学位論文要旨



No 123231
著者(漢字) 官脇,良平
著者(英字)
著者(カナ) ミヤワキ,リョウヘイ
標題(和) 近傍銀河に見られる超大光度X線天体のX線分光研究
標題(洋) X-ray Spectral Studies of Ultra-Luminous Compact X-ray Sources in Nearby Galaxies
報告番号 123231
報告番号 甲23231
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5112号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 中村,典雄
 東京大学 教授 佐藤,勝彦
 東京大学 教授 滿田,和久
 東京大学 准教授 茂山,俊和
 東京大学 准教授 半場,藤弘
内容要旨 要旨を表示する

1 はじめに

1980年代にEinsteing衛星によって、我々の銀河系外のX線源が詳しく観測されるようになって以来、近傍の渦巻銀河の中心核でない領域には、光度が1039.55-40.5ergs-1にも達するコンパクトなX線天体がしばしば存在することが知られるようになった。これらの天体の光度は、中性子星のEddington限界光度(2×1038ergs-1)を1-2桁も上回る。そのためこれらの天体は、超大光度X線天体(ULX,Ultra2Luminouscompact X-ray sources;Makishima et al.2000)と呼ばれ、もしEddington限界光度(LE)を越えないならば、これらは~100Moの質量をもったブラックホール(BH)に、連星の相手の星から質量が降着している系と想像される。しかし、このような質量の大きなBHの形成は、現在の星の進化の理論では説明できないため、これらULXの正体は大きな謎となっていた。

2これまでの成果

1993年に打ち上げられた「あすか」衛星によって、広いエネルギー領域(0.5-10keV)と優れたエネルギー分解能で、初めてULXの本格的なスペクトル観測が可能になった。10個程度のULXのスペクトルが調べられた結果、光学的に厚い標準降着円盤(Shakura&Sunyaeev1973)からの多温度黒体放射モデル(MCD)でよく表されるものが多いことが分かった(Makishima et al.2000;Mizunoetal.2001;Mizuno2000)。さらに、いくつかのULXでは、MCD型のスペクトルからpower-law(PL)でよく表されるスペクトル、に状態遷移が見られた。これらの特徴は、我々の銀河系内で観測されるBH連星の典型的なスペクトルや状態遷移と良く類似するため、ULXは比較的質量の重いBH連星であるという有力な観測的根拠となった。

これらの「あすか」の成果は、その後のChandraやXMM-NewtonといったX線衛星で、より多くのULXに対して確認・強化されてきている。これらの研究を通して、ULXは高い質量降着率をもつものの、光度はそれぞれのLEを大きく超えてはおらず、したがってそれらのBH質量は、太陽の数十から数百倍に達する、という描像がえられてきた(e.g.,Tsunodaetal.2006;MizunoetaL2007)。ここでの論拠は、MCDおよびPL型のスペクトルをもつULXは、BH連星で観測される、Slim-disk状態およびVery-High状態に対応している、という類推である。

3 課題および研究方法

ULXに対して、このような一貫した解釈が構築される一方で、それと異なる解釈も存在する。たとえば、ULXは質量にして30MO程度を超えない通常のBH連星が、LEを大きく超えて輝いている天体であるという解釈(e.g.,Okajimaet a1.2006;Vierdayantietal.2006;FoschinietaL2006)、あるいはULXは我々に向けて強くX線をビーム状に放射している天体である(King2001)という解釈である。それらを採用すると、必要なBHの質量は、銀河系内で実測されている恒星質量BHのものと大差なくなるので、天体物理学的には、質的に異なる意味をもつことになる。しかし現在のところ、§2で述べた描像とこれら対立する解釈を、明確に区別する観測事実は乏しい。その理由の1つに、銀河系内の明るいBR連星と比べて、ULXのスペクトル情報は、非常に少ない光子統計のもと、特に10keV以下のエネルギー領域に限られていることが挙げられる。さらに各ULXの観測の回数も、それらのスペクトル変化を理解する上では少なすぎた。

そこで本論文では、これまで蓄積されたX線観測データを用い、ULXの性質をより徹底的に追求し、これら競合する説を区別することを試みた。そのために、XMM-Newtonwの大量の公開データを用いて、いくつかの典型的なULXのスペクトル発展を追求するとともに、さらに、2005年に打ち上げられた「すざく」を用いて、従来よりも広帯域でのULXのスペクトル研究を行った。本論文の筆者は、ここで用いた「すざく」硬X線検出器の開発製作に、大きく寄与している。

具体的には、スペクトルの時間変化を追跡するという目的のため、我々はサンプルを、近傍(<5Mpc)の大光度(>5×1039ergs-1)な天体で、XMM-Newtonと「すざく」で複数回にわたり観測がなされている8つの典型的なULX(NGC1313SourceAとSourceB、M81X-6、EolmbergIXX-1、HolmbergIIX-1、IC342Source1、NGC5204X-1、M82X-1)に絞った。

4結果:スペクトルの時間発展

本論文では上記のサンプルについて、1つ1つの観測ごとにスペクトルを作成し、その解析を行った。得られたスペクトルは全体で44セットである。これらのスペクトルをモデル関数で再現する標準的な解釈を行うとともに、8天体に共通した挙動を抽出すべく、スペクトルの硬度比をHR1=(2-4)keV/(1-2)keVとHR2=(4-10)keV/(2-4)keVの2つの帯域で計算し、それを2次元上にプロットした(カラーカラープロット;CCP)。

図1は、サンプルである8つのULXを、1つのCCP上に表示したものである。このCCPから、どのULX天体も共通したスペクトルの時間発展をすることが見てとれ、最高到達光度(Lc)で規格化した光度に応じて、系のスペクトル状態が主に5つの領域に分類できることが、世界で初めて明らかになった。それぞれの領域での特徴は、以下の通りである。

領域1.各天体とも、光度の最も高い(=Lc)時のデータは、この領域に来る。このときのスペクトルはp~0.6のvariable-p円盤のモデル(Mineshigeetal.2000;WataraietaL2001)でよく表された。

よってこの状態でのULXは、銀河系内のBH連星において、スリム円盤が形成されている状態に対応すると解釈できる(Sugiho2003;Tsunodaetal.2006)。

領域2.光度がわずかに低くなると(~0.6Lc)、データ点はCCP上で下に移動し、領域2に現われる。スペクトルはより折れ曲がった形になり、単純なMCDモデルでもよく記述できるようになる。領域1から2にかけて、光度はMCDモデルの内縁温度の約2乗(五〇(嘱)に従って変動しており、この結果もまた、この状態でのULXがスリム円盤を形成しているという考え方を支持する。

領域3.さらに光度が低くなると(~0.4Lc)、データ点はCCP上で、「遷移」を起こし、左中央に飛ぶ。実際、ここでのスペクトルはもはやMCDではなく、よりまっすぐになり、r~2.5のPLモデルでよく表されるようになる。このようなスペクトルの形に加え、スリム円盤状態より少し光度が低いという性質が一致することから、この状態でのULXはBH連星のV6ry-Eigh状態に一致すると解釈される(Kubotae七al.2002)。

領域4.さらに暗くなるにつれて(~0.2Lc)、系はCCP上で上に移動し、スペクトルはハード(r~1.5)になる。さらに領域3と4でのスペクトルでは、いくつかの天体でSoft-excess(~0.3keV)と高エネルギー側でのPLの折れ曲がり(~6keV)が見られ、特にM82X-1というULXでは、「すざく」の硬X線検出器を用い、10keV以上まで含めた広帯域のスペクトルにより折れ曲がりが高い信頼度で確認された。これらの性質は、低温の円盤の放射が、それを包む熱いコロナで逆コンプトン散乱されるという、BH連星のVbry-High状態の解釈で、よく説明できる。ただしULXの示す折れ曲がりのエネルギー(~6keV)は、BH連星のものよりも低いものであった。

領域5.サンプルの中で2つの天体は、さらに光度の低い(~0.1Lc)状態を示した。このとき、データ点はCCP上で左下に大きく飛び、別の状態遷移があるように見える。ここでのスペクトルは非常にソフト(r~3)になり、通常のBH連星でよく観測される状態である、High/Soft状態のものに近くなってくる。

このようなスペクトル発展の共通性は、これら8つのULX天体と銀河系内のBH連星が同種の天体(すなわち質量降着するBH)であり、しかもその降着流は、物理的に類似した状態にあることを示している。したがってULXとBH連星は、それぞれの五Eで規格化するとほぼ同じ光度範囲にあり、観測される光度の大きな差は、両者の間でのLEの違い、よってそれらの質量の違いを反映していると考えるのが自然である。

より具体的に、CCP上での最大光度五。が五Eの何倍に当たるかが分かれば、これら8天体の五E、ひいてはそれらの質量が推定できる。そこで図1に見られるULXの状態遷移を、銀河系内や大マゼラン雲に見られるBH連星の同様な状態遷移と対応づけた結果、五。=0c5~4LEとスケールできるという結果を得た。これより我々の解析したULX天体の質量は、数十から数百.Moと見積もられ、ULXは銀河系内/マゼラン星雲に観測される通常のBH連星よりも、確かに大きな質量を持つという解釈が強化された。

以上のように本研究では、2000年以来の課題であった、rULXは通常の恒星質量BHより有意に重いBHか?」という問いに、肯定的となる観測的な証拠を得ることに成功した。

Figure1:本論文で解析した8個のULX天体のカラーカラープロット(CCP)。すべての天体がCCP上で主に5つの領域に分類され、同一の領域ではよく似たスペクトルが得られる。さらにどの天体も、光度の増減とともに、共通の経路でこれら5つの領域の間を遷移する。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、近傍銀河にある超大光度X線天体(ULX:Ultra-Lun-nousCompactX-raySource)のX線スペクトルを詳細かつ系統的に観測・解析することで、ULXのX線スペクトルとその状態変化に共通な特徴を導き出し、これらの天体が太陽の数十~数百倍の質量を持つブラックホール(BH)天体であることの検証を行っている。

超大光度X線天体(ULX:Ultra-LuminousCompactX-raySource)は、光度が10395-1040erg/sにも達するコンパクトなX線天体であり、1980年代から近傍銀河においてその存在が知られるようになった。ULXの示すスペクトルが銀河系内で観測されるBH連星系の典型的なスペクトルに似ていることや一部天体で類似の状態遷移などが見られたことから、質量が数十~数百太陽質量のBH連星ではないかと考えられた。一方で、現在の星の通常な進化過程においてそのような大質量のBHの生成が説明できないこともあり、通常の質量のBH連星系がEddington限界光度を越えて輝いているという解釈もされている。銀河系にある明るいBH連星と比べて、ULXは非常に少ない光子統計、限られた観測エネルギー領域、少ない観測回数などのためにこれまでに得られたスペクトル情報は少なく、明確にこれらの解釈を区別する観測事実に乏しかった。論文提出者は、すざく衛星やXMM-Newton衛星を中心としたX線観測から、8つのULXに対して大量な観測データ(44観測、1.3Msec)を系統的にスペクトル解析し、ULXのスペクトルを統一的に研究した。ここでデータ解析したULXは、近傍(<5Mpc)で大光度(>5x1039erg/s)の8つの典型的なULX天体である。

論文提出者は、観測データごとにスペクトルを作成し、これらのスペクトルに対して3つの異なるエネルギーバンド内の光子数を求め、その中で2つ硬度比(HR1=(2-4)keV/(1-2)keVlHR2=(4-10)keV/(2-4)keV)を計算し、それを2次元上に図示した(カラーカラープロット)。これから、論文提出者は、光度に依存したULXスペクトルの共通性を導き出した。具体的には、最高観測光度で規格化した光度に対して、対応するスペクトル状態(カラーカラープロット上の位置)はどのULXでもほぼ一致することを明らかにした。これは、天体のスペクトルモデルに依存しない情報である。そのスペクトル状態は主に5つの領域に分類できた。この内、光度の大きい領域1と領域2(Lc-0.6Lc)のスペクトルは、スリム円盤モデルから期待されるスペクトルに良く合い、光度が下がると標準円盤モデルで合うことを示した。光度が下がって(0.4L、-0.2L。)領域3及び領域4になると、既に標準円盤モデルではなくPL(PowerLaw)スペクトルで良く合うようになり、通常のBH連星におけるVeryHigh状態(VHS)に対応づけられることを示した。さらに光度の低い(~0.1Lc)領域5では、データ位置は大きく移動して、スペクトルはソフトになり、通常のBH連星でよく観測されるHigh/Soft状態に近くなることを確認した。このようなULX天体のスペクトル状態の特徴と遷移は銀河系BH連星と良く類似していて、ULXが同種の天体(質量降着するBH)であることを示唆した。両者の光度の差も含めると、ULXは通常質量のBHよりも重いBH天体であるという解釈がより強化されるごとになった。

本論文は全8章からなる。第1章は序文、第2章はULXのレビュー、第3章は天体を観測した衛星とその観測装置の説明、第4章は観測したULXと解析方法、第5章と第6章は8つのULXのデータ解析とその結果、第7章は解析結果にもとついた議論、第8章は本論文の結論が示されている。

本論文は、複数の観測衛星からの膨大な観測データを2つの硬度比をもとに体系的に解析することで、天体のモデルに依存しない形でULXスペクトルの光度に依存した共通な振舞いを発見することに成功した。また、それぞれのスペクトル状態が、通常のBH連星系と良く類似することも詳細なスペクトル解析から導き出している。この類似性は以前から他の研究者から示唆されてはいたが、多数のULXについて系統的に示したのは、本論文が始めてであり、ULXが太陽の数十から数百倍の質量を持つBH天体であることの1つの観測的証拠となる。この論文は他2名との共同研究であるが、論文提出者が主体となってデータ解析や理論的考察を行っており、論文提出者の寄与は十分であると判断する。

従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク