学位論文要旨



No 123201
著者(漢字) 鳥海,和也
著者(英字)
著者(カナ) トリウミ,カズヤ
標題(和) ポリアラニン鎖によるミトコンドリアを介した毒性誘導機構の解明
標題(洋)
報告番号 123201
報告番号 甲23201
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第800号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 渡邊,雄一郎
 東京大学 教授 豊島,陽子
 東京大学 教授 久保田,俊一郎
 東京大学 准教授 栗栖,源嗣
内容要旨 要旨を表示する

[背景と目的]

真核生物内では、単一アミノ酸の繰り返し領域(ポリアミノ酸)をもつタンパク質が、数多く存在することが報告されている。その中でも、ポリアラニン領域をもつタンパク質は多く、5残基以上のポリアラニン鎖は、ヒトでは494ものタンパク質内に存在しており、それぞれ特徴的なコンフォメーションをとりながら、タンパク質の機能にさまざまな形で関わっている。

一方で、ポリアラニン鎖は疾患を引き起こす原因ともなり得る。1996年、手足の指に形成不全が見られる優性遺伝疾患の合多指症(SPD)の患者の遺伝子内で、ポリアラニン鎖をコードする部分が伸長しているのが発見された。これを機に、眼咽頭性筋ジストロフィー(OPMD)、鎖骨頭蓋形成異常症(CCD)、X連鎖性精神遅滞・癲癇(XLMR-E)、手足性器症候群(HFGS)など、全9疾患において、次々に原因タンパク質内のポリアラニン鎖異常伸長が確認され、その総称として、先に発見されていたポリグルタミン病に対しポリアラニン病と名付けられた。このポリアラニン病の特徴としては、ポリアラニン鎖の長さと症状の重篤度の間に相関が見られること、また、患部組織の細胞内において凝集体が確認されることが挙げられる。異常に伸長したポリアラニン鎖がどのような機構を介し患部細胞において毒性をもたらし、疾患を引き起こすのかについては未知の点が多く、早急なる解明が求められている。

そこで、私は修士課程での研究において、このポリアラニン鎖が引き起こす毒性をもたらす因子としてポリアラニン鎖に直接結合するタンパク質の同定を試みた。GST pull down法およびマススペクトロメトリーを用いたスクリーニングの結果、多くのミトコンドリアタンパク質が同定された。

現在までに、ポリアラニン鎖とミトコンドリアの関連した細胞死誘導とを詳細に検討した報告はない。ただ、ポリアラニン病のひとつであるOPMDの患者筋組織においては、ミトコンドリアが膨張し、異常な形態を示しているという病理学的な知見が報告されている。このミトコンドリアを介した毒性機構が詳細に解析されれば、新規の知見であるのみならず、ポリアラニン病の治療に直接結びつくことは想像に難くない。そこで本研究では、ポリアラニン鎖による細胞毒性にミトコンドリアの関与はあるのかを明らかにし、また、その詳細な機構を解析することを目的として、実験を行った。

[結果と考察]

(1)ポリアラニン鎖による細胞毒性

まず、YFPのC末端側にアラニン29リピート(YFP-A29)と70リピート(YFP-A70)を付加したコンストラクトをCOS-7細胞にトランスフェクションし、局在と毒性の検討を行った。その結果、YFP-A29及びYFP-A70の局在は、核以外の主に細胞質に見られ、YFP-A70においてはポリアラニン病共通の特徴である複数の小さな凝集体が確認された。さらに、ポリアラニン鎖の長さに依存的な細胞毒性も観察された。この結果は、先行研究とも一致し、ポリアラニン鎖自体に毒性が備わっていることを示すものであった。

(2)ポリアラニン鎖とミトコンドリアの相互作用

修士課程での研究において、ポリアラニン鎖に結合するタンパク質をスクリーニングしたところ、同定に至った5つのタンパク質のうち、4つまでもがミトコンドリアタンパク質であった。この結果は、ポリアラニン鎖がそれらひとつずつと結合しているというよりむしろ、ミトコンドリア自体に直接結合していることを示しているのではないかと考え、その可能性を検討することにした。

YFPに様々な長さのポリアラニン鎖を付加したコンストラクトをCOS-7細胞に導入し、その細胞からミトコンドリアを単離した結果、23残基以上のポリアラニン鎖がミトコンドリアと相互作用する可能性が示された。ポリアラニン病を発症させるポリアラニン鎖の長さの閾値が約20残基であることを考えると、この結果はポリアラニン病の発症にミトコンドリアが関与している可能性を強く示唆するものであった。

(3)ポリアラニン鎖によるアポトーシス誘導

次に、ポリアラニン鎖がその相互作用を介して、ミトコンドリアにどのような影響を与えるのかを検討するため、ミトコンドリア全体の機能活性の指標となりうる膜電位の比較をフローサイトメトリーにより行った。その結果、ポリアラニン鎖を発現したものでは、YFPを発現したものに比べ、ミトコンドリア膜電位が約70%にまで低下していた。この膜電位の低下は、ミトコンドリアのエネルギー産生能の低下を意味している。

また、このミトコンドリア膜電位の低下は、ミトコンドリアを介したアポトーシス誘導の初期の現象としても知られている。そこで、次に、ポリアラニン鎖によるミトコンドリア膜電位の低下を受け、アポトーシス誘導因子であるシトクロムcが放出されているかどうかを確認することにした。その結果、ポリアラニン鎖の発現により、その長さ依存的にシトクロムcがミトコンドリアから細胞質へ放出されていることが分かった。

さらに、このシトクロム cの放出はポリアラニン鎖の直接的な作用によるものかどうかを検討するために、in vitro下でのシトクロムcの放出実験を行った。マウス肝臓より単離したミトコンドリアにGST融合ポリアラニン鎖29リピート(GST-A29)を様々な濃度で添加したところ、1.5μM以上加えたミトコンドリアからシトクロムcの放出が引き起こされていた。また、4.0μM、8.0μM添加したとき、本来ミトコンドリア内膜に存在するはずのCOX4がミトコンドリア外でも検出された。この結果は、高濃度のポリアラニン鎖がミトコンドリアの膜構造を破壊した可能性を示唆するものである。伸張したポリアラニン鎖の発現は、その濃度依存的に疎水性の強いオリゴマー形成を引き起こす。このオリゴマーを形成したポリアラニン鎖が、その強い疎水性効果によりミトコンドリア膜を破壊するようになるのかもしれない。その膜構造の破壊の際、シトクロムcの放出が引き起こされている可能性が考えられた。

前述したように、シトクロムcの放出を受けてアポトーシスは促進される。そこで、次に、ポリアラニン鎖発現によるシトクロムcの放出を受け、アポトーシスを実行するカスパーゼ3が活性化されているかを蛍光基質により検討した。その結果、ポリアラニン鎖の長さ依存的に活性化されているのが分かった。

以上の結果より、ポリアラニン鎖はミトコンドリアと相互作用し、直接シトクロムcの放出を誘導することで、アポトーシスを引き起こしていることが明らかになった。この一連の毒性誘導機構は、新規の知見であるだけでなく、ポリアラニン病共通の発症機構の解明、さらには治療法の開発に直接結びつく成果であった。

(4)ポリアラニン鎖によるミトコンドリア機能障害

ポリアラニン鎖結合タンパク質のスクリーニングの結果から、ポリアラニン鎖とミトコンドリアが相互作用している可能性を示してきたが、ポリアラニン鎖とこれらタンパク質とが直接相互作用している可能性も検討する必要が残されている。そこで、スクリーニングにおいて、マウスの脳と骨格筋の両方で同定されたSDHAというタンパク質に注目した。SDHAはミトコンドリアの内膜に存在するコハク酸脱水素酵素(SDH)のサブユニットのひとつであり、核にコードされ、転写翻訳後、ミトコンドリアに輸送される。ミトコンドリア分画により、ポリアラニン鎖の発現下におけるミトコンドリア内SDHAタンパク質量を比較したところ、低下していることが分かった。さらに、SDHの活性も低下していた。SDH活性の低下はATP合成の低下につながり、最終的にはATPが関与するすべての細胞内現象に異常をもたらすことになる。加えて、SDHは呼吸鎖の中の複合体IIでもあり、その活性の低下は膜電位の低下を引き起こす原因にもなる。このSDHの機能低下がミトコンドリアを介したアポトーシスを亢進させている可能性も考えられる。

[今後の展望]

ポリアラニン鎖によるミトコンドリアを介したアポトーシス誘導機構をさらに詳細に検討するために、アポトーシス抑制タンパク質Bcl-2の過剰発現や、シクロスポリンAなどのミトコンドリア保護薬の投与により、ポリアラニン鎖による細胞死を抑制することができるのか、また、シトクロムcの放出の直下にあたるカスパーゼ9が活性化されているか、などを検討していきたいと考えている。さらに、実際のポリアラニン病原因タンパク質を用い、ミトコンドリアとの相互作用やシトクロムcの放出、カスパーゼの活性化などが引き起こされるのかどうかも、併せて検討していきたい。

ミトコンドリアの機能障害に関しては、ミトコンドリア内においてSDHAタンパク質量が低下していた原因を追究していきたい。加えて、ミトコンドリアの機能障害の結果として、細胞内ATPの減少が引き起こされているかも併せて検討する予定である。

審査要旨 要旨を表示する

近年、トリプレットリピート病と呼ばれる、特定の遺伝子内に存在する三塩基リピートが伸長することにより発症する遺伝性疾患が次々と発見されてきている。このトリプレットリピート病の中でも、原因遺伝子内のアラニンリピートが伸長することにより発症するのが、ポリアラニン病と呼ばれる一連の疾患群である。現在までに、眼咽頭性筋ジストロフィーや合多指症など、9 つの疾患が含まれることが分かっている。ポリアラニン病原因遺伝子の多くは転写因子であり、そのほとんどが約20 残基以上の伸長により発症するのが特徴である。また、症状は全身様々な組織に現れるが、共通の特徴として、患部細胞内において、ポリアラニン鎖を介した原因タンパク質どうしの分間結合により、主に細胞質においてオリゴマー化や凝集体形成が確認されることが挙げられる。

先行研究により、YFP を融合させた長いポリアラニン鎖のみでも、培養細胞において、ポリアラニン病の特徴である凝集体を形成し、細胞毒性を再現することが明らかにされた。これは、伸長したポリアラニン鎖自体に細胞毒性を誘導する何らかの機能が備わっていることを示唆するものである。しかし、現在までに、このポリアラニン鎖が直接どの様な経路に沿って、細胞に毒性をもたらすのかを詳細に調べた報告はない。

そこで、本論文提出者は、修士課程での研究においてスクリーニングされたポリアラニン結合タンパク質の中に、ミトコンドリアタンパク質が多く含まれていたという結果から、ポリアラニン鎖がミトコンドリアを介し細胞毒性を誘導しているのではないか、という仮説をたて本論文において検証した。

まず、ポリアラニン鎖がミトコンドリアと直接相互作用している可能性を、培養細胞を用い検討している。YFP 融合ポリアラニン鎖を発現させたCOS-7 細胞より、細胞分画を行ったところ、ミトコンドリア画分からYFP が検出され、ポリアラニン鎖とミトコンドリアとの相互作用が示唆された。さらに、この相互作用に必要なポリアラニン鎖の長さの閾値の検討を、様々な長さのYFP 融合ポリアラニン鎖を発現させた細胞を用い、分画により行ったところ、23 残基以上のポリアラニン鎖がミトコンドリアと相互作用するという結果を得た。この結果は新規の知見であるのみならず、ポリアラニン病の発症がポリアラニン鎖の20 残基以上の伸長により引き起こされていることを考えると、このミトコンドリアとポリアラニン鎖との相互作用がポリアラニン病の発症に関与している可能性が強く示唆される結果であった。

次に、このミトコンドリアとの相互作用により、ミトコンドリアの機能が変化しているかを検討した。ミトコンドリア機能の指標となるミトコンドリア膜電位の測定をフローサイトメトリーを用い行ったところ、ポリオアラニン鎖を発現している細胞において、ミトコンドリアの膜電位が低下していることが示された。この結果は、ポリアラニン鎖の発現がミトコンドリア膜電位の低下を引き起こしていることを示していた。

近年、ミトコンドリアはエネルギー産生の場であるというだけでなく、プログラムされた細胞死であるアポトーシス過程においても、重要な役割を担っていることが明らかにされてきている。このミトコンドリアを介したアポトーシス誘導過程において、膜電位の低下は初期の現象として知られている。この膜電位低下を受けて、次にミトコンドリアの膜間腔から細胞質へシトクロムc の放出が起きる。シトクロムc はアポトソームを形成し、次いでアポトーシスの実効因子としてのカスパーゼ3 を活性化することで、細胞死を誘導することが知られている。そこで、本論文提出者は、次に、ポリアラニン鎖の発現がこのミトコンドリアを介したアポトーシスを誘導しているのかを明らかにするため、ミトコンドリアからのシトクロムc の放出を検討した。その結果、ポリアラニン鎖を発現している細胞からはその長さ依存的に、細胞質へのシトクロムc の放出が確認された。

次いで、このミトコンドリアからのシトクロムc の放出は、他の因子を介さず、ポリアラニン鎖の相互作用により直接引き起こされたものかを検討するため、マウスミトコンドリアを用いたin vitro の系でのシトクロムc の放出実験を行った。マウスの肝臓より単離したミトコンドリアに、大腸菌より精製したGST 融合ポリアラニン鎖を添加したところ、反応液中へのシトクロムc の放出が確認された。さらに、同様の実験を、添加するポリアラニン鎖の濃度を変えて行ったところ、1.5mM 以上の添加でミトコンドリアからのシトクロムc の放出が確認された。また、ポリアラニン鎖を4.0mM 以上添加したミトコンドリアでは、その溶液中において、通常ミトコンドリア内膜に存在するはずのCOX4 タンパク質が検出された。この結果は、高濃度のポリアラニン鎖の添加によってミトコンドリア膜構造の破綻が起こったことを示している。

また、シトクロムc の放出を受け、アポトーシスの実行因子であるカスパーゼ3 が活性化されているかを、カスパーゼ3 の特異的な蛍光基質であるAc-DEVD-MCA を用いて調べた。その結果、ポリアラニン鎖の発現により、その長さ依存的にカスパーゼ3 が活性化されているのが明らかになった。この結果は、ポリアラニン鎖の発現が最終的にアポトーシスを誘導していることを示唆するものである。

さらに、本論文提出者は、スクリーニングの結果同定されたSDHA というミトコンドリアタンパク質に着目し、ポリアラニン鎖発現による影響を検討した。SDHA は、ミトコンドリア内膜に存在するコハク酸脱水素酵素SDH のサブユニットのひとつである。ポリアラニン鎖の発現により、ミトコンドリアにおけるSDHA 量を定量化したところ、長さ依存的に減少しているのが示され、SDH 活性も低下しているのが明らかになった。この結果より、ポリアラニン鎖の発現によってミトコンドリア機能の低下が引き起こされたことを示しており、ATP 産生能を低下させている可能性が考えられる。

以上をまとめると、本研究において、ポリアラニン鎖がミトコンドリアと直接相互作用することにより、膜間腔からのシトクロムc の放出を促し、ミトコンドリアを介したアポトーシスを誘導していることが明らかになった。また、ポリアラニン鎖によるミトコンドリア自体の機能の低下も示された。本研究で明らかにされたポリアラニン鎖による細胞毒性誘導機構は新たな知見であるだけでなく、ポリアラニン病において有効な治療法がない現状を考えると、この一連の機構の解明は直接治療法の開発に結びつくような有意義な結果である。

したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するに相応しいものと認定した。

UTokyo Repositoryリンク