学位論文要旨



No 123176
著者(漢字) 納村,信之
著者(英字)
著者(カナ) ノムラ,ノブユキ
標題(和) 空間共用からみたシェアード・オフィスに関する研究
標題(洋)
報告番号 123176
報告番号 甲23176
学位授与日 2008.03.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6678号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西出,和彦
 東京大学 教授 岸田,省吾
 東京大学 教授 平手,小太郎
 東京大学 教授 松村,秀一
 東京大学 准教授 千葉,学
内容要旨 要旨を表示する

まず、本論文における研究内容と明らかにできたことがらを簡潔に要約して下記に記述する。そして、シェアードオフィス計画における今後の動向を予測し、本論文で実施した研究の方法・内容についての問題点を指摘しながら、今後の取り組むべき研究課題に言及する。さらに、本研究成果の応用の可能性、すなわち、シェアードオフィス設計や、レイアウトの評価に関わる提言について、筆者の感想を交えながら述べる。

第一章では、今日の多様化するオフィスの動向を調査し、オフィスがオータナティブ・オフィシングといった革新的で選択可能性の高い状況になっていることが分かった。更に、ユビキタス化してきたワークプレイスが、逆に人々が、物理的に集まる場所が重要視されてきている状況でもあることが分かった。

次に、そういった状況の中で、シェアードオフィスの歴史的背景、そしてその定義づけを行った。シェアードオフィスは、レンタル・オフィス、コーポラティブ・オフィス、またはサービス・オフィスとも呼ばれ、はっきりとした定義が一般的にも、学究的にも行われていないことが分かった。また、その構造的特徴としては、個人の執務スペースとしての専用部分とそれ以外の、ミーティングスペース、エントランス、廊下、トイレといった共用部分に大きく分かれ、執務スペースは、個室、ブースタイプ、そして自席スペースを専用で確保しない大部屋タイプに分かれていることが分かった。

第二章では、東京のシェアードオフィスの実例を収集することによって、その特徴や傾向を概括。インターネット検索で「レンタル・オフィス」「シェア・オフィス」で抽出した41例のロケーション、規模、階数を調査して、ほとんどが中央区、渋谷区、港区といった都心3区に集中していることが判明。

また平面構成としては、完全に間仕切られた個室形式の中廊下タイプがほとんどであった。

上記実例から、ブース形式で構成された開放的なオフィス3事例をピックアップし、メンバーの職種、年齢そして現地調査を行うことによってどのようにオフィス空間が使われているかを調査した。その結果、

同じ5階、6階が同じ平面プランにもかかわらず、その階のメンバーの職種構成の違いによってまったく異なる共用部の使われ方をすることを調査分析から浮かび上がらせた。また、豊かな共用空間を用意しているにもかかわらず、ノンテリトリアル(自席を持たない)メンバーによって独占的に使用されてしまい、他の常駐メンバーが使用したいとき使用できない弊害が出てきて、ノンテリトリアルメンバー制度を今年いっぱいで廃止するなど、オペレーションのなかで、問題点を解決しながら運営していることが分かった。

第三章では、シェアードオフィスの一実例の8年間の経年変化を追うことによって、どのようにメンバーや平面構成が変化していくかを、調査分析した。その結果、メンバーが最初は、20~30代の若手で建築家からアーティストまでさまざまな職種によって構成されていたため、8年間でのメンバーの出入り、移動そして自席の移動とスペースの増減はダイナミックに変化したことが分かった。そして、その中で特徴的な2のステージを抽出し、それぞれのメンバーの行動特性や会話の行われた場所に関してパブリック・スペースを中心にマッピングすることによって、ノードとしての共用ミーティングスペースの位置やキーパーソンの存在がいかにメンバー間のインターラクションに影響を与えるかを発見した。

第四章では、シェアードオフィス内でメンバー間または外部の人々とのコミュニケーション行う場所として重要な共用ミーティングスペースのデスクを可動なものに変更することによって、メンバー・チーム間等の活動がどのように変化したかを調査した。調査結果は、既存固定デーブルの時は、単独チームの占用がメンバー全体の活動の活発化を抑制していたが、可動テーブルに変更することによって、メンバーの多彩な業務内容に対応できる様々な活動を誘引し、選択可能性のあるスペースとして活性化した共用スペースを実現できた。さらに、ミーティングスペースでの活動が可動テーブルにすることによって隣接する廊下そして小ミーティングスペースへとはみ出しながら縦横無尽に使用されまでに至り、オフィス全体の場の構造も変化したことが分かった。アンケート結果からも可動にすることによって、メンバーが心理的に使用しやすくなり、固定時に独占して使用していたメンバーは、自席近辺でスタッフと打ち合わせをするようになり、共用スペースをあまり使わなくなった。

また、二章から三章の調査分析へのフィードバックから、共用のミーティングスペースの専用・占用・共用化の状況には、人の密度(共用ミーティングスペースの総面積/総人数)との間に相関関係が存在していることが分かった。1~2平米/人の場合、人による占用化が発生しがちであり、2平米/人近辺では、共用化または、キーパーソンが常駐して活動を活性化させる場合は、専用化が起こっている。3平米/人の場合、不活発ではあるが、共用化された状況になる。しかし、ミーティングスペースのテーブルを可動にすると活発な共用化が促進されることが実験から発見できた。

上記調査分析から

・ 一章でオフィスの動向の中で述べてきたようにユビキタス化し、離散していくワークスタイルの動向のなかで「物理的に人が集まる場所」はますます重要になってきている。

・ 多彩な人との関わりがもてる環境を共用スペースに準備していくことは、非常に重要なことといえる。

・ また、日本のオフィスのネット4~5平米/人という状況は、欧米の常識からみれば、超過密である状況から、メンバー総人数に対して的確な密度で共用スペースを確保する必要があるといえる。的確なスペースが確保できない場合、共用スペースが占用化しないためにも、共用ミーティングスペースのテーブルを可動にしてみる等、使用者の独占的使用を抑止し、多彩な活動に対応可能な選択可能性のある環境にしていくよう心がける必要がある。

・ 相互交流を重視したシェアードオフィスの場合、若手建築設計事務所を中心とした複数の集団に適用するのが望ましい。

様々な業態(構造、設備、電気、ランドスケープ、建設会社、そしてクライアント等)とコラボレーションしなければならない業態である。

◇活発な創造的活動状況を訪れた施主に直接体感させることができる

全く、プロジェクトを共同で行わない個人、少数の人々が物理的に同じ場所に集まっても、活発なインターラクションは望めな。(特に、グラフィック、ウェブデザイナーのような自席でワークスペースがほとんど完結してしまう場合はあまり適当であるとは言えない。)

・ 強いて言えば、ワークスタイルがプロジェクトベースでチームを組むようになった大手設計事務所に関しても上記シェアードオフィスのプロトタイプが適用できるのではないか。

シェアードオフィスの今後の課題

・ 個別事例の一般化、個別事例研究の重要性

実例にして4例、そして一例に関しては、経年変化とミーティングスペースの物理的セッティングの変更と3ステージのメンバーの行動特性の変化をみてきた。

本研究で、調査・分析の対象として取り上げた事例も、厳密に言えば、一般性があるとは言い切れない。どれも個別事情なのである。ただし、設計・計画の対象は常に個別の事情であるため、特に、既往研究の少ないダイナミックに変化するシェアードオフィスのような個別事例的要素が大きい空間の設計には、一般性をもつ人間ー環境系モデルに関する理論よりも、さまざまに適用可能な計画上の方法論のような研究が必要と感じている。そうした研究であれば、調査研究事例の多少の問題も少ない上、設計計画を行う実務においても有用であると考える。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、シェアード・オフィスを対象として空間共用、特に利用者間の交流という観点から論じたものである。オープンなシェアード・オフィスの実態調査を中心として、その可能性と意義・問題点、計画上の考慮すべき項目を考察した。

本論文は、1~5章からなっている。

第1章では、今日の多様化するオフィスの動向を調査し、ワークプレイスが不定型で分散化する一方で、直接対面のコミュニケーションが可能な「物理的に人が集まる場所」の重要性が指摘されてきていることを示し、この状況の中で出現してきたシェアード・オフィスの歴史的背景、特徴を概観した。個人の執務スペースとしての専用部分とそれ以外のミーティング・スペース、廊下、トイレ等の共用部分で構成され、執務スペースは、個室、ブースタイプ、そして大部屋タイプに分かれ、さらに使用上専用か時間制の共用かに分かれ、空間そして使用形態上多様な執務スペースが存在していることを示した。

第2章は、東京都内の大部屋・個室形式で構成されたシェアード・オフィス3事例の実態調査を行い、利用者には、フリーランス、SOHO、スタートアップ、ベンチャーといったコストを押さえながら、人と人との交流も求める利用者が多いことを明らかにした。空間・運用・利用形態において、以下のような特徴的な弊害や効用を見出した。

1)利用者の職種構成により共用スペースの使われ方の相違があること。

2)運営者であり利用者でもあるキーパーソンが他の利用者間の交流を促進する。

3)多層階にまたがる場合、利用者が行き交う場所にノード(たまり場)を設置することが有効である。

4)自席に隣接する小さな共用スペースが空間共用に有効に作用していた。

5)独占的な共用スペースの利用が弊害になっていた。

第3章では、利用者の出入り、増減といった利用者構成の変化に伴う、空間共用の状況の変化を調査することを目的として、大部屋・個室形式で構成された別の一事例に関して、8年間の経年変化を調査した。特に、共用スペースを中心とした利用者の活動と交流行動を詳細に調査した。

その結果、利用者の出入り、そして職種構成の変化に伴い、オフィス内の自席スペースはダイナミックに変化した。また、共用ミーティング・スペースの活動もインフォーマルな「たまり場」からフォーマルなビジネスミーティングが行われ、利用者間の交流は隣接する廊下で行われるようになった。このような変化に対応するために、可動間仕切り等により、逐次状況に応じて、的確なレイアウト構成が行えることが重要であることがわかった。さらに、経年変化を通じて、利用者が近づきやすい場所、または、人が通過する動線上にノードとなるたまり場が発生し、交流を促進することも分かった。

第4章では、第3章で調査した共用ミーティング・スペースを中心とした交流のあり方が、可動テーブルに変更にすることにより、より多様な交流そして活動を発生させるであろうと仮定して実験を試みた。

その結果、共用部での活動のはみだしが、利用者の近づきやすさを増大させ、交流を発生させた。さらに、可動にすることにより、利用者のミーティング・スペースでの活動の選択可能性を増大させた。また、独占的な一人または、同じチームの「占用」を抑制し、効率的な空間利用を促進し、利用者間の円滑で活発な交流を誘発した。

高密度でありながらも活発な共用化が行われたことが分かり、事業収支上高密度になりがちな東京のオフィス事情からも、可動なテーブルにすることは有効に作用することがわかった。この実験は一事例ではあるが、多様な利用者誰でもが近づきやすく使いやすい物理的セッティングをノードとなる場所に設置することの重要さを示した。

第5章ではまとめと提言を行った。多種多様な使用者が空間共用を行う場所において重要なことは、個々人が効率的に執務を行えると同時に、円滑に使用者間の交流行動を行えるかということである。コスト削減のため、小さな専用スペースを借りる使用者は、職種によって、共用スペースへ活動のはみだしを起こし、時には、円滑な空間共用を阻害したり、逆に、活発な交流行動を促進する触媒として機能することもある。

上記調査分析結果から、オープンなシェアード・オフィスは、使用・空間・運営形態という3の側面から相補完的に計画する必要があることを示した。

1)「占用」化を抑制する配慮

2)共用スペースを可動な家具にするなど使用者の選択可能性を増大させて効率的で活発な空間利用に心がけるなどの密度への配慮

3)多数の使用者が頻繁に通過する動線上に、使用者間の偶発的なコミュニケーションを発生させるたまり場(ノード)の必要性

4)使用者の増減への柔軟なレイアウト設計での対応

5)活発でかつ円滑な交流行動を促進する触媒として機能するキーパーソンの重要性

6)共用スペースの使用方法の異なる使用者の職種構成への配慮

以上のように本論文は、シェアード・オフィスにおける実態調査・実験的調査を行い、空間共用、特に利用者間の交流と空間との関係の実態を明らかにし、オープンなシェアード・オフィスは、使用・空間・運営形態という3の側面から相補完的に計画する必要があることを示した。

シェアード・オフィスはインフォーマルなものととらえられ、取り扱う研究も少なく、そのあり方も定まっていないが、今後ニーズは増大していくと予想される。本論文は、実態調査に基づいて、シェアード・オフィスの可能性とあり方を提示し、建築計画学の発展に大いなる寄与を行うものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク