学位論文要旨



No 123207
著者(漢字) 最上,聡文
著者(英字)
著者(カナ) モガミ,トシフミ
標題(和) 蛍光共鳴エネルギー移動法を用いた組み換え細胞質ダイニンの構造機能相関の解明
標題(洋) Structure-function relationship of recombinant cytoplasmic dynein studied by fluorescence resonance energy transfer
報告番号 123207
報告番号 甲23207
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第806号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 須藤,和夫
 東京大学 教授 豊島,陽子
 東京大学 准教授 奥野,誠
 東京大学 准教授 栗栖,源治
 東京大学 准教授 上村,慎治
内容要旨 要旨を表示する

細胞質ダイニンは微小管上をマイナス端方向にすべり運動するモータータンパク質であり、真核細胞内においてオルガネラや小胞の微小管に沿った輸送、また分裂期には紡錘体の形成や姉妹染色体の分離に深く関わっている。細胞質ダイニンはATPの加水分解の際に生じる化学エネルギーを力学エネルギーに変換し、微小管上をすべり運動する。

細胞質ダイニンの組成を見ると、重鎖2量体といくつかの中間鎖、軽鎖および中間軽鎖といったサブユニットからなる複合体であり、その総分子量は1000 kDaを超える巨大な分子である。これらのサブユニットのうち、重鎖がダイニンの力発生に必須であり、重鎖単量体のみでモーター活性、すなわちATP加水分解活性および微小管すべり運動活性を保持している。

ダイニン重鎖はAAA+(トリプルエープラス、ATPase associated with various cellular activities)スーパーファミリーに属するタンパク質であり、AAAタンパク質に特徴的な、6つのAAAモジュール(AAA1-AAA6)からなるリング構造(AAAリング)を持っている。AAAリングからは、ストークと呼ばれる部位と尾部の2つの機能部位が突出している。尾部はダイニン重鎖一次配列のうちN末端側約1400アミノ酸からなる機能部位であり、ダイニン重鎖の2量体形成を担い、また軽鎖およびダイナクチンを介して輸送小胞などを結合する。ストークはAAA4モジュールとAAA5モジュールの間から突出している。ストークは逆並行コイルドコイルからなっており、その先端にはストークヘッドと呼ばれる球状の部位がある。ダイニンのATP加水分解サイクルに依存的な微小管との相互作用はこのストークヘッドで起こるとされている。

AAAリングはそれぞれの分子量が35~40 kDaの6つのAAAモジュール(AAA1からAAA6)が連なって構成されている。そのうちN末端側のAAA1からAAA4の4つのモジュールには、ヌクレオチド結合に関わるWalker AモチーフもしくはP-loopと呼ばれるアミノ酸配列が保存されている。さらにAAA1からAAA4モジュールには、Walker Bモチーフ、Sensorモチーフ、アルギニンフィンガーといったAAAタンパク質に特徴的なアミノ酸配列が見られる。

AAA1からAAA4モジュールにあるヌクレオチド結合もしくは加水分解部位のうち、どのモジュールで実際にATP加水分解が起こっているのか、まだ詳しくはわかっていない。しかし、AAA1モジュールで起こるATP加水分解が主要であり、かつAAA1モジュールで起こるATP加水分解のみがダイニンのすべり運動を引き起こすことに必須であると考えられている。また、AAA3モジュールにおけるATP結合が、in vivoでのダイニンの機能に必須であることがわかっている。

ダイニンによるATP加水分解にともなう力発生の分子機構は未だ良く分かっていないが、近年なされたネガティヴ染色電子顕微鏡法を用いた軸糸内腕ダイニンcの研究により、ダイニンによるATP加水分解にともない、尾部がAAAリングに対して相対的に首振り様の構造変化を起こし、その構造変化がダイニンにおけるpower-strokeおよびrecovery-strokeに相当するというモデルが提唱されている。

2.実験の方法、結果と考察

第1章では、細胞質ダイニン重鎖の力発生に重要な構造変化を溶液中で捉えることを目指し、蛍光共鳴エネルギー移動(Fluorescence Respnance Energy Transfer、FRET)法を用いた。細胞性粘菌由来の細胞質ダイニン重鎖に、緑色蛍光タンパク質(GFP)および青色蛍光タンパク質(BFP)を融合した組み換えダイニンを作製した。GFP・BFP融合ダイニンはモーター活性を保持しており、またATP加水分解サイクルにともなってその蛍光スペクトルを変化させた。この蛍光スペクトルの変化は、GFP・BFP融合ダイニンがATP加水分解にともなって構造変化を起こし、その結果尾部に融合したGFPとAAAリング部位に融合したBFPとの相対的な位置が変化することで、FRET効率が変化することを反映している。したがって、GFP・BFP融合ダイニンを用いてダイニンの尾部の構造変化を溶液中で検出することができた。

GFP・BFP融合ダイニンを用いてさまざまなヌクレオチド条件でのFRET効率の測定を行った。またGFP・BFP融合ダイニンのAAA1モジュールのWalker A変異体およびWalker B変異体を用いてFRET効率を測定した。その結果、ダイニンのATP加水分解サイクルと構造状態とを関連付ける以下のSchemeを得た。

ただし、この中でDおよびD*はそれぞれFRETにより定義される異なる構造状態のダイニンを表す。また、ダイニンは異性化(Isomerization)にともないこれらの2状態間を移行する。

次に、GFP・BFP融合ダイニンが示す蛍光変化の速度を解析することで、ダイニンの尾部の構造変化のキネティクス解析を行った。ストップトフロー法を用いて、GFP・BFP融合ダイニンのD→D*およびD*→Dで表される異性化にともなう移行を解析した。また、これら異性化速度におよぼす微小管の影響を調べた。

このようにして得られた結果および考察をまとめると以下のようになる。

(1)ダイニンの尾部の首振り様構造変化を溶液中で検出することに成功した。

(2)ダイニンの尾部の首振り様構造変化はAAA1モジュールにおけるATP加水分解と共役して起こることが強く示唆された。また、ATP加水分解サイクルにともないFRET効率で定義される少なくとも2種類の構造状態をとることがわかった。

(3)ダイニンにATPが結合した状態で第1の異性化が起こり、その反応速度定数k2は180 s-1であることがわかった。そしてこの第1の異性化にともない、recovery-strokeに相当する尾部の構造変化が起こることがわかった。

(4)ダイニンにADPが結合した状態で第2の異性化が起こることがわかった。その速度k3は決定できないものの、最大値は4.2 s-1と見積もられた。

(5)第1の異性化は微小管によって活性化されず、第2の異性化が微小管によって活性化されることがわかった。これは第2の異性化にともないpower-strokeが起こるというモデルを支持する結果である。

(6)微小管によって、尾部の首振り様構造変化と共役しているAAA1モジュールでのATP加水分解のみならずAAA2-4モジュールにおけるATP加水分解も併せて活性化されることが示唆された。

第2章では、遺伝子組み換え技術を用い、AAA2からAAA4モジュールのWalker A変異体およびWalker B変異体を作製し、ATP加水分解活性および微小管すべり運動活性を測定することで、AAA2-4モジュールにおけるヌクレオチドの結合または加水分解がダイニンの機能発現にどのような役割を担うのか調べた。

さらに第1章で開発された尾部の構造変化を検出するFRETプローブを用いてAAA2-4モジュールのWalker A変異体およびWalker B変異体のFRET効率変化を測定し、尾部の構造変化に対するAAA2-4モジュールの役割を検討した。

このようにして得られた結果および考察をまとめると以下のようになる。

(1)AAA1モジュールにおけるATPの結合および加水分解はダイニンの機能発現にとって必須であり、尾部の構造変化と共役している。

(2)AAA3モジュールにおけるATPの結合および加水分解はダイニンの機能発現にとって重要であり、AAA1モジュールにおけるATP加水分解サイクルと共役することで尾部の構造変化に関わっている。

(3)AAA4モジュールにおけるATPの結合はダイニンの機能発現にとって必須ではない。しかし、いったんATPがAAA4モジュールに結合して加水分解サイクルがまわりはじめると、AAA3モジュールと同様にAAA4モジュールにおけるATP加水分解サイクルもAAA1モジュールでのATP加水分解サイクルと共役し、この共役を介して尾部の構造変化に関わっている。

(4)AAA2モジュールは選択的なADP結合部位らしい。

審査要旨 要旨を表示する

細胞質ダイニンは微小管上をマイナス端方向にすべり運動するモータータンパク質であり、神経軸策輸送をはじめとした真核細胞内の物質輸送においてきわめて重要な役割をはたしている.本論文は、遺伝子組み換え技術で作成した細胞質ダイニンのモータードメインをもちいて、このモータータンパク質がどのような機構で力を発生するかを生化学的視点で解明しようとしたものである.

ダイニン重鎖はAAA+(ATPase associated with various cellular activities)スーパーファミリーに属するタンパク質であり、AAAタンパク質に特徴的な、6つのAAAモジュール(AAA1-AAA6)からなるリング構造(AAAリング)を持っている。AAAリングからは、ストーク部位と尾部という2つの機能部位が突出している。尾部はダイニンの力発生にあたってレバーアームとしてはたらくと考えられており、ストークは微小管結合部位である. AAAリングはそれぞれの分子量が35~40 kDaの6つのAAAモジュール(AAA1からAAA6)が連なって構成されている。そのうちN末端側のAAA1からAAA4の4つのモジュールには、ヌクレオチド結合に関わるWalker AモチーフもしくはP-loopと呼ばれるアミノ酸配列が保存されており、ヌクレオチド結合あるいは加水分解活性をもつと考えられている.しかし、AAA1からAAA4モジュールにあるヌクレオチド結合もしくは加水分解部位のうち、どのモジュールで実際にATP加水分解が起こっているのか、また、どのモジュールでのATP加水分解が力発生に必須であるかという、ダイニンの力発生機構の根幹にかかわる問題については不明な点が多い.

一方、負染色電子顕微鏡法を用いた軸糸内腕ダイニンの研究により、ダイニンによるATP加水分解にともない、尾部がレバーアームのようにAAAリングに対してスイング様の構造変化を起こし、その構造変化がダイニンにおけるパワーストロークを生み出すという"パワーストロークモデル"が提唱されている.しかし、溶液中でこのようなレバーアーム様の動きがあるかどうかという検証が未だおこなわれていない.

このようにまだ未解明の部分が多いダイニンの力発生の分子機構を理解するには、ダイニンのATPaseとしての生化学的解析と、その溶液中での構造解析が欠かせない.

そこで本論文では、第一章で、細胞質ダイニン重鎖の力発生に重要な構造変化を溶液中で捉えることを目指し、蛍光共鳴エネルギー移動(Fluorescence Respnance Energy Transfer、FRET)法を用いた。このため、細胞性粘菌由来の細胞質ダイニン重鎖に緑色蛍光タンパク質(GFP)および青色蛍光タンパク質(BFP)を融合した組み換えダイニンを作製した。GFP・BFP融合ダイニンはモーター活性を保持しており、またATP加水分解サイクルにともなってその蛍光スペクトルを変化させた。この蛍光スペクトルの変化は、GFP・BFP融合ダイニンがATP加水分解にともなって構造変化を起こし、その結果尾部に融合したGFPとAAAリング部位に融合したBFPとの相対的な位置が変化することで、FRET効率が変化することを反映している。したがって、GFP・BFP融合ダイニンを用いて尾部のスイング様の構造変化を溶液中で検出することができた。

GFP・BFP融合ダイニンを用いてさまざまなヌクレオチド条件でのFRET効率の測定を行った。またGFP・BFP融合ダイニンのAAA1モジュールのWalker A変異体およびWalker B変異体を用いてFRET効率を測定した。その結果、ダイニンのATP加水分解サイクルと構造状態とを関連付けることができた。

次に、GFP・BFP融合ダイニンが示す蛍光変化の速度を解析することで、ダイニンの尾部の構造変化のキネティクス解析を行った。ストップトフロー法を用いて、GFP・BFP融合ダイニンのD→D*およびD*→Dで表される異性化にともなう移行を解析した。また、これら異性化速度におよぼす微小管の影響を調べた。

このようにして得られた第1章の結果および考察をまとめると以下のようになる。

(1)ダイニンの尾部の首振り様構造変化を溶液中で検出することに成功した。

(2)ダイニンの尾部の首振り様構造変化はAAA1モジュールにおけるATP加水分解と共役して起こることが強く示唆された。また、ATP加水分解サイクルにともないFRET効率で定義される少なくとも2種類の構造状態をとることがわかった。

(3)ダイニンにATPが結合した状態で第1の異性化が起こり、その反応速度定数k2は180 s-1であることがわかった。そしてこの第1の異性化にともない、recovery-strokeに相当する尾部の構造変化が起こることがわかった。

(4)ダイニンにADPが結合した状態で第2の異性化が起こることがわかった。その速度k3は決定できないものの、最大値は4.2 s-1と見積もられた。

(5)第1の異性化は微小管によって活性化されず、第2の異性化が微小管によって活性化されることがわかった。これは第2の異性化にともないpower-strokeが起こるというモデルを支持する結果である。

(6)微小管によって、尾部の首振り様構造変化と共役しているAAA1モジュールでのATP加水分解のみならずAAA2-4モジュールにおけるATP加水分解も併せて活性化されることが示唆された。

第2章では、遺伝子組み換え技術を用い、AAA2からAAA4モジュールのWalker A変異体およびWalker B変異体を作製し、ATP加水分解活性および微小管すべり運動活性を測定することで、AAA2-4モジュールにおけるヌクレオチドの結合または加水分解がダイニンの機能発現にどのような役割を担うのか調べた。

第1章で開発した尾部の構造変化を検出するFRETプローブを用いてAAA2-4モジュールのWalker A変異体およびWalker B変異体のFRET効率変化を測定し、尾部の構造変化に対するAAA2-4モジュールの役割も検討した。

このようにして得られた第2章の結果および考察をまとめると以下のようになる。

(1)AAA1モジュールにおけるATPの結合および加水分解はダイニンの機能発現にとって必須であり、尾部のスイング様構造変化と共役している。

(1)AAA3モジュールにおけるATPの結合および加水分解はダイニンの機能発現にとって重要であり、AAA1モジュールにおけるATP加水分解サイクルと共役することで尾部の構造変化に関わっている。

(ア)AAA3モジュールにおけるATPの結合および加水分解はダイニンの機能発現にとって重要であり、AAA1モジュールにおけるATP加水分解サイクルと共役することで尾部の構造変化に関わっている。

(2)AAA4モジュールにおけるATPの結合はダイニンの機能発現にとって必須ではない。しかし、いったんATPがAAA4モジュールに結合して加水分解サイクルがまわりはじめると、AAA3モジュールと同様にAAA4モジュールにおけるATP加水分解サイクルもAAA1モジュールでのATP加水分解サイクルと共役し、この共役を介して尾部の構造変化に関わっている。

(3)AAA2モジュールは選択的なADP結合部位らしい。

このように、第1章、第2章に述べられた研究により、細胞質ダイニンのATP加水分解サイクルの詳細がはじめてあきらかになるとともに、このサイクルがレバーアームと考えられている尾部のスイング様構造変化とどのように共役しているかもあきなかになった.その結果、細胞質ダイニンのATPaseサイクルとその力発生との共役について、重要な知見があらたに得られた.

したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する.

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