学位論文要旨



No 123241
著者(漢字) 岩田,順敬
著者(英字)
著者(カナ) イワタ,ヨリタカ
標題(和) 重イオン衝突におけるエキゾティックな反応力学
標題(洋) Exotic Reaction Dynamics in Heavy-Ion Collisions
報告番号 123241
報告番号 甲23241
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5122号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 初田,哲男
 東京大学 教授 松井,哲男
 東京大学 教授 櫻井,博儀
 東京大学 准教授 浜垣,秀樹
 東京大学 講師 平野,哲文
内容要旨 要旨を表示する

重イオン衝突における動力学(以下、ダイナミクス)は、有限量子多体系のダイナミクスという意味で非常に興味深い研究対象です。というのも、有限量子多体系のダイナミクスは、無限に分布する物質のダイナミクスとは本質的に異なった特有の性質を呈することが期待されるからです。また、そういった物理について理解の途上にある問題・未解決の問題が数多く残されています。

本論文では時間依存平均場理論に基づいて、より深く重イオン衝突ダイナミクスについての研究を行いました。とくに、全反応系の状態が定常状態とはかけ離れて存在しているような、反応初期での原子核の励起機構について調べました。まず、衝突時のおのおのの原子核に引き起こされる励起を独立な二つの成分に分解しました;一つはスピン分離型の励起ダイナミクスで、もう一つはアイソスピン分離型(アイソベクター型)の励起ダイナミクスです。この分解は動的励起に対して、集団運動の励起モードを基底として展開を与えることを意図したものです。ここに、二つの独立な励起モードによる対合励起モードが形成されることを示しました。対合励起モードからの強い影響を受けながら、独立な二つの励起モードが反応の初期段階に競合関係にあるということを定量的に示しました。さらに対合励起モードは非線形応答をもたらすことも示しました。

比較的軽い重イオン衝突に限れば、上記の競合機構が支配的です。競合とは具体的には次のようなものです;β安定核の反応においては、スピン分離型の励起ダイナミクスが排他的に存在し、エキゾチックな核(β不安定核)の反応においては、アイソスピン分離型の励起ダイナミクスが顕在するようになります。

その一方で、比較的重い重イオン衝突を考えた場合には、スピン分離型のダイナミクスが支配的にはなりえないということを示しました。その代わりに、融合抑制機構[ポテンシャルの双山構造]、クーロン励起と電荷平衡化[クーロン力の効果]、β不安定性といった効果の共存が顕著になります。TDHF 計算を用いて、それらの効果の依存関係について調べました。

結果として、低エネルギー重イオン衝突に対して共通に成立する競合的反応機構の概念を提案しました。とくに重い原子核同士の衝突については、完全なスキルム力が導入された3 次元TDHF による系統的な計算結果に基づいて反応シナリオを提案しました。加えて、反応中の電荷平衡化や核子移行といった反応動力学を理解する上での未解決事項について、それら機構に対する具体的な説明を与えました。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は7章から成り、第1章では、緒言と研究の背景が述べられている。第2章では、本論文で使用される時間依存ハートリーフォック方程式の物理的・数学的背景について述べられている。 特に、時間依存ハートリーフォック方程式の変分法的導出、本論文で用いている有効ハミルトニアンと核子間相互作用、方程式の解の挙動に関する一般論が議論されている。第3章では、低エネルギーの原子核衝突を扱う上で重要になる反応ダイナミクスの詳細とそれを理論的に記述するための手法が議論されている。

第4章から6章は、本論文の核心部分となっている。第4章では、α粒子とCa原子核との反応過程において、α粒子がスピン分離型励起とアイソスピン分離型励起を受ける場合を比較し、標的Ca核の中性子数に応じて, これらが異なった形で励起されることを、時間依存ハートリーフォック方程式を用いた数値計算で示している。時に、β安定な標的核については、スピン分離型励起が、β不安定な標的核についてはアイソスピン分離型励起が主要になることが示されている。 第5章では、前章の結果を定性的に理解するために、スピン分離型励起、アイソスピン分離型励起、およびスピン・アイソスピン型励起の結合力学系を考察し、それらの結合と競合が計算結果を理解する上で本質的であることを示している。第6章では、ウランと鉛のような重イオン同士の衝突過程を扱い、低エネルギーでのクーロン散乱、クーロン障壁近傍での核融合抑制機構、クーロン障壁を越えたところでの核子移行と電荷平衡化過程、比較的高いエネルギーでの多重破砕過程などを、衝突エネルギーおよび衝突係数を変えることで系統的に調べている。第7章では、結果のまとめと今後の展望が、また補章A,B,Cでは、時間依存ハートリーフォック方程式の解の一意存在の証明および数値計算上のアルゴリズムに関する詳細が述べられている。

本論文は、原子核衝突とその反応過程を、多粒子系の動的平均場理論である時間依存ハートリーフォック方程式を用い、空間対称性を仮定せずに数値的に解析したものである。 特に重イオン反応については、このような系統的研究は世界的にも初めてのものであり価値が高い。また、これまで十分には調べられていなかった時間依存ハートリーフォック方程式の数学的性質、特にその解の一意存在を数学的に証明したことの意義は大きい。

さらに、軽イオン反応と重イオン反応について、反応過程の詳細に関して、スピンやアイソスピン分離型励起、核融合抑制機構、電荷平衡化過程、多重破砕過程など、これまで個別に議論されていたメカニズムを、時間依存ハートリーフォック方程式という一つの枠組みで統一的に理解できる可能性を与えたという点でも意義深い論文となっている。

なお、本論文の主要部である第4章から第6章の内容は、板垣直之、大塚孝治、J. A.Maruhnとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって理論的解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

以上の観点から、申請者に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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