学位論文要旨



No 123213
著者(漢字) 金,明姫
著者(英字)
著者(カナ) キム,ミョンヒ
標題(和) パルスレーザ堆積法によるSiC基板上への窒化物半導体薄膜の成長と評価
標題(洋) Growth and characterization of group III nitride films on SiC substrates by pulsed laser deposition
報告番号 123213
報告番号 甲23213
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第812号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾嶋,正治
 東京大学 教授 松尾,基之
 東京大学 客員教授 宮坂,力
 東京大学 准教授 杉山,正和
 東京大学 准教授 岩本,敏
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

III族窒化物(AIN,GaN,InN)半導体は、直接遷移型のバンドギャップや優れた電気的性質を持つことから、光デバイスやハイパワー電子デバイス用の材料として大きな注目を集めている。通常、III族窒化物半導体の単結晶薄膜は、バルク単結晶基板の作製が極めて困難であるためサファイアやSiCなどの異種基板材料上へのヘテロエピタキシャル成長によって作製される。特にSic基板はGaNやAINとの面内格子不整合がそれぞれ3.4%と0.9%と非常に小さく、良質なヘテロエピタキシャル成長が可能になると考えられる。しかしながら、従来の成長手法である有機金属気相成長法(MOCVD法)や分子線エピタキシー法(MBE法)では、800℃以上の高温でIII族窒化物薄膜の成長が行われるため、成長初期から3次元成長が進行し、表面形状や結晶性の精密な制御を行うことは困難であった。一方、パルスレーザ堆積法(PLD法)では、レーザによってアブレーションされた粒子が大きな運動エネンルギーをもっているため、低温エピタキシャル成長が可能になることが知られている。従って、PLD法を用いればSic基板上へのGaNやAIN薄膜の低温エピタキシャル成長が可能となる。

そこで本研究では、PLD法を用いてSiC基板上へIII族窒化物薄膜の低温エピタキシャル成長を実現し、その成長メカニズムを解明することを目的とした。

2.実験

III族窒化物薄膜成長用基板として、オフ角が0.5°以下のon-axisSiC(0001)基板を用いた。SiC基板表面を化学的機械研磨した後、H2(4%)とHe(96%)の混合ガス中において、1530~1600°Cの温度で20~60分間の高温アニール処理を行った。高温アニール処理によってSiC基板表面にはステップアンドテラス構造が観察され、原子レベルで平坦化される。III族窒化物薄膜成長前に、SiC基板表面上への残留酸化物を除去する目的で、フッ酸(HF)溶液処理と超高真空(UHV)中でのGa照射を行った。これらの表面処理後、sic基板の反射高速電子線回折(RHEED)像は(√3×√3)R30°表面再構成パターンとなり、表面が清浄化されたことを示した。GaNやAIN薄膜の成長には、到達真空度5.0×10(-10)TorrのUHV-PLD装置を用いた。薄膜成長後にはin-situRHEED、X線回折(XRD)、X線反射率(GIXR)、電子線後方散乱回折(EBSD)、原子間力顕微鏡(AFM)による評価を行った。

3.結果と考察

3-lSic基板上へのGaN薄膜成長

PLD装置を用いてSi面6H-SiC(0001)基板上へGaN薄膜を成長し、その成長メカニズムを調べた。図1に成長温度700℃および室温でのGaN薄膜成長中のin一situRHEED強度プロファイルおよびRHEED像を示す。図1(a)のRHEED像に示すように、700℃で成長した場合にはスポットパターンが観察され、GaN薄膜が3次元成長していることが分かった。そのRHEED強度プロファイルを調べたところ、図1(b)に示すように成長開始直後には格子の乱れや表面荒れによってRHEED強度が減少したが、その後結晶性の向上によってRHEED強度が回復した。しかしながら強度振動は観察されず、3次元成長であることが明らかになった。一方、GaN薄膜を室温成長した場合、図1(c)に示すようにRHEED像はストリー一クパターンとなり2次元的なエピタキシャル成長が進行していることが分かった。室温でもエピタキシャル成長が実現できたのは、PLD法ではGa原子が高い運動エネルギーを有していることから基板表面におけるGa原子の表面拡散が促進されたためだと考えられる。図1(d)に、室温成長したGaN薄膜のRHEED強度プロファイルを示す。成長開始直後にはRHEED強度の減少が見られたが、膜厚増加によってRHEED強度が回復した。さらに成長初期からRHEED強度振動が観察されており、典型的なlayer-by-1ayer成長であることが明らかになった。室温成長したGaN薄膜の表面をAFM観察によって調べたところ、ステヅプアンドテラス構造が観察され、原子レベルで平坦であった。

これらの結果から、PLD法を用いることによって、SiC基板上におけるGaN薄膜の室温エピタキシャル成長を実現できることが分かった。さらにその成長モードはlayer-by-1ayer成長であり、原子レベルで平坦な表面を有していたことから、室温成長によってGaN薄膜の表面形状や結晶性を改善できることが明らかになった。

3-2SiC基板上へのAIN薄膜成長

1)Si一面SiC(ooo1>基板上への成長

SiC基板はAINとの面内格子不整合が0.9%と小さく、大きな熱伝導率や電気伝導度を持つことから、AIN薄膜の成長用基板として用いられてきた。しかしながら、AIN薄膜のさらなる結晶性向上のためには、成長メカニズムを解明することが重要である。そこで、PLD法によってsi面の6H一および4H-sic基板上にAIN薄膜のエピタキシャル成長を行い、その成長メカニズムを調べた。

si面6H一および4H-sic基板上にAIN薄膜を室温エピタキシャル成長したところ、in-situRHEED観察の結果から、どちらの場合でもAIN薄膜がlayer-by-1ayerモードで成長していることが分かった。6H-SiCおよび4H-SiC基板上へ室温成長したAIN薄膜のAFM像を図2(a)と(b)に示す。どちらの場合でも室温成長したAIN薄膜の表面形状には明瞭なステップ&テラス構造が観察され、原子レベルで平坦であることが分かった。また、6H-SiC基板上へに成長したAIN薄膜の場合、そのステップ高さはAINの3MLに相当する約0.75nmであり、4H-SiC基板上に成長したAIN薄膜の場合にはAINの4MLに相当する約1.0nmであった。さらに、AIN薄膜の表面には原子レベルで平坦なテラス上に三角形状のAINの2次元核が観察され、AIN薄膜の1ayer-by-layer成長が確認された。また、AINの2次元核は三角形の形状を有していることが分かった。これはAlNの2次元核において、方位によって成長速度が異なるためだと考えられる。図2(c>に、AINの2次元核についてその原子配列の模式図を示す。図から分かるように、AINの二次元核では、[1100]方位のようにダングリングボンドを2本持つTypeIのエッジと、[0110]方位のようにダングリングボンドが1本のTypeIIエッジが存在する。ダングリングボンドが多いほど原子が結合しやすいことから、AINの2次元核ではTypeIのエッジの方が成長速度が速い。その結果、2次元核の形状が三角形になったと考えられる。また、6H-SiC基板上に成長したAIN薄膜の場合、2次元核の向きが隣接したテラス上の2次元核と60°回転していたのに対し、4H-sic基板上の場合には各テラスごとに同じ向きの2次元核が形成されていることが分かった。AINはABABという積層周期を有していることから、3MLのステップ高さを有する6H-SiC基板上AIN薄膜の場合では、隣接したテラス上に形成される2次元核がA層とB層を交互に形成している。このため、隣り合ったテラスごとに2次元核の形状が60°回転したと考えられる。一方、4H-SiC基板上のAINの場合、そのステップ高さがAINの4MLに相当するものであったことから、各テラス上の2次元核は全て同一層となっており、2次元核の向きが同じになったと考えられる。また、図2のAFM像から分かるように、上部テラス上のステップエッジにおいて核密度が高くなっている様子が観察された。これは、シュウェーベル効果によって上部テラスから下部テラスへの原子の移動が起りにくくなっているためだと考えられる。

2)c一面SiC(000-1)基板上への成長

Si面に比べてc面SiC基板表面を原子レベルで平坦化することは難しく、これまでC面SiC基板上へのAlN薄膜成長に関する報告例はほとんどない。本研究では、H2(4%)とHe(96%)の混合ガス雰囲気中で高温アニール処理を施すことにより、c面SiC基板を原子レベルで平坦化することに成功した。また、そのステップ高さは6H-SiC(0001)の1ユニットセルに相当する約1.5nmであった。このように原子レベルで平坦化したC面Sic基板上へPLD法によってAIN薄膜を成長し、その成長メカニズムを調べた。

AIN薄膜の成長温度を710°CとRTで行い、その成長モードを調べるため、in-situ RHEED 観察を行った。その結果、c面SiC基板上へのAIN薄膜のエピタキシャル成長は、710°CではStranski-Krastanov(SK)モードで進行するのに対し、室温成長ではlayer-by-1ayerモードで進行することが分かった。膜厚約10nmのAIN薄膜について、1124回折近傍の逆格子空間マッピング(RSM)測定を行った結果を図3(a)と(b)に示す。RSM測定からAIN薄膜の面内格子定数を求めたところ、710°cで成長した場合は0.3100nmであった。この値は、6H-sic(0.3080nm)とbulkAlN(0.31114nm)の中間であり、格子歪みの約60%が緩和されていることが分かった。これは、AlN/SiC界面近傍においてミスフィット転位が導入され、格子緩和が進んでいることを示している。一方、室温成長したAIN薄膜の場合、AIN薄膜の面内格子定数は図3(b)に示すようにほぼsicの格子定数に一致しており、格子歪みの緩和がほとんど起きていないことが分かった。これらの結果から、室温成長を行うことによって、AlN/SiCのヘテロ界面におけるミスフィット転位の導入が抑制されることが明らかになった。また、AIN薄膜の結晶性を調べるため、AIN薄膜のX線ロッキングカーブ(XRC)半値幅の測定を行った。710◎Cで成長したAlN薄膜の0004回折および1012回折のXRC半値幅は、それぞれ0.35。および0.63。であった。一方、室温成長したAIN薄膜のXRC半値幅は、OOO4回折で0.05°、1012回折で0.07°と小さく、極めて結晶性の高いAIN薄膜であることが分かった。

これらの結果から、AIN薄膜の成長温度を室温まで低減することによってヘテロ界面におけるミスフィット転位の導入が抑制され、AlN薄膜の結晶性が飛躍的に改善されることが明らかになった。

4.まとめ

PLD法を用いることによって、原子レベルで平坦化されたSiC基板上へのGaN薄膜およびAlN薄膜の成長を行ったところ、室温でもエピタキシャル成長が可能であることが分かった。これは、PLD法ではIII族原子が高い運動エネルギーを持って供給されるため、原子の表面拡散が促進されたためだと考えられる。si面sic基板上にAIN薄膜を成長したところ、AINの2次元核が観察された。その形状は三角形であり、これは2次元核のエッジにおける成長速度が方位によって異なるためだと考えられる。また、6H-sic基板上では、隣接したテラスごとにAlNの2次元核が60。回転していたが、4H-sic基板上では全てのテラス上で同一方向であった。c面SiC基板上へAIN薄膜を成長したところ、成長温度を室温まで低減することによってAIN/SiCのヘテロ界面におけるミスフィット転位の導入が抑制され、AIN薄膜の結晶性が飛躍的に改善されることが明らかになった。

図1 GaN薄i膜のRHEED像とin-situ RHEED強度プロファイル:(a),(b)700℃、(c>,(d)室温。

図2室温エピタキシャル成長したAIN薄膜のA田像:(a)6H-SiC基板上、(b)4H-SiC基板上。(c)AIN薄膜の原子配列模式図。

図3 c面sic基板上に成長したAIN薄膜の1124回折近傍の逆格子空間マッピング:(a)710℃成長、(b)室温成長

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、パルスレーザー堆積法(PLD法)によるSiC基板上への窒化物半導体薄膜の成長と評価に関して述べられたものである。III族窒化物(AlN, GaN, InN)半導体は、直接遷移型のバンドギャップや優れた電気的性質を持つことから、光デバイスやハイパワー電子デバイス用の材料として大きな注目を集めている。通常、III族窒化物半導体の単結晶薄膜はバルク単結晶基板の作製が極めて困難であるため、サファイアやSiCなどの異種基板材料上へのヘテロエピタキシャル成長によって作製される。特にSiC基板はGaNやAlNとの面内格子不整合がそれぞれ3.4 %、0.9 %と非常に小さく、良質なヘテロエピタキシャル成長が可能になると考えられる。しかし、従来の成長手法である有機金属気相成長法(MOCVD法)や分子線エピタキシー法(MBE法)では、高温でIII族窒化物薄膜の成長が行われるため、成長初期から3次元成長が進行し、表面形状や結晶性の精密な制御を行うことは困難であった。一方、PLD法では、レーザーによってアブレーションされた粒子が大きな運動エネルギーを持っているため、低温エピタキシャル成長が可能になることが知られている。従って、PLD法を用いればSiC基板上へのGaNやAlN薄膜の低温エピタキシャル成長が可能となる。本論文ではPLD法を用いてSiC基板上へIII族窒化物薄膜の低温エピタキシャル成長を実現し、その成長メカニズムを解明している。

第一章では、社会的及び学問的な観点からIII族窒化物半導体の必要性と問題点、そして本研究の目的が述べられている。

第二章では、本研究で用いられたPLD装置の原理、基本構造、およびIII族窒化物薄膜の成長方法、解析手法について記されている。

第三章では、Si-面6H-SiC基板上へのGaN薄膜成長について述べられている。原子レベルで平坦化されたSiC基板を用いてGaN薄膜の成長を行い、700℃から室温までの全ての温度領域でGaNのヘテロエピタキシャル成長を確認している。300℃以上の高温では3次元モードで成長するのに対し、室温では層状モードで成長することを見出している。これらの結果は、従来考えられなかった室温でのGaN結晶成長を実現したもので、高く評価される。

第四章では、Si面SiC基板上へのAlN薄膜成長について述べられている。積層構造が異なる6H-及び4H-SiC基板を用いてAlN薄膜の成長を行い、いずれの場合でもAlN薄膜は層状成長モードで成長していることを見出している。また、AlN薄膜表面上には、正三角形の2次元核が形成されており、隣り合うテラス上の2次元核の向きは6H-SiC基板上では60°回転しているのに対して、4H-SiC基板上では同一方向である、という興味深い結果を得ている。さらに、C-面6H-SiC基板を用いてAlN薄膜成長を行い、高温ではStranski-Krastanov(SK)モードで進行するのに対し、室温では層状モードで進行することを見出している。また、AlN薄膜における面内及び面外歪みを調べ、710℃成長AlN薄膜では格子歪みの約60%が緩和されているのに対して、室温成長AlN薄膜では格子歪みの緩和がほとんど起きていないこと、また室温成長AlN薄膜は極めて高い結晶性を持っていることを見出している。これは高効率深紫外発光デバイスの開発を行う上で極めて重要な知見であると判断される。

第五章では、C-面SiC基板上へAlN薄膜を成長させ、膜厚に依存した歪みの挙動や転位密度を解明した結果について述べられている。700℃成長AlN薄膜では、膜厚52 nm以上からAlNの面内格子定数が60%歪み緩和しているのに対し、室温成長AlN薄膜では、膜厚260 nmまで成長しても歪み緩和が起こらないこと、またX線ロッキングカーブの半値幅から算出した転位密度は従来のAlNエピタキシャル層に比べて一桁小さいこと、という驚くべき結果を見出している。

第六章では、本論文の結論および今後の展開が述べられている。

以上、本論文ではパルスレーザー堆積法によるSiC基板上への窒化物半導体薄膜の成長と評価について興味深い知見が得られている。

本研究で開発した結晶成長技術と解析手法はゲート絶縁膜/シリコン界面のみに限らず、薄膜材料一般に対しても応用できるため、デバイスプロセスへのフィードバックだけに留まらず、基礎科学の立場からも幅広い研究展開が期待される。また、高効率深紫外発光デバイスの開発によって、生命科学、環境科学、エネルギー科学の分野にも大きな貢献が出来るものと期待される。

したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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