No | 123228 | |
著者(漢字) | 鈴木,賢 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | スズキ,マサル | |
標題(和) | 高速不安定核・リコイル・ディスタンス法の開発による32Mgの第一2+ 励起状態の寿命測定 | |
標題(洋) | Lifetime measurementof the first 2+ excited state of 32Mg by the development of the Fast RI Recoil Distance Method | |
報告番号 | 123228 | |
報告番号 | 甲23228 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5109号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本研究では系統誤差の小さい測定手法として高速不安定核・リコイル・ディスタンス(FRI-RDM) 法を開発した。これを用いて中性子過剰核32Mg の第一2+ 励起状態の寿命t1=2 の直接精密測定を初めて行った。32Mg はN = 20の魔法数に異常が見られる'Island of Inversion' 領域の代表的な核である。この領域の核は安定核の実験から得られた理論から大きく外れた性質を持っており、安定核の実験だけからは得られなかった核構造についてのより一般的な知見を得ることが出来る。その中でも本研究では原子核の集団性を強く表す量である換算遷移確率B(E2) に注目した。しかし、32Mg の第一2+ 励起状態のB(E2) の既存の実験値はばらつきが大きく統一した見解が得られていない。既存の実験の多くはクーロン励起断面積測定によりB(E2) を求めているが、その解析は反応や励起のモデルに強く依存しており、原理的に高精度の測定は難しい。それに対して寿命t1/2 はB(E2) と直接の関係にあり、励起状態のt1/2 を測定すれば反応や励起のモデルに依存せずにB(E2) を求めることが出来る。 本研究で開発したFRI-RDM 法は低エネルギー・ビームで確立された寿命測定法であるリコイル・ディスタンス(RDM) 法を高速不安定核ビームに適用出来るように拡張したものである。FRI-RDM 法ではビームの速度が従来のRDM 法の20 倍程度の高速不安定核ビームに対して測定を行うため、二次標的を厚く取ることで測定効率が高い、ディグレーダを厚く取ることでピークの分離がしやすい、二次標的・ディグレーダ間隔を大きく取ることで相対誤差が小さい、といった利点がある。ただし二次ビームを用いて実験を行うのに十分な大強度のビームが得られる加速器と、RDM 法のピーク間隔に対して十分に小さいエネルギー分解能となるように位置感応性と検出器固有のエネルギー分解能を持ったr 線検出器が必要である。 本実験ではこのFRI-RDM 法に対して、大強度の不安定核ビームが得られる理化学研究所加速器研究施設の理研入射核分離装置と、高位置分解能を持ったr 線検出器CNS-GRAPE とを併せて用いることにより、32Mg の第一2+励起状態の寿命を測定した。加速器からはエネルギーE40Ar = 95MeV/u、強度I40Ar = 50pnA の40Ar ビームを9Be 一次標的に照射して入射核破砕反応により32Mg ビームを生成した。この32Mg ビームを197Au 二次標的に照射して第一2+ 励起状態を励起し、その脱励起r 線を逆運動学的に測定した。位置感応型r 検出器として利用した東京大学原子核研究センターのGe 検出器アレイ、CNS-GRAPE は、E = 3-4keV のエネルギー分解能とz = 5mm の位置分解能、本実験のセットアップで∈ = 0.77% の検出効率を持つ。二次標的の厚さはdtgt = 1350mg/cm2、ディグレーダの厚さはddeg = 190mg/cm2 を選んだ。32Mg のビームエネルギーの平均値は二次標的出射時でEfast-nuclei = 25:2MeV, βfast-nuclei = 0.223、ディグレーダ出射時でEslow-nuclei = 15.8MeV, βslow-nuclei = 0.177 である。また本実験では、二次標的による励起とディグレーダによる励起を分離するために、二次標的・ディグレーダ間隔dtgt-deg = 5.0mm とdtgt-deg = 1.2mm の二通りの測定を行った。各測定により得られた二重構造を持ったピーク形状を数値計算の結果でフィットして、主に両ピークの面積比からt1=2 を求めた。最終的に得られた値は、〓である。この値から換算遷移確率を求めるとB(E2) = 380 ±54 ± 5e2fm4 である。本実験のB(E2) は以前の実験の値と矛盾していない。この値は、"feeding" 補正の有無による違いを中間エネルギー・クーロン励起断面積測定の系統誤差とみなした値よりも誤差が小さい。本実験の値は低エネルギー・クーロン励起断面積測定の値と同程度の誤差である。本実験の値はβ 遅延r 線による寿命測定の値よりも誤差が小さい。また22Na と21Ne の寿命が既知である励起状態についても同様の測定を行い、文献値と一致することを確かめた。 本実験では、'Island of Inversion' の問題の鍵である32Mg の第一2+ 励起状態について寿命t1/2 の測定から、以前の実験の値と矛盾しておらず誤差も小さく抑えた換算遷移確率B(E2) の直接精密測定に成功した。本実験は系統誤差が統計誤差の1/10 程度と小さく、本実験以上の統計量を得ることでより精度の高い測定を行う余地が残っている。22Na, 21Ne についての測定も既存の値と誤差の範囲内で一致し、FRI-RDM 法が1-100ps 領域で高精度で寿命を測定する有効な手段である事を検証した。FRI-RDM 法はZ が大きくなるほどピークの分離がしやすくなるという特徴があり、将来のより重い原子核や、より不安定な原子核の研究に非常に有効な手段となる事が期待される。 | |
審査要旨 | 本論文は、7章と追補からなる。第1章は導入、第2章は高速不安定核・リコイル・ディスタンス法、第3章は実験のセットアップ、第4章は入射・出射粒子及び脱励起γ線の解析、第5章は粒子の励起及び脱励起γ線のシミュレーション、第6章は実験の結果と議論、第7章が結論である。 第1章では、不安定核の核物理学における研究の現状について、特に、原子核の安定性について魔法数の観点から概観している。その研究の有力な指標が第一励起状態の寿命である事に着目し、従来の寿命測定法のような系統誤差を持たない新しい手法を提案している。中性子過剰の短寿命核領域では、安定核領域で確立している魔法数が必ずしも成り立たないことが認識されつつある。その端的な例が3232Mgであるが、魔法数をなすかどうかの重要な物理最が第一励起状態のエネルギーと寿命である。しかし、32Mgの寿命については、これまでの実験値には大きなばらつきがあり、その主要な要因が実験手法そのものによる系統誤差であることを指摘している。本論文では、その不確定性を含まず、直接その寿命を測る手法として、低ヱネルギーで古く開発されてきた方法、RecoilDistance Method(RDM)に、新たに高速の不安定核ビームを使うことによる優れた特長を加える手法を考案した点が優れている。 第2章では、本研究で開発した高速不安定核・リロイル・ディスタンス法を詳述している。RDN法では標的の下流にビーム減速用のデグレーダを置き、その前後で速度が変わり、不安定核状態から放出されるガンマ線の受けるドップラーシフト量が異なるため、2つのガンマ線分布がつくられる。その生成比とデグレーダまでの距離と速度を使うことで、不安定核状態の半減期を決定する。この研究では、研究対象核を高速で得ることで、厚い標的を使い、標的とデグレーダ問の距離が大きくなり、ドップラーシフト量差が大きくなり、従来の方法に比べて、より効率的で、高精度になる。さらには、ドップラー効果を精度良く補正するために、位置感知型Geガンマ線検出器CNS-GRAPEを用いたことに特徴がある。これらの組み合わせは、世界に類をみないものとなっている。 第3章は、実験のセットアップについて述べている。本実験は、理化学研究所加速器研究施設の入射核分離装置において、40Arビームを9Be一次標的に照射して入射核破砕反応により得られる32Mgビームを使って行われた。 第4章では、入射・出射粒子及び脱励起γ線の解析、5章は、粒子の励起及び脱励起γ線のシミュレーションについて議論している。特に第5章では、系統誤差について詳細に解析を行っている。 第6章では、本解析から32Mg第一励起状態の寿命として、t1/2=13.7±1.94±α14psを得た。この結果をこれまでの研究と比較し、これまでに使われてきたクーロン励起法が系統的な不確定性を持っている事を示し、その不確定性を持たない本研究の優位性を示した。また、理論の予測値との比較では、系統的にある種の模型群が、32Mgの低励起状態の牲質を良く再現している事がわかった。 本論分では、追補において、本論文で提案する高速不安定核・リコイル・ディスタンス法の検証のために、寿命のよく判っている22Naと21Neの第一励起状態について、同法を適用し、方法の正しさを検証している。 本論文の結論として、1~100psという非常に寿命の短い原子核状態の寿命を高精度で求める新しい実験的方法として、高速不安定核・リコイル・ディスタンス法を提案し、実験的に同法の正しさを検証した。更に、この方法を使って、不安定核の構造で重大問題の一つである魔法数の破れに関する研究で、32Mgの第一励起状態の寿命に信頼度の高いデータを初めて与え、理論的理解に大きな制限を与えた。本研究の遂行に当たり、論文提出者は、新しい手法の提案から、実験の実施、解析まで、本人が中心となって進めてきたことは明らかである。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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