陽性のドナー由来細胞の生着が確認された。さらに、ドナー由来細胞はAlbあるいはCK19を発現していた。したがって、脾臓に移植したDlk+細胞は、血流を介して再生中の肝臓に生着し、肝細胞及び胆管上皮細胞に分化できることが明らかとなった。これらの結果は、E14.5 Dlk+肝臓細胞が肝芽細胞であることを示すものである。

(2)培養Dlk+胎仔肝芽細胞の膵臓への分化能

E14.5 Dlk+肝芽細胞は、ラミニン上で肝芽細胞としての分化能と増殖性を維持したまま継代培養できた。このラミニン上で継代培養した細胞をHPPL (hepatic progenitor cells proliferate on laminin)と名付けた。さらに、肝臓と膵臓の発生過程の類似性から、HPPLの膵臓細胞への転分化(transdifferentiation)能を検討した。肝細胞増殖因子(HGF)とレチノイン酸を添加してHPPLを培養したところ、リパーゼ、Pdx-1、グルカゴン、インスリンなどの膵臓の外分泌及び内分泌細胞に特異的な遺伝子発現が誘導された。したがって、肝芽細胞としての性質を持つHPPLが、膵実質細胞へ分化可能な膵臓前駆細胞の性質を併せ持つことを明らかにした。このことは、肝臓と膵臓の発生過程における細胞レベルでの共通性を示している。

(3)胎仔膵臓前駆細胞の同定・分離方法の確立と性状解析

分子細胞生物学的手法で膵臓の発生を検討するために、フローサイトメトリーによって胎仔膵臓から実質前駆細胞の分離を目指した。まず、細胞分画に利用できる膜タンパク質を検索した。胎仔肝芽細胞およびHPPLでの結果を踏まえ、Dlkとシアロムチンファミリーに属するPodocalyxin like protein-1 (PCLP-1)に注目した。膵臓発生過程におけるDlkとPCLP-1の発現はE14.5からE16.5にかけて同様のパターンを示し、その後は膵臓の成熟と共に減少した。そこでE16.5膵臓細胞をDlkとPCLP-1の発現を指標に分画し、その性状を検討した。Dlk+PCLP+細胞は他の画分に比べて極めて高い増殖能をin vitroで示した。これまでにノックアウトマウスの解析から、膵臓発生の様々な段階に関与する転写因子の発現が報告されている。膵臓の幹細胞や外分泌/内分泌共通前駆細胞で発現する転写因子HNF1βやHNF6の発現が、E14.5からE16.5のDlk+PCLP+細胞のみに認められた。これらの結果は、Dlk+PCLP+細胞が、膵臓の幹細胞または外分泌/内分泌共通前駆細胞である可能性を示した。

(4)胎仔膵臓細胞の分化誘導法の開発

胎仔膵臓細胞の機能解析のために、成体膵臓細胞への分化誘導法を検討した。胎仔膵臓細胞の分化誘導法は報告されておらず、ES細胞や新生仔膵臓細胞の分化誘導法を参考に、E16.5 膵臓細胞の分化誘導条件を検討した。その結果、Glucagon Like Protein-1、EGF及びインスリンの存在下で、膵島を含む成体膵臓様の細胞構築を形成し、成体膵臓に特異的なアミラーゼ、グルカゴン及びインスリンなどの遺伝子発現をmRNAレベルで認めた。さらに、免疫組織化学法により、膵島様構造の辺縁部にグルカゴン、中心部にインスリン、膵島様構造以外の単層部にアミラーゼが検出され、成体膵臓と極めて類似した三次元の細胞構築が認められた。このように、E16.5膵臓細胞から成体膵臓細胞へ分化誘導すると同時に、膵島を含む成体膵臓の三次元細胞構築を誘導できる新規の培養系を確立した。

(5)E16.5 Dlk+PCLP+膵臓細胞の機能解析

フローサイトメトリーでE16.5膵臓から、Dlk+PCLP+細胞とその他の画分を分離し、上記の培養系で分化誘導した。その結果、Dlk+PCLP+細胞は膵島を含む成体膵臓様の細胞構築を形成したが、その他の画分は膵島構造を形成しなかった。Dlk+PCLP+細胞から形成された成体膵臓様の細胞構築は、膵臓細胞全体を培養した場合と同様に、膵島構造中心部はインスリンを、辺縁部ではグルカゴンを、単層部分ではアミラーゼを発現した。一方、その他の画分の培養では、インスリンやグルカゴンの産生は認められなかった。以上の結果から、E16.5 Dlk+PCLP+膵臓細胞は、培養系で膵実質細胞に分化可能な前駆細胞の性質を持つことを明らかにした。

本研究の結果は次の5点に集約できる。

(1)E14.5 Dlk+肝臓細胞は、in vivoで肝細胞と胆管上皮細胞へ分化できる肝芽細胞であった。

(2)E14.5 Dlk+肝芽細胞は継代培養可能であり、膵細胞へ分化誘導できた。

(3)胎仔膵臓からDlk+PCLP+細胞を分離し、それが高い増殖能をもつことを示した。

(4)胎仔膵臓細胞を成体膵臓細胞へ分化誘導すると同時に、膵島を含む成体膵臓の細胞構築を誘導できる培養系を確立した。

(5)E16.5 Dlk+PCLP+膵臓細胞が膵実質前駆細胞であることを培養系で明らかにした。

以上の結果より、消化管から発生する外分泌/内分泌器官である肝臓と膵臓の、実質細胞に対する胎生期前駆細胞を、Dlkを共通に発現する細胞として同定・分離し、成体細胞へ分化誘導できることを示した。また、胎仔膵臓細胞から、膵島を含む成体膵臓の細胞構築を誘導した。

本研究の成果は、従来の研究では困難であった肝臓と膵臓の分化機構の解析に、新たな分子細胞生物学的研究基盤を提供するものと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

成体の肝臓と膵臓は共に一つの臓器が外分泌と内分泌機能を担うという特徴を備えている。また、発生においては、腸管の一部が隆起して肝芽及び膵芽が形成される。このように肝臓と膵臓は、生体機能及び発生過程における多くの類似点がみとめられる。従来の肝臓や膵臓の発生研究は、正常あるいは遺伝子改変動物の組織学的解析が中心であった。しかし、詳細な発生分化機構の解析には、発生過程を再現する細胞培養系が必要である。本研究は、肝臓と膵臓の発生時の共通性を念頭に、両者の肝芽および膵芽細胞の発生分化機構を分子細胞生物学的に解明することを目的としたものである。論文は四章より成る。

第一章は序論として、肝臓と膵臓の発生に関する研究の現状と問題点を述べている。これまでに、胎児肝臓細胞の表面抗原としてDlk(delta-like)が同定されている。胎生(E)14.5日のマウスDlk+肝臓細胞は培養系で肝芽細胞としての性質を有する点に注目し、本研究の目的を明確にした。

第二章では、肝臓の前駆細胞の分離・同定と機能について解析した。まず、肝再生過程における移植実験により、マウスE14.5 Dlk+肝芽細胞のin vivo分化能を検討した。抗Fas抗体Jo2の投与により、選択的に肝細胞のアポトーシスを誘導し、脾臓にE14.5 Dlk+肝芽細胞を移植した。ドナー由来細胞はレシピエントの肝臓で肝細胞や胆管上皮細胞に分化することを明らかにした。

次に、培養したDlk+胎児肝芽細胞の膵臓への分化能について検討した。E14.5 Dlk+肝芽細胞は、肝芽細胞としての分化能を維持したまま、継代培養が可能であった。その細胞を肝細胞増殖因子HGFとレチノイン酸の存在下で培養すると、膵臓の外分泌及び内分泌細胞に特異的な遺伝子の発現が誘導された。これらの実験結果から、肝芽細胞としての性質を持つ培養細胞が、膵実質細胞への分化能を併せ持つことを示した。

第三章では、膵臓の前駆細胞の分離・同定と機能について解析した。Dlkの他に細胞分画に利用できる膜タンパク質PCLP1(podocalyxin-like protein 1)に着目し、マウス胎児膵臓から実質前駆細胞の分離を目指した。マウスではE18.5で初めて膵島構造がみとめられる。膵島構造が形成される前のE16.5膵臓細胞を、PCLP1とDlkの発現を指標に分離し、その性状を検討した。このPCLP+Dlk+細胞は、in vitroで極めて高い増殖能を示し、転写因子の発現パターンや胎児膵臓での局在から、幹/前駆細胞の性質をもつことを示した。

次に、胎児膵臓細胞の成体膵臓細胞への分化誘導能を調べた。まず、成体膵臓に類似した3次元細胞構造を誘導できる新しい培養法を確立した。E16.5胎児膵臓からPCLP1+Dlk+細胞を分離し、培養で分化誘導したところ、膵島や膵管に類似した構造を形成した。しかし、その他の細胞画分ではこのような構造を形成しなかった。胎児膵臓PCLP1+Dlk+細胞は、培養系で膵実質細胞に分化可能な前駆細胞の性質を持つことを明らかにした。

生体内における分化能を解析するため、胎児膵臓細胞を糖尿病モデルマウスの腎皮膜下に移植した。PCLP1+Dlk+細胞は高血糖を一時的に改善し、in vivoで機能する膵島細胞に分化することを示した。さらに、培養によって形成した膵島を移植すると、長期間有意に高血糖を改善した。正常マウスへの移植では、血糖を下げ過ぎなかった。これらは、培養膵島のインスリン分泌が血糖によって調節されることを示唆している。また、移植部位には膵島の3次元構造が多数保持され、異所性膵島が機能することを示した。

第四章では、本研究の結果をまとめ、肝芽および膵芽細胞の発生分化機構について総合的に考察した。

以上、本研究は肝臓と膵臓の実質細胞の胎生期前駆細胞を、PCLP1やDlkを発現する細胞として分離し、成体細胞へ分化誘導できることを明らかにした。従来の研究では困難であった肝臓と膵臓の分化機構の解析に新たな基盤を提供するものであり、学術的さらに応用的に貢献できる。よって審査委員一同は、本研究が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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