学位論文要旨



No 123204
著者(漢字) 常陸,圭介
著者(英字)
著者(カナ) ヒタチ,ケイスケ
標題(和) ツメガエル体節形成における bowline 遺伝子の分子生物学的解析
標題(洋) Molecular analysis of bowline gene in Xenopus somitogenesis
報告番号 123204
報告番号 甲23204
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第803号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 客員教授 浅島,誠
 東京大学 教授 池内,昌彦
 東京大学 准教授 奥野,誠
 東京大学 教授 豊島,陽子
内容要旨 要旨を表示する

体節は脊椎動物の発生初期に形成される分節構造である。体節の形成過程はきわめてダイナミックであり、体節は未分節中胚葉(PSM)の前端から一定幅で一つずつ順番にくびれ切れる(分 節する)ことで形成される。体節の分節構造は血管系、骨格筋、末梢神経系など将来分節構造を 示す器官の基礎となる構造であるため、体節の分節構造の形成に異常が生じた場合、 Spondylocostal Dysostosis(脊椎肋骨異形成症)等の疾病が引き起こされると考えられている。 将来の体節の分節位置は、PSM の前端で縞状に発現する遺伝子群によりあらかじめ規定されるこ とが知られている。分節位置決定に関わる遺伝子群は体節の分節直前にその発現が誘導され、体 節の分節終了後にその発現が抑制される。しかしながら、これらの遺伝子群の発現がどのような 分子機構により適切なタイミングで抑制されるのかは明らかとされていない。

我々の研究室では、これまでに体節の分節直前に PSM の前端で縞状に発現する新規遺伝子bowline をアフリカツメガエル胚から単離した。Bowline は、転写共役抑制因子 Groucho/TLE と相互作用することが知られている WRPW ドメインを持つ153アミノ酸からなるタンパク質である。Bowline 遺伝子の機能をモルフォリノアンチセンスオリゴにより阻害すると、体節の分節位置決定に関わることが知られている遺伝子群(Thylacine1 遺伝子等)の発現が正しく終了せず、正常な体節の分節構造が形成されない。そのため、Bowline 因子が分節位置決定に関わる遺伝子群の発現を抑制することが示唆されていた。しかしながら、どのような分子機構で Bowline 因子が体節の分節位置決定に関わる遺伝子群の発現を抑制するかは明らかではない。また、bowline遺伝子をアフリカツメガエル胚に過剰発現させ、bowline 遺伝子の発現領域を拡大した場合、体節の分節位置決定に関わる遺伝子群の発現が抑制される。このことから、体節が分節する直前にPSM の前端領域特異的にbowline 遺伝子が発現することが、正常な体節の形成に必要であることが示唆されていた。しかしながら、どのような機構により bowline 遺伝子の発現が時間空間的に制御されているのかは明らかではない。本研究では第一章において bowline 遺伝子の発現をPSM の前端領域特異的に誘導する分子機構(bowline 遺伝子の上流解析)の解析を、第二章において Bowline 因子が分節位置決定に関わる遺伝子群の発現を抑制する分子機構(Bowline 因子の機能解析)の解析を行った。

第一章において、私は bowline 遺伝子の発現を制御する機構の解析を行った。先行研究において私は、bowline 遺伝子の発現をアフリカツメガエルトランスジェニック胚において再現するためには bowline 遺伝子の上流領域(-226bp/+41bp)が必要であることを明らかにしている。そのため、本研究ではまず、bowline 遺伝子の上流領域(転写調節領域)内に存在する転写因子結合配列に注目した。bowline 遺伝子の転写調節領域内に存在するベーシック・ヘリックス・ループ・へリックス(bHLH)因子の結合配列である E-box 配列や、 T-box 因子の結合配列であるT-box 配列を欠損させてトランスジェニック胚を作成した場合、内在性の bowline 遺伝子と同様のレポータ遺伝子の発現を示すトランスジェニック胚の個数が減少した。このことから、転写因子結合配列(E-box、T-box)が bowline 遺伝子の発現に必要であることが示された。さらに、bowline 遺伝子の転写調節領域を用いて培養細胞においてプロモーターアッセイを行うことで、私はアフリカツメガエルの PSM 領域に発現している種々の転写因子の中から T-box 因子である Tbx6 と、 bHLH 因子である Thylacine1 と E47 が協調的に働き bowline 遺伝子の転写を活性化することを明らかにした。次に、アフリカツメガエル胚に、Tbx6、Thylacine1、E47 遺伝子をコードする DNA をそれぞれ微量注入することで、Tbx6、Thylacine1、E47 がアフリカツメガエルの体節形成期においても bowline 遺伝子の発現を活性化できることを示した。さらに、Tbx6因子と Thylacine1 因子が互いに相互作用すること、また、Thylacine1 因子と E47 因子が互いに相互作用することを免疫沈降実験により示した。これらの結果より、アフリカツメガエルのPSM 前方では、Tbx6、Thylacine1、E47 が互いに相互作用し合い協調的に働くことで、bowline 遺伝子の発現を調節していることが示唆された。

前述のように bowline 遺伝子の機能阻害実験により Bowline 因子が体節の分節位置決定に関わる遺伝子群の発現を抑制していることが示唆されていた。しかしながら、 Bowline 因子には既知の DNA 結合ドメインが存在しないため、どのようにして遺伝子発現を抑制しているのかは不明であった。そこで私は、第二章において Bowline 因子により発現が抑制される遺伝子の転写調節領域を用いることで、Bowline 因子による遺伝子発現抑制機構の解明を目指した。先行研究により、Bowline 因子がThylacine1、X-Delta-2、bowline 遺伝子自身の発現を抑制することが報告されていたため、私はすでに転写調節領域が単離されているThylacine1 遺伝子に注目した。Thylacine1 遺伝子の相同遺伝子であるマウス Mesp2 遺伝子の発現は Tbx6 因子と Notchシグナルにより制御されていることがすでに報告されている。そこで私は、Thylacine1 遺伝子の発現も Mesp2 遺伝子と同様に Tbx6 因子と Notch シグナルにより制御されていると予想し、Thylacine1 遺伝子の転写調節領域を用いたプロモーターアッセイを行った。その結果、Thylacine1 遺伝子の発現も Tbx6 因子と Notch シグナルにより制御されていることを明らかにした。この Thylacine1 の転写活性は、Tbx6 因子と Notch シグナルと共に Bowline 因子と転写共役抑制因子 Grg4 (アフリカツメガエルにおける Groucho の相同遺伝子)を加えることで大きく減少した。このことから、Bowline 因子が Thylacine1 遺伝子の発現を転写レベルで抑制していることが明らかとなった。興味深いことに、Bowline 因子と Grg4 因子は、 Tbx6 とThylacine1 によって上昇した自分自身の発現も転写レベルで抑制することがわかった。さらに、Grg4 との相互作用に必要な WRPW ドメインを欠損させた変異型の Bowline 因子を作成し、同様にプロモーターアッセイを行ったところ、Bowline 因子による Thylacine1 の転写抑制作用が大きく低下した。また、脊椎動物における bowline 遺伝子の相同遺伝子間でよく保存されているBDLC (Bowline-DSCR-Ledgerline conserved)領域を欠損させた変異型の Bowline 因子を用いた場合も、Bowline による Thylacine1 の転写抑制作用が大きく低下することがわかった。これらの実験結果より、私は Bowline 因子が Tbx6 因子と相互作用して Thylacine1 と bowline 遺伝子の転写抑制を行っているのではないかと考えた。この仮説を証明するために、Bowline 因子とTbx6 因子の相互作用が存在するかを免疫沈降法により調べ、両因子間の相互作用を検出した。Bowline 因子は、先行研究により Grg4 因子と相互作用することが知られている。そこで、Bowline 因子を介して、Tbx6 因子と Grg4 因子が相互作用するかを免疫沈降法で調べたところ、Bowline 因子存在下でのみ Tbx6 因子と Grg4 因子が相互作用することを明らかにした。これらの結果より、Bowline 因子は、転写共役抑制因子である Grg4 と転写活性化因子である Tbx6 の結合を仲介することで、Tbx6 因子の転写活性化能を抑制し、Tbx6 因子により活性化されるThylacine1 や bowline 遺伝子等の発現を抑制していることが示唆された。

本研究の結果より、アフリカツメガエル胚において、体節が分節する直前に、 Tbx6、Thylacine1、E47 因子が bowline 遺伝子の発現を誘導し、次に Bowline 因子が Tbx6 因子により制御されている遺伝子発現を抑制することで、体節の分節位置決定に関わる遺伝子の発現を正確に抑制していると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

体節は脊椎動物の発生初期に形成される分節構造である。体節の形成過程はきわめてダイナミックであり、体節は未分節中胚葉(PSM)の前端から一定幅で一つずつ順番にくびれ切れる(分節する)ことで形成される。将来の体節の分節位置は、PSM の前端で縞状に発現する遺伝子群によりあらかじめ規定されることが知られており、本研究ではこれらの遺伝子群を体節の分節位置決定に関わる遺伝子群と称している。体節の分節位置決定に関わる遺伝子群は、体節の分節直前にその発現が誘導され、体節の分節終了後にその発現が抑制されることが知られている。そのため、体節の分節が正常に行われるためには、分節位置決定に関わる遺伝子群の発現が体節の分節終了後に適切に抑制されることが重要であると考えられているが、どのような分子機構により適切なタイミングで遺伝子群の発現が抑制されるのかはこれまで明らかとされていなかった。

アフリカツメガエルを用いた先行研究で、体節が分節する直前に PSM の前端で縞状に発現する新規遺伝子 bowline が単離されている (Kondow et al., 2006)。先行研究によりモルフォリノアンチセンスオリゴを用いて bowline 遺伝子の翻訳を抑制することでその機能を阻害すると、体節の分節位置決定に関わる遺伝子群(Thylacine1 遺伝子等)の発現が正しく終了せず、正常な体節の分節構造が形成されないことがわかっている。また、Bowline は、WRPW ドメインを介して転写共役抑制因子 Groucho/TLE と相互作用することが報告されている。これらの知見から、Bowline 因子が体節形成時に、体節の分節位置決定に関わる遺伝子群の発現抑制に関与していることが示唆されていた。しかしながら、どのような機構により Bowline 因子が体節の分節位置決定に関わる遺伝子群の発現を抑制しているのかは不明であった。論文提出者は、体節の分節位置決定に関わる遺伝子群の発現が体節の分節終了後に抑制される機構の解明を目的として、 bowline 遺伝子に注目して研究を行い、第一章において bowline 遺伝子の転写制御機構の解析を、第二章において Bowline 因子の機能解析を行っている。

第一章において、論文提出者は bowline 遺伝子の転写を制御する機構の解析を行っている。論文提出者は修士課程までの研究により、bowline 遺伝子の発現をアフリカツメガエルトランスジェニック胚において再現するために必要な bowline 遺伝子の転写調節領域(-226bp/+41bp)を同定している。本研究において論文提出者はまず、bowline 遺伝子の転写調節領域内に存在する転写因子結合配列に注目して研究を行っている。論文提出者は bowline 遺伝子の転写調節領域内に T-box 因子の結合配列である T-box 配列や、ベーシック・ヘリックス・ループ・へリックス(bHLH)因子の結合配列である E-box 配列や N-box 配列が存在していることを見いだした。次に論文提出者は、これらの転写因子の結合配列を欠損させてトランスジェニック胚を作製することで、転写因子結合配列(T-box と E-box)が bowline 遺伝子の縞状の発現に関与していることを示した。次に論文提出者は、bowline 遺伝子の転写調節領域を用いて培養細胞におけるプロモーターアッセイを行うことで、bowline 遺伝子の転写が、T-box 因子である Tbx6 と、 bHLH 因子である Thylacine1 と E47 により活性化されることを明らかにしている。次に論文提出者は、bowline 遺伝子の転写がアフリカツメガエル胚においても Tbx6 因子、Thylacine1 因子、E47 因子により協調的に活性化されることをアフリカツメガエル胚への微量注入実験により示している。さらに、Tbx6 因子と Thylacine1 因子が、in vitro、in vivo において bowline 遺伝子の転写調節領域に直接結合することをゲルシフトアッセイとクロマチン免疫沈降実験により示している。また論文提出者は、 Tbx6 因子と Thylacine1 因子が互いに相互作用することと、Thylacine1 因子と E47 因子が互いに相互作用することを免疫沈降実験により示している。これら第一章における結果から、アフリカツメガエルの PSM 前方では、 Tbx6 因子、Thylacine1 因子、E47 因子が bowline 遺伝子の転写調節領域に結合し、それぞれの因子が互いに相互作用し協調的に働くことで、bowline 遺伝子の転写を活性化していることが示唆された。

論文提出者は第二章において Bowline 因子により発現が抑制される遺伝子である Thylacine1 遺伝子の転写調節領域を用いることで、Bowline 因子による遺伝子発現抑制機構の解析を行っている。先行研究により、Thylacine1 遺伝子のマウスホモログ遺伝子である Mesp2 遺伝子の転写が Tbx6 因子と Notch シグナルによる協調的な作用により活性化されることが報告されている。そのため、論文提出者は、Thylacine1 遺伝子の転写も Mesp2 遺伝子と同様の機構で制御されていると推測し、Thylacine1 遺伝子の転写調節領域を用いて培養細胞におけるプロモーターアッセイを行っている。その結果、 Thylacine1 遺伝子の転写も Tbx6 因子と Notch シグナルにより活性化されることを示した。さらに論文提出者は、Tbx6 因子と Notch シグナルにより上昇した Thylacine1 遺伝子の転写活性が、Bowline 因子と転写共役抑制因子 Grg4 (アフリカツメガエルにおける Groucho の相同遺伝子)を加えることで大きく減少することを見いだした。このため、Bowline 因子が Thylacine1 遺伝子の発現を転写レベルで抑制していることが明らかとなった。また論文提出者は、Tbx6 因子と Thylacine1 因子によって上昇した bowline 遺伝子自身の転写も Bowline 因子により転写レベルで抑制されることも明らかにしている。次に論文提出者は、 Bowline 因子の転写抑制作用には Bowline タンパク質のどの領域が関与しているかを Thylacine1 遺伝子の転写調節領域を用いて調べている。まず、Grg4 との相互作用に必要な WRPW ドメインを欠損させた変異型の Bowline 因子を作製し、Thylacine1 遺伝子の転写調節領域に作用させた。その結果、 Bowline 因子による Thylacine1 遺伝子の転写抑制作用が WRPW ドメインの欠損により大きく低下することを見いだした。次に論文提出者は、脊椎動物における bowline 遺伝子の相同遺伝子間でよく保存されている BDLC (Bowline-DSCR-Ledgerline conserved)領域を欠損させた変異型 Bowline 因子を作製している。この変異型 Bowline 因子を用いた場合も、Bowline による Thylacine1 遺伝子の転写抑制作用が大きく低下することが明らかとなった。ここまでの結果から論文提出者は、 Bowline 因子が Tbx6 因子と相互作用してターゲットとなる遺伝子の転写を抑制しているのではないかと仮説を立てている。論文提出者はこの仮説を証明するために、 Bowline 因子と Tbx6 因子の相互作用が存在するかを免疫沈降法により調べ、実際に Bowline 因子と Tbx6 因子間の相互作用を検出している。Bowline 因子は、先行研究により Grg4 因子と相互作用することが知られている。そこで論文提出者は、Bowline 因子を介して Tbx6 因子と Grg4 因子が相互作用していると考え、次に両因子間の相互作用を免疫沈降実験により調べた。その結果、Bowline 因子存在下でのみ Tbx6 因子と Grg4 因子が相互作用することを明らかにしている。これら第二章の結果より、Bowline 因子は体節の分節終了後に、転写共役抑制因子である Grg4 と転写活性化因子である Tbx6 の結合を仲介することで、Tbx6 因子の転写活性化能を抑制し、Tbx6 因子により活性化される遺伝子群の発現を転写レベルで抑制していることが示唆された。

以上まとめると、論文提出者は第一章においてbowline 遺伝子の転写が Tbx6 因子、Thylacine1 因子、E47 因子により活性化されることを、第二章においてBowline 因子は Tbx6 因子と転写共役抑制因子 Grg4の相互作用を仲介することで Tbx6 因子に依存する遺伝子発現を抑制することを明らかにしている。 bowline 遺伝子は脊椎動物において広く保存されている遺伝子であるが、これまでにその作用機序は明らかとされていなかった。本研究は、体節形成時の遺伝子発現抑制機構にBowline 因子が Tbx6 因子を介して関与していることを示した初めての研究であり、体節形成を知る上で非常に重要な知見であるといえる。

なお、本論文の第一章は、近藤、團野、乾、内山、浅島らとの共同研究であり、第二章は、近藤、岡林、林、浅島らとの共同研究であるが、第一章、第二章ともに論文提出者が主体となって実験、分析および検証を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

従って、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するのにふさわしいものと認定する。

UTokyo Repositoryリンク