学位論文要旨



No 123159
著者(漢字) 西垣,昌和
著者(英字)
著者(カナ) ニシガキ,マサカズ
標題(和) 2型糖尿病患者の血縁者を対象とした発症予防プログラム作成と予備的介入研究
標題(洋)
報告番号 123159
報告番号 甲23159
学位授与日 2008.03.05
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2976号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 准教授 李,廷秀
 東京大学 講師 後藤,順
 東京大学 講師 塚本,和久
内容要旨 要旨を表示する

2型糖尿病患者の急増への対策として,遺伝素因を共有している可能性が高く,2型糖尿病発症のハイリスク状態である2型糖尿病患者の血縁者(特に子)を予防活動の対象として定めることが効率的な一手段として考えられる.しかし,その具体的方策は定まっておらず,現在どのような活動が行われているかは不明である.さらに,わが国で糖尿病患者やその子が糖尿病の遺伝的リスクや発症予防にどのような認識を持っているかも定かではなく,対象に合わせた予防的介入方法を考案するうえでの基礎資料が不足している.

そこで本研究では,現状と対象に即した予防的介入方法を考案しそれを評価することを大目標とし,倫理委員会の承認を得て以下に挙げる3研究を行った.I.糖尿病医療専門職者は,遺伝要因に関してどのような認識の下で診療・看護を行っているのか,また,患者と家族(配偶者を含む)が遺伝要因についてどのように受け止め,自分と家族の療養行動につなげていると思っているかを知り,2型糖尿病の遺伝的発症リスクに対するケア・診療のあり方およびそれを実施するうえでの課題を整理する(I. 2型糖尿病患者の血縁者の発症予防に関する糖尿病医療専門職の意識).II.糖尿病医療専門職から得られた意見を元に,予防的介入の対象となる子とその親に対し自記式質問紙調査を行い,予防的介入の具体的方策を考案するための基礎資料を得る(II. 2型糖尿病患者とその子を対象とした予防的介入方法検討のための基礎調査).III.予防プログラムを考案し,その効果および2型糖尿病患者の子を対象とすることのハイリスクアプローチとしての有効性を検討する(III. 2型糖尿病患者の子に対する2型糖尿病発症予防プログラム作成と評価).

I. 2型糖尿病患者の血縁者の発症予防に関する糖尿病医療専門職の意識

【目的】2型糖尿病の遺伝的発症リスクとそのケアに関する糖尿病医療専門職の認識・経験を系統的に整理し,血縁者の発症予防に関する具体的方策についての意見を収集することにより,血縁者の発症予防を目標としたケアを実施するうえでの課題を示し,そのあり方への示唆を得る.

【方法】糖尿病医療の専門家(糖尿病専門医,糖尿病看護認定看護師,糖尿病療養指導士等)を対象に,半構造化面接を行った.半構造化面接の内容は (1)対象者の背景,(2)血縁者の2型糖尿病発症リスクを感じる臨床場面,(3)血縁者の2型糖尿病発症リスクとそのケアに関する基本姿勢と,実践において情報提供等のケアを行った経験,リスクに関して患者から尋ねられた経験,(4)対象者から見た患者・家族が持っている血縁者の2型糖尿病発症リスクに関する認識,(5)血縁者の2型糖尿病予防の具体的方策とした.面接内容は許可を得て録音し逐語録を作成した.内容分析の手法に従って,質問に対する回答に該当する内容の発言を抜き出し,類似した発言をグループ化した後,要約した.

【結果】全国の病院および教育機関全9施設の計19名(医師7名,看護師12名)に面接した.対象者は,患者の家族歴,患者と血縁者の体型,患者の病態という3つの要素から血縁者の(2型糖尿病)発症リスクを感じていた.ほぼ全ての対象者が,ケアの必要性に対しては積極的,もしくは肯定的な姿勢を示したが,知識の不足やケアによる心理的負担などの弊害への危惧を理由に,実施に慎重な姿勢を示す者もあった.また,実践には人的,時間的な制約が大きいことも語られた.多くの対象者は,患者とその家族が糖尿病の遺伝に関する知識を十分には持っていないと感じていた.現段階での具体的な予防的方策は患者とその家族への遺伝素因に関する教育,一般の人々への糖尿病と健康的な生活に関する啓発の2点に大別された.

【考察】患者や子の糖尿病発症リスクおよび予防活動に関する認識は低いという印象を多くの医療者がもっていた.そこから,血縁者の2型糖尿病予防に関する対象者の意見は,患者とその家族が正しくリスク認知をし,好ましいライフスタイルに行動を変容させて環境要因をコントロールできるようになる,ということを目標に,糖尿病,特に遺伝要因ならびに環境要因の相互作用に関しての教育・知識の普及を図ることが重要であるとの考えに要約できた.そのためには,病院で患者やその家族に教育を行うことや,一般の人々を対象に,テレビ等の媒体を用いたり,学校教育に組み込むなどして,糖尿病に関する一般知識を普及することが具体的方策として有用であると考えられた.

II. 2型糖尿病患者とその子を対象とした予防的介入方法検討のための基礎調査

【目的】2型糖尿病患者の子を対象とした予防的介入方法を考案するための基礎資料を収集するため,医療者との面接調査にて問題となった,糖尿病患者およびその子におけるリスクの認識,予防行動に関する認識と実行の実態,および糖尿病に関する知識の実態を明らかにする.

【方法】75歳以下の外来通院中2型糖尿病患者,およびその子で20歳以上50歳未満かつ糖尿病でない者を対象に,リスク認識,予防行動(患者:子への注意喚起行動,子:生活習慣の改善)に関する認識と実行の実態,糖尿病関連知識(一般的知識,リスク要因等),情報源の希望と実際について尋ねる自記式質問紙調査を行った.得られたデータは,単純集計ののち,患者と子でのリスク認識の差異,リスク認識に関連する要因,予防行動の実行に関連する要因,糖尿病関連知識の患者と子の差異を検討した.

【結果】221名(有効回答率96.5%)の2型糖尿病患者とその子164名(有効回答率78.8%)が分析対象となった.家族歴,生活習慣,総合的の3つの観点から考えた糖尿病発症リスクについて,4~5割の患者が,自分の子は一般の日本人よりリスクが高いと答えた.子自身は,全ての観点において半数以上がリスクが高いと答え,特に家族歴から考えた場合には約3/4がリスクが高いと答えた.ここで,患者では3つの観点間でリスク認識に差異はなかったが,子では,家族歴から考えたリスク認識は,生活習慣および総合的な視点から考えたリスク認識よりも高かった(共にp<0.001).

生活習慣を是正することの糖尿病予防における有効性は,患者,子ともに9割以上が理解していた.6割の患者が予防行動(注意喚起行動)を実行し,4~5割の子が予防行動(体重コントロール,食事,運動への注意)をとっていた.高いリスク認識および注意喚起行動と,子の予防行動の実行の間に各々正の関連はみられなかった.

糖尿病関連知識は,患者・子ともに高かった.患者の子の知識の情報源は,家族が最も多かったが,希望する情報源はマスメディアが最も多かった.

【考察】患者,子ともに,予防行動をとるための前提条件としてのリスク認識,糖尿病関連の原則的な知識は(特に子において)高いレベルにあり,介入の方策としての情報提供は,個々の状態に合わせたより具体的な生活指導に焦点を絞ることができる.その媒体としては,家族(患者)を経由する注意喚起行動は非効果的である可能性が示唆されたことや,人的時間的資源の制約から,通信媒体を用いた非対面型の子への予防的介入が現実的であると考えられた.

III. 2型糖尿病患者の子に対する2型糖尿病発症予防プログラム作成と評価

【目的】2型糖尿病患者の子を対象に生活習慣(食事,身体活動)に関する非対面式の個別指導を行いその効果を検証する.また,糖尿病患者の子を対象とすることの予防戦略としての効率性を検証する.

【方法】2型糖尿病患者74名と,非糖尿病患者39名を介して子をリクルートし,2型糖尿病患者の子(25歳以上50歳未満,糖尿病でない者:糖尿病患者の子群) 10名と糖尿病家族歴のない成人(25歳以上50歳未満,糖尿病でない者:非糖尿病患者の子群) 6名の2群を対象として,健康運動指導士・管理栄養士らが行う郵送による非対面型の運動・食事個別指導を2ヶ月ごとに計3回行い,その効果を比較検証した.介入と効果判定には,自記式身体活動質問紙JALSPAQ,自記式食物摂取頻度調査票FFQW65による1日あたりの身体活動量と総摂取カロリーを用いた.

【結果】糖尿病患者の子群と非糖尿病患者の子群の平均年齢(34.2±7.6 vs 30.2±4.4歳),平均BMI,(22.5±3.8 vs 21.8±3.7kg/m2,平均基礎代謝(1196±174 vs 1201±289kcal),ベースラインの身体活動量(2109±550 vs 1954±586kcal/day)には群間で有意な差がみられなかったが,総摂取カロリー(2073±205 vs 1833±114kcal/day)に群間で有意な差がみられた(p=0.021).総摂取カロリーの平均値は,糖尿病患者の子群では3回の介入終了後で305±228.8kcal/day減少し(p=0.004),非糖尿病患者の子群では82±65.6kcal/day減少した(p=0.049)身体活動量は,両群ともに介入前後で変化はなかった.総摂取カロリーの減少量は,糖尿病患者の子群において,非糖尿病患者の子群よりも有意に大きかった(p=0.021)

【考察】糖尿病患者の子は非糖尿病患者の子よりも糖尿病発症を助長するような食生活をしている傾向があった. 介入により,患者の子群は非患者の子群よりも効果がみられ,糖尿病家族歴のある成人を介入の対象に設定することは予防戦略として効率がよいことが示唆される.しかしながら,研究参加への応諾率は低く,介入を対象者に提供するきっかけをいかにつくるかが検討課題である.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、急増する2型糖尿病に対する効果的な予防方策となりうる2型糖尿病患者の血縁者(特に子)への予防プログラムを考案するため、 I.2型糖尿病患者の血縁者の発症予防に関する糖尿病医療専門職の意識、II.2型糖尿病患者とその子を対象とした予防的介入方法検討のための基礎調査、III.2型糖尿病患者の子に対する2型糖尿病発症予防プログラム作成と評価、の3研究を行ったものであり、下記の結果を得ている。

I.2型糖尿病患者の血縁者の発症予防に関する糖尿病医療専門職の意識

臨床現場で糖尿病医療専門職として糖尿病患者のケアにあたっている医療者19名の、血縁者の2型糖尿病発症リスクに関する認識、(医療者からみた)患者の遺伝に関する知識とリスクに関する認識を整理した。また、専門職の考える血縁者の2型糖尿病発症リスクに対する具体的方策の案を収集した。その結果、患者や子の糖尿病発症リスクおよび予防活動に関する認識は低いという印象を多くの医療者がもっていた。そこから、血縁者の2型糖尿病予防に関する対象者の意見は、患者とその家族が正しくリスク認知をし、好ましいライフスタイルに行動を変容させて環境要因をコントロールできるようになる、ということを目標に、糖尿病、特に遺伝要因ならびに環境要因の相互作用に関しての教育・知識の普及を図ることが重要であるとの考えに要約できた。

II.2型糖尿病患者とその子を対象とした予防的介入方法検討のための基礎調査

75歳以下の外来通院中2型糖尿病患者221名、およびその子で20歳以上50歳未満かつ糖尿病でない者164名を対象に、リスク認識、予防行動(患者:子への注意喚起行動、子:生活習慣の改善)に関する認識と実行の実態、糖尿病関連知識(一般的知識、リスク要因等)、情報源の希望と実際について尋ねる自記式質問紙調査を行った。その結果、リスク認識、予防行動の実行状態、糖尿病関連知識は、わが国の糖尿病医療専門職の認識や海外における先行研究よりも高く、糖尿病の一般的な情報は浸透していると考えられた。また、子は予防に関する情報源として専門家による意見を重視していた。これらの結果と子の糖尿病発症予防のための予防的活動として、より具体的な生活習慣に関する非対面型の個別教育を行うことが有効であると考えられた。

III.2型糖尿病患者の子に対する2型糖尿病発症予防プログラム作成と評価

2型糖尿病患者の子(25歳以上50歳未満、糖尿病でない者:糖尿病患者の子群) 10名と糖尿病家族歴のない成人(25歳以上50歳未満、糖尿病でない者:非糖尿病患者の子群) 6名の2群を対象として、健康運動指導士・管理栄養士らが行う郵送による非対面型の運動・食事個別指導を2ヶ月ごとに計3回行い、その効果を比較検証した。その結果、糖尿病患者の子は非糖尿病患者の子よりも糖尿病発症を助長するような食生活をしている傾向があった。 介入により、患者の子群は非患者の子群よりも効果がみられ、糖尿病家族歴のある成人を介入の対象に設定することにより高い効果が得られることが期待された。しかしながら、研究参加への応諾率は約15%と低く、介入を対象者に提供するきっかけをいかにつくるかが検討課題としてあげられた。

以上、本論文は2型糖尿病の血縁者を対象とした予防プログラムを考案し、その効果および実行のための課題を明らかにした。本研究により提示された予防プログラムは、2型糖尿病の新たな予防方策として有用であり、学位の授与に値するものと考えられる。

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