学位論文要旨



No 123198
著者(漢字) 小黒,麻美
著者(英字)
著者(カナ) オグロ,アサミ
標題(和) 重力に早期応答するコラーゲン特異的分子シャペロンHSP47の解析
標題(洋) Physiological analysis of the molecular chaperone HSP47 rapidly senses gravitational changes
報告番号 123198
報告番号 甲23198
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第797号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 石井,直方
 東京大学 教授 渡辺,雄一郎
 東京大学 准教授 八田,秀雄
 東京大学 特任研究員 跡見,順子
内容要旨 要旨を表示する

第1章 序論

スペースフライトや寝たきりなどによる重力負荷減少は、骨格筋萎縮を引き起こす。これによる筋力低下は、病態回復時の地上での活動的な生活へ復帰する際に非常に大きな障害となる。しかしながら、骨格筋がどのように微小重力に応答して、萎縮を引き起こすかについては未解明なままである。中でも、筋組織の力学的支持体であり、かつ細胞の生存に重要な役割を果たすコラーゲンの重力応答についての報告はほとんどない。そこで本研究では、特に結合組織の主成分であるI型コラーゲン、基底膜の主成分であるIV型コラーゲン、そしてこれらコラーゲンの分子成熟に必須の分子シャペロンであるHSP47に着目し、研究を行った。

本研究の目的

骨格筋内の結合組織や細胞外マトリックスの主成分であるI型、IV型コラーゲン、およびコラーゲンの分子シャペロンであるHSP47の発現量に対し、重力変化がどのように影響するのかについて検討するため、ラットヒラメ筋や培養筋芽細胞にかかる重力変化させ、HSP47及び、コラーゲンの発現量変化の解析をした。これら解析の結果から、筋肉の重力応答におけるHSP47及びコラーゲンの役割について考察した。

第2章 ラットヒラメ筋におけるHSP47とコラーゲンの重力変化に対する応答

まずはじめに、微小重力環境モデル・過重力モデルを用いてラット骨格筋にかかる重力を変化させ、コラーゲンとその分子シャペロンHSP47の骨格筋における発現量変化を解析した。ラット微小重力モデルでは、タンパクレベルでHsp47の顕著な減少が、また過重力モデルで顕著な増加が認められた。遺伝子レベルでは、HSP47mRNAが、I型、IV型コラーゲンmRNAに比べて、早い段階で重力に応答した。

第3章 ラット筋芽細胞でのHSP47とコラーゲンの重力変化に対する応答

次に、ラット筋芽細胞株L6E9に微小重力環境モデル・過重力モデルを用いて重力変化を与え、コラーゲンとHSP47の培養筋芽細胞における発現量変化を解析した。まず、重力変化時の細胞の形態変化を観察したところ、過重力刺激40G 2時間で葉状仮足が発達し、横に広がる形態が観察された。そこでHSP47とコラーゲンの発現について検討したところ、微小重力モデルではタンパクレベルでHSP47の顕著な減少が、また過重力モデルでは顕著な増加が認められた。遺伝子レベルでは、Hsp47mRNAが、I型、IV型コラーゲンmRNAに比べて、早い段階での重力に反応した。これらの結果から、骨格筋は細胞レベルで重力変化に応答していることが分かった。

第4章 ラット筋芽細胞でのHSP47関連遺伝子の重力変化に対する応答

第3章までの研究で、HSP47が細胞レベルで重力を感知し、発現量を調節していることが分かった。そこでさらに、重力変化に応じてHSP47の発現量が変化する際の重力感知機構を解析するため、筋芽細胞を用いて、HSP47のサイトカインや他のシャペロンとの発現量変化の比較を行った。

ラット筋芽細胞L6における、 HSP70、?B-crystallin 、Grp78、TGF?1mRNAレベルはいずれも、過重力40G 2時間でコントロールに比べて有意な変化は見られなかった。これらの結果から、重力に応答したHSP47mRNAの発現量変化は、熱ショック、TGF?による誘導、小胞体ストレス応答のいずれにもよらない、新しい経路によって誘導される可能性があることが明らかになった。

第5章 ラット筋芽細胞でのHSP47重力応答特異的配列の検討

HSP47独自の重力応答経路について検討するため、HSP47遺伝子のプロモーター解析を行った。HSP47プロモーターにルシフェラーゼをつないで、LUC解析を行ったところ、HSP47の第2イントロン内に重力を感知する配列があると考えられる結果が得られた。

第6章 総合討論

以上の結果から、HSP47の新たな重力反応メカニズムの可能性について考察する。HSP47に特異的な早期の重力応答は、HSP47独自の重力感知機構を介して誘導される可能性が示唆された。特にHSP47の第2イントロン中には、未知の転写因子が結合する可能性がある。この部位にはHSP47の発現を抑制するサイレンサーのような因子が結合する可能性もあるのではないかと推察された。

まとめ

本研究では、これまであまり解析されてこなかった筋組織の細胞外マトリックスとその分子シャペロンに着目し、その重力応答を解析することで、細胞レベルでの重力応答の一端を解明したものである。特にHSP47が1~2時間という短い時間で重力に反応すること、それが転写制御によることは、本研究によって初めて明らかになった新しい知見である。

審査要旨 要旨を表示する

宇宙生活や病床での寝たきり生活においては、低重力もしくは類似の環境の下で骨格筋萎縮が起こることが知られている。微小重力環境によって引き起こされる骨格筋への負荷減少は、これら細胞の力学的支持を行っている結合組織や基底膜に直接もしくは間接的に変化を及ぼすと考えられる。筋組織は、細胞外の力学的支持体として細胞外マトリックス(ECM)の一種である基底膜(basal lamina)を持っており、ECMは重力を含む機械的刺激に対して、骨格筋収縮の張力を発揮して、腱組織へ伝達する役割も果たしている。多くの細胞はECMとの接着を必要とし、ECMへの接着の解離によりアポトーシスが誘導される。これらにより骨格筋は、細胞内の細胞骨格と細胞外のECMで細胞内外の機械的刺激に応答することができる。

これまでに微小重力下の研究では、筋線維の構造と機能の変化、骨カルシウム代謝の変化などについては多くの研究がなされてきたが、筋内の結合組織や基底膜などの変化についてはほとんど調べられてこなかった。その原因の一つには、これらの組織における力学的支持構造の主体となっているコラーゲンが、酸や酵素処理によっても部分的にしか可溶化されないため、その定量化が困難なことがある。コラーゲンを直接定量するのは困難だが、コラーゲンのシャペロンであり、発現量に相同性のあるHSP47は定量することが可能である。このHSP47は小胞体内に局在するコラーゲンに特異的に結合するストレスタンパク質であり、プロモーター領域には熱ショックエレメントのコンセンサス配列をもち、コラーゲンの成熟を助ける働きがあることが分かっている。そこで本研究では、コラーゲン合成量のマーカーとしてこのコラーゲン特異的シャペロンであるHSP47に着目した。

本研究は、微小重力下での筋萎縮のメカニズムと、この現象を誘導する引き金となる重力感知機構の解明を目指すものである。主に、外的なストレスに生体はどのような応答をしているのか、筋萎縮についてこれまでどのような研究がなされてきたか、そして、この適応機構を解明するため、細胞外マトリックス関連分子に焦点を当てて検討を行った。

本論文は以下の3つの部分から構成される。

1.ラットヒラメ筋におけるHSP47とコラーゲンの重力変化に対する応答

不活動が骨格筋の構造や機能に与える影響を研究するためのモデル系として、現在広く用いられているものは、(1)無負荷(unloading)、(2)固定、(3)除神経の3種類をあげることができる。無負荷は、a)ラット後肢懸垂、b)無重力(宇宙空間)環境への暴露、c)長期間にわたる寝たきり生活、などによりもたらされる状態で、神経からの刺激により骨格筋は長さ変化(収縮)が可能ではあるが、張力発揮はほとんどないものである。つまり、骨格筋の不活動とは、(1) 長さが変化できない状態、(2) 力が発揮できない状態(無負荷あるいは無荷重)の2つに分類される。本研究では不活動でも(2) の無負荷に着目し、ラットの後肢懸垂モデルを用いて筋萎縮時のECMの変化を観察するため、コラーゲンとそのシャペロンであるHSP47を生化学、分子生物学及び細胞生物学の手法を用いて解析した。骨格筋内の結合組織や細胞外マトリックスの主成分であるI型、IV型コラーゲン、およびコラーゲンの分子シャペロンであるHSP47の発現量に対し、重力変化がどのように影響するのかについて検討するため、ラットヒラメ筋にかかる重力変化させ、HSP47及び、コラーゲンの発現量変化を検討した。ラット微小重力モデル(後肢懸垂モデル)では、タンパクレベルでHSP47の顕著な減少が、また過重力モデル(遠心負荷3G)で顕著な増加が認められた。遺伝子レベルでは、HSP47mRNAが、I型、IV型コラーゲンmRNAに比べて、微小重力刺激1日目の早い段階で重力に応答した。

2.ラット筋芽細胞におけるHSP47とコラーゲンの重力変化に対する応答

ラット筋芽細胞株L6E9を用いて微小重力刺激(クリノスタット)、過重力刺激(遠心負荷20G~80G)を与え、コラーゲンとHSP47の培養筋芽細胞について検討を行った。まず、重力変化時の細胞の形態変化を観察したところ、過重力刺激40G 2時間で葉状仮足が発達し、横に広がる形態が観察された。この時のHSP47とコラーゲンの発現について検討したところ、微小重力モデルではタンパクレベルでHSP47の顕著な減少が、また過重力モデルでは顕著な増加が認められた。遺伝子レベルでは、Hsp47mRNAが、I型、IV型コラーゲンmRNAに比べて、早い段階での重力に反応した。これらの結果から、骨格筋は細胞レベルで重力変化に応答していることが分かった。

そこでさらに、重力変化に応じてHSP47の発現量が変化する際の重力感知機構を解析するため、筋芽細胞を用いて、HSP47のサイトカインや他のシャペロンとの発現量変化の比較を行った。ラット筋芽細胞L6における、 HSP70、alphaB-crystallin 、Grp78、TGFbeta1mRNAレベルはいずれも、過重力40G 2時間でコントロールに比べて有意な変化は見られなかった。これらの結果から、重力に応答したHSP47mRNAの発現量変化は、熱ショック、TGF?による誘導、小胞体ストレス応答のいずれにもよらない、新しい経路によって誘導される可能性があることが明らかになった。

3.ラット筋芽細胞におけるHSP47重力応答特異的配列の検討

HSP47独自の重力応答経路について検討するため、HSP47遺伝子のプロモーター解析を行った。HSP47プロモーターにルシフェラーゼをつないで、LUC解析を行ったところ、HSP47の第2イントロン内に重力を感知する配列があると考えられる結果が得られた。つまり、HSP47に特異的な早期の重力応答は、HSP47独自の重力感知機構を介して誘導される可能性が示唆された。特にHSP47の第2イントロン中には、未知の転写因子が結合する可能性がある。この部位にはHSP47の発現を抑制するサイレンサーのような因子が結合する可能性もあるのではないかと推察された。

本研究では、これまであまり解析されてこなかった筋組織の細胞外マトリックスとその分子シャペロンに着目し、その重力応答を解析することで、細胞レベルでの重力応答の一端を解明したものである。特にHSP47が1~2時間という短い時間で重力に反応すること、それが転写制御によることは、本研究によって初めて明らかになった新しい知見である。また、HSP47遺伝子の重力応答配列の同定を行い、重力転写因子を探索することは、微小重力から起こる筋萎縮機構の解明につながり、この重力転写因子を薬理学的に応用すれば、筋萎縮阻害薬の開発が可能となる。さらに、リハビリテーション的に応用することで、転写因子発現量をマーカーとした運動方法の開発につながると考えられる。この重力感知機構を明らかにすることは、近い将来に宇宙空間により進出していく人類にとって、非常に有用性が高いこととなることが予想される。

従って、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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