学位論文要旨



No 123177
著者(漢字) 角倉,英明
著者(英字)
著者(カナ) スミクラ,ヒデアキ
標題(和) 小規模住宅生産者の存在形態に関する研究
標題(洋)
報告番号 123177
報告番号 甲23177
学位授与日 2008.03.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6679号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松村,秀一
 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 准教授 清家,剛
 東京大学 准教授 腰原,幹雄
 東京大学 准教授 藤田,香織
内容要旨 要旨を表示する

日本は今後、本格的な成熟社会に直面し、人口減少および価値観の多様化、個別化が一層進展する。新築住宅市場の規模が縮小する中で事業者は、競争力を得るために自己の強みを再確認し、独自性を構築していくことが求められ、また、細分化された多様な生活者需要、個別性の高い要求に対する高い適応性を有する住宅生産の仕組みを持つ住宅生産者が、新築住宅市場において競争力を持ち得るようになる。そのような現状認識の下、本論文は、多様な規模、業態の住宅生産者による独自性の高い多様な展開こそが今後の住環境を健全な発展へと導くという基本的な視座に立ち、そのための方法論を提言すべきであるということに立脚している。そこで、本論文では、発注者が計画段階から参画し、その意向を高い水準で反映させることができ、かつその市場占有率の高さから木造注文住宅、また市場の規模縮小と構造変化の影響を先ず受けると想定されることから小規模住宅生産者、さらに多様な資源が建築プロジェクトに統合されることによって、住宅生産が行われことから資源統合機能を主要な対象とした。

また、小規模住宅生産者を「他社からの独立性が高く、自社の木造注文住宅を供給し、その年間平均供給規模が30戸程度以下の元請業者」と定義した。さらに、本論文の題目でもある「小規模住宅生産者の存在形態」を木造注文住宅の生産における小規模住宅生産者の能力と機能のあり様とし、主として資源統合機能の高度化による生産活動の展開に着目した。

本論文は、序論と結論を含めた6章により構成されている。本研究の目的、既往研究および方法と構成については、序論においてまとめた。

第2章は小規模住宅生産者の存在形態の基盤となる特性を描出することを目的としている。そこで、第2章の初めでは、小規模住宅生産者の変遷と市場占有率について論じた。小規模住宅生産者は1950年頃から本格的に発生し、1960年頃を創業する事業者数が増加し、その主要な出身業種が建設工事の請負業であることを示した。また、国土交通省、住宅金融公庫(現、住宅金融支援機構)が公表している資料に基づいて、小規模住宅生産者の新築木造戸建住宅市場における占有率を分析し、2004年度には43.8%、16.5万戸に及ぶことを明らかにした。第2章の半ばでは、小規模住宅生産者の事業、組織形態や生産方式について論じた。ここでは、小規模住宅生産者は個人事業者も若干存在しているが、株式会社が一般的であること、従業員は少数で、分業化が進んでいないことを明らかにした。また、自社で標準仕様を設定する事業者が多いことや一般的には木造軸組構法が適用されているが、多様な構法を適用することが可能であることについても明らかにした。さらに、小規模住宅生産者は必ずしも大工を内部化していないこと、専門工事業者を限定していることについても示した。そして、第2章の終りでは、「工務店による設計施工」と「設計事務所の設計、工務店による施工」の「小規模」な住宅生産者に対して生活者が持つ意識について論じた。住宅の計画、デザインの面では工務店に対する生活者の評価は悪いが、設計事務所に対する評価は非常に良い。そして、「工務店の設計・施工」の将来の選択希望の実績は低調であることを示した。ただし、サービスの対応力、付き合いや地域に顔が利くといった点で工務店の評価は高く、それぞれの強みは異なるために、それぞれの強みを活用し、相互補完することによって、「小規模」な住宅生産者は競争力を強めることができるとした。

これらの成果から、プロジェクトマネジメント機能、外部資源の活用度合いの高さ、知識・ノウハウの蓄積機能および組織代表者の意思決定による事業運営を小規模住宅生産者の本質的な特性とした。そして、これらの特性から、小規模住宅生産者は木造注文住宅の生産に必要な資源の柔軟な統合機能を構築し、個々の事業者によって独自性の高い生産活動を実践することが、競争力の確保に結び付くとした。

第3章の前半では、まず資源統合機能について解説した。本論文では、木造注文住宅の生産に必要な資源について、部品、専門工事業を基本資源とし、設計者、組合せ技術および製造技術を補強資源とした。基本資源の統合機能は、資源の選定、調達、投入という諸行為、また、補強資源の統合機能は、上記の3つに加え、利用の決定という諸行為の集合した機能で構成されると定義した。しかし、資源の投入時期は特定の段階において行われることが一般的であるために、第2章の後半では各種の資源の利用決定、選定、調達について明らかにした。その結果、現在小規模住宅生産者が備える資源統合機能は、そのプロセスと行為の主体から、4の型に分類することができることを明らかにした。建築プロジェクトが発生する以前に事業者によって資源(木材、断熱材、窓サッシ)の選定が行われ、プロジェクト発生後に具体的な資源を選定し、それが投入直前に調達されるI型、基本的にI型と同様であるが施主が資源(内外装仕上げ材および住宅設備)の選定行為の主体となる傾向が若干強いという特徴を持つII型、特定の建築プロジェクトが発生する以前に、事業者によって資源(専門工事業)の選定と調達が行われているIII型、そして、III型と基本的に同様であるが、資源(補強資源)の利用の決定という行為が追加されるIV型という4つのタイプであり、どの資源統合機能においても事業者の主導性が強いことを明らかにした。そして、特定の資源が建築プロジェクトに統合される傾向が強まり、小規模住宅生産者の生産活動が一律化することによって、木造注文住宅の仕様が画一化し、また活動域を特定の事業エリアに限定する傾向が強まることを考察した。

そこで、第4章では、小規模住宅生産者による木造注文住宅の生産活動の位置づけを、木造注文住宅の仕様とその活動域という2つの観点から行った。第4章の前半では、まず小規模住宅生産者によって生産される木造注文住宅について、その建築的特徴と仕様について論じた。屋根仕上げ材、外壁仕上げ材および窓サッシについては、北海道・東北、北陸・甲信越という寒冷地では、他の地域において通常使用されている建築材料とは異なるモノを主要部品として使用する傾向が見られるが、全般的に見れば、小規模住宅生産者が各部位において用いる主要部品は共通していることを明らかにした。また、組合せ技術の保有率は比較的高く、一方でオリジナル部品の保有率は低いことも述べた。そして、小規模住宅生産者による主要部品、組合せ技術の使用割合が高く、それぞれの事業者が生産する木造注文住宅は画一性が高いことを明らかにした。第4章の後半では、小規模住宅生産者の活動域について論じた。小規模住宅生産者の事業エリアは、自動車の移動時間によって設定され、平均的な自動車による移動時間の限度は60分であることを明らかにした。そして、事業エリアは景気の動向等によって伸縮し、さらに面的な形態は道路インフラの整備や交通状況によって歪むことも明らかにした。さらに、小規模住宅生産者の事業エリアの形成手法を本社以外の事業拠点の有無、専門工事業者の平均業種業者数と専門工事業者の使い分けから分析した。そして、小規模住宅生産者では、本社を事業拠点とした単一の事業エリアを形成し、その中で木造注文住宅の生産活動を行うことが一般的であることを明らかにした。これらの成果から、小規模住宅生産者による生産活動の位置づけを、仕様と活動域の2つの軸から総合的な視点で判断すれば、特定の単一事業エリア内で生産活動を行う地域型生産システム、および組織代表者の価値観が強く反映された仕様の画一性が高い商品型生産システムを構築しているということを示した。

第5章では、小規模住宅生産者が備える資源統合機能の高度化による生産活動の展開について論じた。まず、小規模住宅生産者による資源統合機能の高度化について解説を行い、それが柔軟、かつ自在に資源を統合できる機能を最大限に活用していくための取り組みと位置付けた。そして、それによる小規模住宅生産者の存在形態が、木造注文住宅の差別化を目的とするモノ追求型、高度な個別対応性を備える個別対応型、もしくは活動域を非限定化する非地域型の3方向に展開することを示した。小規模住宅生産者によるモノ追求型生産システムの展開では大規模住宅生産者を差別化し得る部品の安定的な確保という観点から少量生産部品の統合機能、個別対応型生産システムでは施主の個別的な要求、希望を高い水準で満たすことが不可分な条件となるため、部品、組合せ技術の個別対応型統合機能、外部製造技術の統合機能および設計者の個別対応型統合機能、非地域型生産システムでは専門工事業の地域別統合機能の構築がその根幹を成すことを示した。その上で、それぞれの資源統合機能の構築における変容点、解決すべき問題点および成立条件について示した。そして、それらの資源統合機能の構築には、(1)最適な資源の合理的な調達手段の構築と(2)リスクマネジメント体制の整備が共通した成立条件となることを明らかにした。

第6章結論では、本論文の全体の総括を行った。本論文の成果として、第1章において設定した目的に対して、第2章から第5章までに得た成果をそれぞれまとめた。そして、それを下にして小規模住宅生産者が構築し得る存在形態を考察し、簡潔に示した。最後に、今後の研究課題について触れ、本論文の結びとした。

審査要旨 要旨を表示する

提出された学位請求論文「小規模住宅生産者の存在形態に関する研究」は、日本の戸建住宅生産を中心的に担っている工務店等の小規模住宅生産者について、その資源統合機能の実態を明らかにした上で、その独自な発展の方向性を見極めた論文であり、全6章からなっている。

第1章では、研究の背景、目的、既往の関連研究の成果を明らかにしている。具体的には、市場占有率の高さから木造注文住宅を、市場の規模縮小と構造変化の影響を先ず受けると想定されることから小規模住宅生産者を、さらに多様な資源が建築プロジェクトに統合されることによって住宅生産が行われことから資源統合機能を主要な研究対象としていることを述べた後、小規模住宅生産者と資源統合機能の定義を明確にし、双方の実態と今後の発展の方向性を明らかにすることを研究の目的としている。

第2章「小規模住宅生産者の特性」では、広範なアンケート調査等により、小規模住宅生産者の存在形態の基盤となる特性を明らかにしている。具体的には、先ず、創業年代が1960年頃に急増したこと、新築木造戸建住宅市場における占有率が2004年度には43.8%に及んでいること、従業員が少数で分業化が進んでいないこと、自社で標準仕様を設定する事業者が多いこと、必ずしも大工を内部化していないこと、専門工事業者を限定していること等、小規模住宅生産者の特性を明らかにしている。次いで、小規模生産者に対する生活者の意識を明らかにした上で、プロジェクトマネジメント機能、外部資源の活用度合いの高さ、知識・ノウハウの蓄積機能および組織代表者の意思決定による事業運営を小規模住宅生産者の本質的な特性として指摘している。

第3章「小規模住宅生産者の資源統合機能」では、資源統合機能を分類・定義した上で、小規模住宅生産者についてその実態を明らかにしている。先ず、木造注文住宅の生産に必要な資源を部品、専門工事業、設計者、組合せ技術および製造技術の5つに分類し、その統合機能が資源の選定、調達、投入、利用の決定という諸行為により構成されることを論じている。次いで、詳細なアンケート調査に基づき、小規模住宅生産者の具える資源統合機能が、そのプロセスと行為の主体から、4つの類型、すなわち予め事業者によって主要な資源の選定が行われる型、多くは前者と同様であるが施主が一部の資源の選定行為の主体となる型、予め事業者によって専門工事業の選定と調達が行われている型、多くは前者と同様であるが、一部の資源の利用の決定という行為が追加される型、に分けて捉えられることを明らかにしている。

第4章「小規模住宅生産者の生産活動」では、小規模住宅生産者による木造注文住宅の仕様と活動域の特性を明らかにしている。先ず、住宅の仕様について、寒冷地での一部の仕様の違いを除いて、小規模住宅生産者が各部位において用いる主要部品は共通していること、組合せ技術の自社保有率は比較的高く、一方でオリジナル部品の保有率は低いこと、更には社内で同一の主要部品、組合せ技術の使用割合が高く、それぞれには生産する住宅の画一性が高いことを明らかにしている。次いで、活動域について、それが自動車の移動時間によって設定され、移動時間の限度は60分程度であること、事業エリアは景気の動向等によって伸縮することがあるものの、本社を事業拠点とした単一の事業エリアを形成し、その中で木造注文住宅の生産活動を行うことが一般的であることを明らかにしている。

第5章「資源統合機能の高度化と小規模住宅生産者の展開」では、小規模住宅生産者が具える資源統合機能の高度化による生産活動の展開の可能性を明らかにしている。先ず、小規模住宅生産者による資源統合機能の高度化を考えた際に、木造注文住宅の差別化を目的とする方向、高度な個別対応性を具える方向、活動域を非限定化する方向のいずれかに展開し得ることを指摘している。その上で、それぞれの方向での展開に必要な資源統合機能の変化等の成立条件を明らかにしている

第6章「結論」では、前5章で新たに得られた知見に基づき、明らかになった小規模住宅生産者の資源統合機能の特性と、その考えられる展開の方向性を整理し、本論文の結論としている。

以上、本論文は、豊富なアンケート調査及び現地調査を通じて、工務店等の小規模住宅生産者とその生産する木造住宅の実態とその可能性を具体的かつ詳細に明らかにした論文であり、建築学の発展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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