学位論文要旨



No 123197
著者(漢字) 上原,亮太
著者(英字)
著者(カナ) ウエハラ,リョウタ
標題(和) 細胞質分裂期における非筋型ミオシンIIの機能制御機構の研究
標題(洋) Regulatory mechanism of non-muscle myosin II during cytokinesis
報告番号 123197
報告番号 甲23197
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第796号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,邦史
 東京大学 教授 豊島,陽子
 東京大学 教授 須藤,和夫
 学習院大学 教授 馬渕,一誠
 東京大学 准教授 上村,慎治
内容要旨 要旨を表示する

多くの細胞運動現象に細胞骨格系モータータンパク質の働きが関与している。ミオシンII (以下ミオシン)はアクチン繊維上を運動して収縮力を発生するモータータンパク質であり、種々の筋細胞や非筋細胞で形成される収縮構造の機能的、構造的な主要構成要素として力発生を担っている。非筋細胞ではストレスファイバーや収縮環のような収縮構造は必要なときに一過的に形成されて、役目を果たすと速やかに解体される。この点が筋細胞において長時間安定に存在している収縮構造と大きく異なる。このことから、非筋細胞のミオシンには収縮構造の構築、解体に伴ってその局在と機能をダイナミックに制御される機構が備わっていると考えられる。非筋型ミオシンの一過的な機能発現の制御機構を解明することで、非筋細胞における収縮現象の調節機構全般についての深い洞察が得られると期待される。本研究では非筋細胞の収縮現象の中でも特にダイナミックな細胞質分裂期のミオシン制御に着目して実験を行なった。

本論文のPart1では、ミオシンの一過的機能発現調節に調節軽鎖(RLC)のリン酸化が関与している可能性に着目して、ウニ卵を用いて実験を行なった。Part2では細胞質分裂期のミオシンのダイナミックスに着目して、ミオシンが収縮環形成域に集積する過程を、ハエS2細胞を使って調べた。

Part1 ウニ卵内のミオシンII調節軽鎖リン酸化のミオシン局在および機能制御における役割

In vitroの実験で、動物の非筋型ミオシンはその調節軽鎖(RLC)のSer19のリン酸化(一リン酸化)により、(1)重鎖頭部のATPase活性が上昇すること、(2)アクチン繊維上を運動できるようになること、(3)重鎖尾部が伸長してフィラメントを形成できるようになることが示されている。このうち(1)と(3)についてはRLCのSer19に加えてThr18がリン酸化(二リン酸化)されることでさらに促進されることが報告されている。いくつかの先行研究で収縮環にリン酸化RLCが濃縮していることが報告され、RLCリン酸化を介したミオシンの機能調節によって細胞質分裂を制御する機構の存在が示唆された。本研究では、その機構の全容を知るために、未だに明らかにされていない以下の点に着目して実験を行なった。

・ 細胞質分裂期におけるRLCの一リン酸化と二リン酸化、それぞれの重要性

・ RLCリン酸化を制御するシグナル伝達系

まず、ウニ卵におけるRLCリン酸化の細胞質分裂制御への関与を調べるために、分裂溝におけるRLCのリン酸化状態を生化学的・細胞学的手法で解析した。分裂溝のRLCは表層の他の領域に比べて際立ってリン酸化されており、収縮開始前から終了時まで一貫して主に一リン酸化されていることが分かった。次にRLCをin vitroでリン酸化することが報告されているプロテインキナーゼの阻害剤のウニ卵細胞質分裂への影響を調べたところ、MLCKの阻害剤であるML7、ML9、MLCKのautoinhibitory domainを模したペプチド、またROCKの阻害剤であるH1152で第一卵割が阻害された。一方で別のROCK阻害剤であるY27632はウニ卵RLCキナーゼ活性阻害能を持っていたが卵割には無影響であった。H1152にROCK以外のターゲットが存在することが示唆された。卵割に影響を及ぼした阻害剤のうちML7とH1152を用いてさらに解析を行ったところ、両者とも分裂溝のRLCのリン酸化を抑えること、ミオシンの収縮環へのリクルートを阻害すること、また濃度依存的に収縮環の収縮速度を低下させることが分かった。以上のことからMLCKを含む少なくとも2種類以上のRLCキナーゼ(H1152は本実験で使用した濃度ではMLCKを阻害しない)により分裂溝ミオシンのRLCがリン酸化されること、そのリン酸化がミオシンの集積および収縮環の収縮のステップに重要であることが示唆された。

Part2. Drosophila Schneider2細胞分裂期における細胞赤道表層へのミオシン集積のダイナミックス

細胞質分裂期におけるミオシンの細胞赤道表層への集積は、収縮環形成過程の最初期におこる重要なイベントである。ミオシン集積過程のモデルとしては(1)表層を伝わって赤道面上に能動輸送で集積する、(2)分裂装置の微小管を伝わって輸送されてくる、もしくは(3)細胞質で拡散しているものを赤道表層でトラップして集積する、などが考えられるが、そのどれ(または別の説)が正しいかは明らかになっていない。また分裂溝ミオシンのRLCがリン酸化されていることが重要であることはPart1でも触れたが、RLCがいつどこでリン酸化されるかということも解決すべき重要な課題である。上記の説(1)や(2)の場合RLCをリン酸化されたミオシンが選択的に輸送されている可能性が考えられ、(3)では拡散により無選択に赤道表層にたどりついた分子がそこでリン酸化される可能性が考えられる。

ミオシンの赤道表層への集積過程を追うためにGFP標識したミオシンを発現するS2細胞を用いて生細胞蛍光観察を行なった。キモグラフ解析によりミオシンが赤道に集まる時期の表層でのミオシンの動きをトレースすると、表層に沿った動きは見られず、ミオシンは主に細胞質から赤道表層に供給されることが示唆された。

次にFRAP解析により赤道表層におけるミオシンの分子交換のダイナミックスを調べると、ミオシン集積期にあたるmetaphase-anaphase transition時に交換が遅くなることが分かった。細胞質ミオシンは表層ミオシンよりダイナミックであるため、表層からのミオシンの脱離過程がFRAPの律速になっていると考えられるので、ミオシンはmetaphase-anaphase transition時に表層でより安定に存在できるようになることが示唆された。またRLCの擬似リン酸化変異体であるRLC20E21E-GFPは収縮環においてWTのRLCよりも安定であった。逆にRLCの擬似脱リン酸化変異体であるRLC20A21A-GFPはより不安定であった。このことからミオシンはRLCのリン酸化により赤道表層において安定化されて、集積するというモデルが考えられる。

RLCリン酸化がどのようにミオシンを安定化させるか明らかにするのが次の課題である。RLCリン酸化がin vitroでミオシンフィラメントを安定化することから、赤道表層におけるミオシンの安定化にフィラメント形成が関与するかを調べた。フィラメント形成に必要なcoiled-coil領域のC末端を欠損した重鎖変異体(△Cterm)は赤道表層で安定化されず、集積は起こらなかった。このことからRLCリン酸化はフィラメント安定化を介して作用している可能性が示唆された。さらにミオシン結合因子のミオシン安定化への寄与の可能性を検討した。アニリンはRLCリン酸化ミオシンに選択的に結合する収縮環構成因子であり、RLCリン酸化を介したミオシンの安定化に関与することが期待されたが、アニリンのRNAiはmetaphase-anaphase transition時のミオシンのダイナミックスおよび局在には無影響であった。今後の展望としてはミオシン安定化因子をRNAiスクリーニングを用いて網羅的探索する方法が有効であろう。

審査要旨 要旨を表示する

多くの細胞運動現象に細胞骨格系モータータンパク質の働きが関与している。ミオシンII (以下ミオシンと記す)はアクチン繊維上を運動して収縮力を発生するモータータンパク質であり、種々の筋細胞や非筋細胞で形成される収縮構造の機能的、構造的な主要構成成分として力の発生を担っている。非筋細胞ではストレスファイバーや収縮環のような収縮構造は必要な時に一過的に形成されて、役目を果たすと速やかに解体される。この性質は筋細胞において長時間安定に存在している収縮構造と大きく異なる点である。このことから、非筋細胞のミオシンには収縮構造の構築、解体に伴ってその局在と機能をダイナミックに制御される機構が備わっていると考えられる。非筋型ミオシンの一過的な機能発現の制御機構を解明することで、非筋細胞における収縮現象の調節機構全般についての深い洞察が得られると期待される。本研究は非筋細胞の収縮現象の中でも特にダイナミックなものとして知られる細胞質分裂の過程でのミオシンの制御を明らかにする目的で行われた。

本論文のPart1では、ミオシンの一過的機能発現調節に調節軽鎖(RLC)のリン酸化が関与している可能性に着目して、ウニ卵を用いて実験を行なっている。Part2では細胞質分裂期のミオシンのダイナミックスに着目して、ミオシンが分裂位置に集積する過程を、ショウジョウバエS2培養細胞を用いて調べた結果が述べられている。

Part1 ウニ卵内のミオシンII調節軽鎖リン酸化のミオシン局在および機能制御における役割

これまでに、動物の非筋型ミオシンはRLCのSer19のリン酸化(一リン酸化)により、(1)ATPase活性が上昇すること、(2)アクチン繊維上を運動できるようになること、(3)重鎖尾部がたたまれた状態から直線上に伸びてフィラメントを形成できるようになることがin vitroの実験で示されている。このうち(1)と(3)についてはRLCのSer19に加えてThr18がリン酸化される(二リン酸化)ことでさらに促進されることが報告されている。いくつかの先行研究で収縮環にリン酸化RLCが濃縮していることが報告され、RLCリン酸化を介したミオシンの機能調節によって細胞質分裂を制御する機構の存在が示唆された。本研究では、その機構の全容を知るために、未だに明らかにされていない以下の2点に着目して実験が行われた。すなわち1)細胞質分裂期においてRLCは一リン酸化されるのか二リン酸化されるのか、またこれらのリン酸化の意味は何か、2)RLCリン酸化をおこす上流のリン酸化酵素はどのようなものか。

まず、ウニ卵ミオシンのRLCリン酸化状態を細胞画分を用いる方法と、リン酸化ペプチド抗体を用いた蛍光抗体法で調べている。その結果、分裂溝のRLCは卵表層の他の領域に比べて際立ってリン酸化されており、収縮開始前から終了時まで一貫して主に一リン酸化されていることが分かった。次にRLCをin vitroでリン酸化することが報告されているリン酸化酵素の阻害剤のウニ卵細胞質分裂への影響を調べたところ、ミオシン軽鎖キナーゼMLCKの阻害剤であるML7、ML9、MLCKのautoinhibitory domainを模したペプチド、またROCKの阻害剤であるH1152で第一卵割が阻害された。一方で別のROCK阻害剤であるY27632はウニ卵RLCキナーゼ活性阻害能を持っていたが卵割には無影響であった。この結果からH1152にROCK以外のターゲットが存在することが示唆されたことになる。卵割に影響を及ぼした阻害剤のうちML7とH1152を用いてさらに解析を行ったところ、両者とも分裂溝のRLCのリン酸化を抑えること、ミオシンの収縮環へのリクルートを阻害すること、また濃度依存的に収縮環の収縮速度を低下させることが分かった。以上のことからMLCKを含む少なくとも2種類以上のRLCキナーゼ(H1152は本実験で使用した濃度ではMLCKを阻害しない)により分裂溝ミオシンのRLCがリン酸化されること、そのリン酸化がミオシンの集積および収縮環の収縮のステップに重要であることが示唆された。

Part2. Drosophila Schneider2細胞の分裂期における細胞赤道表層へのミオシン集積のダイナミックス

細胞質分裂期におけるミオシンの細胞赤道表層(分裂位置)への集積は、収縮環形成過程の最も初期におこる重要なイベントである。ミオシン集積過程のモデルとしては(1)表層を伝わって赤道面上に能動輸送で集積する、(2)分裂装置の微小管を伝わって輸送されてくる、もしくは(3)細胞質で拡散しているものを赤道表層でトラップして集積する、などが考えられるが、そのどれ(または別の説)が正しいかは明らかになっていない。また分裂溝ミオシンのRLCがリン酸化されていることが重要であることはPart1でも触れているところであるが、RLCがいつどこでリン酸化されるかということも解決すべき重要な課題である。上記の説(1)や(2)の場合RLCをリン酸化されたミオシンが選択的に輸送されている可能性が考えられ、(3)では拡散により無選択に赤道表層にたどりついた分子がそこでリン酸化される可能性が考えられる。

申請者はミオシンの赤道表層への集積過程を追うためにGFP標識したミオシンを発現するS2細胞を用いて生細胞蛍光観察を行なった。キモグラフ解析によりミオシンが赤道に集まる時期の表層でのミオシンの動きをトレースすると、表層に沿った動きは見られず、ミオシンは主に細胞質から赤道表層に供給されることが示唆された。

次にFRAP解析により赤道表層におけるミオシンの分子交換のダイナミックスを調べると、ミオシン集積期にあたるmetaphase-anaphase transition時に交換が遅くなることが分かった。細胞質ミオシンは表層ミオシンよりダイナミックであるため、表層からのミオシンの脱離過程がFRAPの律速段階になっていると考えられるので、ミオシンはmetaphase-anaphase transition時に表層でより安定に存在できるようになることが示唆された。またRLCの擬似リン酸化変異体であるRLC20E21E-GFPは収縮環において野生型RLCよりも安定であった。逆にRLCの擬似脱リン酸化変異体であるRLC20A21A-GFPはより不安定であった。このことからミオシンはRLCのリン酸化により赤道表層において安定化されて、集積するというモデルが考えられた。

RLCリン酸化が分裂位置でどのようにミオシンを安定化させるか明らかにするのが次の課題である。RLCリン酸化がin vitroでミオシンフィラメントを安定化することから、赤道表層におけるミオシンの安定化にフィラメント形成が関与するかを調べている。フィラメント形成に必要なcoiled-coil領域のC末端を欠損した重鎖変異体は赤道表層で安定化されず、集積は起こらなかった。このことからRLCリン酸化はフィラメント安定化を介して作用している可能性が示唆された。さらにミオシン結合因子のミオシン安定化への寄与の可能性を検討している。アニリンはRLCリン酸化ミオシンに選択的に結合する収縮環構成因子であり、RLCリン酸化を介したミオシンの安定化に関与することが期待されたが、アニリンのRNAi(RNA干渉法によるノックダウン)はmetaphase-anaphase transition時のミオシンのダイナミックスおよび局在には無影響であった。

申請者はこのように、2種類の分裂細胞を用い、ミオシンの調節軽鎖が分裂溝では主に一リン酸化されており、そのリン酸化にはミオシン軽鎖キナーゼを含む複数のリン酸化酵素が関わること、リン酸化は分裂溝の形成と進行に必要であること、ミオシンは細胞質から分裂位置に移動する可能性が高いこと、リン酸化により分裂位置で安定化されることを示した。これらの新知見は細胞質分裂の機構の解明に大きく貢献するものである。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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