学位論文要旨



No 123247
著者(漢字) 木下,俊一郎
著者(英字)
著者(カナ) キノシタ,シュンイチロウ
標題(和) フラックスコンパクト化の安定性とドジッター時空の熱力学
標題(洋) Stability of flux compactifications and de Sitter thermodynamics
報告番号 123247
報告番号 甲23247
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5128号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川崎,雅裕
 東京大学 教授 柳田,勉
 東京大学 教授 蓑輪,眞
 東京大学 教授 坪野,公夫
 東京大学 教授 黒田,和明
内容要旨 要旨を表示する

フラックスコンパクト化は、反対称場のフラックスを余剰次元方向に導入することにより安定でコンパクトな余剰次元を構成するもので、高次元理論から加速膨張するわれわれの4次元宇宙を実現するための有力なアイデアである。本論文では、われわれの宇宙がドジッター時空となるようなフラックスコンパクト化の安定性について、動的および熱力学的側面から議論した。

まず、フラックスコンパクト化の一つのモデルである6次元ブレーンワールドモデルで4次元がドジッター時空の場合について、その線形摂動に対する動的安定性を解析した。その結果、ドジッター対称性に関するスカラー型の摂動について、ドジッター時空のハッブルパラメータが大きくなる領域で不安定モードが存在し、背景時空が不安定になることを示した。

次に、ドジッター時空のもつエントロピーの観点から6次元モデルの熱力学的性質を調べ、このモデルを記述する解がエントロピーについて高・低の2つの系列に分かれることを見出した。さらに先の動的安定性と比較することにより、熱力学的に安定な高エントロピーの系列が動的にも安定であり、低エントロピーの系列が不安定であることを解析的に示した。これは熱力学的安定性と動的安定性に密接な相関のある系の新しい例である。

最後に、熱力学的・動的安定性の対応の他のモデルへの適用の一例として、p 次元ドジッター時空とq 次元球面の直積で時空が記述されるFreundーRubin モデルでの考察を行った。このモデルには、内部空間の半径の一様な変化に対応するモード(l = 0)と非一様な変化に対応する多重極モーメントをもつモード(l ≧ 2)の2つのチャンネルの動的不安定性が存在する。l = 0 モードに関しては、6次元モデルと同様に低エントロピーの系列が動的に不安定であるというエントロピーによる議論がこの場合も妥当であることを示した。このような熱力学的・動的安定性の対応を考慮すると、動的不安定性の存在は別の系列の解の存在を示唆する。そこでこのモデルで新たに出現するl ≧2 モードの不安定性に関して、この不安定の示唆する内部空間の変形に対応する新しい系列の解を発見した。この解は、変形した球面の内部空間と、その内部空間の座標に依存したワープファクターをもったドジッター時空となっており、単なる直積では表されない。実際に、p = 4、q = 4 の場合についてこの新しい解の系列を構成し、パラメータ空間上で2つの解の系列が交わる点に対応する解が、l = 2のモードの動的不安定性が生じ始める解であることを示した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、6章からなり、第1章は序章として、素粒子の統一理論として有望な超弦理論・M理論においては10次元や11次元の時空が予言され、したがって4次元時空以外の余剰次元はコンパクト化されていると考えられることが述べられ、それを実現する有力なアイデアとして余剰次元方向に入れたフラックスによるコンパクト化があることと、インフレーション期や現在の宇宙の加速度膨張を説明するために4次元宇宙がドジッター時空になるコンパクト化の重要性が述べられ、本研究の物理的動機付けがなされている。

第2章は余剰次元の安定化についてこれまで行われてきた研究がレビューされている。まず、5次元の代表的なモデルであるRandall-Sundrumモデルについてその性質が述べられ、さらに、フラックスによるコンパクト化の例として本研究で用いるp次元ドジッター時空とq次元球面の直積で記述されるFreund-Rubinコンパクト化と6次元ブレーン・ワールドモデルが解説されている。

第3章から6章までは論文提出者による研究に基づいて書かれている。まず、3章において、余剰次元の安定化を議論する上で重要となる時空とフラックスに対する線形摂動論の定式化がスカラー型、ベクトル型、テンソル型の摂動に対してそれぞれ行われている。さらに、この定式化を用いてFreund-Rubinコンパクト化に対する動的安定性の解析を行い、このモデルには内部空間の半径の一様な変化に対応するモード(l=0)と非一様な変化に対応する多重極モーメントをもつモード(l≧2)の2つのチャンネルの動的不安定性が存在することが示されている。引き続き第4章では、6次元ブレーン・ワールドモデルで4次元がドジッター時空の場合について、線形摂動に対する動的安定性の解析が行われ、その結果、ドジッター対称性に関するスカラー型の摂動について、ドジッター時空のハッブルパラメータが大きくなる領域で不安定モードが存在し、背景時空が不安定になることが示されている。

第6章は本論文の最も重要な結果である熱力学的安定性と動的安定性の関係が述べられている。論文提出者は、まず、6次元ブレーン・ワールドモデルについてドジッター時空がもつエントロピーの観点から熱力学的性質を調べ、このモデルを記述する解がエントロピーについて高・低の2つの系列に分かれることを見出し、さらに第4章で述べた動的安定性と比較することにより、熱力学的に安定な高エントロピーの系列が動的にも安定であり、低エントロピーの系列が不安定であることを解析的に示した。次に、Freund-Rubinモデルについての考察を行い、l=0モードに関しては、6次元モデルと同様に低エントロピーの系列が動的に不安定であるというエントロピーによる議論がこの場合も妥当であることを示した。さらに、熱力学的・動的安定性の対応からl≧2モードの不安定性に関して、この不安定の示唆する内部空間の変形に対応する新しい系列の解を発見し、実際に、p=4、q=4の場合についてこの新しい解の系列を構成し、パラメータ空間上で2つの解の系列が交わる点に対応する解が、l=2のモードの動的不安定性が生じ始める解であることを示した。最後に、第6章で本論文のまとめが述べられている。

このように本論文はフラックスによるコンパクト化の安定性についてその動的安定性と熱力学的安定性の間に密接な対応関係があることを初めて明らかにしたものでその物理的意義は高い。なお、本論文3章以降5章までが論文提出者の研究に基づいて書かれており、第5章の後半を除く部分は向山氏と仙道田氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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