学位論文要旨



No 123251
著者(漢字) 紺谷,健一朗
著者(英字)
著者(カナ) コンヤ,ケンイチロウ
標題(和) ガウス・ボンネ・ブレーン宇宙論の一般化
標題(洋) Generalised brane cosmology with the Gauss-Bonnet term
報告番号 123251
報告番号 甲23251
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5132号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 横山,順一
 東京大学 准教授 柴田,大
 東京大学 准教授 久野,純治
 東京大学 准教授 松尾,泰
 東京大学 准教授 瀧田,正人
内容要旨 要旨を表示する

我々のこの4次元時空が高次元時空中に埋め込まれた4次元の面(ブレーン)であるという考え方は、近年大きな注目を集めてきた。このモデルでは標準模型にある物質はブレーンに閉じ込められているが、実験的な制限が比較的弱い重力は余剰次元方向に伝播することが出来る。これは一般相対論的な時空の幾何学、動力学として大変興味深いシナリオであり、高次元におけるブラックホールや宇宙論等盛んに研究されている。

これまでの研究で、ブレーンワールドにおける宇宙論は少なくともビッグバン元素合成以降の宇宙の進化を記述出来ることが分かっている。これは宇宙論のモデルとしては満たすべき条件だが、宇宙論の観点からブレーンモデルの検証を試みるのであればブレーンモデルの宇宙論と通常の宇宙論との間に明確な違いを見出さなければならない。CMBの温度揺らぎなどの一様等方性からのずれはWMAP等の観測により非常に精密に分かっている。従って、ブレーンワールドにおける宇宙論的摂動論の研究は極めて重要であると考えられる。しかしながら、この計算を行うためにはバルクの摂動まで解かなければならない。これは2変数の偏微分方程式を解く問題となり、時間についての常微分方程式であった4次元の宇宙論と比べて非常に困難な問題となっている。そこで、この論文ではブレーンモデルを拡張するというアプローチを取ることにより、ブレーンモデルと通常の宇宙論の間に違いが無いのか調べる。

本論文で扱うガウス・ボンネ・ブレーンはランドール・サンドラム・タイプのブレーンに、ひも理論やAdS/CFT対応で一次の補正項として表れる二次の曲率の項(ガウス・ボンネ項)を付け加えたものである。この項は高エネルギーで重力理論を修正する。従って、ランドール・サンドラム・タイプのブレーン宇宙論で高エネルギーで重要になる現象を調べていく。

まず、初めにZ2対称性をはずしたブレーン宇宙論を考える。このZ2対称性は元々HoravaとWittenによって提唱されたM理論から導かれたモデルに由来するものである。しかし、近年の多くのモデルはM理論から直接導かれたものではないし、また非対称性が生じるモデルもありこの対称性をはずしてブレーン宇宙論を調べることは重要だと考えられる。ランドール・サンドラム・タイプの場合であるとバルク中に存在するブラックホールのエネルギー差から、ブレーンにインフレーションのような指数関数的膨張が起こりうることが分かっている。

ガウス・ボンネ・ブレーンモデルの場合、アインシュタイン方程式に解が二つ存在する。一つはガウス・ボンネ項が無くなる極限でランドール・サンドラム型になる解である。この解の場合、Z2対称性を破る項が支配的になるとH2∝ρ2というよく知られている宇宙の進化の時代がブラックホールのエネルギー差から生じるインフレーションのような時代になることが分かった。しかし、ビッグバン元素合成からの制限を考えると我々のブレーンがバルクの地平線の外側に出ている限りZ2対称性を破る項が支配的になることは無く、通常のガウス・ボンネ・ブレーン宇宙論の進化と同じにならざるを得ないことが分かった。

もう一つの解はガウス・ボンネ項が無くなる極限でランドール・サンドラム型にならない解である。この場合、Z2対称性を破る項が支配的になると宇宙が崩壊してしまうことが分かった。

次に、ブレーンからの重力子放出について調べる。初期宇宙は非常に高温高密度の状態であるため、粒子の相互作用によって五次元時空を伝播する重力子が生成されることが考えられる。ブレーンから重力子が放出されると宇宙の膨張率が変化するため、ビックバン元素合成等によってこの放出量は制限される。このようなブレーンからの重力子放出の計算をガウス・ボンネ項を含めて行った。ガウス・ボンネ項を含めるとブレーンからの重力子放出はランドール・サンドラム型の場合と比べて劇的に少なくなることが分かった。これはガウス・ボンネ項によりブレーン上の粒子とカルーザ・クライン重力子の相互作用が弱くなったためである。従って、ガウス・ボンネ項を含めると元素合成からの制限を簡単に満たすことが出来ることが分かった。

以上見てきたように、ガウス・ボンネ項を加えるとブレーンモデルの特徴が小さくなり、通常の宇宙論に近付くことが分かった。

審査要旨 要旨を表示する

近年、素粒子の統一理論の候補として超弦理論が活発に研究されているが、この理論は時空が10次元であることを予言する。高次元時空の中でわれわれの住む4次元世界がどのように実現しているかを明らかにするのは重要な問題である。それに関して、我々のこの4次元時空が高次元時空中に埋め込まれた4次元の面(ブレーン)であるという考え方が、ここ数年大きな注目を集めてきた。このモデルでは標準模型にある物質はブレーンに閉じ込められているが、重力は余剰次元方向に伝播することができる。これは一般相対論的な時空の幾何学、動力学として大変興味深いシナリオであり、高次元におけるブラックホールや宇宙論等盛んに研究されている。

ブレーンワールドモデルを超弦理論の一つの帰結として捉えると、超弦理論のもう一つの帰結である、重力の作用の高次補正の効果を取り入れることが必要になる。このような観点から、本論文はランドール・サンドラム・タイプのブレーンに、超弦理論やAdS/CFT対応で一次の補正項として表れる二次の曲率の項(ガウス・ボンネ項)を付け加えたモデルを解析した研究である

本論文は本文5章と付録2章からなり、各章の構成は以下の通りである。

第1章はイントロダクションであり、上述のような本研究の背景が論じられている。第2章は本論文が用いる、ランドール・サンドラム・タイプのブレーンモデルの紹介に宛てられている。

第3章と第4章は著者自身の研究成果の報告である。

第3章では、ガウス・ボンネ項入りのブレーンワールドの一般化として、Z2対称性をはずしたモデルが解析されている。このZ2対称性はM理論から導かれたモデルに由来するものであるが、近年の多くのモデルはM理論から直接導かれたものではないし、また非対称性が生じるモデルもあり、この対称性を外してブレーン宇宙論を調べることは重要だと考えられる。アインシュタイン重力に基づくランドール・サンドラム・タイプのブレーンワールドでは、バルク中に存在するブラックホールのエネルギー差から、ブレーンにインフレーションのような指数関数的膨張が起こりうることがわかっているが、ガウス・ボンネ・ブレーンモデルの場合、アインシュタイン方程式に解が二つ存在することを今回著者は見出した。

一つはガウス・ボンネ項が無くなる極限でランドール・サンドラム型になる解である。この解の場合、Z2対称性を破る項が支配的になると、ブラックホールのエネルギー差から生じる補正項によって、放射優勢であっても宇宙はインフレーション膨張を示すことを見出した。しかし、ビッグバン元素合成からの制限を考えると、我々のブレーンがバルクの地平線の外側に出ている限り、Z2対称性を破る項が支配的になることはなく、通常のガウス・ボンネ・ブレーン宇宙論の進化と同じにならざるを得ないことがわかった。

もう一つの解はガウス・ボンネ項が無くなる極限でランドール・サンドラム型にならない解である。この場合、Z2対称性を破る項が支配的になると、宇宙が崩壊してしまうことがわかった。このように、著者は、Z2対称性のないより一般的なモデルを考えても、現実的な宇宙論を展開する限りは、Z2対称性のある場合と変わらないことを示した。本章の内容は、単著論文としてClassical and Quantum Gravity誌に刊行されている。

第4章は、ブレーンからの重力子放出に関する報告である。初期宇宙は非常に高温高密度の状態であるため、粒子の相互作用によって五次元時空を伝播する重力子が生成されることが考えられる。ブレーンから重力子が放出されると宇宙の膨張率が変化するため、ビッグバン元素合成等によってこの放出量は制限される。著者はこのようなブレーンからの重力子放出の計算を、ガウス・ボンネ項を含めてはじめて行った。その結果、ガウス・ボンネ項を含めるとブレーンからの重力子放出はランドール・サンドラム型の場合と比べて劇的に少なくなることを見出した。これはガウス・ボンネ項によりブレーン上の粒子とカルツァ・クライン重力子の相互作用が弱くなったためである。従って、ガウス・ボンネ項を含めると元素合成からの制限を簡単に満たすことが出来ることがわかった。本章の内容も単著論文として、Physical Review D誌に刊行されている。

このように、著者は、ガウス・ボンネ項を加えるとブレーンモデルの特徴が小さくなり、通常の宇宙論に近付くことを見出した。この結論は第5章にまとめられているが、これは超弦理論においてブレーンワールドシナリオをより現実的な見地から考察した、有意義な研究であると認定された。

さらに、本委員会は、著者が本学博士に相応しい学識を持っているかを口頭にて試問したが、その結果審査員全員一致にて合格と認定した。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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