学位論文要旨



No 123172
著者(漢字) 犬塚,美輪
著者(英字)
著者(カナ) イヌヅカ,ミワ
標題(和) 中学・高校期における説明文読解方略の発達と指導
標題(洋)
報告番号 123172
報告番号 甲23172
学位授与日 2008.03.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(教育学)
学位記番号 博教育第135号
研究科 教育学研究科
専攻 総合教育科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 市川,伸一
 東京大学 教授 南風原,朝和
 東京大学 教授 秋田,喜代美
 東京大学 准教授 針生,悦子
 東京大学 客員教授 渡部,洋
内容要旨 要旨を表示する

説明文の読解は,学習を支える重要な活動であるが,生徒にとっては困難な課題でもある。本論文では,説明文読解を方略使用という観点から検討し,説明文読解を促進するための知見を得ることを目的とした。そのため,本論文では,読解方略の構造を明らかにするとともに,その構造に基づいた発達像を示し,指導の提案と検討を行なった。

第1章では,説明文読解のプロセスについて概観し,本論文の焦点と課題を示した。

文章全体の一貫した表象を構築するために,読み手は,文字や単語の符号化のような必須のプロセスだけでなく,任意の手続きを多く実行して文章全体の表象を構築している。こうした主体的な読解における手続きを読解方略と呼ぶ。その位置づけを明確化するため,本論文では,読解方略を,読解における「任意の目標志向的でコントロール可能な手続き」と定義した。中学・高校期の読解では,複雑で長い文章に取り組むことが多くなるため,読解方略の使用が重要な役割を果たすと考えられる。そこで,本論文では,読解方略の発達と指導を検討の焦点とした。

しかし,読解方略に関する先行研究においては,方略の全体像の検討が十分なされていないという問題点があった。読解方略の構造を示すことは,個々の方略に焦点化された研究を整理・解釈するために重要なだけでなく,読解方略の発達を検討し指導を構築する際の枠組みとしての意義もあると考えられた。

そこで,説明文読解方略の全体構造を明らかにすることを第一の課題とし,第2章の研究1では,説明文読解方略を測定する質問紙を開発し,読解方略の因子構造を検討した。

調査1では,読解方略質問紙への回答をもとに,探索的因子分析と先行研究において示されたモデルとの対比によって方略構造をモデル化し,「3因子モデル」を提唱した(図1)。続く調査2では,発話思考との対応を検討して併存的妥当性を示し,さらに調査3では異なる対象者に実施して示された構造の一般性を確認した。

第二の課題は,読解方略の構造を踏まえた発達像を提示し,読解指導の目標と方向性を示す知見を得ることである。そこで,第3章の研究2では,異なる文章構造における読解方略使用の発達を検討した。

分析1では,研究1で開発した質問紙を用い,3因子モデルに基づいて,方略使用の発達を検討した。文章の全体構造を操作し,全体構造が明確な場合と不明確な場合の方略使用を検討した結果,全体構造が明確な文章では,学年による影響が見られなかった。一方,全体構造が不明確な文章では,学年が上になるほど方略を用いる傾向が高いことが示された。また,このとき,理解補償方略においては,こうした影響が見られず,内容学習方略と理解深化方略においては,学年の影響が示された。

分析2では,対象者の書きこみを用いて同様の検討を行ない,方略の質的な側面に関する検討を加えた。その結果,文章の全体構造が明確なときには学年による差異が見られなかったのに対して,文章の全体構造が不明確なときには,要点把握・視覚的工夫・効率性の方略の質的側面において,学年の差異が見られた。方略使用の量的側面だけでなく質的側面においても,文章構造が不明確なときに,学年による差異が示されたと言えた。

これらの結果から,読解方略使用における発達について2つの側面が示唆された。まず,年齢が高くなるにつれて方略を用いなくなるという傾向はいずれの方略においても見られず,方略使用は,維持または増加する方向で発達すると考えられた。また,文章構造が不明確で文章の全体構造の把握が比較的困難な状況において,全体理解に関わる方略の使用に学年の影響が見られたことから,方略使用頻度が単純に増加するのではなく,課題の特徴に即して適応的な方略使用がなされるようになる,という発達像が示された。

こうした読解方略使用の発達の前提として,方略知識の学習が重要である。方略知識の学習には,教育課程での指導が大きな役割を果たすと考えられるが,教育課程における方略指導の実態は明らかでない。そこで,第4章の研究3では,第三の課題として,教育課程における方略指導の実態について検討した。

大学生を対象とした調査を実施した結果,方略の指導を受けたという認識を持つ大学生は必ずしも多くなく,要点把握方略や構造注目方略は,指導が認識されることが多いが,質問生成方略や知識活用方略の指導は認識していない者が多いことが分かった。中学生を対象とした面接調査においても,以上の結果を支持する回答が得られた。また,要点把握方略,構造注目方略,質問生成方略に関しては,指導を受けた認識のある読み手のほうが,普段の読解において,より頻繁に方略を使用することが示された。これらの結果から,明示的な指導が方略の獲得と使用を促進することが示唆される一方で,研究によって有効性が示されている方略でも,明示的な指導が十分には行なわれていない可能性が指摘された。

以上の知見から,実際の教育の場で適用されうる方略指導を検討することが必要であると考えられた。そこで,方略の観点からの指導の提案を第四の課題とした。

第5章の研究4では,指導枠組みの提案と,実践による指導枠組みの有効性の検討を行なった。これまでにも多くの指導法が提案されているが,パッケージ化されたプログラムが多く,指導者が必要に応じて授業に方略指導を取り入れられる柔軟な枠組みが必要であると考えられた。そこで,方略知識を獲得するための指導を「第一段階の方略指導」,方略をより適切に運用することを目指した指導を「第二段階の方略指導」と位置づけ,それぞれの段階における指導枠組みの提案と,その実践による検討を行なった。

指導1では,第一段階の方略指導として,読解方略構造を援用し,指導する方略の内容を示した。ここで,方略の提示方法が異なる2つの指導枠組み(明示練習と分析的学習)を提案し,その効果を比較した。明示練習は,方略が明確なルールとして指導され,その意識的な練習を通して有効性を示す指導である。それに対して,分析的学習は,読解プロセスに埋め込んで方略使用の実例を示し,その分析を通して方略の機能と有効性を学習させるものである。指導の結果,いずれの指導枠組みにおいても,読解成績と方略使用が向上したが,方略の性質によって,指導枠組みの効果が異なることが示された。状況によって変化の小さい行動として提示できる方略の場合は,明示練習の効果が大きく,課題や理解の状況に応じた調整の必要性が高い方略の場合は,分析的学習の方が,方略の学習により効果的であると考えられた。

次に,第二段階の指導として,指導2では,メタ認知に着目した指導枠組み(相互説明)を提案した。方略を適切に運用するためには,自己の理解度を的確に把握した上で,方略の使用を促す働きかけを行なうことが重要だが,こうしたメタ認知を的確に働かせることは容易ではない。相互説明の指導枠組みは,読解をメタレベルの活動と対象レベルの活動に分離し,それぞれの活動を意識的に行なうことで,メタ認知的活動と適切な方略使用の促進を目指すものである。より具体的には,文章内容の説明と質問を交代しながら行なうことで,対象者に2つのレベルでの活動を経験させ読解の促進を図った。指導の結果,学習者はメタ認知の役割に気づき,指導前より適切に方略を使用できるようになったと考えられた。

これら2つの指導枠組みは,クラス指導などの場面において効果的に方略を指導するためのものであった。一方で,読解に特に大きな問題を持つ読み手への対応が課題となる。こうした読み手は,クラス指導では十分に学ぶことができず,また,通常の発達を安易に当てはめた指導では効果が期待できない。しかし,そうした読み手にこそ読解方略は重要であり,学習の機会を設ける必要がある。そこで,第6章の研究5においては,個別指導を通して,学習者の個人差に対応した指導構築の過程を示した。指導を通して,アセスメントを読解プロセスとの対応から解釈し,指導する方略を精選した上で指導を構築することが重要であると考えられた。

これら3つの指導を総合すると,第一段階の方略指導においては,方略の機能と有効性の理解を促すことが重要な原則であるが,こうした理解を促すために必要な工夫は,対象者と状況によってことなることが分かった。また,第二段階の指導においては,メタ認知的活動に注目した指導を行なうことで方略の適切な選択と調整を促進することが有効であると考えられた。

最後に,第7章では,読解方略の発達と指導について,本論文で得られた結果をまとめ,その意義と示唆,および今後の課題を述べた。本論文の研究上の意義は,読解プロセスと対応した読解方略構造を,先行研究の枠組みを活かした統計的分析から示し,それに基づいた発達像を示した点にある。説明文読解の発達像を,読解方略の使用という側面から提示し,方略の適応的な使用という点での発達を示したことは,読解研究における本論文の貢献と言えるだろう。

また,本論文の教育上の意義としては,方略指導についての現状を明らかにし,教育現場において活用しうるツールや指導枠組みを提案した点を挙げることができる。本論文で得られた知見から,方略の明示的な指導と学習者の内省の促進という2つの方向性が考えられ,また,課題に適応的な方略という観点を持つことの重要性が示唆された。

一方,本論文にはいくつかの限界が指摘できる。まず,質問紙を主に用いた本論文の検討では,オンラインの読解プロセスを捉え切れていない可能性がある。また,横断的分析は因果を規定するものではないという点への留意も必要である。指導実践については,その対象と期間が限られていたため,一般化可能性には限界があるだろう。今後は,実験的な方法や異なる測度を用いた検討を行なうとともに,長期にわたる実践的な取り組みによって,得られた知見をより確かなものにすることが必要である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、中学生・高校生にとって重要な課題である説明文読解を促進するための知見を得ることを目的としている。第1章では、説明文読解のプロセスについて、認知心理学的諸研究を踏まえつつ考察し、本論文の焦点と課題を示している。説明文読解を、文章から内的表象を構築するためのプロセスとみなし、そのために読み手が用いる方略、すなわち目標志向的でコントロール可能な手続きに注目する。そして、その因子構造を枠組みとして、発達過程の検討と指導法の開発を研究の焦点とすることとしている。

第2章では、説明文読解方略を測定する質問紙を作成し、読解方略の因子構造を見いだし、理解補償方略、内容学習方略、理解深化方略のもとに7種類の下位方略を位置づける「3因子モデル」を提唱している。また、発話思考との対応を検討して併存的妥当性を示すとともに、異なる対象者に質問紙を実施して構造の一般性を確認している。第3章では、文章構造の明確性を変化させた上で、読解方略使用の発達を検討した。全体構造が不明確な文章では、学年が上になるほど方略を用いる傾向が強く、要点把握・視覚的工夫・効率性といった方略の質的側面においても学年間の差異が見られた。このように、方略使用は、発達的にみて、維持または増加する傾向にあるが、方略使用頻度が単純に増加するのではなく、課題の特徴に即して適応的な方略使用がなされるようになることが示された。

第4章では、中学生と大学生に質問紙調査と面接調査を実施し、これまで学校の中で、質問生成方略や知識活用方略の指導を受けたと認識していない者が多いこと、要点把握方略、構造注目方略、質問生成方略に関しては、指導を受けたという認識のある読み手のほうが、普段の読解において、より頻繁に方略を使用することが示された。第5章では、方略が明確なルールとして与えられ、その意識的な練習を通して有効性を示す「明示練習」と、読解プロセスに埋め込んで方略使用の実例を示し、その分析を通して方略の機能と有効性を学習させる「分析的学習」とを提案し、実践を通じて比較検討している。指導の結果、いずれの指導法においても、読解成績と方略使用が向上したが、方略の性質によって、指導法の効果が異なることも示された。さらに、次の段階の指導として、メタ認知に着目した指導法である「相互説明」を提案した。これは、文章内容の説明と質問を交代しながら行うもので、指導の結果、より適切に方略を使用できるようになった。第6章では、クラス内の通常の指導では対応しにくい生徒に対する個別指導を取り上げ、こうした学習者に対しては、アセスメントを読解プロセスとの対応から解釈し、指導する方略を精選した上で指導していくことが重要であることを指摘している。最後に、第7章では、読解方略の発達と指導について、本研究で得られた結果をまとめ、その意義と示唆、および今後の課題を述べている。

このように、本論文は、読解プロセスと対応した読解方略構造を、統計的分析から示し、方略の適応的な使用という視点からの発達モデルに基づいた指導法を考案して実証的に検討したものであり、研究上ならびに教育実践上、大きな示唆を与えるものと考えられる。よって、博士(教育学)としての十分な水準に達していると判断された。

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