学位論文要旨



No 123229
著者(漢字) 徳成,正雄
著者(英字)
著者(カナ) トクナリ,マサオ
標題(和) 重力波望遠鏡用Al2O3結晶の光学的性質の研究
標題(洋) Study of optical properties of All2lOl3l crystal for a gravitational wave telescope
報告番号 123229
報告番号 甲23229
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5110号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坪野,公夫
 東京大学 教授 山本,智
 東京大学 准教授 柴田,大
 東京大学 准教授 三尾,典克
 国立天文台 教授 藤本,眞克
内容要旨 要旨を表示する

次世代レーザー干渉計型重力波検出器であるLCGT 計画は,熱雑音対策として鏡基材を冷却する計画である.干渉計の基材には優れた特性が必要とされ,極低温で卓越した機械的特性,熱的特性(機械的Q 値が高く,熱膨張率が低く,熱伝導率が高く,熱レンズ効果が小さい)を備えたサファイアが選択された.

しかし,サファイアには光学的性質に課題があり,その1 つとして複屈折がある.その非一様性により干渉計のコントラストが下がり,散射雑音の悪化を招く.一様な大型サファイア基材を精製することは一般的に容易ではなく,小さなサイズでは十分な一様性を持つサファイア基材を製造することは達成されているが,LCGT で使用される直径250mm,厚さ150mm,質量29 kgもの大きさの基材においても,十分な品質のものが得られるかどうかは不明であった.このため,ここでは大型サファイアでも扱うことが可能な複屈折測定装置を開発した.

複屈折によって生じる現象として,常光と異常光の間に生じる位相差と幾何学的分離がある。これらにより干渉計のコントラストが悪化し,パワーリサイクリングゲインが悪化するという影響がある.これらから,位相差は3 × 10-2 rad 以下という要請が課されるので,その精度の複屈折測定装置を作ることを目標とした.

測定法は独自に改良した消光法である.複屈折を特徴付ける2 つのパラメータであるRetardationとOrientation の全領域を測定するためには,消光法の基本型であるP(偏光子)-C(補償板)-S(試料)-A(検光子)型では4 つもの光学素子の回転制御が必要であったが,今回独自に考案したP-C-H(λ/2 板)-S-Q(λ/4 板)-A 型とすることにより,1 素子の回転だけで全領域測定が可能となった.自動ステージによってサンプル(または光学系)をスキャンすることにより複屈折の2 次元分布を得た.また,自動化することにより測定を飛躍的に速くすることができた.

米国LIGO との国際共同研究で,LCGT で用いるサイズと同じ直径250mm の大口径サファイアを借用できたので,そのサンプル(sample E) について,またそれ以外のCSI のHemlite グレードのサンプル(sample A, B, C, D) 等,いくつかのサファイア結晶の複屈折を測定した.測定値は,形状誤差,熱膨張,屈折率温度依存,機械的応力,熱的応力等の影響ではなく,内在的な複屈折であることが確認できた.

Hemlite の測定から,c 軸サンプルと呼ばれるサンプルでもc 軸と円柱軸のずれが0.57 もあることが確認され,これにより干渉計のコントラストがLCGT の要請を下回ってしまうため,その対策としてc 軸のOrientation とウェッジの方向をφ = 10 以内に合わせることが必須であり,それにより問題なくなることがわかった.それは言い換えれば,異常光を減らすということである.

またsample E の一様性は,LCGT のコントラストの要請を満たしていないことがわかった.仮にこのサンプルをLCGT に用いた場合,光損失は12.7%,散射雑音の悪化は34%にもなる.これによりLCGT の干渉計1 台での連星中性子星の観測領域は179Mpc から156Mpc となり,検出頻度は66%に減ってしまうことがわかった.

しかし,sample E で一様性の最も高い部分は要請の2 倍というところまで迫っていることがわかり,同じグレード(Hemlite) に分類されているものでも3 倍近い個体差があり,また部位による差も3 倍以上あることがわかったため,サンプルE が要請を満たさなかったということも原理的な問題ではないように考えられ,本装置による結果を結晶成長にフィードバックすることにより,今後の一様性向上が期待される.

また,ウェッジ角は0.5 だけつけられればウェッジとしては十分なので,これを仮定して,常光と異常光の分離角を見積もった.鏡のアラインメントの要請(ψ < 1.7 × 10-8 rad) を適用すると,c 軸と円柱軸のずれは1 以内でなければならないことがわかったが,これは今回測定したHemliteサンプルですでに満たしていた.また,もしa 軸サンプルやm 軸サンプルのように大きな複屈折を持ったサンプルでも,そのオフセット成分によるコントラスト悪化や異常光の幾何学的分離は,ウェッジとc 軸のOrientation を合わせることで問題にならなくなることがわかった.

最後に,本研究独自の方法による複屈折測定装置を用いて,LCGT 用サファイア基材の複屈折を測定し,測定されたc 軸のOrientation にそってウェッジをつけることにより,複屈折オフセット成分や異常光の幾何学的分離は問題なくなることがわかった.一方,今回測定された一様性は散射雑音の悪化を招くという結果だった.しかし,本研究独自の方法による複屈折測定装置が完成したことにより,その測定結果を今後のさらなる結晶の一様性向上のためにフィードバックすることができ,個体差の多いサンプルの中から一様性の最も高いものを選抜することができるようになったことは,LCGT にとって大きな前進であると結論付けられる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、次世代レーザー干渉計型重力波検出器であるLCGT計画に用いられる予定の大口径サファイアミラーの複屈折を測定する装置を開発し、実際にφ250mmの大口径サファイアの計測を行い光学的な問題点を明らかにした。

日本の重力波検出器の将来計画であるLCGT計画では、低温技術を導入して熱雑音を低減させ、量子限界の感度を実現することを最大の目標としている。しかし、その低温の利点を生かすためには、鏡を構成する基材が低温環境下で良好な機械特性と光学特性を併せもたなければならない。この材料の関しては、選択肢が限られており、ほとんど唯一の候補はサファイアの単結晶である。ただ、これまでの重力波検出器の鏡は高純度の合成石英を採用しており、結晶性の材料を用いた研究例は限られている。そのため、重力波検出器の鏡材料という視点から、材料の基本的な特性を測定・評価することは極めて重要である。これまでの研究で、吸収や散乱という、石英材料と共通の物理量に関しては、いくつかの研究が既に行われており、その情報が評価されてきているが、結晶性の材料に対して、特に重要なパラメータとなる複屈折特性の測定例は、重力波検出器で要求されるような大型(口径25cm、厚さ15cm)の結晶に対してはほとんど無い。本研究では、その点に着目し、LCGT計画に必要とされる大型サファイア結晶の複屈折の2次元分布を測定する装置を開発し、実際に米国のLIGO計画で試作された口径25cm、厚さ10cmのサファイア結晶の測定に成功した。本測定装置では、大型結晶の複屈折分布を測定するため、1点にかける測定の手順と時間をなるべく減らすことが重要な課題となる。そこで、光学系を工夫して偏光状態の測定を行う際の稼動部分の自由度を減らすようなシステムを考案した。さらに、自動測定のアルゴリズムを工夫して、測定点近傍の変動量に効率よく追随していく手法をとった。

実際に、測定を行った結果、結晶成長過程に依存すると思われるかなり大きな不均一性を見出した。このような不均一性に関する情報は、結晶の製造工程に対してフィードバックを行うことにより、その特性が改善されると見込まれる。これは、LCGTに必要とされる仕様のものを作製する場合に不可欠なものである。

さらに、複屈折測定の大域的な情報は、測定の光軸に対する結晶の方位角を表している。サファイアは1軸性の結晶のため、光学軸と偏光方向に対して、結晶軸を正しく設定する必要があるが、これまで鏡の製造工程で実現できる限界が0.5度という値であり、必要な仕様は0.2度以下となっていた。この状況に対して、本研究で実現した装置では、必要とされる値までの測定が可能になった。このことにより、結晶の形状加工の工程に対しても、修正情報を提供できることになった。

以上のように本研究では、結晶材料を鏡に用いる場合にクリアしなければならない問題点を明らかにし、そのような結晶に対する十分な評価法を確立した。これらは従来ない新たな知見であり、次世代の重力波検出器の実現に対して大きな貢献をする成果であると判断される。

なお本論文は共同研究として進められたが、論文提出者が主体となって実験、解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断される。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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