学位論文要旨



No 123220
著者(漢字)
著者(英字) Patrick,Nickels
著者(カナ) パトリック,ニッケルス
標題(和) 分子ワイヤーで連結された金ナノ粒子ネットワークの伝導特性
標題(洋) Electronic Properties of Gold Nanoparticle Networks connected by Molecular Wires
報告番号 123220
報告番号 甲23220
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第819号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,進
 東京大学 教授 菅原,正
 東京大学 教授 鹿児島,誠一
 東京大学 教授 増田,茂
 東京大学 教授 川合,眞紀
内容要旨 要旨を表示する

分子ワイヤーで連結された金ナノ粒子は、新しいタイプの電子材料となる可能性がある[1]。金ナノ粒子を小さくして行くと帯電エネルギーが容易に常温での熱エネルギーを超え、単電子トンネリングによる多彩な輸送現象が室温で起こる可能性があるのである。金ナノ粒子はその際、単電子トンネリングに対するクーロンアイランドとして機能し、金ナノ粒子を繋ぐ分子ワイヤーはクーロンアイランド間のトンネル接合となる。分子ワイヤーとナノ粒子の双方を適切に選ぶことでネットワークの伝導特性を変えることができるが、その際、ネットワークが自己組織化により簡単に成長することも大きな利点である[2]。さらに、ネットワークの特徴的構造のために、有用な新しい電子素子としての発展的応用も考えられよう。単一電子デバイス(ナノ粒子)と分子エレクトロニクスの融合により、新しいメモリデバイスやロジックを構築する可能性があると思われる。

本研究では、金ナノ粒子を接続するワイヤー分子にスピン分極分子ワイヤーを選択した(図1d)。スピン分極ワイヤー分子を用いることにより、伝導性に対する磁場の依存性をチェックすることができ、将来的にはスピントロニック素子としての機能を実現する可能性がある [3]。

本研究は二つの目的を有する。第1の目的は、基本的伝導特性の測定を通じて金ナノ粒子とワイヤー分子が緻密に結合した金ナノ粒子ネットワークの伝導機構を明らかにすることである。第2の目的は、将来的な分子素子発展への土台を探索するために、ネットワークの伝導特性を制御する試みを行うことである。

スピン分極ワイヤーの金ナノ粒子ネットワークの導電特性について、2 μ mの電極ギャップを用いた先行研究が存在する。そこでは、低温で電流がexp(-1 /T) の熱活性化型の依存性から、温度依存性が小さい領域に急激に変化する挙動が観察され、その低温での導電メカニズムは電流‐電圧特性の測定から、コトンネリング機構と解釈された。ただし、この先行研究[4]におけるネットワークは、金ナノ粒子のネットワークがまず直径100 nm程度の顆粒を形成し、多数の顆粒がさらにネットワーク状に繋がる階層的多重構造を形成している。そのため、伝導特性に階層的構造に起因する部分が影響を与えるのではないかと心配された。そこで、本研究では、このような高次構造の形成を避け、ナノ粒子とワイヤー分子が密に詰まった均一なネットワークのintrinsicな導電特性を検討するため、より狭い間隔をもつナノギャップ電極を用いた。

実際の実験では、間隔100 nmのナノギャップを持つ金電極をシリコン基板上に形成し、電極をワイヤー分子の溶液と金ナノ粒子の溶液に交互に浸すことによって、ネットワークをこのナノギャップ電極上に自己集合化させた。そのようにして得られた試料に対し、2端子法で、伝導度の電圧、温度、及び磁場に対する依存性を明らかにした。

試料の導電特性は、高温領域では熱活性化型であることが見出され、それはナノ粒子の大きな帯電エネルギーと熱エネルギーが拮抗して生ずる熱性化型トンネリングによる伝導として解釈された。一方低温領域では、温度依存性はもっと弱く、それはこのような熱活性化を必要としない(非弾性)コトンネリングによると解釈された。

さらに、低温(4.2K)のコトンネリング領域に置ける電流-電圧特性は50 mvから200 mvの電圧範囲で7次の極めて強い非線形を示した(図1b)。これは、コトンネリングの理論式(I ( V2N-1 [5])から、4つの直列したトンネル接合を、4つの電子が(完全に同時に)コトンネリングするためと解釈される。さらに電圧を上げると300mV以上で非線形性の次数が2次に変化することが見出されたが、これは電圧差が金ナノ粒子の帯電エネルギーを越えるためにクーロン閉塞が有効でなくなり通常のトンネルが可能になるためである。

本研究はスピン分極ワイヤー分子とともにスピンを持たないワイヤー分子も用いて行った。温度依存性および電圧依存性に関する上記の実験結果はともに似ている。一方、外部磁場に対する依存性はに大きな違いが見出された。つまり、スピン分極ワイヤー分子によるネットワークでは、低温において磁場により電流が増加する、負の磁気抵抗効果が見出される一方、スピン無しの分子では、有意の磁場効果は観測されなかった(図1c)。しかも、スピン分極ワイヤー分子による負の時期抵抗効果は、コトンネリング伝導が観測される200mV以下のバイアス電圧のみで観察された。このことは、(1)個々のトンネル障壁中の孤立スピンによってトンネル電子がスピンフリップ散乱を受けること、(2)トンネル障壁中のスピンフリップ散乱がコトンネリングの確率を抑えること、そして(3)磁場の印加によって孤立スピンの偏極がおこるためにトンネル電子のスピンフリップ散乱確率が減り、(4)それがコトンネリング確率の復活を通して電流を増大させる、ことを強く示唆する。

第二部においては、金ナノ粒子ネットワークを、電子素子やロジック回路の構築へ展開する可能性を探るために、ゲート電極による制御性を調べた。実験は、三端子の電極構造の上に上記と同様の浸漬法でネットワークを調整して行った。これらの電極それぞれに独立した電源を接続し、その電流を計測した。電極基板には 表面を熱酸化膜(SiO2)で覆ったp -ドープシリコン基板を用い、これを背面ゲート電極として使った。また、金で形成したサイドゲート電極の構造も試みた (図2左)。

背面ゲート電極のバイアス電圧変化により、ネットワークの導電度が再現性ある変化を示すことを見出した。微分伝導度マップは、背面ゲート電圧により、系が高コンダクタンス領域と低コンダクタンス領域の間を行き来することを示唆するように見えなくもない(図2右)。バイアス電圧依存性の機構を確定する事は出来ないが、背面ゲートがランダムに分散したナノ粒子(クーロンブロッケードとして機能する)の電気化学テンシャルの粒子毎の分布を変化させるためである可能性が高いと考えている。いずれにしても、自己組織的に形成されるネットワークの伝導度がゲート電圧によって制御できる可能性が見えたことは、今後の展開に希望を持たせる。また、一般に、3つの電極端子を持つシステムでは、クーロンブロッケイドはそれぞれの端子で独立に制御され、さらに、それらの電極はソース電極、ドレイン電極としても機能するため、今後さまざまな分子のスイッチング特性の検討を行う上で有効と考えられる。

以上のように、本研究は

(1)金ナノ粒子ネットワークにこける電気導電の基本的機構を明らかにし、

(2)トンネル障壁中の局在スピンが伝導電子に影響を与えることを示し、さらに

(3)今後の電子素子やロジック回路への展開を考える際の第一歩となる、ゲート電圧による制御性を示した。

[1]M. Brust, D. Bethell, D. Schiffrin and C.J. Kiely, Adv. Mater. 1995, 7, 795[2]S. Taniguchi, M. Minamoto, M.M. Matsushita, T. Sugawara, Y. Kawada, D. Bethell, Jour. Mat. Chem. 2006, 16, 1-8[3]J. Nakazaki, I.-G. Chung, M. M. Matsushita, T. Sugawara, R. Watanabe, A. Izuoka, Y. Kawada, J. Mater.Chem. 2003, 13, 1011[4]M. Minamoto, M.M. Matsushita, T. Sugawara, Polyhedron 2005, 24 (16-17): 2263-2268[5]D.V. Averin, Yu.V.Nazarov, in Coulomb Blockade Phenomena in Nanostructures (Eds: H. Grabert, M.H. Devoret), Plenum Press and NATO Scientific Affairs Division, New York, 1992, p. 217
審査要旨 要旨を表示する

本論文は、多数の微細な金ナノ粒子(直径4ナノメートル)が導電性の分子ワイアーで接続されて形成する3次元伝導ネットワークの電気伝導特性についての実験研究である。金ナノ粒子の帯電エネルギーは常温の熱エネルギーを遙かに超えるため、単電子トンネリングによる多彩な輸送現象が室温で期待される。ただし、量子ドットの3次元ネットワークという未開拓の伝導系であるため、従来、基本的な伝導機構に対してすら確定的な説明が存在しなかった。本研究は、基本的な伝導機構の解明を行うと伴に、将来に向けた制御性の探求を行っている。特に、基本的伝導機構の解明のためには局在スピンを持つ分子ワイアーと持たない分子ワイアーを用意して伝導性の違いを追究している。シリコン基板上にギャップ間隔100nmで向き合う微細な金電極を電子線リソグラフィーで作成し、その上にネットワークを形成して伝導度の温度依存性・電圧依存性・磁場依存性の測定を行っている。その結果(1)高温部では、伝導が金ナノ粒子間を熱励起された電子が帯電エネルギーを飛び越えてトンネル伝導(金ナノ粒子のクーロン閉塞状態に於ける熱活性化型伝導)を示すこと、(2)低温部では複数の金ナノ粒子を異なる電子が同時にトンネルする巨視的量子トンネル過程(コトンネリング)により伝導が起こることを明らかにした。さらに、(3)低温で負の磁気抵抗効果を見出し、それが分子ワイアー中の局在スピンによってトンネル電子がスピンフリップ散乱されるためにコトンネリングの確率が抑えられるためであると解釈した。さらに、将来に向けた制御性の探求のために、3端子電極の素子を作成して伝導の測定を行い、またゲート電極を有する素子を作成してゲートバイアスによる制御性を探求して興味ある応答性を見出している。伝導度の温度依存性・電圧依存性・磁場依存性に関しては、本研究以前に、より大きな電極間距離を有する素子についての研究が存在した。しかし、そこでは、ネットワーク構造の階層性のために、真性の伝導特性が観測できているかどうか曖昧さが存在した。本研究は、電極間距離を小さくして均一なネットワーク構造を可能とし、かつ、分子ワイアーの種類や異なる条件での実験をより網羅的に行っている。そのため以上を纏め、本論文は3次元伝導ネットワークにおいて(1)-(3)からなるユニークな伝導機構の理解を確立し、また、今後の展開の可能性についても有益な示唆を与えたと認められる。

本論文は5章およびA Supplemental informationからなる。第1章は序論で、単電子トンネル現象と分子エレクトロニクスの進展を背景として、量子ドットの3次元ネットワークの研究への動機づけを記述している。第2章は試料となるネットワークの基本的説明に充てている。金ナノ粒子(製法と帯電エネギーの値)、分子ワイアー(用いた複数の分子の分子自体の性質)、ネットワーク中での金ナノ粒子、およびネットワークの形成法と構造観察、を解説している。第3章は基本的な伝導機構解明のための実験結果と解釈である。温度依存性は異なる分子ワーアーによるネットワークで共通しており、高温域(室温~70K)では熱活性化型だが、低温域(30K以下)では温度低下による伝導度の減少が顕著に弱まる実験結果を示す。また、低温(4.2K)においては、電流電圧特性がV7に及ぶ極めて強い非線形性を示すことを見出している。高温領域の温度依存性から、クーロン閉塞状態にある金ナノ粒子間の熱活性化型トンネル電流が支配していると解釈し、観測された活性化エネルギーの値から、金ナノ粒子が平均として6個程度の近接金ナノ粒子に接続していると推測している。低温域の特性から、非弾性コトンネリングが生起していると解釈し、それが電流電圧特性(V7)とも合致することを指摘している。さらに、V7の依存性から、コトンネリングが4つのトンネル接合にまたがって起こっていることを指摘している。また、異なるバイアス電圧に於ける複数の温度依存性の曲線が、コトンネリングの理論的予測で概ね合理的に説明できることも示している。これらの事から、ネットワークの伝導機構が高温ではクーロン閉塞の熱活性により、また低温域では高次のコトンネリングによる事が、ほぼ確定的に証拠づけられた。これらの現象は、分子ワイアーに局在スピンが存在するか否かにかかわらず、共通に観測される現象である。しかし、低温(4.2K)における磁気抵抗効果が全く異なる事が示される。つまり、局在スピンを持つ分子ワイアーによるネットワークは明確な負の磁気抵抗を示す一方、スピンを持たない分子によるネットワークは有意の磁気抵抗効果を示さない。このことから、「局在スピンを持つ分子ワイアーによるネットワークでは、トンネル電子がスピンフリップ散乱されるために、コトンネリングの確率がもともと抑えられているため電流が小さい。しかし、磁場を印加すると局在スピンが磁場方向を好み、スピンフリップ散乱を抑えてコトンネリング確率を増大させるために抵抗が減少する」との解釈を提出しており、その解釈は合理的と考えられる。さらに、金属微粒子の不均一なグラニュラー系では、伝導度がexp(-T-1/2)に比例するEfros-Shkrofskii型のvariable range hoppingに似た温度依存性が古くから報告されていたこと、また最近、その関係式がコトンネリングの描像から導かれた事を紹介している。さらに、本研究の実験結果をその理論と比べてみると、ある程度広い温度範囲でexp(-T-(1/2))の依存性に従うこと、導かれる幾つかのパラメータが、本実験の金ナノ粒子のサイズやコトンネリングに関与するトンネル接合の数(4)に矛盾しないこと、等も指摘している。さらに、他の研究グループによる実験との関連も議論している。第4章は伝導度の制御可能性を探求する実験を記述している。3端子電極の中で小数の素子が、極めて長時間の履歴現象を示し、測定上の問題である可能性を排除出来ないが、本物の効果である可能性もあることが示唆している。さらに、バックゲートのバイアスによって二端子伝導度がランダムに変化する事が見出している。伝導度変化のパターンは素子によって異なり、また常温への温度サイクリングによっても変化する。しかし、低温で測定を繰り返す限り、同一のパターンが再現する等、メソスコピック系の普遍伝導度揺らぎ(Universal Conductance Fluctuation)に似ている。それに対して次のような解釈を行っている。背面ゲートのバイアスを変化させると、金ナノ粒子中の伝導電子の数は一つづつ変化して行くが、どのバイアス電圧値で電子が出入りするかは金ナノ粒子によりそれぞれ異なる。また、伝導電子数が一つ変化する度に、その金ナノ粒子は近傍領域の静電ポテンシャルを帯電エネルギー程度変化させ、他の金ナノ粒子の電子の出入りに影響を与える。このように、ネットワーク中の多数の金ナノ粒子は互いに影響し合いながらそれぞれの電気化学ポテンシャルを変化させることになり、その変化のパターンは個々のネットワークによって決まる筈である。これが、背面ゲートバイアスによる伝導度変化に対して提案された解釈であり、合理的と考えられる。さらに、他の研究グループで得られた伝導度の制御性に関する実験結果とその解釈が議論されている。第5章は結論と将来展望を述べている。A Supplemental informationは電子線描装置を用いた微少電極試料の作成について、技術的な事柄が記述を付加している。

結び

なお、本論文の第3章と4章は、菅原氏・松下氏・源氏・小宮山との共同研究だが、論文の提出者が主体となって測定法の開発に当たりかつ実験を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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