学位論文要旨



No 123180
著者(漢字) 金崎,弘文
著者(英字)
著者(カナ) カナザキ,ヒロフミ
標題(和) センサ融合による多物体位置推定・追跡のための近似推定手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 123180
報告番号 甲23180
学位授与日 2008.03.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6682号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学教 教授 堀,浩一
 東京大学 教授 河内,啓二
 東京大学 教授 鈴木,真二
 東京大学 教授 中須賀,真一
 東京大学 准教授 西成,活裕
 東京大学 准教授 矢入,健久
内容要旨 要旨を表示する

本研究では,物体位置推定という問題を取り上げる.特に,人間が活動する日常生活環境において,人間が日常的に使用する物品の位置を推定することを目的とする.

センサを用いた物体位置の推定といっても,推定を行う環境の違いや,使用するセンサおよび推定対象となる物体によってさまざまなものがある.地図を作成したり,建物を建築する際に行う測量は,屋外環境における物体位置の推定技術と見ることができる.近年はレーザーなどの光学的なセンサやGPSが利用されている.また,工場内で自動車等の組み立てを行うロボットは,適切な位置に部品を組み付けるため,画像やレーザーなどのセンサを用いて製品や部品の位置を推定し,同時にロボットの関節角度をセンサで読み取ることによって手先位置の推定を行っている.さらに,物流分野において倉庫内でコンテナなどの物品の位置を管理する技術や,商店などにおいてどの棚にどのような商品が陳列されまた消費者に購入されているかという情報を管理する技術も,広い意味で物体位置推定技術と見ることができる.物流分野では近年,RFIDなどの無線タグとその読み取り装置を用いる技術が注目を集めている.

しかし,本研究で扱う物体位置推定は,これらとは想定する環境が異なる.本研究では,日常的に人間が活動する生活環境および,その中で日常的に使用されている物品の位置推定を想定する.日常生活環境には,さまざまな物品が存在し,形や材質なども大きく異なっている.また,各物品の使用頻度や保管場所の有無によって,それらの物品の位置もまたさまざまに変化している.本研究で対象とする日常生活環境は,工場や倉庫,商店といった位置推定対象物体の種類や位置の限られた状況ではなく,物体の位置推定および追跡を行うには,より複雑な環境であると言える.

生活環境内での人間や物品の位置を測定するシステムは,人間の生活行動を分析する研究などでの利用を目的とするものが開発されている.しかし,このようなシステムはあくまで研究・開発現場での利用が目的であり,設備が高価であったり,キャリブレーションなどのコストが高い.したがって,広く普及するとは考えにくい.しかしながら,このようなシステムの開発が進んでいることからも分かるように,行動分析などの研究やその結果を利用したシステムの開発など,位置情報への必要性は高まってきている.

生活環境を対象とする位置推定・追跡システムには,

・限定した環境や物品に特化しない汎用性

・キャリブレーションなどの導入コストが低い

・運用コストが低く継続的に利用可能

といった特性が求められる.本研究においては,これらの点を重視して位置推定手法の枠組みの検討を行っている.

本研究が目指すのは,日常生活環境のような複雑な環境において,物体の位置を推定し,位置情報のみならずその精度も含めて提供することができるシステムの構築である.

本研究の意義は,ユーザである人間に物体の位置情報を提供するという1次的なものだけでなく,ユーザに対してサービスを提供しようとするさまざまな他のシステムに必要な位置情報を提供することである.近年のロボット技術の発達により,人間とのコミュニケーションや,人間の生活環境内で活動し,人間の生活を支援するロボットが実用化可能なレベルに達している.また,ユビキタス情報環境が提唱されさまざまな分野で研究開発が進んでいる.生活支援ロボットやユビキタス情報環境の実現には,人間の生活する環境に関する情報をシステムが処理可能な形にする必要がある.その最も基本的なものが物体の位置である.本研究で構築するシステムは,生活支援システムやユビキタス情報環境を実現するための基盤となるシステムとして位置づけることができる.

一方,本研究を物体の状態量推定技術とみた場合には,状態推定技術および機械学習手法と関連している.これらに対する本研究の特徴は,生活環境内に存在する物体の多様性や,推定対象物体の数が多い点である.近年,計算機性能の向上を背景として,機械学習の分野でも大自由度の問題を扱うことができる手法の研究が進んでいる.しかし,大自由度の問題に対しては厳密解を求めることが困難であり,近似的な解を求める手法が発達している.本研究は,これらの研究で得られた知見を実システムに適用する研究である.また,従来の物体位置推定・追跡技術で用いられてきたアドホックな解決法に対して,理論的な検討が進んでいる近似計算手法を適用することにより,理論的な検討を加えている.

本研究では,人間や他のシステムが利用可能な形で,物体の位置情報を提供することが目的である.そのためには,位置情報の信頼度や推定精度に関する情報も合わせて提供することが重要であると考える.信頼度や推定精度は,人間や他のシステムがより適切な行動を選択するための判断材料として利用可能である.

本研究で扱う位置情報は,連続的な値として推定することを行う.位置情報では,「棚の何段目」,「何段目の引出し」など離散的な状態を推定する技術も考えられる.人間や他のシステムへの位置情報提供を想定する場合に,連続値の位置情報から離散値の位置情報への変換は,間に別のシステムを介すことによって変換可能である.離散的な表現を行う場合には,どのような粒度で表現すべきかといった問題を伴う.本研究ではより汎用的に情報提供するために,位置情報を連続値として扱う.

また,生活環境の複雑性や位置推定対象物体の多様性を考慮して,特定のセンサに特化しない柔軟な推定手法を検討する.本研究では,実際の利用が想定されるカメラやレンジセンサ,RFIDタグリーダなどの具体的なセンサを挙げて検討を行っているが,提案手法は他のセンサについても利用可能なものを検討している.さらに,単一のセンサによる観測だけでは不十分な場合に,複数のセンサによる観測結果を融合して位置推定を行うことができることも必要である.

本研究では,このような推定位置および推定精度に関する情報を統一的に扱う枠組みとして確率論的枠組み,特にベイズ的アプローチをとる.具体的には,確率的モデル化およびベイズ推論を利用する.本研究では,位置情報およびその信頼度を空間上の確率密度関数により表現する.本研究で提案する手法は,さまざまなセンサの観測値に基づいて最も適切に推論した結果として位置情報の出力を行う.

本研究で取り組むべき具体的な問題は,

・センサの確率的モデル化

・多物体の状態を推定する効率的な推論アルゴリズムの構築

である.前者については,ベイズ的アプローチに則って,各センサを模擬する生成モデルの構築を行う.生成モデルとは,センサの物理的特性を考慮して,信号の入力から出力値としての観測値が生成される過程およびノイズの発生を確率的モデルで表現したものである.後者については,推定結果を厳密に計算しようとすると,推定対象物体が増加した際に,処理に必要な計算量が爆発的に増加する問題がある.これに対して,本研究では近似推定のアプローチをとる.特に,決定論的近似と呼ばれる変分近似および変分ベイズ法に基づく推定手法を提案する.また,決定論的近似だけでなく,必要に応じてモンテカルロ法など統計的近似手法と組み合わせて利用することも検討する.

このような考えに基づき,本研究ではセンサ(カメラ,レンジセンサ,RFIDタグリーダ)の確率モデルを構築し,複数の物体の存在位置を確率密度の形で出力するシステムの構築を行った.センサの生成モデル構築は,観測対象の物体とセンサとの幾何学的な位置関係とノイズの特性に基づいて行う.確率密度の推定手法は,変分近似データアソシエーションフィルタ(VADAF: Variational Approximation Data Association Filter)と変分ベイズデータアソシエーションフィルタ(VBDAF: Variational Bayes Data Association Filter)の2つを提案する.VADAFは,複数物体を扱う際の計算量の増大のみに注目し,物体相互の制約条件などを考慮しない簡略化された状況で適用可能な手法である.VBDAFは,物体相互の制約条件や,物体の増減,センサ自身の位置推定など,扱える諸条件がVADAFよりも広範にわたる手法である.また,実験により,提案手法によって効率的に物体位置の推定が可能であることを示す.

本研究で構築する位置推定システムがユーザや他のシステムに必要な位置情報を提供することによって,人間の生活環境での利用を想定した情報システムやロボットシステムに貢献できるものと期待できる.

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学) 金崎弘文 提出の論文は「センサ融合による多物体位置推定・追跡のための近似推定手法に関する研究」と題し、8章からなる。

従来から、航空機その他の飛翔物体、船舶等の位置推定および追跡の手法の研究が行われてきたが、近年においては、その応用の範囲が拡大し、人間とロボットあるいはロボットどうしが協力して仕事を行うことなどを目的として、日常生活環境、工場内、倉庫内などのさまざまな環境における多物体の位置推定・追跡の技術の必要性が高まってきている。

従来の多物体位置推定・追跡のための手法が応用目的ごとに独立した個別の手法であったのに対して、本論文は、数学的なモデルを与えることにより、複雑な環境における多物体位置推定・追跡の問題を統一的に議論できるような枠組みを与えることを目標としている。まず、特定のセンサに特化しない手法とするためにセンサの確率的モデル化を行い、次に、多物体の状態を推定する推論アルゴリズムを提案している。センサの確率的モデルとしては、ベイズ的アプローチにより、信号の入力から出力値としての観測値が生成される過程およびノイズの発生の過程を確率的に表現するモデルを提案している。また、位置推定のアルゴリズムとしては、変分近似データアソシエーションフィルタおよび変分ベイズデータアソシエーションフィルタと称する2種類のアルゴリズムを提案している。実験により、それらの新たな提案が効率的に機能することを確認し、さまざまな分野へ応用可能な基盤的枠組みたりうることを実証している。

第1章は序論であり、本研究の背景、位置付け、および目的を述べている。

第2章では、本論文で扱う物体位置推定問題の定式化を確率論的アプローチに基づいて行っている。一般状態空間モデルの形で観測を定義し、観測値に基づく位置の推定方法を確率推論により導出するという方針が示されている。

第3章では、関連研究として複数物体の状態推定、機械学習、近似推定手法に関する研究を概観し、本論文の位置づけを行っている。

第4章と第5章では、多物体位置推定手法として、それぞれ、変分近似データアソシエーションフィルタと称する手法、および変分ベイズデータアソシエーションフィルタと称する手法を提案している。まずそれぞれの提案手法の前提条件について説明し、次に一般状態空間モデルとその上での確率推論の形で提案手法を導出している。さらに、具体的な計算方法を与えている。データアソシエーションとは、推定対象である物体と観測によって得られる観測値の対応関係のことである。複数物体の状態推定を同時に行う場合には、対象の状態量が明確でないために、得られた観測値と対象物体との対応関係が自明でない場合がある。このような場合には、対象物体の状態量だけでなくデータアソシエーションそのものも推定の対象となる。第4章と第5章で提案される手法は、データアソシエーションを変分法により決定論的に近似しようとする手法である。第4章で提案される手法は物体間の位置関係やデータとの対応関係に制約のない場合に適用可能な手法であり、第5章で提案される手法は制約のある場合にも適用可能な手法である。

第6章では、いくつかの異なる設定での物体位置推定の問題に本論文で提案した二つの手法を適用した実験について述べている。

第7章では、6章での実験結果をふまえて、提案手法の適用範囲および制限について考察を行っている。

第8章は結論であり、本研究の成果をまとめ、今後の課題を示している。

以上要するに、本論文は、多物体位置推定・追跡の数学的なモデル化を行い新たな手法を提案しその有効性を実証したものであり、その成果は航空宇宙工学上寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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