学位論文要旨



No 123158
著者(漢字) 鈴木,大介
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ダイスケ
標題(和) リアノジン受容体活性化薬4-CmCは、ラット脳幹シナプス前末端の電位依存性カリウムチャネルを阻害する
標題(洋) 4-Chloro-m-cresol, an activator of ryanodine receptors, inhibits voltage-gated K+ channels at the rat calyx of Held
報告番号 123158
報告番号 甲23158
学位授与日 2008.03.05
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2975号
研究科 医学系研究科
専攻 機能生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 教授 河西,春郎
 東京大学 教授 真鍋,俊也
 東京大学 准教授 尾藤,晴彦
 東京大学 准教授 小西,清貴
内容要旨 要旨を表示する

各種筋細胞が刺激されると、筋小胞体中のカルシウムイオンが、リアノジン受容体を介して細胞質に放出され、筋収縮が引き起こされる。筋細胞同様、神経細胞にも細胞内カルシウムストア及びリアノジン受容体が存在するが、その機能は未知の点が多い。そこで私は、幼若ラット脳幹の急性スライス標本を作製し、リアノジン受容体活性化薬である4-クロロ-m-クレゾール (4-CmC) やリアノジンを灌流投与し、神経細胞内のカルシウムストア及びリアノジン受容体の機能解明を試みた。また、1型から3型まであるリアノジン受容体の何型が発現しているのか、またどこに発現しているのかを、免疫染色により解析した。

上オリーブ複合体の台形体内側核に存在する、calyx of Heldシナプスの後細胞をホールセルパッチクランプ法を用いて電位固定し、シナプス前末端を電気刺激して興奮性シナプス後電流 (excitatory postsynaptic current、EPSC) を記録したところ、4-CmCにより振幅が濃度依存的に増大し、50%効果濃度は116・Mであった。 2発刺激により得られたpaired-pulse ratioは減少し、また自発性の微小興奮性シナプス後電流 (miniature EPSC、mEPSC) の頻度が上昇した。したがって、4-CmCによるEPSC振幅増大は、シナプス前末端から放出された神経伝達物質放出量の増大によることが示唆された。

その機構を詳細に調べるため、シナプス前末端をホールセルパッチクランプ法を用いて電流固定し、活動電位を誘発させたところ、4-CmCにより再分極時間が遅延した。シナプス前末端より記録した電位依存性カリウム電流は、4-CmCにより抑制されたが、カルシウム電流は変化しなかった。また、前末端のカルシウム電流により誘発したEPSCも、4-CmCの影響を受けなかった。免疫染色により、シナプス前末端に3型リアノジン受容体が発現していることを見出したが、リアノジン投与によりEPSCの振幅は変化せず、また4-CmCのEPSC振幅増大効果も抑制しなかった。これらの結果から、4-CmCによる刺激誘発性の神経伝達物質放出量の増加は、シナプス前末端に存在する電位依存性カリウムチャネルの抑制によるものである、と結論付けた。

一方、4-CmCにより引き起こされるmEPSC頻度上昇は、リアノジン投与により顕著に抑制された。リアノジン単独投与では、mEPSC頻度が変化しないため更なる検討が必要ではあるが、自発性の神経伝達物質放出量の増加には、細胞内カルシウムストア及びリアノジン受容体の関与が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

細胞内カルシウムストア及びリアノジン受容体の機能は、筋細胞ではほぼ明らかになっているが、中枢神経系の情報伝達過程においては未解明の部分が多い。本研究は、幼若ラットの脳幹急性スライス標本に、リアノジン受容体活性化薬4-chloro-m-cresol (4-CmC) やリアノジンを灌流投与し、上オリーブ複合体の台形体内側核に存在するcalyx of Heldシナプスの前末端及び後細胞から種々の電流・電位を記録、また免疫染色を行い、下記の結果を得た。電気生理学実験は、全て室温で行った。

1.ホールセルパッチクランプ法を用い、calyx of Heldシナプス後細胞を電位固定し、双極電極でシナプス前末端を電気刺激して興奮性シナプス後電流 (excitatory postsynaptic current、EPSC) を記録したところ、4-CmCにより振幅が濃度依存的に増大した。

2.EPSC振幅に対する4-CmCの50%効果濃度は、116・Mであった。

3.50ミリ秒の刺激間隔で、EPSCを2回誘発させることにより得られたpaired-pulse ratioは、4-CmCにより有意に減少した。

4.電気刺激からEPSC発生までの時間が、4-CmCにより有意に遅延した。

5.刺激部位から記録部位までの神経伝導速度を、双極電極でシナプス前末端に誘発させた活動電位で評価したところ、4-CmCにより有意な変化は生じなかった。

6.ホールセルパッチクランプ法を用い、calyx of Heldシナプス前末端を電流固定し、電流注入で活動電位を誘発させたところ、4-CmCにより再分極時間が有意に遅延した。活動電位の振幅や立ち上がり時間、静止膜電位に有意な変化は生じなかった。

7.電気刺激からEPSC発生までの時間の遅延は、活動電位の再分極時間の遅延で説明がつくことを、シナプス前末端と後細胞からの同時記録で確認した。

8.Calyx of Heldシナプス前末端より記録した電位依存性カリウム電流は、4-CmCにより有意に抑制された。

9.Calyx of Heldシナプス前末端より記録した電位依存性カルシウム電流は、4-CmCにより有意な変化は生じなかった。

10.Calyx of Heldシナプス前末端のカルシウム電流により誘発したEPSCは、振幅・波形共に4-CmCによる有意な変化は生じなった。

11.免疫染色により、calyx of Heldシナプス前末端に3型リアノジン受容体が強く発現していることを見出した。

12.リアノジン (20・M) 単独投与ではEPSC振幅は変化せず、また4-CmCにより引き起こされるEPSC振幅上昇も、リアノジンにより抑制されなかった。

13.自発性の微小興奮性シナプス後電流 (miniature EPSC、mEPSC) を記録したところ、4-CmC (500・M) によりmEPSC頻度は有意に上昇した。mEPSC振幅に有意な変化は生じなかった。

14.リアノジン (20・M) 単独投与では、mEPSC頻度に有意な変化は生じなかった。

15.リアノジンを20分以上投与した状態では、4-CmCによるmEPSC頻度上昇が有意に抑制された。

以上本研究により、calyx of Heldシナプスに存在する細胞内カルシウムストア及びリアノジン受容体は、刺激誘発性の神経伝達物質放出過程には関与していないが、自発性の神経伝達物質放出過程には関与していることが示唆された。本研究は、中枢神経系における細胞内カルシウムストア及びリアノジン受容体の機能全容解明の一助となり、またリアノジン受容体を特異的に活性化するとされていた4-CmCが、電位依存性カリウムチャネルを強力に阻害することを明らかにし、学位の授与に値するものと考えられる。

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