学位論文要旨



No 123169
著者(漢字) 羽鳥,勇太
著者(英字)
著者(カナ) ハトリ,ユウタ
標題(和) 銅イオン輸送ATPaseCopAのドメイン運動とイオンポンプ機構
標題(洋) Domain movements and ion pumping mechanism in CopA,a Cu+-translocating ATPase
報告番号 123169
報告番号 甲23169
学位授与日 2008.03.07
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5100号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 榎森,康文
 東京大学 教授 深田,吉孝
 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 豊島,近
内容要旨 要旨を表示する

イオン濃度の恒常性はすべての生物に不可欠であり、それを適切な範囲に維持するのにP型ATPase(イオンポンプ)は最重要の役割を担っている。P型ATPaseは5つの系統(1-V)に分類されるが、重金属イオンを輸送するPIB型(PI型のサブグループ)は細菌からヒトまで普遍的に存在し、ヒトの遺伝性銅代謝疾患(ウィルソン病、メンケス病)とも深く関わっている。

P型ATPaseのイオン輸送サイクルは一般にE1/E2理論によって説明される。膜内イオン結合部位は輸送イオンに対してE1では高親和性で細胞質側に開いており、一方E2では低親和性で内腔側または細胞外に開いている。輸送イオンは燐酸化状態(EIP)で膜内イオン結合部位にとじこめられ、つづくE2Pへの状態変化に伴って内腔(細胞外)側へと放出される。PII型に属する筋小胞体Ca2+-ATPase(SERCA1)の7つの異なる中間体の原子モデルから、イオン輸送には3つある細胞質ドメイン(A、N、P)の大きな運動と膜貫通ヘリックスの再配置を伴うことがわかった。PIB型は他のサブグループとは膜貫通領域のトポロジーや細胞質ドメインの構成に明確な差があり、N末端金属結合ドメイン(NMBD)を持っが、その数は不定(1~6個)であり役割も不明である(図1)。従ってイオン輸送機構にも相違があるかもしれない。

本研究では、PIB型ATPaseIDイオン輸送機構の解明を目指して、その代表であるCu+-ATPaseの解析を行った。これまでの研究では複数のNMBDを持つ分子のみが対象となっていたが、我々は鎖長がより短くNMBDが一個の好熱菌Thermotoga maritima由来CopAを新たにクローニングし、大量発現・精製を行った。Cu+依存性ATPase活性を指標としてCopAの生化学的特性を検討した後、蛋白質限定分解によって全長CopAとNMBDの欠損変異体(△NMBD)のドメイン運動の検出を試みると共に、部分反応の検討を行った。

1.好熱菌Thermotoga maritima由来CoAの大量発現・精製

Hisタグを付加した組み換え蛋白質としてCopAを大腸菌で発現し、膜画分中のCu+依存性ATPase活性を検討した。次に最適な界面活性剤の選択、熱処理によって活性を維持した状態で80%以上の純度でCopAを可溶性画分に回収し、さらにCo2+親和性クロマトグラフィーによって90%以上の純度まで精製できた。

精製したCopAはDTTおよび燐脂質によって活性化され、特に燐脂質は活性の長期安定性に重要であることがわかった。さらに、CopAのATPase活性について様々なパラメータ(Cu+濃度、Ag+濃度、cysteine濃度、塩濃度、ATP濃度、温度、pH、燐脂質の種類と濃度、界面活性剤の種類と濃度、燐酸アナログの阻害効果)を検討した。

2.蛋白質限定分解によるCopAのドメイン運動の検出

ATPおよび燐酸のアナログとしてそれぞれAMPPCPおよびAIFxを用いて、CopAの5つの中間体(E2、E1・Cu+、E1・Cu+・ATP、EIP・Cu+・ADPおよびE2P)またはそのアナログ状態の限定分解を行った。papain、proteinase K、trypsin、lysyl endopeptidaseおよびV8proteaseを用いた限定分解で生じた断片のマススペクトルとN末端アミノ酸配列からCopAの切断部位を決定した(図1)。各中間体の差はpapainでもっとも明確であった。そのうち、M2とAドメインの間のループ(M2-Aリンク)はE2およびE2Pで特異的に切断されること、AドメインとM3の間のループ(A-M3リンク)はEIP・Cu+・ADPおよびE2Pでは保護されることがわかった。SERCA1のA-M3リンクも、EIPではAドメインによって伸張され、E2Pでもそれが維持されることによりproteinase Kによる切断から保護される。また、M2-AリンクはE2で特異的に切断される。従って限定分解の結果はCopAでもSERCA1のようなAドメインの運動が起きていることを示す。また、いずれの蛋白質分解酵素についても、NMBDと最初の膜貫通ヘリックスの間の領域(NMBD-Maリンク)はA-M3リンクと同様E1P・Cu+-ADPとE2Pでのみ保護された。このことは、NMBDがE1P→E2PでAドメインと共に運動することを示唆する。

SERCA1のN末端からM1までの領域はAドメインの一部(AN)を構成し、細胞質ドメインの運動を膜貫通ドメインに伝達するという重要な役割を持っ。CopAでは一次構造上NMBDおよびMaだけがSERCA1のANおよびM1に対応しうることから(図1)、これらは相同の役割を担っている可能性が高い。実際NMBD-Maリンクの切断によってCopAはCu+依存性ATPase活性を失った。

3.N末端金属結合ドメインの欠損がCopAの反応サイクルに与える影響

NMBDを欠損したコンストラクト(△NMBD)を調製し解析を行った。限定分解によるp70断片と同様、△NMBDにもCu+依存性ATPase活性は検出されなかった。papainを用いた限定分解でE1PおよびE2Pの細胞質ドメインの配置の変化は検出されなかったので、△NMBDではE1P→E2Pが阻害されていると予想された。

次に燐酸化中間体(EP)の形成を調べた。一般にP型ATPaseではATPのγ-燐酸の転移反応(E1ATP→E1P)の他、無機燐酸による燐酸化(E2→E2P)も可能である。実際、無機燐酸によって△NMBDはWTと同程度の燐酸化レベルに達した。一方、ATPによる燐酸化では、WTでは燐酸化レベルが51%に達した後に、他の非燐酸化状態も形成されることを反映して、定常状態では33%に低下した。これに対し△NMBDではEPが蓄積し、燐酸化レベルは87%に達した。

一方、E2Pの脱燐酸化速度は△NMBDの方がWTよりも遥かに速かった(11倍)。この結果は△NMBDではE1P→E2Pが阻害されていることを示す。SERCA1ではE1P→E2PでAドメインが大きく運動し、AN-M1リンクを介して分子全体にわたる構造変化が誘起される。燐酸化・脱燐酸化実験の結果はEIP→E2PにおけるNMBDの重要性を示しており、「NMBDとANが相同の役割を持つ」という考えを支持する。さらに△NMBDではCu+の有無によって脱燐酸化速度は影響を受けなかったのに対し、WTではCu+添加によって△NMBDと同程度まで上昇した。このことは、Cu+がNMBDに結合することによってE2P→E2が促進されることを示唆する。E2PにおけるAドメインの配置の制御がSERCA1では脱燐酸化に重要であり、NMBDとCu+による調節がCopAでは重要であると考えられる。

4.ウィルソン病変異がCopAの反応サイクルに与える影響

ヒトの銅代謝疾患であるウィルソン病はCu+-ATPaseの一種であるATP7Bの変異によって引き起こされ、最も高頻度に認められる変異はH106gQである。His1069に対応するHis残基はすべてのPIB型ATPaseに保存されており、CopAではHis479が対応する。そこでCopAにH479Q変異を導入し、解析を行った。

H479Qでは、E2→E2PがWTと同様に進行したのに対し、E1→E1Pは殆ど起きなかった。papainを用いた限定分解からは、H479Q変異はいずれの中間体のドメイン配置にも殆ど影響を与えないことが示された。さらにCopAのp-nitrophenylphosphate(pNPP)分解活性と核酸の阻害効果を調べた。WTはpNPPを分解し、その活性は核酸によって阻害された。これに対しH479QのpNPPase活性に対するAxPの阻害効果はいずれもWTより低く(50-69%)、一方GTPの阻害効果はWTと同等であった(89%)。すなわち、H479Q変異はアデニン環の結合を阻害すると考えられる。

まとめ

本研究によりCu+-ATPaseのイオン輸送機構が明らかになった(図2)。CopAはSERCA1と同様のイオン輸送機構を持つが、輸送イオンによる制御は大きく違っており、NMBDがその中心的役割を果たす。SERCA1ではE1P→E2PでAドメインの運動がANおよびM1を介して膜貫通ドメインに伝達されるのに対し、CopAではNMBDおよびMaを介している。NMBDはまたCu+依存的な脱燐酸化速度の制御を担っており、Cu+の結合はE2P→E2を促進すると考えられる。

本研究における質量分析は真島英司博士‡と、CopAおよびその変異体の燐酸化・脱燐酸化実験はDr.Giuseppe Inesi§と共に行った。(‡プロテノバ株式会社、§California Pacific Medical Center Research Institute)

図1.P型ATPaseの代表的な分子でありPII型に属すSERCA1と、PIB型に属すT.maritima CopAの一次構造。A、N、PドメインおよびM2-M6は互いに対応するが、PIB型ATPaseはM7-M10を持たず、NMBDとMa-Mcが持つ。SERCA1の蛋白質分解酵素切断部位と、本研究で明らかになったCopAの切断部位の位置も示した。

図2.予想されるCopAのイオン輸送機構。NMBDおよびMaはSERCA1のANおよびMlと相同の役割を持つ。また、NMBDのCu+結合状態はE2P→E2の速度に影響し、Cu+非結合状態では著しく遅い。実際、△NMBDではCu+非依存的に高速にE2P→E2が進行する。矢頭は蛋白質分解酵素による切断部位を示す。

審査要旨 要旨を表示する

P型ATPaseはATPを消費して特定のイオンを生体膜の反対側へと輸送する膜蛋白質であり、細胞内イオン濃度の恒常性を維持するのに最重要の役割を担う。P型ATPaseは一次配列の相同性から1-V型に分類される。H型に属す筋小胞体Ca2+-ATPase(SERCA)では反応サイクルをほぼ網羅する様々な中間体の結晶構造が解明されており、能動輸送の構造学的基盤に関して詳細な知見が得られている。一方1型の内、重金属イオンを輸送するサブグループのIB型は、II型とは大きく異なるトポロジーを持つことからイオン輸送機構も違う可能性がある。本論文ではPIB型ATPaseのイオン輸送機構の本質に迫るために、Cu+-ATPaseの1っであるCopAを材料とし、主として蛋白質限定分解の手法を用いることにより構造変化を研究している。また、従来PIB型ATPaseのN末端に共通して存在する金属結合ドメイン(NMBD)の生理的意義は不明であったが、その解明の為、NMBD欠損変異体(△NMBD)の解析を行っている。

本論文は4章から構成される。第1章は序論であり、PIB型ATPaseに関するこれ迄の研究を総括するとともに、最も研究の進んでいるSERCAとの構造上の差異について説明している。第2章は材料と方法に関する記述である。第3章は本研究で得られた結果の記述であり、以下にその内容の要点をまとめる。

第1節では、PIB型の一種であるThermotoga maritima由来CopAの大量発現・精製と生化学的解析を記述している。Hの培養液から約3mgの高純度精製蛋白質を調製する系を構築し、脂質の添加や適切な界面活性剤の選択によって活性が安定に保持される条件を確立した。またフッ化アルミニウムが安定な燐酸アナログとして機能し、燐酸化中間体の研究に有用であることを見出した。

第2節では、CopAの5種類の中間体アナログを作製し、蛋白質限定分解によるCopAのドメイン運動の検出を行った。4つの切断部位があり、中間体ごとに切断の容易さが異なること、またその位置と切断の容易さの変化がSERCAに極めて良く似ていることから、CopAでのイオン輸送は同様のドメイン運動を伴うとの結論に至っている。またNMBDと膜貫通ペリックスの間のリンクはATPase活性に必須であり、その切断速度は中間体ごとに異なることを見出している。

第3節では、NMBDを欠損したコンストラクト(△NMBD)を作製し解析を行っている。△NMBDではCu+依存性ATPase活性が失われている一方、フッ化アルミニウムを用いた中間体アナログを形成できることを蛋白質限定分解によって示している。このことから△NMBDではイオン放出に伴う構造変化が阻害されている可能性を提示し、この仮説を燐酸化実験によって直接的に検証している。また野生型ではCu+の添加によって脱燐酸化速度が上昇すること、△NMBDではCu+の影響が見られないこどから、脱燐酸化反応はCu+によって調節を受け、NMBDがその調節の中心的な役割を果たすとの結論を得ている。

第4節では、PIB型ATPaseで普遍的に保存されるHisをGlnに置換した変異体(H479Q)の解析を行っている。相同の置換はウィルソン病患者で高頻度で見つかっている。文献的にはこのHisはATP結合に関与することが知られていたが、本研究ではさらにp-ニトロフ手ニル燐酸分解活性と蛋白質限定分解を用い、こρ変異体はATPに対する結合能以外は野生型とほぼ同じ性質を持つことを示している。

第4章は考察である。PIB型とPII型では一次構造が大きく異なるがドメイン運動は類似であるとの結論を踏まえ、CopAのNMBDがSERCAのAドメインの一部と相同の役割を持っ可能性を論じている。またNMBDとCu+による脱燐酸化反応の調節が持つ生理学的な意義を考察するとともにその調節機構の構造学的な解釈を試みている。

以上、本研究はP型ATPaseのイオン輸送に伴うドメイン運動が、PIB型とPII型で極めて類似しているとの新たな知見を与えた。またこれまで機能未知であったNMBDが、PB型ATPaseのイオン輸送サイクルを調節すると共に、PH型ATPaseのAドメインの一部に相当する重要な役割を持つことを明らかにしたものである。これらは、PB型ATPaseのイオン輸送機構の理解に大きな進歩をもたらす知見であると判断される。よって審査委員一同は、本研究を博士(理学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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