学位論文要旨



No 123224
著者(漢字) 大西,健夫
著者(英字)
著者(カナ) オオニシ,タケオ
標題(和) 中性子ドリップライン近傍のB, C, N, O同位体のβ-γ核分光
標題(洋) β-γ spectroscopy of B, C, N, O isotopes close to the neutron drip line
報告番号 123224
報告番号 甲23224
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5105号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大塚,孝治
 東京大学 教授 宮武,宇也
 東京大学 教授 久保野,茂
 東京大学 教授 早野,龍五
 東京大学 教授 斎藤,直人
内容要旨 要旨を表示する

近年の不安定核の研究によって、従来安定な原子核では見られないような新しい現象が見られる様になり、注目を集めている。特に原子核の性質の中で最も特徴的とも言える魔法数が中性子過剰核に於いて成り立たなくなったり、新しい魔法数が出現したりする事が知られている。このような魔法数の消滅や生成には不安定核における殻構造の変容が深く関わっており、中性子過剰核における殻構造の変容を知ることは重要である。

本研究で実験対象としている中性子過剰なホウ素、炭素、窒素は原子番号が5, 6, 7の原子核であり、そのバレンス陽子は1p殻に属している。一方でバレンス中性子はsd殻に属している。β崩壊を引き起こすガモフテラー遷移は軌道角運動量を変えない遷移であるので、sd(1p)殻の中性子がsd(1p)殻の陽子に遷移する遷移が起きる。この様な遷移の終状態は1p殻の核子がsd殻に励起した構造を取るため、魔法数8を作り出す1p殻とsd殻の殻間隙に関する情報をβ崩壊によって得ることが期待できる。酸素同位体ではN=16において新たな魔法数が出現する事が知られている。また、酸素同位体の中性子ドリップラインはN=16である24O上と知られているが、フッ素同位体ではN=22である31Fの存在が確認されており、酸素からフッ素では中性子ドリップラインが急激に変化している事が知られている。この様な事から中性子ドリップライン近傍核の酸素・フッ素同位体の核構造を調べる事は意義深い。

実験は理研のRIPSにおいて行った。核子あたり63MeV、典型的な強度が500 pnAの40ArビームをTa標的と反応させ、入射核破砕反応によって、17B, 19, 20C, 20, 21, 22N, 22, 23, 24Oを生成した。得られた二次ビームはプラスチックシンチレータからなるストッパーに埋め込み、β崩壊の分岐比を求めるのに必要な不安定核の数を数えた。プラスチックシンチレータ内に埋め込まれた不安定核はその半減期程度の時間で崩壊し、β線とγ線を放出する。放出されたβ線をストッパーに用いたプラスチックシンチレータで観測し、γ線はプラスチックシンチレータの周りに配したクローバー型のGe検出器2台とGRAPEによって観測した。

本研究によって、17B, 19, 20C, 21, 22Nに関しては初めてβ遅発γ線を観測した。特に、観測されたγ線から19Nに2139 keVの励起準位を新たに発見した。ベータ崩壊の崩壊様式や周辺核との比較によって、この励起準位は非正常パリティ状態である事が示唆された。その他の原子核については、β遅発γ線の測定が以前に行われていたが、20Nに関しては新たなβ崩壊の分岐を明らかにした。また、23Oでは、以前の実験で報告されていた3866 keVのγ線が23O起源ではない事を示した。

新たに発見された2139 keVの(1/2)+の励起準位を他の窒素同位体奇核の励起準位と比較した。N=8である15Nの1/2+の励起準位は5299 keVに位置するが、N=10である17Nでは急激に下がって1850 keVになっている。N=12である19Nの(1/2)+の励起準位は17Nに近い。これは、1/2+の状態が変形することによって安定化して、N=10, 12では低くなっていると考えられる。

また、酸素同位体のβ崩壊から得られたB(GT)に関する考察も行った。それによると、22Fの第一励起1+状態では2s殻の占有率が高く、第二励起1+状態では逆に1d殻の占有率が高くなる事が分かった。一方で、24Fの第一励起1+状態では、N=15で中性子が一つ2s殻を占有するのが期待されるのに対し、2s状態の占有率は22Fの第一励起1+とほぼ同程度であった。これは、d5/2殻からs1/2殻への励起とs1/2殻からd3/2殻への励起の成分が同程度の割合を占める事によって、24Fの第一励起1+状態が出来ている事による。このことは19Fや21Fで見られていたs1/2とd5/2の縮退が23Fで解けているように、24Fでも解けている事を示しており、フッ素同位体においてN=14の準閉殻性が成立している事を示唆している。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は5章からなる。第1章は序であり、「研究の背景」というタイトルのもとで、軽い中性子過剰核において見出されてきた安定核との比較において特異な構造にっいて概観している。それに加えて、それらの特異な構造を実験的に研究するための手段の一つとしてのβ-γ核分光法について基礎的なことが要約されている。同時に、軽い中性子過剰核を実験的に研究するに当って、β-γ核分光法がいかに有効であるかを示している。第1章の最後には、この研究の対象となった9個の原子核がβ崩壊の親核、娘核により示されている。さらに、申請者の寄与が明確に述べられている。即ち、申請者はこの研究において、

(1)実験の企画

対象の決定、実験手法の決定(β-γ核分光法で実験を行うこと)、実験可能性の見積り、などを行った。

(2)加速器の利用申請

加速器を利用するための利用申請を行い、加速器を有する理化学研究所(理研)のプログラム助言委員会でプレゼンテーションを行い、申請どおりに7日間のビームタイムを得た。

(3)実験計画の立案、および、実行

実験の詳細な計画を立て、機器の配置を行い、実施した。実際の実験時には、全体のまとめ役をはたし、分担としては回路を担当した。

(4)実験データの解析

得られた実験データの解析を行った。

このように申請者はこの研究において、中心的な役割を果したのであるが、以下に具体的に述べることとする。

第2章では実験をどのように行ったかが書かれている。理研のRIビーム装置RIPSにより、不安定核ビームを発生させた。核子あたり63MeV、典型的な強度が500pnAの40ArビームをTa標的にぶつけ、入射核破砕反応によって不安定核17B,19,20C,20,21,22N,22,23,240核を生成しビームとした。これらのビームをプラスチックシンチレータからなるストッパーに埋め込み、β崩壊の分岐比を求めるのに必要となる不安定核の数を調べた。プラスチックシンチレータ内に埋め込まれた不安定核はその半減期程度の時間で崩壊し、β線とγ線を放出する。放出されたβ線をストッパーとして用いたプラスチックシンチレータで観測し、γ線はプラスチックシンチレータの周りに配したクローバー型のGe検出器2台とGRAPEによって観測した。

第3章では、データの解析方法が示されている。β遅延γ線の測定からβ崩壊の分岐比を求め、γ線の時間構造からβ崩壊の半減期を求めている。解析方法の詳細が第3章で説明されている。

第4章では得られた結果についての議論が展開されている。17B,19,20C,21,22Nに関しては初めてβ遅発γ線を観測した。特に、19Nに2139keVの励起準位を新たに発見し、既存データも含めての推論から非正常パリティ状態である事が示唆された。その他の原子核にっいては、β遅発γ線の測定が以前に行われていたが、20Nに関しては新たなβ崩壊の分岐を明らかにした。新たに発見された19Nの2139keVの(1/2)+の励起準位を他の窒素同位体奇核の励起準位と系統的に比較した。N=8である15Nの1/2+の励起準位は5299keVであるが、N=10である17Nでは急激に下がって1850keVになる。、N=12である19Nの(112)+の励起準位は17Nに近いことになり、112+の状態についての理論的な考察をするのに有用な知見を与える。

230の寿命測定を精度よく行い、直前にミシガン州立大学から出版された値が間違っていることを示し、正しい値を報告した。また、酸素同位体のβ崩壊から得られたB(GT)に関する考察も行い、19Fや21Fで見られていたs1'2とd5'2の縮退が、24Fでも23Fと同様に解けている事を示し、フッ素同位体におけるN=14の準閉殻性についての実験的知見を与えた。

第5章は結論である。この実験計画により、理研のRIPS、および、その発展であるRIBFに、幾つかの独自のアイデアを盛り込んだβ-γ実験装置が整備され、不安定核の新たな知見を得るのに重要な実験的手段を提供した。さらに、それを用いて幾つかの新しいデータを取り、また、過去のデータの誤りを見出して、正しい値を示している。残念ながら、また、運のわるいことに、それらにより得られたデータは、原子核構造に革新的な進展をもたらすようなものではなかったが、実験的な手法を確立した成果は評価されるべきである。同時にγ線測定器GRAPEを活用することにより、原子核物理学実験の最前線がさらに進められることの一例を示した。

本論文は、櫻井博儀氏らとの共同研究であるが、本報告の冒頭に書いたように、論文提出者が主体となって実験の立案、準備、実行、解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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