学位論文要旨



No 123178
著者(漢字) 今村,洋一
著者(英字)
著者(カナ) イマムラ,ヨウイチ
標題(和) 戦後日本の都市づくりにおいて旧軍用地が果たした役割に関する研究
標題(洋)
報告番号 123178
報告番号 甲23178
学位授与日 2008.03.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6680号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西村,幸夫
 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 教授 大方,潤一郎
 東京大学 教授 北沢,猛
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、公共施設の跡地など、今後の増加が予想される遊休国公有地の活用について、その方向性や方法を検討する必要があるという課題認識のもと、終戦直後に大量に出現した遊休国有地である旧軍用地が、戦後日本の都市づくりの中で如何に活用されたのかを検証するものである。そして、本論文では旧軍用地の転用を巡る国や公共団体の動き、転用によってもたらされた成果や課題を整理することによって、戦後の都市づくりにおいて旧軍用地が果たした役割を、旧軍用地転用の特質とともに明らかにすることを目的としている。

第1章の序論では、研究の背景及び目的を整理した上で、既往研究には旧軍用地の活用と都市づくりとの関係性についての考察が不足しているという課題を指摘し、さらに本論文に求められる視点として、国(中央)と都市(地方)、社会経済情勢と立地場所を挙げた。また、工場跡地などの活用も含む遊休都市ストックの活用という現代的な研究課題の広がりの中で、本論文の位置づけを確認した。

第2章~第4章で構成される第1部では、中央(国)に視座を置きつつ、終戦から高度経済成長期にかけて、全国で同時に進められた旧軍用地の転用について、その全体像を包括的に捉えようと試みた。

第2章では、終戦直後から戦災復興期における供給サイド、需要サイド双方における旧軍施設の転用方針とその成果を検証した。

供給サイドについては、大蔵省、GHQから出された転用方針、国有財産関連法制度を整理した。そして、終戦直後の緊要なニーズへの対応を最優先させた大蔵省における転用方針、民生安定のために接収していた旧軍施設の使用を認めた占領政策、公共団体への財政的支援が柱となっていた法制度から、供給サイドには、戦災復興のために旧軍施設を公共的用途として活用しようという意図が読み取れた。

需要サイドについては、学校、住宅、工場への転用方針とその成果を整理した。

学校に関しては、罹災した校舎や寄宿舎の代替施設として、旧軍建物の一時使用の方針が出された。実際、名古屋市では、罹災学校による旧兵舎、倉庫などの一時使用が見られたが、一部は継続利用へと移行して戦災復興計画の変更を余儀なくさせていた。

住宅に関しては、戦災者や引揚者のため、暫定的に、旧軍用地に応急簡易住宅を建設し、残存していた旧軍建物を住宅へと転用する方針が出された。例えば、金沢、広島、仙台では、旧軍用地に戦災者や引揚者のための住宅街が形成された。そして、応急簡易住宅などは公営住宅として継承されたり、上物が払い下げられたりしたため、広島や仙台では戦災復興計画との齟齬が起きた。

工場に関しては、終戦直後、農機具や応急簡易住宅などを生産するため、陸軍造兵廠などの軍需工場の建物や機械設備を有効活用することが検討されたが、GHQによる賠償物件指定のために利用できなかった。軍需工場の多くが再稼働するのは、朝鮮戦争を契機とした特需景気以降であり、石油化学コンビナートなど、高度経済成長を支える生活基盤となった場合もあった。

第3章では、戦災復興計画における旧軍施設の転用方針とその成果を検証した。

戦災を受けた軍事都市は43都市もあり、旧軍用地を戦災復興計画の中にどう位置付けるかは、多くの都市に共通の問題であった。戦災地復興計画基本方針では、復興土地区画整理事業区域内の旧軍用地は、公的主体が都市施設あるいは市街宅地として活用することが定められ、さらに通牒「軍用跡地ヲ都市計画緑地ニ決定スルノ件」で、大都市では10km圏、中小都市では6km圏の旧演習場、練兵場などの建物の少ない旧軍用地を都市計画緑地として決定するよう具体的な指示が出された。

東京を除く戦災都市指定の師団設置8都市の戦災復興計画において、宇都宮のような例外はあったものの、旧軍用地を含む公園の計画面積が大きい点、基幹的公園の多くが旧軍用地に決定された。一部は大幅な縮小や廃止されたものの、国有財産法第22条による公共団体への無償貸付の適用を受け、多くは整備されて旧軍用地が貴重なオープンスペースとなった。

第4章では、1956~1965年度における国有財産地方審議会における決定事項を通じて、高度経済成長期前半における旧軍用地の都市施設への転用状況を明らかにした。

旧軍用地の処分決定面積では、自衛隊用地や自作農創設用農地としての転用決定が大半を占めた。都市的用途では、工場・倉庫、公園、学校、公営・公団住宅としての転用決定が比較的多く、旧軍用地がこういった都市施設整備の受け皿となることで、高度経済成長下の都市化への対応という役割を果たした。一方、戦後の行政改革、学制改革、住宅政策、産業政策に関連する法律や計画に基づく都市施設用地として活用された旧軍用地も多く、旧軍用地は結果的に、戦後の制度改革や政策の実現への貢献という役割も果たした。

旧軍用地の処分先は、国、公共団体などの公的機関が中心であり、公的利用が旧軍用地転用の基本的方向であった。また、地域によって主要な転用用途が異なっており、都市施設需要の違いや産業政策、国土計画の影響が窺えるとともに、軍需工場を工場として、飛行場を空港として使用するなど、機能が継承された場合もあり、施設固有の条件を踏まえた活用が見られた。

第5章~第6章で構成される第2部では、地方(公共団体)に視座を置きつつ、個別の都市を対象とした考察を通して、旧軍用地の活用と都市づくりとの関係を明らかにしようと試みた。

第5章では、東京を除く師団設置13都市を対象とした考察を通して、旧軍用地の立地及び転用傾向と、各都市で見られた旧軍用地を活用した特徴的な都市づくりを明らかにした。

立地傾向については城址型の都市と郊外型の都市に分けて考察した。城址型の都市では、中枢施設は城郭部と市街地縁辺部(主に兵営)、兵站施設は城郭部(主に倉庫)と市街地縁辺部(主に工場)、と港湾部、訓練施設は城郭部(主に練兵場)と市街地縁辺部(主に練兵場)と郊外部(主に練兵場以外)、飛行場は郊外部と港湾部という立地傾向が見られた。一方、郊外型の都市では、中枢施設と兵站施設は市街地縁辺部、訓練施設は市街地縁辺部と郊外部という立地傾向が見られた。

転用傾向については、城郭部では城址公園と官庁街、市街地縁辺部では学校や住宅による文教・住宅市街地、郊外部では自衛隊用地、港湾部では大規模な工場・倉庫用地が、旧軍用地の1975年前後の典型的な用途であった。しかし、同じ立地場所や旧軍施設の種類であっても、都市(地区)によって異なる用途の場合もあったように、多様な展開が見られた。

旧軍用地を都市づくりに如何に活用して軍都から脱却するかという課題に直面していた各都市では、官庁街の建設によって都市の顔の一新を図るという方向と、大学を核として学園都市への転換を図るという二つの方向性が特徴的に見られた。また、そのための旧軍用地転用の方法やプロセスには各都市で多様な展開が見られた。

第6章では、名古屋市を対象とした考察を通して、旧軍用地の転用結果が都市構造再編に与えた影響を整理するとともに、戦災復興計画から始まる都市づくりの中で、旧軍用地がどのように位置づけられ、活用されたかという転用プロセスを検証した。

市内5地区の旧軍用地は、都心及び郊外の大規模オープンスペースや、整然とした官庁街として都市の新たな核となったほか、不足する都市施設整備の受け皿となり、文教・住宅地市街地や産業拠点を形成することで、都市構造再編に直接的な影響を与えた。また、復興都市区画整理事業促進のための墓地移転用地や大学の集約移転までの暫定利用用地として活用され、都市構造再編に間接的な影響を与えた。

また、一連の考察を通して、旧軍用地の転用が公的利用中心であった点、旧軍用地の暫定利用が見られた点、都市計画的見地から旧軍用地の活用が位置づけられた点、都市計画的配慮が転用後の空間の質を高めた点、部分的利用の集合により計画性のない市街地が形成されたこともあった点が指摘できた。

第7章では、これまでの考察を踏まえ、旧軍用地の活用と都市づくりとの関係について、旧軍用地転用の特質と都市づくりにおいて旧軍用地が果たした役割として、包括的に論じて結論づけるとともに、現代的な国公有地の活用問題への示唆を整理した。

まず、旧軍用地転用の特質として、次の諸点を指摘した。旧軍用地の利用主体に関しては、公的利用が主体であった点、民間利用された土地で用途混在問題が生じている点を指摘した。旧軍用地の活用方法に関しては、暫定利用、施設固有の条件を勘案した活用、軍都からの脱却を目指した都市づくりでの活用が見られた点を指摘した。旧軍用地の転用傾向に関しては、時代変化への柔軟な対応、立地特性を踏まえた活用がなされていた点を指摘した。都市計画の中での旧軍用地の扱いに関しては、公園緑地系統の構築、都市計画的見地からの位置づけ、他の都市計画事業の促進、都市計画的な配慮が見られた点を指摘した。

戦後の都市づくりにおいて旧軍用地が果たした役割としては、罹災や急速な都市化、あるいは制度改革や都市政策などに柔軟に対応するための「備蓄(reserve)」としての役割と、単に公共施設用地として利用するだけでなく、さらに一歩進めた機能的な官庁街の建設や大学を核とした学園都市の形成など、都市構造再編を図る「素材(resource)」としての役割という、二つの側面が見られた。そして、今後の遊休国公有地の活用問題を見据えた場合、特に「素材(resource)」としての役割に着目し、地方(公共団体)が積極的に検討することを主張した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は戦後日本の都市づくりにおいて旧軍用地が果たした役割について、その転用方針がいかなる成果を上げたかをマクロに検証するとともに、師団が設置された都市における実績をミクロにあとづけ、概括的に論じたものである。

論文は研究の枠組みを述べた序章に続いて、旧軍用地転用の全体像を明らかにした第1部、各都市で展開された旧軍用地を活用した都市づくりの多様なひろがりを論じた第2部、および全体の結論を述べる結章とから構成されている。巻末に師団設置13都市の旧軍用地における戦後の用途転換の総括図を掲載している。

第1章は、序説であり、研究の背景と目的、既往研究の整理、用語の定義等をおこなっている。特に有休都市ストックの活用のあり方一般に示唆を得るための研究として位置づけられている点に本研究の今日的意義がある。

旧軍用地転用の全体像を論じた第1部は第2章,第3章,第4章の3つの章から成る。

第2章は、終戦直後に大蔵省及び占領軍によって出された旧軍施設の転用方針とその成果を検証した章である。とりわけ学校、住宅及び工場への転用の方針とその実態を明らかにしている。終戦直後において、供給サイドも需要サイドも公共的利用を中心に旧軍施設の利用が構想されたものの、短期的視点からの罹災対応がそのまま既成事実化するなどの弊害があったことを明らかにしている。

第3章は、戦災復興計画において旧軍用地がどのような転用方針の下におかれ、じっさいにその成果がいかに現れたかを示した章である。旧軍用地は戦災復興計画においては公園緑地として位置づけられたものが多く、戦災復興院のねらいもそこにあった。大半の戦災都市において、その後に裨益する貴重な大規模オープンスペースが生み出されたと具体的な事例と規模等の数値をもとに示している。

第4章は、高度成長前半における旧軍用地の転用と都市施設整備との関係を論じた章である。都市問題が激化するこの時代において、旧軍用地は都市問題解決に寄与するという側面と、行政改革や教育改革など戦後改革の実現に用地を提供するという点において貢献するという側面があったことが明らかにされている。また、土地利用転換の基本的方針として公用・公共用の利用という基本的方針が確立したことが示されている。

後半の第2部は、各都市ごとに見た各論であり、第5章および第6章から成っている。

第5章は、陸軍の師団司令部が設置された都市のうち、東京を除く13都市を対象として、旧軍用地転用の傾向を明らかにする章である。旧軍用地の都市内における立地特性によって転用の傾向が異なることが明らかにされ、とりわけ官庁街の形成および学園都市の形成というふたつの傾向があることを指摘している。一方で、転用のプロセスは多様であり、戦災状況の違いと旧軍用地の立地との関係から分析できることを示している。

第6章は、旧軍用地の転用にあたって典型的な傾向を見ることができる名古屋を事例に、詳細に転用プロセスとそれが名古屋の都市づくりに果たした役割を検討している。とりわけ戦後の都市構造の再編にあたって旧軍用地の戦略的な転用をはかった点、他方、応急的な一時利用とを使い分けしながら、都市問題に対処する柔軟性を有していた点などが明らかにされている。

まとめにあたる第7章では、旧軍用地が戦後日本の都市づくりに果たした役割として、短期的視点もしくは個別のニーズに対応したリザーブ用地としての役割と、長期的視点もしくは全体的視野を持つ都市づくりに対して、都市再編の貴重なリソースとして機能していた二つの側面があることが示されている。このような二側面からの大規模有休地の今後の活用のあり方は、米軍返還財産の今後の利活用や国有地の処分問題などの今日的な問題に対しても有効な視点を提供するものということができる。

以上、本論文は戦後日本の都市づくりにおいて旧軍用地が果たした役割を包括的に捉え、都市計画の側面から論じた初の論文であり、今後の有休国有地の活用問題にも示唆を与える有用な論文であるといえる。

よって本論文は博士(工学)の学位申請論文として合格と認められる。

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