学位論文要旨



No 123205
著者(漢字) 藤岡,容一朗
著者(英字)
著者(カナ) フジオカ,ヨウイチロウ
標題(和) 植物におけるマイクロRNAの転写後動態に関するイメージング手法を用いた解析
標題(洋) Imaging analysis on post-transcriptional events of miRNA in plant.
報告番号 123205
報告番号 甲23205
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第804号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邉,雄一郎
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 佐藤,直樹
 東京大学 教授 池内,昌彦
 東京大学 准教授 坪井,貴司
内容要旨 要旨を表示する

本研究の背景

マイクロRNAs (miRNAs)は18~25塩基のsmall non-coding RNAであり、各々相補的な配列をもつ標的mRNAの転写後調節をRNA Induced Silencing Complex (RISC)と呼ばれる複合体中で行っている。先行研究によりシロイヌナズナに代表される、植物でのmiRNAのプロセシングには4種類存在するDicer-like(DCL)タンパク質のうち、DCL1がmiRNAのプロセシングに関わっていること、さらにHYPONASTIC LEAVES1 (HYL1)というパートナータンパク質と相互作用することで、miRNA前駆体の正確かつ効率的な切断を行っていることが示されている。また、成熟化したmiRNAはRISC中のArgonaute1 (AGO1) タンパク質に取り込まれ、その相補的なmRNAの分解もしくは翻訳制御が行われていると考えられている。近年、動物や酵母においてはRISCが細胞質の顆粒状構造であるProcessing body(P-body)と呼ばれる場で機能していることが示唆されている。

本研究の目的

植物におけるmiRNA転写後動態において、その発現系の構築の困難さからDCL1やAGO1に関する研究はほとんど進んでいない。また、miRNAが関与する現象はダイナミックであることが予想される。そこで、miRNAに関わる因子であるDCL1やAGO1などの発現系と同時に、イメージング解析系を構築し、それらのリアルタイムでの相互作用の検出を行い、miRNA転写後動態の解明を目的とした。

miRNA生合成経路に関わる因子に関する解析

FRET (Fluorescence Resonance Energy Transfer) 及びBiFC (Bimolecular Fluorescence Complementation) 法といったイメージング解析法を用いてmiRNA生合成に関わる因子であるDCL1 , HYL1 , SE (SERRATE) 間の相互作用を生きた植物個体内で可視化した。その結果、これら3つの因子は核内の顆粒状構造で相互作用している事がわかった。

RNAを可視化するMS2-tag法を用いてmiRNAの前駆体を可視化したところ、miRNAの前駆体が核内の顆粒状構造に局在していることがわかった。そこでBiFC法とMS2-tag法を組み合わせた。その結果、miRNA生合成に関わる前述の3つの因子が核内の顆粒状構造でmiRNA前駆体と共局在していたことが明らかとなった。動物ではmiRNA生合成過程においてmiRNA前駆体をプロセシングする複合体"microprocessor"が形成されていることが報告されている。これらのことから植物においてはDCL1,HYL1およびSEが核内か粒状構造においてmiRNA前駆体と複合体を形成し、microprocessorとして働いている事が示唆された。

核内の様々な構造体のマーカータンパク質との共局在実験を行ったところ、microprocessorがSmD3及びSmBといったCajal bodyのマーカータンパク質と共局在した。このことからmicroprocessorが局在している顆粒状構造はCajal bodiesであることが示された。Cajal bodiesには、クロマチンサイレンシングに関わる因子なども局在していることが明らかとなっており、miRNA生合成過程との関連性も興味深い。

成熟化miRNAが作用する場"P-body"の解析

Processing body (P-body)はmRNAの蓄積や分解などが行われている場であり、細胞質中の顆粒状構造として形成されることが動物や酵母において報告されている。また、P-bodyには脱キャップ酵素DCP1及びDCP2が局在していることが分かっている。しかし、植物においてはそれらのホモログがあり、DCP2に脱キャップ活性があることが分かっているのみであった。本研究によって、植物においてDCP1及びDCP2が相互作用しながら細胞質中の顆粒状構造で共局在していることを示した。そして、その顆粒状構造がP-bodiesであることを見出した。

miRNA による翻訳制御機構において標的mRNA はRISCと呼ばれる複合体中で分解されると考えられている。RISCの主要因子はAGO1と呼ばれ、miRNA自身とそれに相補的なmRNAの取り込み及び翻訳制御を担っている酵素である。植物において、AGO1がDCP1と相互作用しながらP-bodiesに共局在することが分かった。このことから、RISCがP-bodiesに局在することが示された。

これまでmicroprocessorによってプロセシングされた成熟化miRNAがどの因子によってRISCへ輸送されるかについては報告がなかった。本研究においてmicroprocessor の構成因子であるHYL1およびSEがP-bodiesにも局在し、AGO1やDCP2といったRISC構成因子と相互作用することが明らかとなった。以上のことより、これらの因子がmiRNAのRISCへの受け渡しに関与している可能性が示唆された。

本研究の総括

植物個体におけるmiRNA関連因子の発現系およびイメージング解析系を構築し、miRNAの転写後動態に関する研究を行った。その結果、これまで植物において未解明であったmicroprocessor、RISC、P-bodyの局在とそれらの構成因子の一部を明らかとした。また、成熟化miRNAがmicroprocessorの因子によってRISCへ運ばれていることを示唆した。これは他の生物でも明らかにはされておらず、生物学に与えるインパクトは非常に大きいと考える。今後は生化学的手法や遺伝学的手法を用いた解析によって、より詳細な知見が得られることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

現在種々の生物種についての全ゲノム解読が終了し、ポストゲノムの時代を迎えている。そのなかで、非翻訳RNAが昨今注目を浴びる存在となり、RNAによる生体内での制御現象はホットな研究分野となっている。マイクロRNA(マイクロRNA)はおよそ18~25塩基程度の短いRNAであり、相補的な配列を持つメッセンジャーRNA(mRNA)と結合し、mRNAの翻訳を阻害することでタンパク質の発現を制御している。マイクロRNAを介した発現制御の機構は動植物を問わず、多細胞生物に広く共通な機構であり非常に重要であると考えられる。また、環境に応答した非常にダイナミックな制御にも関わることが予想されている。

従来RNAに関する研究は生化学的手法を用いて発展してきた経緯がある。よって、多くの知見は静的なものであり、生物学的な意義と結びつける際に、ダイナミックな制御を解析し理解するには不十分であった。マイクロRNAを介した生物現象の制御を理解するには、マイクロRNAが生合成される場の解析,また運ばれてその相補的なmRNAの翻訳を阻害し発現を制御する場の解析、また生成される場から制御の場までの移行などを、理解する必要があると考えた。

そこで、論文提出者は植物における低分子RNAの生合成過程と、生合成された低分子RNAの動態を、生物体を破壊することなく,非破壊的にリアルタイムで追跡することで動的な情報を得ることをめざした。まず系の確立から研究を開始した。生体現象をリアルタイムで解析するに、論文提出者はマイクロRNAの生成,制御機構に関係したタンパク質分子を蛍光タンパク質と融合した状態で発現させ、それを蛍光顕微鏡で観察する"イメージングシステム"の構築を行った。こうした系は動物や酵母などでは進んでいるが、植物では進んでいないのが実情であった。

植物のマイクロRNAの生合成過程にはDicer-like 1 (DCL1)、HYPONASTIC LEAVES (HYL1)および SERRATE (SE)と呼ばれる3つの因子が関わっていることが先行研究で明らかになっている。そこで、論文提出者は最初にその3因子の可視化を目標に、イメージングシステムの構築を行った。そのために適切な蛍光タンパク質の選択,自家蛍光等を排除するフィルターの選択,シグナルを拾うためのフィルターの選択、GATEWAYシステムによる融合遺伝子の簡略化,N端- またはC-端に融合できる複数プラスミドの構築などに工夫を必要としたが、最終的に種々の可視化を可能にした二つの系,一つはリアルタイムで生体内においてタンパク質間の相互作用が検出できるイメージング手法である蛍光共鳴エネルギー移動法(FRET)、もう一つは蛍光タンパク質相補法(BiFC)を用いた解析系である。

確立したシステムを用いて、DCL1, HYL1, SEについて解析を進め,それら3つの因子が核内の顆粒状構造に局在していることを明らかとした。更に、FRET法とBiFC法を応用して,解析を加えた結果、これら3因子がその核内の顆粒状構造において三者一体の複合体を形成していることを明らかとした。

この構造体が実際にマイクロRNAのプロセッシングに関与するのであれば、ここにマイクロRNA前駆体も存在するはずである。その共局在を確認するためにRNAの可視化系を導入した。原理はMS2ファージの外被タンパク質(CP)が、特定のRNA配列と強固に結合する性質を利用するものである。このRNA配列をマイクロRNA前駆体配列の3'端に結合させ,発現させたところ,同時に発現させたRFP融合CPが核内の顆粒状構造で蛍光を発する様子が観察された。その結果、マイクロRNA前駆体も核内の顆粒状構造に局在していることが確認され、本研究で確認された顆粒状構造の生物学的意義を確認することができた。前述の3因子とマイクロRNA前駆体の局在を同時に調べたところ、確かに同じ顆粒状構造に共局在していることが確認された。

総合すると、DCL1,HYL1およびSEがマイクロRNA前駆体の成熟化を行う複合体(microprocessor)を形成していることが強く示唆された。報告は植物において初めて報告された。動植物を問わずイメージングの系を用いて、こうした複合体をリアルタイムで生体内において捕らえたこのような報告は無く、この知見は非常に新規なものである。

マイクロRNAが実際に標的となるmRNAと結合し、切断もしくは翻訳抑制をかけるのは細胞質に存在するとされてきたRNA-induced silencing complex (RISC)とよばれる構造である。実はこの構造も主に生物を破砕して得られた抽出液等を用いて行われた生化学的な解析から浮かび上がったものである。この構造の実体をイメージングシステムを応用して,解析することを次におこなった。論文提出者は同時に、近年報告されてきた動物や酵母の研究によってmRNAの分解や蓄積など、mRNAの管理を行っている場(P-body)とRISCの関係についても興味をもち、双方の関係に関する研究を行った。

動物、酵母において、mRNA分解に関わる脱キャップ酵素のサブユニットDCP1およびDCP2がP-bodyの形成に関わっていることが示されていた。そこで植物におけるDCP1およびDCP2ホモログの解析を行ったところ、それらがP-bodyを形成することが分かった。これをうけて、RISCを構成するARGONAUTE 1 (AGO1)タンパク質の局在とP-bodyの関係を調べた。AGO1は単独では核と細胞質に局在する様子が観察されたが,DCP1との共発現ではP-bodyにDCP1と共に局在する様子が観察された。このことは、AGO1がP-bodyと強く関わる形で細胞質内にRISCという活性をもった構造を構成することが強く示唆された。これまでに植物においてRISCの局在を可視的に報告した例は無く、その意味でもこの解析結果は新規なものである。

従来,microprocessorによって生合成されたマイクロRNAがRISCあるいは今回関連の示されたP-bodyへとどのように運ばれるかは未知であった。論文提出者は、解析のなかでmicroprocessor構成因子のうちSEとHYL1は単独で発現させると核のみならず,細胞質にも存在するものもあることを見いだしていたが、さらにDCP1と共発現をすると、核内の局在はなくなり,細胞質内にのみ見いだされるようになり、しかもP-bodyと共局在することをみいだした。そこにはRISCの因子AGO1も存在することから、SEとHYL1が核内microprocessorで成熟化したマイクロRNAを、みずから細胞質のRISCへ受け渡している可能性を強く示唆した。この知見はきわめてユニークなものであり,今後のマイクロRNAの機能発現にいたるまでの理解のために非常に重要な知見であると考えられる。

このように論文提出者は、植物におけるタンパク質分子の動向を可視化して追跡できるシステムを構築し,それを利用してマイクロRNAの転写後動態に関する研究をおこなった。FRET法やBiFC法を用いて、複数分子の相互作用の可能性について検討し,多くの新たな知見を得ている。今後マイクロRNAの機能発現に至る種々の段階について、従来の手法だけでは得られなかった新たな知見と、将来に向けての新たな視点を与える研究である。本研究は世界的に見ても独創的で先駆的な役割を果たす研究結果であり、今後この分野の進展への貢献が大きく期待されるものである。

したがって、本審査委員会は論文提出者が博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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