学位論文要旨



No 123221
著者(漢字) 太田,泰弘
著者(英字)
著者(カナ) オオタ,ヤスヒロ
標題(和) 太陽系外トランジット惑星系のロシター効果 - 摂動論的アプローチと惑星リング検出への応用
標題(洋) The Rossiter effect of extrasolar transiting planetary systems - perturbative approach and application to the detection of planetary rings
報告番号 123221
報告番号 甲23221
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5102号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,勝彦
 東京大学 教授 牧島,一夫
 東京大学 准教授 大橋,正健
 東京大学 准教授 安田,直樹
 東京大学 教授 山本, 雅
内容要旨 要旨を表示する

太陽系外惑星とは、太陽以外の恒星の周囲を回る惑星のことである。20 世紀初頭に太陽が恒星の一種であるということがわかってくると、太陽以外の惑星も太陽と同様に惑星を持っているのではないかと考えられるようになった。しかし、明るい恒星のすぐ近くにある暗い惑星を観測するのは難しく、初めて主系列星の周りを回る太陽系外惑星が発見されたのは1995 年であった。この発見をきっかけに数多くの観測がなされ、現在までに250個以上の太陽系外惑星が見つかっている。現在までに最も多くの惑星の観測に使われてきた方法は、惑星の重力によって生ずる主星のふらつきのドップラー効果を分光観測し、間接的に惑星を観測する視線速度法である。視線速度法を用いると、惑星の質量、公転周期、公転軌道の離心率などを知ることができる。詳しい観測の結果、太陽系外惑星系の中には、主星のすぐ近くを木星程度の質量をもった惑星が公転しているものや、公転軌道が離心率が大きな楕円形になっているものなど、太陽系とは全く異なる姿をしたものが数多くあることがわかってきた。

これまで見つかった太陽系外惑星の中には、地球から見て主星の手前を惑星が横切るトランジットと呼ばれる現象を起こす惑星がある。トランジット中は主星が放射する光を惑星が遮るため、主星の明るさが暗くなる。この明るさの変化を測光観測する手法はトランジット法と呼ばれている。トランジット法を用いると惑星の半径や公転周期、天球面に対する公転軌道の傾斜角などを知ることができる。現在、大量の恒星を同時に測光観測して太陽系外惑星を探すというプロジェクトが幾つも計画あるいは実行されているため、今後数多くのトランジット惑星が見つかると期待されている。

また、トランジット惑星系は、分光観測することで、さらなる情報を得ることができる。トランジットが起こり惑星が主星の一部分を隠したとする。主星は自転しているため、主星のスペクトル線は、観測者から見て近付いている部分から放射された青方偏移した成分と遠ざかっている部分から放射された赤方偏移した成分の足し合わせになっている。そのため、惑星が近付いている部分を隠すと、青方偏移した成分が少なくなり、スペクトル線全体は見かけ上赤方偏移して見える。逆に、惑星が主星の遠ざかっている部分を隠すと、赤方偏移した成分が少なくなり、スペクトル線全体は青方偏移して見える。この効果はロシター効果と呼ばれ、恒星同士の食連星に起きる現象として、1910 年にSnellen によって示唆され、1924 年にRossiter によって初めて観測された、古くから研究されてきた現象である。太陽系外惑星のロシター効果を観測すると、主星の自転軸と惑星の公転軸の向きのずれを知ることができる。主星の自転方向と惑星の公転方向が同じであれば、トランジットの前半では惑星は主星の近付いている部分を隠すため、スペクトル線は見かけ上赤方偏移し、トランジットの後半では惑星は主星の遠ざかっている部分を隠すため、スペクトル線は見かけ上青方偏移する。逆に、主星の自転方向と惑星の公転方向が逆向きであれば、トランジットの前半では遠ざかっている部分が隠されるために赤方偏移し、後半では近付いている部分が隠されるために青方偏移する。そのため、ロシター効果に起因する視線速度のずれを時間を追って観測すれば、主星の自転方向と惑星の公転方向が揃っているのか逆向きであるのかを知ることができる。より細かい観測を行なえば、天球面上に射影した主星の自転軸と惑星の公転軸のなす角を測定することができる。

太陽系の惑星は全て太陽の自転方向とほぼ同じ方向に公転しているため、太陽系をベースとした惑星形成理論では、主星の自転軸と惑星の公転軸はほぼ揃っていると期待されている。しかし、太陽系外惑星が同じように主星の自転方向と惑星の公転方向が揃っているとは限らない。巨大惑星同士の重力摂動によって惑星の公転面が大きく変化する可能性もある。多くの惑星系について、主星の自転方向と惑星の公転方向のずれを知ることができれば、惑星形成及び進化の理論に対して重要な情報になると考えられる。現在幾つかのトランジット惑星のロシター効果が観測されているが、今のところは主星の自転方向と惑星の公転方向が大きくずれた惑星は見つかっていない。

の公転方向が大きくずれた惑星は見つかっていない。ロシター効果の観測データを解析する時には、惑星系のパラメータからロシター効果の大きさを計算するテンプレートが必要になる。従来は、ロシター効果による視線速度のずれを求めるためには数値積分を含んだ式を計算しなければならなかった。食連星の場合のロシター効果の場合は、主星と伴星が同程度の大きさであることや、互いの潮汐力による変形、片方の星の放射に温められてもう一方の星の明るさが変化するなど様々な効果が影響するため、複雑な式を計算する必要があった。しかし、惑星系のトランジットの場合は、惑星は質量が小さく暗いため、潮汐力や放射の影響は無視することができ、また惑星の半径は主星に比べて小さいため摂動展開を行なえるため、計算式を単純化できると予想される。また、単純な解析的な表式を求めれば、惑星系のパラメータがどのようにロシター効果に影響するか理解しやすくなることが期待できる。

そこで本論文では、摂動展開を用いて惑星系のパラメータからロシター効果による視線速度のずれを計算するための解析的な近似表式を導いた。また、太陽系外トランジット惑星系の1 つであるHD 209458 をモデルとして、この近似表式と数値積分を用いて求めた場合とで比較し、誤差が1ms(-1) 程度に収まることを示した。この1ms(-1) という精度は、現在最も精度のよい望遠鏡の観測精度と同程度である。ただし、実際の観測データを解析する場合には、スペクトル線のラインプロファイルからドップラー効果の大きさを得る際のパイプラインの違いによって視線速度の大きさは異なってくるため、本論文の表式と10% 程度の食い違いが生じることがあるとWinn et al. (2005) によって指摘されている。しかし、観測装置ごとのパイプラインの特性に依存しない一般的な議論を行なう場合には、本論文の表式は有効であると考えられる。

また、本論文では分光及び測光観測による惑星リングの検出可能性についても議論した。今のところ太陽系外惑星の周りにあるリングは見つかっていないが、太陽系の巨大惑星には大なり小なりリングがあることから、リングを持つ太陽系外惑星は存在する可能性はあると考えられる。トランジット時の測光観測を用いた惑星リングの検出については、Barnes & Fortney (2004) が議論していて、木星程度の大きさの惑星の周りに惑星半径の1.5~2 倍の範囲に光学的に厚いリングが存在している場合、宇宙望遠鏡で達成できる観測精度があればリングを検出できると示している。しかし、測光観測だけでは、未知の誤差の影響で誤った結果を得てしまう可能性があるため、何らかの相補的な観測を行なう必要がある。

そこで、本論文では測光観測に加えて分光によるロシター効果の観測のデータを用いたリングの検出について議論した。リングを持つ惑星のトランジットでは、リングのない惑星に比べて明るさの変化やロシター効果による視線速度のずれは大きくなり、また、トランジットの始めと終りで光度曲線と視線速度曲線に凹凸が現れる。明るさの変化や視線速度のずれが大きくなる効果からは、リングを持つ惑星とリングを持たない大きな惑星とが区別できないため、トランジットの始めと終りの光度曲線と視線速度曲線の凹凸を利用してリングを検出することになる。HD 209458 の惑星に惑星半径の1.5~2 倍の範囲に広がる光学的に厚いリングを加えた惑星と、土星に似た惑星の2 種類のモデルを考え、これらの惑星がトランジットした時にどのようなシグナルが得られるかシミュレートし、そのシグナルがリングを持たない惑星と仮定した場合からどの程度ずれているか評価した。その結果、光学的に厚く幅が大きいリングを持つ木星程度の大きさの惑星の場合、リングが視線方向に対してある程度の角度をなしていれば、現在の観測精度で検出が可能であることを示した。

審査要旨 要旨を表示する

太陽系外に初めて惑星系が発見されたのは1995年であるが、この発見以来、精力的な探査によりすでに250個以上の太陽系外惑星が見つかっている。今日、系外惑星の探査は「宇宙において生命は存在するのか」という疑問に答えうる可能性をもつ研究として、広く興味をもたれている。

これまでに最も多くの系外惑星の観測に使われてきた方法は、惑星の重力によって生ずる主星のふらつきによるドップラー効果を分光観測し、間接的に惑星を観測する視線速度法である。これにより、惑星の質量、公転周期、公転軌道の離心率などを知ることができる。またこれまでに発見された系外惑星の中には、地球から見て主星の手前を惑星が横切るトランジットという現象がある。この間、主星が放射する光を惑星が遮るため主星の明るさが暗くなる。この明るさの変化を測光観測する手法はトランジット法と呼ばれているが、これを用いるとさらに惑星の半径や公転周期・天球面に対する公転軌道の傾斜角などを知ることができる。さらにトランジット惑星系は、分光観測することで、さらなる情報を得ることができる。惑星が主星の一部分を隠している時、主星は自転しているため、主星のスペクトル線は、観測者から見て近付いている部分から放射された青方偏移した成分と遠ざかっている部分から放射された赤方偏移した成分の足し合わせになっている。そのため、惑星が近付いている部分を隠すと、青方偏移した成分が少なくなり、スペクトル線全体は見かけ上赤方偏移して見える。逆に、惑星が主星の遠ざかっている部分を隠すと、赤方偏移した成分が少なくなり、スペクトル線全体は青方偏移して見える。この効果はロシター効果と呼ばれているが、このロシター効果に起因するスペクトル線の視線速度のずれを時間的に観測すれば、主星の自転方向と惑星の公転方向が揃っているのか逆向きであるのかを知ることができる。より細かい観測を行なえば、天球面上に射影した主星の自転軸と惑星の公転軸のなす角を測定することができる。

ロシター効果の観測データを解析する時には、惑星系のパラメータからロシター効果の大きさを計算するテンプレートが必要になる。ロシター効果による視線速度のずれを求めるためには数値積分を含んだ式を計算しなければならない。また数値計算では惑星系のパラメータがどのようにロシター効果に影響するか解析しにくく、強く解析的表式が求められてきた。

このような動機のもとに、本論文では、惑星の半径は主星に比べて小さいため摂動展開を行なえることに着目し、ロシター効果による視線速度の偏移を求める近似表式を導いている。この解析的計算はかなり複雑なもので、この導出に成功したことは申請者の解析能力の高さを示しているといえよう。さらに太陽系外トランジット惑星系の1つであるHD209458をモデルとして、この近似表式と数値積分を用いて求めた場合とで比較し、誤差が1m/s程度に収まることを示している。この1m/sという精度は、現在最も精度のよい望遠鏡の観測精度と同程度であり、近似式は十分有効である。

また、本論文では分光及び測光観測による惑星リングの検出可能性について議論している。現在まで系外惑星の周りにあるリングは見つかっていないが、太陽系の巨大惑星には大なり小なりリングがあることから、リングを持つ系外惑星は存在する可能性は十分あると考えられる。リングを持つ惑星のトランジットでは、リングのない惑星に比べて明るさの変化やロシター効果による視線速度のずれは大きくなり、また、トランジットの始めと終りで光度曲線と視線速度曲線に凹凸が現れる。本論文はこれらを利用してリングを検出する可能性を評価している。その結果、光学的に厚く幅が大きいリングを持つ木星程度の大きさの惑星の場合、リングが視線方向に対してある程度の角度をなしていれば、現在の観測精度で検出が可能であるという興味深い結果を見いだしている。

この様に、申請者は系外トランジット惑星系のロシター効果を極めて緻密に鯉析し、視線速度の解析的近似式を導いた。申請者は系外惑星の観測にも参加しているが、この結果はそれらの観測の解析に用いられ有効性を発揮している。またこの結果は現在活躍している系外惑星探査衛星や、今後打ち上げが予定されている探査衛星からのデータの解析において、大きく寄与することが期待されている。今後のロシター効果の系統的観測の端緒を拓いたものとして高く評価することができる。

この論文は,須藤靖氏と樽家篤史氏との共同研究であるが,論文提出者が主体となって複雑な解析的計算、解析をおこなったもので,論文提出者の寄与は十分おおきかったものと判断した。

したがって博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク