学位論文要旨



No 123238
著者(漢字) 市川,雄一
著者(英字)
著者(カナ) イチカワ,ユウイチ
標題(和) Tz =-2陽子過剰核24Siのベータ崩壊に関する研究
標題(洋) Beta-decay study of Tz=-2 proton rich nucleus 24Si
報告番号 123238
報告番号 甲23238
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5119号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮武,宇也
 東京大学 教授 酒井,英行
 東京大学 教授 齊藤,直人
 東京大学 特任准教授 板垣,直人
 東京大学 准教授 上坂,友洋
内容要旨 要旨を表示する

(24)SiはTz =-2の非常に陽子過剰な原子核である。我々は24Siのベータ核分光から、核構造の鏡映対称性と、陽子過剰核に特有な構造についての研究を行った。

核構造における鏡映対称性は非常に興味深いテーマである。原子核は陽子と中性子とから構成される系であり、その内部では強い相互作用、クーロン力、弱い相互作用が介在する。強い相互作用におけるアイソスピン対称性からは、鏡映核同士は同じ核構造をとることが期待されるが、実際の系ではクーロン力がこの鏡映対称性を破り、様々な非対称性をもたらす。特に非常に陽子過剰な領域ではクーロン力の影響によって特異な核構造を取る可能性がある。

我々はsd殻領域のTz=±1の奇々核の1+状態に注目した。これらの鏡映核間でのエネルギー準位を比べると、第一励起1+状態はほぼ同じエネルギーであるのに対して、第二励起1+状態では特にA=20, 24に対して、陽子過剰核側でエネルギーが下がっている傾向が見受けられる。これはThomas-Ehrman偏移によって解釈できる。つまり陽子過剰側ではクーロン力によってFermi面が上昇して束縛エネルギーが弱くなり、s1/2軌道の関係する準位のエネルギーが低くなっているという機構が考えられる。しかし、「クーロン力がどの程度s軌道に影響を及ぼすのか?」という問いについては、各準位の波動関数がどのような軌道で構成されているかの知見が必要である。

原子核の波動関数へのアプローチに対してはベータ崩壊の遷移強度が優れたプローブである。ベータ崩壊の行列要素は非常に単純な形で書き表すことができ、遷移強度は始状態と終状態の波動関数の重なりを直接反映する。Tz=±2の核からTz=±1の第一、第二励起状態へのGamow-Teller遷移強度B(GT)を比較すると、A=20に対しては、陽子過剰側の第二励起状態へのB(GT)が中性子側のB(GT)よりも小さくなっていることが判明した。しかし、A=24に対しては24Siから24Alの第一、第二励起状態へのベータ崩壊に関する実験データが欠如していた。24Alの励起状態では20Naと同じくs1/2軌道が関係するので、大きなB(GT)の非対称性―核構造の非対称性が現れる可能性がある。このような核構造の非対称性を系統的に議論するためには24Siのベータ崩壊のデータが不可欠であった。

(24)Siのようなドリップライン近傍の原子核は、非対称エネルギーの増加によって大きなQ値を持つ。それに対して、束縛核子のFermi面は上昇するので分離エネルギーは小さくなる。そのような原子核のベータ崩壊を測定するには、(束縛状態への遷移に対応する)遅延脱励起ガンマ線分光だけでなく、(非束縛状態への遷移に対応する)遅延陽子分光も必要となる。

(24)Siのベータ遅延ガンマ線分光実験はこれまで行われたことがなかったが、遅延陽子の分光実験としては、GANILとRIKENにおいて過去に行われた。これら二つの実験は異なる手法を用いて行われた。GANIL実験では24Siビームの埋め込み法が取られた。一方、RIKEN実験ではΔE-E法が採用された。埋め込み法は遅延陽子の絶対分岐比を決定できるという長所がある反面、大きなベータ線起源のバックグラウンドが問題になる。ΔE-E法では陽子とベータ線を分離して、バックグラウンドの少ない陽子スペクトルを得ることができたが、遅延陽子の相対分岐比しか決定できないという問題があった。我々の実験では、陽子を高い分解能で測定するために、手法としてはΔE-E法を踏襲したが、統計を増やすために、これらを大立体角化して改良した物を用いた。絶対分岐比の問題では、ガンマ線の測定で決定した絶対分岐比で、陽子に対する絶対値を補完させるという方針で解決を図った。

(24)Siのベータ核分光実験はRIKENの入射核破砕片分離装置(RIPS)にて行った。(24)Siを含む不安定核二次ビームは核子あたり100 MeVの28Siビームと一次標的(9Be, natNi)との核破砕反応によって生成した。また、測定した陽子、ガンマ線の時間構造を調べるために、ビームは500msごとにONとOFFを繰り返すパルスビームを用いた。

遅延陽子の測定とガンマ線の測定は別々のセットアップを用いて行った。遅延陽子を測定では陽子とベータ線を分離するための上述のΔE-E検出器を使用した。ΔE-EシステムはガスΔE検出器とシリコンE検出器から構成される。ガスΔE検出器はワイヤーメッシュを電極として用いたガス増幅比例管である。ΔE-E検出器により本実験では高統計のクリーンな陽子スペクトルを得ることに成功した。本実験では統計量が従来に比べて10倍増加したので、観測されたそれぞれのピークに対して時間構造の解析を行った結果、従来観測されていた12本の陽子ピークすべてが24Si起源であることを確認した。

一方、ガンマ線の測定にはGe検出器を用い、崩壊した24Siに対するガンマ線の絶対強度比を決定するためにプラスチックシンチレータをストッパーとして使用した。さらに、検出したガンマ線の起源を同定するためにはその時間構造を調べることが必要であるため、時間構造解析の際にS/N比を向上させるためのveto検出器群(BGO検出器、プラスチックシールド)を配置した。BGO検出器はGe検出器からのコンプトン散乱イベントをvetoするものである。プラスチックベータ線シールドは、ベータ線が直接Ge検出器に入射するイベントをvetoするためのものである。ガンマ線の測定では、24Alの第二励起状態(1090 keV)と第一励起アイソマー状態(426 keV)へのベータ線分岐を初観測し、分岐比を決定した。また、非束縛状態からの陽子放出後の23Mgからの脱励起ガンマ線も観測した。

以上の二つの測定結果を組み合わせて、(24)Alの観測した束縛状態、非束縛状態への分岐比を決定し、(24)Siのベータ崩壊様式を確立した(図1参照)。新たに測定した第一励起アイソマー1+、第二励起1+状態へのベータ分岐比はそれぞれ31±4%、23.9±1.5%であった。また、(24)Siの半減期は二つの測定の結果の重み付き平均をとって、T(1/2) =140.3±1.5 msと決定した。

IASへの分岐比は12.7±0.9%となった。これは従来のGANILでの実験値12.8±0.9%とよく一致している。しかし、本実験で測定した分岐比と半減期、それに現在知られているQEC =10.812±0.020MeVを使って、Fermi遷移強度B(F)を導出したところ、5.2±0.4という結果になった。これはTz =-2からのFermi遷移に対する和則値 4から3σ大きい値を示していることになる。本実験の測定結果からは部分半減期までしか求めていないこと、そして従来のGANIL実験とも整合性があることを考慮すると、B(F)のずれはft値を導出する際の位相因子fに原因があると考えられる。つまり大きなB(F)の原因は、(24)SiのQECの不確かさを示唆するのかもしれない。他の原因としては、IASの近傍に1+が縮退しているという可能性も考えられる。

観測した他の1+状態への遷移はGamow-Teller遷移である。まず、第一、第二励起1+状態へのB(GT)を導出し、鏡映核のB(GT)と比較した。その結果、(24)SiのB(GT)は鏡映核である(24)NeのB(GT)に比べて、第一、第二励起1+への遷移とも20%弱い強度になっている、つまり波動関数の重なりが陽子過剰側で20%悪くなっていることがわかった。鏡映核間のB(GT)の比を質量数Aに対するプロットとして表したのが図2である。(図2にはエネルギーレベルの非対称性も併せて示してある。)鏡映核間でのB(GT)の比はエネルギーレベルの非対称性と連動した傾向を示している。本実験からはさらに非束縛状態を含めた全体的なB(GT)の分布と、(24)Alの非束縛状態からの陽子放出(23Mg+p)の分光学的因子を決定した。そのB(GT)の分布と分光学的因子はUSD相互作用によるシェルモデル計算によって極めて良く再現された。USD相互作用は本来陽子過剰核のエネルギーレベルを再現するようにパラメータ化されたものであるが、(24)Si, (24)Alの領域においても波動関数の配位を知る手段として高い適用性を示していることになる。USDシェルモデル計算の結果から第二励起状態は第一励起状態に比べてs軌道の割合が高いがわかった。つまり、エネルギー準位の非対称性を生み出している原因はs軌道であることを確認した。

図1. 本実験から決定した(24)Siの崩壊様式。

図2. 質量数AのTz=±1の鏡映核間でのエネルギー準位差(上図)とTz=±2核からのGamow-Teller遷移強度B(GT)の鏡映核間での比(下図)

審査要旨 要旨を表示する

本論文は5章と4つの付録からなる。第1章はイントロダクションで、短寿命核ビーム施設の発展により進んできた、β安定線から離れた原子核の核構造研究の概要が記されている。陽子、中性子数が大きく異なる原子核の特異な構造は、中性子ハローや殻構造の破れ、新たなクラスターの出現など、おもに中性子過剰核領域の研究から見いだされてきた。他方、陽子過剰核側では大きなクーロン斥力の下に新たな現象が期待される。実際、(20)NaのJπ=1+第二励起状態の励起エネルギーは、鏡映対である20Fのそれに対して500keVも低い事が分かった。原因は、この状態が1陽子分離エネルギーよりも800keV高く、s軌道陽子が(20)Fのs軌道中性子よりも空間的に広がっているため(Thomas-Ehrmanシフト)と考えられる。他方、次に重いT=1の鏡映対である(24)A1-(24)Naでは、(24)Alの第二励起状態は1陽子分離エネルギーより780keV低く束縛状態であるにも拘わらず、(24)Naのそれに対して256keV低い位置にある。(20)Naと同様の解釈が成り立っのか?本研究では、(24)Siから(24)Alへの崩壊様式を決定し、(24)Al-(24)Naのガモフテラー転移強度(B(GT))の比較を行う事で、この現象の理解を目指した。

(24)Siはβ崩壊の終状態が陽子非束縛状態か否かによって、遅発陽子放出により23Mgに転移、あるいは遅発γ線放出により(24)Alの基底状態に転移する。先行する研究では遅発陽子の強度比は報告されているが、遅発γ線の強度比が未知なためB(GT)値を決められなかった。また、陽子スペクトルには大きなβ線バックグランドがあり、ピーク分離、強度比の決定ともに精度が悪い。第2章では、これらの問題点を克服するため著者らが独自に開発した△E-E型遅発陽子検出器の説明と、コンプトンシールドを持つγ線検出器の説明がされている。またRIKENのRIPSで行われた実験における、(24)Siの生成方法、データ収集の概要などがまとめられている。

第3章はデータ解析の説明である。γ線の検出では、Jπ=1+の第二から第一励起状態への664keV転移を初めて観測するとともに、23Mg,(24)A1のその他の脱励起γ線の同定、強度比の決定に成功した。遅発陽子観測では、ガス中でのエネルギー損失を利用した△E-E型検出器の特徴を生かして、β線バックグランドが殆どなくエネルギー分解能が高いスペクトルの収集と強度比の決定に成功している。

先の遅発陽子観測例でも述べたように、RIPSのようなインフライト型短寿命核ビーム装置による陽子過剰核の崩壊観測では、β線や他核種の混入によるバックグランド増加が崩壊様式の測定を困難にする。本研究で開発された△E-E型陽子検出器は、その性能の高さから今後の陽子過剰核の分光研究に強力な道具となるであろう。

第4章では、まず(24)Siのβ崩壊に伴う遅発陽子、γ線の転移エネルギーや強度比の解析結果を元に崩壊様式を構築している。得られたβ崩壊の分岐比、半減期、励起エネルギーから、ft一値を求めB(GT)を導出した。このB(GT)分布は、sd一殻の全空間を配位空間とするUSD相互作用を用いた殻模型計算と良い一致をみた。

次に本研究で得られた結果を含めて、A=20から36までのT=1の鏡映対におけるJπ=1+低励起状態の励起エネルギーやB(GT)を系統的に比較している。その結果、A=24の鏡映対の励起エネルギーのシフトは、A=20の場合と同様にB(GT)値のずれをともなう事が明らかとなった。殻模型計算から得られた波動関数の振る舞いから、これらのずれはs軌道にある陽子の波動関数が空間的に広がっているためと解釈出来る。第5章は本研究のまとめである。

以上、本研究では(24)Siの崩壊様式を初めて明らかにする事が出来た。これにより、J(π)=1+の低励起状態の励起エネルギーとB(GT)の系統的比較をおこない、エネルギーのずれとB(GT)値のずれには関連があり、陽子過剰核におけるs軌道の空間的広がりに起因する事を示唆した。陽子ハロー構造に関連する緩く束縛されたs軌道の振る舞いについて、今後の研究に新たな糸口を示した点で、本研究の物理的価値は大きい。

本研究は20名の研究者との共同研究であるが、全般にわたって論文提出者が主体となって行ったものである。特に△E-E型陽子検出器の開発は、本研究を可能ならしめた要因の一つであり、実験的研究を進める上での論文提出者の能力の高さを示している。よって審査員全員が本論文を博士(理学)の学位請求論文として合格であると判定した。

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