学位論文要旨



No 123245
著者(漢字) 狩野,みか
著者(英字)
著者(カナ) カノ,ミカ
標題(和) ターンバックル式超小型DACの開発および擬一次元導体TMTTF塩の複合環境下輸送特性の研究
標題(洋) Development of turnbuckle type micro DAC and study of transport properties on quasi-1D conductor, TMTTF salt, under multi-extreme conditions
報告番号 123245
報告番号 甲23245
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5126号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 岡本,徹
 東京大学 教授 金道,浩一
 東京大学 准教授 徳永,将史
 東京大学 准教授 加藤,岳生
 東京大学 准教授 島野,亮
内容要旨 要旨を表示する

擬一次元有機導体(TMTCF)2X(TMTCF=TMTSF,TMTTF,X:アニオンと呼ばれる1価の陰イオン)における輸送特性の研究は、常圧および圧力下で数多く行われている。(TMTCF)2Xの電子構造はアニオンのサイズにより大きく変化し、また物理的に外部圧力をかけることによりその基底状態を自在に操ることができることから(TMTCF)2X系は低次元物理のモデルとして長い間研究し続けられている。(TMTSF)2Xにおいては常圧および1GPa以下の低圧力下で超伝導転移が数多く報告されているのに対し、(TMTTF)2Xにおける超伝導転移は臨界圧力Pcが高い。最近我々のグループが報告した(TMTTF)2SbF6における超伝導転移は、はPc=5.4GPa(Tconset=2.35K)であった。一般的に圧力装置として用いられているピストンシリンダーでは通常3GPa程度の圧力発生が限界であり、10GPa程度の圧力発生が可能で高い静水圧性を誇るキュービックアンビル圧力発生装置はその冷却温度と発生磁場に限界があるためこの系の複合環境下における輸送特性の研究を行うためには新しい圧力発生装置の開発が不可欠であった。

そこで本研究では、10GPaの高圧力発生が可能なターンバックル式小型ダイヤモンドアンビルセル(ターンバックル式DAC)の開発を行った。この圧力セルは非常に小型化(φ6.4mm×6.7mm)されており、市販のPPMS装置やMPMS装置に搭載することが出来る。更にこのセルは、超伝導マグネットを備えたクライオスタット中での回転も可能である。本研究では開発を行ったターンバックル式DACを用いた4端子法による電気抵抗測定法及びそのセッティング技術の確立も行った。

次にこのDACを用いて(TMTTF)2PF6および(TMTTF)2SbF6の磁場中電気抵抗測定を行った。これまでの(TMTTF)2PF6および(TMTTF)2SbF6おける圧力下電気抵抗測定において、超伝導転移は報告されているが、最低冷却温度または静水圧性に問題がありゼロ抵抗は観測されていなかった。本研究では今回開発したDACを用いることにより様々な問題を解決し、ゼロ抵抗の観測に成功した。PF6塩において超伝導相は4.18~6.03GPaの圧力領域で観測され、4.58GPaの圧力点で最も高いTc=225Kを示した。一方SbF6塩においては超伝導状態が観測された圧力領域は4.99~9.12GPaと非常に広い。また最も高い転移温度Tc=2.96Kは6.14GPaの圧力下で観測された。さらに、これらの電気抵抗測定で得られた転移点をもとにP-T相図も作成し、これまで報告された相図とほぼ一致することを確認した。

ところでTMTSF系の有機超伝導体において、低温(0.1K)までHc2が測定されているが、BCSのパウリ超伝導極限の3~4倍の1艶2値を示し、飽和現象がみられないと報告されている。本研究ではa軸、b'軸、♂軸の3軸に平行にかけた磁場中でそれぞれ電気抵抗測定行い超伝導転移温度に対する影響を調べ、H-T相図を完成させた。またGLのコヒーレンス長を各軸に対して求め、その値からこの系は異方的三次元超伝導体であることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、小型超高圧セルの開発とそれを用いた有機超伝導体テトラメチルテトラシアフルバレン(TMTTF)塩の高磁場・低温下での輸送特性の研究に関するものであり、5章から構成されている。

第1章は序論である。本研究の対象であるTMTTF塩および硫黄をセレンに置き換えたテトラメチルテトラセレナフルバレン(TMTSF)塩は、強い異方性をもつ有機導体であり、BEDT-TTF塩と並ぶ代表的な有機超伝導体である。TMTSF塩に関しては、パウリ限界を超える上部臨界磁場が先行研究で観測されており、スピン・トリプレット超伝導体の可能性が示唆されている。これに対して、TMTTF塩に関しては、化学圧力の違いから超伝導相の出現に必要な圧力が高く、磁場中での測定が行われていなかった。本章では、こうした研究背景に関する記述とともに、物理圧力と化学圧力が必ずしも等価でないことに由来する本研究の意義と目的が述べられている。

第2章では、実験技術について述べられている。これまで主として用いられてきた圧力発生装置であるピストンシリンダーは発生圧力が4GPa程度と低く、またキュービックアンビル高圧発生装置はその大きさのため高磁場や低温下での測定に不向きである。そのため、本研究ではターンバックル式超小型ダイアモンドアンビルセル(DAC)の開発が行われた。オリジナルはフロリダ州立大学のTozer氏によるものであり、論文提出者も同氏の指導を受けているが、論文提出者を中心とした工夫の結果、発生圧力を10GPa近くまでに引き上げることができた。また、試料空間が小さいことから試料のセッティングは困難を極めるが、論文提出者は非常に高い水準の技術開発を行い、有機導体試料の4端子電気抵抗測定技術を確立させた。これらの技術は、汎用性が非常に高く、今後の研究の発展に大きく貢献するものとして高く評価できる。

第3章では、(TMTTF)2PF6および(TMTTF)2SbF6の高圧下における電気抵抗測定の結果が述べられている。温度領域が0.5ケルビンまで拡張されたため、超伝導のオンセットだけではなく、(TMTTF)2SbF6では初めてとなるゼロ抵抗の観測に成功した。また、a軸方向、b' 軸方向、c* 軸方向の3方向に対して超伝導転移温度が磁場の増加とともに減少することを(TMTTF)2PF6と(TMTTF)2SbF6のそれぞれについて観測した。

第4章では、第3章の測定結果に基づいた考察が述べられている。(TMTTF)2PF6に対して得られた温度圧力相図を、キュービックアンビル高圧発生装置を用いた先行研究の結果と比較することにより、本測定における高い静水圧性が確認されている。上部臨界磁場に関しては、超伝導を壊す機構およびクーパー対のスピン状態に対していくつかの可能性を考慮して議論が行われている。最も大きいa軸方向の上部臨界磁場は、スピン・シングレット状態を仮定した場合にパウリ限界から期待される値と同程度になるが、パウリ限界に基づく破壊機構だけでは、圧力依存性などが説明できない。また、軌道効果による破壊機構を仮定してコヒーレンス長を3つの方向に対して見積もり、異方性に関する議論も行われている。現段階では統一的な理解には至っていないが、本研究により大きな前進が得られたと評価できる。

第5章では、以上のまとめと今後の課題が述べられている。

なお,本論文は上床美也氏、糸井充穂氏、森初果氏、中村敏和氏との共同研究であるが、画期的な圧力装置の開発、高度な技術を要する電気抵抗用試料のセッティング、高磁場・低温下での電気抵抗測定、データ解析は全て論文提出者が主体となって行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

以上の理由により、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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