学位論文要旨



No 123246
著者(漢字) 木内,隆太
著者(英字)
著者(カナ) キウチ,リュウタ
標題(和) CANGAROO-III 解像型大気チェレンコフ望遠鏡による銀河団からの高エネルギーガンマ線の観測
標題(洋) Search for TeV Gamma-ray Emission from Clusters of Galaxies with CANGAROO-III Imaging Atmospheric Cherenkov Telescopes
報告番号 123246
報告番号 甲23246
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5127号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中畑,雅行
 東京大学 教授 須藤,靖
 東京大学 教授 高橋,忠幸
 東京大学 准教授 佐川,宏行
 東京大学 准教授 山崎,典子
内容要旨 要旨を表示する

銀河団は自己重力的に束縛されている系として宇宙最大の規模を持つ天体であり、そのスケールの大きさと磁場の見積もりから高エネルギー宇宙線陽子を宇宙年齢程度その銀河団内に留めておけると見なされており、最高エネルギー宇宙線の生成を行う宇宙線の加速源として有力な候補に挙げられている。

理論的にはこのような銀河団内で起こる非熱的現象が議論されており、それに伴って高エネルギー宇宙ガンマ線の銀河団からの放射を予測するモデルも幾つも提唱されている。主に論じられているガンマ線生成機構は、以下に述べる3通りほどのシナリオに基づいている。

銀河団内で加速・蓄積された宇宙線陽子が熱的な放射を示しているターゲットと衝突をして中性パイオンを生成し、その崩壊によってガンマ線が放射されるモデル、また銀河団内の衝撃波(降着やAGNのジェットなどが想定されている)によって、特に超高エネルギー(1018-1019 eV)にまで加速された陽子が宇宙背景光子との相互作用によって電子・陽電子を生成し、それらが宇宙背景光子を逆コンプトン散乱によってガンマ線のエネルギーまでたたき上げるモデル、あるいは銀河団内の衝撃波によって直接加速された電子または陽子衝突などによる2次電子が同様に宇宙背景光子との逆コンプトン散乱でガンマ線を生成するメカニズムである。

それぞれのモデルが予測するガンマ線のフラックスは、その中で仮定している物理パラメータ(銀河団の質量、物質密度、拡散係数、磁場強度、等々)に大きく依存してはいるが、現行の観測実験の装置のフラックス感度と比べて同程度か一桁・二桁程度低い強度を持っている。

実際の観測面では、X線の領域で幾つかの銀河団から非熱的な成分の検出の報告が為されている。また紫外領域や電波でもそれを示唆する結果が提示されているが、ガンマ線の領域では銀河団からの放射はこれまでのところ報告されておらず、GeVバンドではEGRET検出器による全天サーベイで得られたフラックスの上限値、TeVバンドでは地上の解像型大気チェレンコフ実験によるフラックスの上限値が得られているのみである。

その中で2006年にCANGAROO-III望遠鏡システムによって銀河団、A3667、A4038の観測をそれぞれ30時間程度行った。観測時間から想定される望遠鏡システムのフラックス感度はこれまでで最も良いものであり、従って銀河団からのガンマ線の検出が期待され、また信号が受からない場合でも、そのフラックス上限値は今までの実験結果と比べて最も厳しい水準のものが得られることが特徴である。

CANGAROO-III実験はオーストラリアの砂漠地域に複数の大気チェレンコフ望遠鏡を設置して観測を行っている実験である。簡単に述べると、大気チェレンコフ実験とは宇宙ガンマ線が大気に突入して起こす電磁シャワーカスケードから発せられるチェレンコフ光を地上の望遠鏡によって捉えることにより間接的にガンマ線の観測を行う手法であり、望遠鏡の口径の大きさ(~10m)、複数台の望遠鏡で観測を同時に行いイベントのトリガーに同時計数の条件を課すこと、という特徴から世界の大気チェレンコフ実験の中で最も感度の良い望遠鏡システムの一つになっている。

得られた観測データは信号のキャリブレーションが行われたあと、ます夜光やランダムな装置の背景雑音を取り除くというプロセスが行われた。その後に残ったイベントの大部分を占める宇宙線陽子イベントをガンマ線由来のイベントから分離・除去するプロセスを行った。宇宙線陽子と宇宙線ガンマ線は大気でともに電磁カスケードシャワーを引き起こすが、そのシャワーの発達の違いから望遠鏡の焦点面で捉えられるシャワー像の広がりに差が生まれるため、この性質を使用してこの二つのイベントを峻別した。

この解析の結果、両銀河団から有意なガンマ線のシグナルは検出できなかった。

そこでガンマ線フラックスの上限値をガンマ線放射モデルと比較するために、以下の計4つの領域を設定した。まずA3667の周辺に見えている二つの巨大な電波痕を銀河団内で起きている衝撃波の跡と見なし、二つの電波痕を覆うようなそれぞれの領域を設定した。衝撃波によって超高エネルギーにまで加速された宇宙線陽子と宇宙背景光子との相互作用でガンマ線が生成されるモデルがこの二つの領域に対して自然に当てはめることができるのがその狙いである。

また銀河団中心は一般に物質密度が高く、従って銀河団内の宇宙線陽子との衝突から生じる中性パイオンの崩壊で生成されるガンマ線のフラックスが最も高いことが予想される。このため銀河団中心で見えているX線の分布が、そのターゲットとなる物質の分布を表していると仮定して、X線の分布の広がりの領域、ここではROSATのデータが示すS/Nが~3に落ち込むまでの範囲、をA3667、A4038のそれぞれに対して定義した。(電波痕を含む領域をここでは"電波領域"、銀河団の中心で定義した領域を"銀河団中心領域"と呼ぶ)

[1] A3667の電波領域と高エネルギー電子の逆コンプトン散乱ガンマ線フラックス二つの電波領域のうち、特に北西に位置する南天最大級の電波レリックを含む電波領域からのガンマ線フラックスの上限値を理論で予想されるエネルギースペクトルと比較を行った。電波放射が高エネルギー電子によるシンクロトロン放射であるとして、X線領域のフラックス上限値を通るようにモデルを立てた。この際に電子の冪は-2を仮定してた。シンクロトロン放射の強度はE2Bを一定に保つことで不変であることから、磁場を変えたときに、高エネルギー電子による宇宙背景放射光子の逆コンプトン散乱によるガンマ線のスペクトルがCANGAROO-IIIのフラックス上限値を通る磁場を見積もるとおよそ9ιGになった(図1)。

一方宇宙線陽子が宇宙背景放射光子と反応してできる2次電子からのモデルについても考えてみた。このモデルでは源となる宇宙線陽子の輝度が衝撃波の運動エネルギーの10%を仮定しており、またそれが銀河団の質量の5/3乗に比例することから、Abell3667の質量(~3×1015太陽質量)及び距離(220Mpc)で元のモデル(かみのけ座銀河団を想定)をスケールして比べた。図2はそのモデルを図1同様に観測結果と比べたもので、CANGAROO-IIIのフラックス上限値から磁場の下限値として0.1μG程度という結果を得た。

上記の二つの磁場の見積もりは、幾つかの物理パラメータや多くのフラックス上限値に頼っており、その意味で非常にモデル依存であることは強調されなければならなず、本論文中では磁場と他のパラメータ、銀河団内の陽子・電子の総エネルギーとの関連で磁場を評価する式にまとめた。

また今まで他の方法で見積もられてきた磁場の値(例えば磁場回転効果など)はおよそ数マイクロGであり、それらの見積もりの精度や値と比べて、今回の推定がより強い制限をかけたとは言えないが、今回CANGAROO-IIIの観測によってTeVガンマ線観測の側から銀河団内の磁場について議論を展開したのは初めてのことと言える。

[2] 銀河団中心領域と中性パイオン崩壊で生成されるガンマ線フラックスモデル

銀河団中心領域でのガンマ線フラックスの上限値は、中性パイオン崩壊で生成されるガンマ線フラックスへの制限を与えていると考えることができる。そこで今回は宇宙線エネルギー密度・宇宙線(非熱的)エネルギー密度の熱的エネルギー密度に対する割合という二つの観点で議論を行った。宇宙線エネルギー密度は、中性パイオン崩壊によるフラックスとCANGAROO-IIIのフラックス上限値を比べることにより、宇宙線の総エネルギーが算出されるため、積分範囲の半径内の体積で割ることによって評価した。得られた宇宙線エネルギー密度の上限値はしかし、A4038銀河団に対して~40eV/ccとなり銀河系での値と比較して一桁上の制限しか与えられなかった。また中性パイオン崩壊からのガンマ線フラックスは銀河団内の物質密度にもよっているため、これも同様にこれらの項目が関連する形でのしきで評価した。一方熱的エネルギーに対する比は物質分布をX線の観測で得られたβモデルで与えた上で熱的エネルギー(∝nkT)に対する非熱的エネルギーをガンマ線フラックスから評価するので、その結果は銀河系のそれと比べて一桁程度上の上限値が得られたのみであった。しかし今回TeV観測によって銀河団内の宇宙線エネルギー密度についての上限値を得られたことは第一歩であり、将来感度が現在の大気チェレンコフ実験と比べて1~2桁上回る望遠鏡が稼動することによって、この問題についてより定量的な考察を進めることができるということを示した。

図1: 高エネルギー電子によるシンクロトロン放射及び逆コンプトン散乱によるエネルギースペクトラム。CANGAROO-IIIの上限値を通る線は電子の最大エネルギー20TeV、冪は2、電子の総エネルギー~1058ergで磁場が9μG。

図2:超高エネルギー宇宙線陽子と宇宙背景光子との相互作用で生成される電子・陽電子が放射するエネルギースペクトル。衝撃波の速度は2000kms-1、宇宙線の冪は2が仮定されており、衝撃波のタイムスケールから1018eVが最大エネルギー、従って1015eV程度の電子が作り出すスペクトルが示されている。磁場強度が0.1μG、0.3μG、1.0μGの場合のフラックスが示されている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文はCANGAROO-III大気チェレンコフガンマ線望遠鏡を使い、銀河団からのTeV(10の12乗 電子ボルト)エネルギー領域での非熱的なガンマ線放出を探索したものである。銀河団内で起こる非熱的現象については理論的なモデルがいくつも提唱されており、近年の大気チェレンコフガンマ線望遠鏡の感度に近いレベルを予想するものもある。主に論じられているガンマ線生成機構は、(1)銀河団内で加速・蓄積された宇宙線陽子が熱的な放射を示しているターゲットと衝突して中性パイオンを生成しその崩壊によってガンマ線が放射されるモデル、(2)銀河団内の衝撃波によって超高エネルギー(1018-1019 eV)にまで加速された陽子が宇宙背景光子との相互作用によって電子・陽電子を生成し、それらが宇宙背景光子を逆コンプトン散乱によってガンマ線のエネルギーまでたたき上げるモデル、(3)銀河団内の衝撃波によって直接加速された電子が同様に宇宙背景光子との逆コンプトン散乱でガンマ線を生成するモデルなどがある。本論文では、こうしたガンマ線の放出が予想される銀河団Abell 3667, Abell 4038を選び、CANGAROO-III望遠鏡を用いて2006年に観測を行った。CANGAROO-III望遠鏡はオーストラリアの砂漠地域に建設された解像型大気チェレンコフ望遠鏡であり、シャワーのイメージを用いてガンマ線と陽子のシャワーを識別できる。観測の結果、有意なガンマ線現象は観測されず、ガンマ線強度の上限値を与えた。そしてその結果を用いて各種モデルを通して磁場の強さや宇宙線のエネルギー密度について議論を行った。これらの銀河団についてTeVガンマ線の観測は世界で始めてであり、実験のデータがしっかりと系統誤差も考慮されて議論されており、博士論文として十分な価値があると判断した。

論文は9章からなり、まず第1章では銀河団からのガンマ線放出のモデルについて議論し、2章ではなぜAbell 3667, Abell 4038が選択されたかを議論している。3章で大気チェレンコフ望遠鏡のテクニックについて、4章でCANGAROO-III望遠鏡のハードウエアの説明が書かれている。5章には観測の詳細が書かれており、6章ではデータ解析の詳細が書かれている。観測結果から物理結果に導くにあたっては系統誤差をしっかりと見積もることが重要であるが、7章ではかに星雲からのガンマ線観測について述べ、その結果を使用して系統誤差を見積もっている。8章ではデータ解析の結果、それをもとにして得られたガンマ線強度の上限値が与えられ、9章でそれを使用してモデルの議論が行われている。

本論文が使用したCANGAROO-III実験装置は共同研究で運営されているものであるが、この銀河団からのガンマ線の観測、解析はすべて木内君が行ったものであり、論文提出者の寄与が十分大きいと判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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