学位論文要旨



No 123227
著者(漢字) 笹田,啓太
著者(英字)
著者(カナ) ササダ,ケイタ
標題(和) 開放量子ドットにおける伝導現象の固有値解析
標題(洋) Spectrum Analysis of the Conductance of Open Quantum Dots
報告番号 123227
報告番号 甲23227
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5108号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 加藤,岳生
 東京大学 准教授 村尾,美緒
 東京大学 教授 清水,明
 東京大学 教授 家,泰弘
 東京大学 教授 大塚,孝治
内容要旨 要旨を表示する

本研究の目的は、以下に述べる開放N 準位ドットのコンダクタンスを固有値解析することである。第一に、我々はその系に対して非常に簡潔なコンダクタンス公式(1)を導出した。但し、e は電気素量、Jmaxは導線αからβ への最大電流であり、符号± はドットの内部構造による。量子ドットと導線の接続サイトd0 での離散固有状態の局所状態密度peigen(E) と導線の分岐点による局所状態密度peigen(E) は、以下のように定義した:(2)(3)但〓で、tは導線内のホッピングエネルギー、taは導線αとドットの間のホッピングエネルギーである。また、離散固有状態の固有値En、右固有関数Ψn>と左固有関数<Ψn は、束縛状態、共鳴状態、反共鳴状態の総称である。共鳴状態の寄与をあらわに表現したのが公式(1) の大きな特徴である。

第二に、上記のコンダクタンス公式(1) から、コンダクタンスピークの対称性が共鳴状態と共鳴状態の干渉や、共鳴状態と束縛状態の干渉で生じることを示した。コンダクタンス公式(1) には離散固有状態の局所状態密度の二乗を含んでいるため、離散固有状態同士の干渉項が存在する。これを使って、非対称なファノコンダクタンスピークが生じる原因を、従来までの現象論ではなく離散固有状態の局所状態密度から微視的に記述できた。

第三に、コンダクタンスピークの対称性を決定づけるファノパラメータは、共鳴状態間の干渉による非対称パラメータqres と共鳴状態と束縛状態の干渉による非対称パラメータq に分解できることを議論した。この二つの非対称パラメータの間には、定性的な差異が存在することを明らかにした。

最後に、上記の議論は量子ドットでの議論であるが、フラーレンの任意のサイトに導線を接続した系でも非対称パラメータを微視的に議論できることを示した。以下にもう少し詳しく述べる。

我々は単一電子系のN 準位Friedrichs 模型(図1)(4)を考えた。但し、量子ドットのハミルトニアンHd、導線a のハミルトニアンHa、導線とドットのホッピングエネルギーHda は、各々(5)図1: 多数の導線を接続した開放N 準位量子ドット。図2: (a) 複素波数平面上での束縛状態の固有波数kj、共鳴状態の固有波数kl(res)と反共鳴状態の固有波数km(anti) の分布。(b) 複素エネルギー平面上での束縛状態の固有値Ej、共鳴状態の固有値El(res)と反共鳴状態の固有値Em(anti)の分布。複素エネルギー平面は2枚のリーマン面から成り、-2t<E<-2t にある分岐線でつながっている。である。全ての導線がドットの一箇所に接続していなければならないのは、以降の議論における技術的な理由による。

離散固有状態は、ハミルトニアン(4) に対して(6)(7)と定義される。離散固有値En は、束縛状態の固有値Ej∈R、共鳴状態El(res)=Erl(res)+iEil(res)∈Cと反共鳴状態Em(anti)=(Em(res))*の集合である。また、導線の分散関係En=-2tcos kn より、固有波数kn も束縛状態の固有波数kj、共鳴状態kl(res)=krl(res)+ iKl(res)∈Cと反共鳴状態Km(anti)=-(Km(res))*に分けられる。離散固有値と離散固有関数を複素平面上に描くと図2 のようになる。

離散固有値En に対応する右固有関数Ψnは、導線を指数的に減衰する定在波である束縛状態の固有関数Ψj(図3 (a))、遠方で発散する外向波である共鳴状態の固有関数Ψl(res)(図3 (b)) と遠方で発散する内向波である反共鳴状態の固有関数Ψm(anti)i(図3 (c)) の集合である。また、左固有関数Ψnも束縛状態の固有関数Ψj,共鳴状態の固有関数Ψjそして反共鳴状態の固有関数Ψm(anti)の集合である。以上の離散固有状態がコンダクタンス公式(1) の中の局所状態密度(2) に寄与する。

次に、コンダクタンス公式(1) から、ファノコンダクタンスピークが生じる原因は、離散固有状態の干渉である図3: 導線α における束縛状態の固有関数(a)、共鳴状態の固有関数(b) 、反共鳴状態の固有関数(c) の概念図。実線は各々固有関数の実部を示し、破線は固有関数の虚部を示している。ことを示す。コンダクタンス公式(1) は、離散固有状態の局所状態密度の二乗の関数である。但し、共鳴状態l と反共鳴状態l の和による局所状態密度を共鳴状態対l の局所状態密度pl(pair)(E) と定義し、一方、束縛状態j の局所状態密度もpj(E) と定義した:なお、各々の係数〓である。コンダクタンス公式には、共鳴状態対l と共鳴状態対l の干渉項や共鳴状態対l と束縛状態j の干渉項図5: (a) 二本の導線を接続したフラーレン。(b) コンダクタンスのエネルギー依存性(左の縦軸)とその共鳴状態(右の縦軸)。白丸は共鳴状態を示し、× は束縛状態を表している。但し反共鳴状態は共鳴状態の複素共役なので省略した。その係数は、である。式(13) 及び式(17) にあるeの線型項の係数q, qres は、コンダクタンスピークの対称性を決定する。すなわち、これまで現象論的に定義されてきたファノ非対称パラメータである。

次に、ファノ非対称パラメータq とqres の間にある定性的な違いについて議論する(図4)。非対称パラメータqは、束縛状態による局所状態密度(E -Ej)-1 に依存している。一方、非対称パラメータqres は、共鳴状態対l の局所状態密度であるローレンツ分布〓に依存する。共鳴状態対lが共鳴状態対l の近傍にいる時、共鳴状態対l0 の寄与は大きくなる、すなわちパラメータqres はパラメータq より支配的になる。しかし共鳴状態対lが共鳴状態対l から離れてしまうと、共鳴状態対l0 の寄与は〓で減衰する。すなわち、パラメータqres は、パラメータq より速く減衰し、パラメータq が支配的になる。以上のように、従来までは現象論的に議論されてきたファノパラメータを、離散固有状態の局所状態密度の観点から微視的に解析できた。フラーレンの任意のサイトに導線を接続した系でも、定性的にではあるが同様の議論ができ、非対称パラメータを微視的に議論できる(図5 )。

審査要旨 要旨を表示する

ナノスケール系の伝導特性は古くから興味を持たれ、盛んに研究が行われてきている。最近になって、量子ドットを含む系で伝導特性に非対称な共鳴ピーク(ファノ共鳴)が観測されてから、系のコヒーレントな伝導特性についてさらに詳しく議論がなされるようになった。その一方で、ナノスケール系は開いた量子系と見なすことも可能である。開いた量子系では、束縛状態のほかに共鳴状態の概念が用いられるが、これまでナノスケール系の伝導特性でそれを積極的に適用した研究は少なかった。修士(理学)笹田啓太提出の学位請求論文では、量子ドットを含む系の伝導特性を、離散共鳴状態の観点から解析的・数値的に取り扱われた。その結果、主にファノ共鳴ピーク形状に関して、以下に述べるいくつかの知見が得られた。

本論文は英文で6章からなる。まず第1章は序論であり、本研究の研究背景および研究動機が示された。引き続く第2章ではメゾスコピック系で観測されるファノ共鳴についての最近の実験が紹介された後、共鳴状態に関する理論のレビューが行われた。レビューでは、S行列の特異点と外向波条件(Siegert条件)の間の関係が示された。また共鳴状態に対応する波動関数は遠方で発散する性質を持つが、その発散から来る困難を回避するためのアイディアであるコンプレックス・スケーリングについても簡単にまとめられた。

第3章では本研究で考察するモデルハミルトニアンが提示された。系は量子ドットと複数のリード線からなり、リードはすべて量子ドットの特定のサイトと接続している。まず系の束縛状態と散乱状態の一般解が解析的に導出された。次に外向波条件を用いて、量子ドットの共鳴状態の特徴付けが行われ、共鳴状態および反共鳴状態に対応する複素波数・複素エネルギーの複素平面上での位置が整理された。すでに述べたように、共鳴状態および反共鳴状態の波動関数は遠方で発散するという特徴をもっており、通常の内積の定義ではノルムが発散してしまう。これを回避するために、拡張されたヒルベルト空間における内積の再定義が行われ、それを用いて共鳴状態(反共鳴状態)の規格化定数が求められた。また離散共鳴状態(離散反共鳴状態)を数値的に求めるための方法である有効ポテンシャル法が導入された。グリーン関数は通常、束縛状態と連続散乱状態によって表記されるが、解析接続を行うことにより考察しているモデルの範囲内では、グリーン関数が束縛状態と離散共鳴状態および離散反共鳴状態(以下まとめて離散固有状態と呼ぶ)で書き表されることが見いだされた。さらにFisher-Leeの関係式を用いて、量子ドットのコンダクタンスの表式が導出された。この表式は(1)リード線の状態密度および(2)量子ドットの局所状態密度のみで書き表されており、特に局所状態密度は離散固有状態を使って書き表される。この結果が本研究の主たる成果である。

第4章では具体的な系に対する数値計算の結果がまとめられた。まず単一量子ドットのモデルでは、束縛状態しか現れず、単一のBreit-Wignerピークのみが現れる。一方、T型量子ドットのモデルでは束縛状態と共鳴状態の両方が現れ、ファノ共鳴ピークが現れる。離散固有状態の視点から、ファノ共鳴ピークは束縛状態と共鳴状態の干渉項によって決まることが議論された。この視点から、ファノ共鳴の非対称パラメータが離散固有状態からミクロスコピックに定まることが示された。さらに3準位量子ドットの模型では、複数の共鳴状態対が現れる。それに対応して、束縛状態と共鳴状態の干渉項だけでなく、共鳴状態対間の干渉項もファノ共鳴の非対称パラメータに寄与することが議論された。 第5章では応用として、フラーレンの形状をもつ量子ドットの模型に対して、離散固有状態からの議論が行われた。第6章で結果のまとめが行われた。

以上、各章の紹介と共に本論文で得られた知見を解説した。本論文は量子ドットの伝導特性を共鳴状態の視点から研究したものであり、基礎物理学への十分な貢献が認められる。従って審査員全員が学位論文として十分なレベルにあり、博士(理学)の学位を授与できると判断した。なお、第3章の一部はPhysica E誌で公表されており、第4章はJournal of Physical Society of Japan誌に公表予定である。これらの論文では、第一著者である論文提出者が主体となって計算および結果の解釈を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断される。またこの件に関して、共同研究者の羽田野直道氏から同意承諾書が提出されている。

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