学位論文要旨



No 123253
著者(漢字) 笹野,匡紀
著者(英字)
著者(カナ) ササノ,マサキ
標題(和) 300 MeVにおける(p,n)、(n,p)反応を用いた2ニュートリノ2重ベータ崩壊の中間状態の研究
標題(洋) Study of intermediate states of the two neutrino double beta decay via the (p,n) and (n,p) reactions at 300 MeV
報告番号 123253
報告番号 甲23253
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5134号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 早野,龍五
 東京大学 教授 久保野,茂
 東京大学 教授 初田,哲男
 東京大学 教授 櫻井,博儀
 東京大学 講師 小沢,恭一郎
内容要旨 要旨を表示する

2重ベータ(ββ)崩壊は今まで観測ざれた中でもっとも希少な現象の一つである。この崩壊は、弱い相互作用の二次の過程であり、親核(A,Z)と娘核(A,Z+2)の間の核(A,Z+1)(中間核)の質量が親核より重く、親核から中間核へのベータ崩壊が禁止される時におこる。この崩壊には二つのモードが考えられる。一つは2個のニュートリノを伴うモード、2ニュートリノ2重ベータ(2υββ)崩壊で、もう一つはニュートリノを伴わないモード、ニュートリノレス2重ベータ(0υββ)崩壊である。後者のモードはレプトン数の保存を破ることから標準理論を検証する目的で探索がなざれているが、いまだ明確な証拠が確認ざれていない。一方で前者のモードは10個ほどの核種に対してすでに半減期が測定さとも短い半減期は10(19)年のオーダーである。

2υββ崩壊は原子核を媒体としておこるため、その寿命は核構造に強く依存する。半減期T(2v1/2)乃ちは、核構造の情報を含む量である核行列.M(2υ)と、関係式

[T(2v1/2)]-1=G(2v)|M(2v)|2 (1)

でつながっている。ここでG(2υ)は位相空間と弱い相互作用の強さに依存する項で、正確に計算が可能である。測定ざれた半減期を説明するために、殻模型や準粒子乱雑位相近似(QRPA)などを用いた核行列の計算がなざれてきた。しかし、測定ざれた半減期の精度は、10-30%程度に達しているのと対照的に、計算された崩壊寿命は、計算により2桁から5桁程度異なる状況で、モデルの不定性が大きい。

ββ崩壊は原子核の中で、親核(A,Z)の基底状態と娘核(A,Z+2)の基底状態との間におこる中間核(A,Z+1)の状態(中間状態)を経由する2回の連続するベータ崩壊と考えられる。したがって、中間状態を理解することでより詳細にこの崩壊の原子核側の情報をおさえることができる。

中間状態は親核もしくは娘核とガモフテラー(GT)遷移でつながっていると考えることができる。ここでGT遷移は、励起演算子はδt±の遷移で、角運動量移行量ΔL=0、スピン移行量ΔS=0、アイソスピン移行量ΔT=0、で特徴づけられる。ここで、δはパウリのスピン行列で、t±はアイソスピンの昇降演算子である。したがって、核行列を理解する上で、親核の基底状態からから中間状態、また、娘核の基底状態から中間状態へのGT遷移強度B(GT)が重要な観測量である。

この研究の目的は、入射エネルギー300MeVにおける(p,n)、(n,p)反応をプローブに用いて、もっとも代表的なββ崩壊核種の一つである(116)Cdにおいて、親核(116)Cdおよび娘核(116)Snの基底状態から、中間核(116)InへのB(GT)分布を高い励起エネルギーまで導出することである。本研究の特長は、幅広い励起エネルギー領域(50MeV程度まで)でB(GT)分布を導出する方法が確立ざれた唯一のプローブである300MeVにおける(p,n)、(n,p)反応を用いることにある。

実験は大阪大学核物理研究センターでなされた。ビームの入射エネルギーは300MeVであった。(p,n)反応測定は、中性子飛行時間測定施設(NTOF)と中性子検出器NPOL3を用いて行われ、(116)Cd(p,n)(116) In反応の二階微分散乱断面積を、散乱角度0°-14°の間で得た。NPOL3は高時間分解能230psを有す。到達したエネルギー分解能は450keVで、この入射エネルギーで世界最高水準である。(n,p)反応測定は、(n,p)測定施設を用いて行われ、(116)Sn(n,p)(116) In反応の二階微分散乱断面積を0°-12°の間で得た。この施設では、7Li(p,n)反応により生成される、ほぼ単色エネルギーの中性子ビームを用いることができる。

得られた二階微分散乱断面積から、多重極展開法を用いて、GT遷移の成分を導出した。この手法では、断面積の角度分布の形のΔL依存性に基づき、ΔL=0(GT遷移)の成分をΔL≧1の成分より分離する。図1は多重極展開の結果を示す。分離ざれたΔL=0,1,2,3の成分が、それぞれ赤、緑、青、黄色の領域で示ざれている。鉛直の波線は、多重局展開法の適応限界を示しており、ΔL=0の角度分布とΔL≧1を詳細に比較し設定した。(p,n)、(n,p)スペクトルでそれぞれ50MeV、30MeVである。

GT遷移強度分布は、GT(ΔL=0)成分の断面積とB(GT)との間の比例式

σ(q,w)=σ(GT)F(q,w)B(GT) (2)

を用いて導出ざれた。ここで、F(q,ω)は運動学的補正項で歪曲波衝撃近似により導出きれた。また、δGTはGT単位断面積とよばれる量でB(GT)の規格化定数であり、Sasano et al.による近傍核種の実験値を質量数に関し内挿し得た。

図2に、導出ざれた遷移強度分布を、Alvarez-Rodrguez et alによる準粒子乱雑位相近似(QRPA)を用いた理論予測と共に示した。ここで、実験結果のGT+遷移強度分布からは18MeVを中心として存在が予測ざれているアイソベクタ・スピン・モノポール(IVSM)の寄与がひかれている。ここで、IVSMの強度はノーマル・モードに基き計算され、分布は半値全幅10MeVのガウシアンを仮定した。

予測されたGT遷移強度分布は実験結果を再現しないことがわかった。特に、巨大共鳴領域に対応する5-15MeVの励起エネルギーにおいて、予測ざれたGT+遷移強度は、実験的に発見された遷移強度を半分程度しか説明しない。このことは、理論予測が巨大共鳴領域を経由する遷移の寄与を核行列を過少評価していることを示唆する。

原理的には2υββ崩壊の核行列は、中間状態ごとの寄与を始状態と中間状態、中間状態と終状態のGT遷移行列から導出し、それらの和をとることで導出が可能である。実際には、中間状態ごとの寄与を位相も含めて実験によって導出することができない。このため、本研究で得られたGT遷移強度の各励起エネルギービン毎の遷移強度の平方根をGT遷移行列のかわりに用いることで実験的な核行列を導出した。全ての中間状態の寄与をたすことで0.32±0.05という値が得られた。この値は崩壊寿命測定によって得られた値0.064土0.007より5倍おおきいもので、この食い違いは中間状態毎の寄与の位相の違いによる打ち消しを無視したことによる。5-20MeVの巨大共鳴領域のみの寄与は、0.202士0.005で全体の60%程度をしめることが判った。このことは、巨大共鳴領域を経由する遷移が2υββ崩壊の核行列に大きく寄与することを示唆している。

図1:(116)Cd(p,n)反応スペクトル(左)および(116)Sn(n,p)反応スペクトル(右)の多重極展開の結果。分離ざれたΔL=0,1,2,3の成分が、それぞれ赤、緑、青、黄色の領域で示されている。各ウィンドウ中の数字は散乱角度を示す。

図2:(116)In中の励起エネルギーの関数としての(116)Cd→(116)1nのGT-遷移(左)及び(116)Sn→(116)InのGT+遷移(右)の強度分布(実線のヒストグラム)。曲線はAlvarez-Rodrguez et al.による理論予測を示す。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、エネルギー300MeVにおける(116)Cd(p,n)(116)Inおよび(116)Sn(n,p)(116)In反応を用いて、(116)Cd→(116)Snの2ニュートリノ2重ベータ崩壊の中間状態を実験的に調べた研究をまとめたものである。第1章では研究の背景と目的、第2章では(p,n)実験の詳細、第3章では(n,p)実験の詳細が述べられている。,第4章で実験で得られた(116)1nの励起スペクトルを示した後、第5章では、それらから多重極展開法を用いてガモフ・テラー(GT)遷移強度分布を求める過程が示される。第6章では得られたGT遷移強度分布と理論計算との比較が論じられ、第7章に結論が示されている。

2重ベータ崩壊(A,Z)→(A,Z+2)は、親核(A,Z)と娘核(A,Z+2)の間の核(A,Z十1)(中間核)が親核より重く、親核から中間核へのペータ崩壊が禁止される時におこる、非常に稀な核崩壊様式(弱い相互作用の二次過程)である。

この崩壊ではニュートリノυス2重ペータ〈0υββ)崩壊と2ニュートリノ2重ベータ(2υββ)崩壊の二つが考えられる。前者はυプトン数保存を破ることから標準理論を検証する目的で探索がなされているが、いまだ明確な証拠が確認されていない。一方後者は、すでに10個ほどの核種に対して半減期(≧1019年)が測定されている。これら測定された半減期を説明するために、殻模型や準粒子乱雑位相近似(QRPA)などを用いた計算がなされてきた。しかし、測定された半減期の精度が10-30%であるのに対し、計算値は互いに2桁から5桁も異なる。その原因は、核構造に依存する核行列の不定性にあると考えられる。

ββ崩壊は中間核(A,Z+1)を仮想中間状態とし、ベータ崩壊が2回連続して起きたものと考えられる。仮想中間状態は親核および娘核とGT遷移(角運動量移行量ΔL=0、スピン移行量ΔS=1、アイソスピン移行量ΔTz=1)で結ばれており、そのGT遷移強度分布は親核からの(p,n)反応および娘核からの(n,p)反応によって得ることができる。

そこで本論文では、もっとも代表的なββ崩壊核種の一つである(116)Cdにおいて、親核(116)Cdおよび娘核(116)Snの基底状態から、中間核(116)1nへのGT遷移強度分布を高い励起エネルギーまで導出して理論との比較を行い、核行列に関する知見を得ることをめざした。

実験は大阪大学核物理研究センターで行われた。(116)Cd(p,n)(116)In反応の二階微分乱断面積は中性子飛行時間測定で得た。(116)Sn(π,p)(116)1n反応の二階微分散乱断面積は、7Li(p,n)反応で得られたほぼ単色エネルギーの中性子ビームと磁気分析器を用いて得た。

得られた二階微分散乱断面積から多重極展開法、すなわち断面積の角度分布の形のΔL依存性に基づき、ΔL=0(GT遷移)の成分をΔL≧1の成分より分離する手法を用いて、GT成分を(p,n)については励起エネルギー50MeVまで、(n,p)については30MeVまで取り出した。更にGT成分とGT遷移強度分布の比例関係を用い、めざすGT遷移強度分布を求めた。

これを準粒子乱雑位相近似(QRPA)を用いたAlvarez-Rodrguezらの理論予測と比較したところ、理論は実験結果を再現しないことがわかった。特に、ガモフ・テラー巨大共鳴領域に対応する5-15MeVの励起エネルギーにおいて、理論値は実験結果の半分程度しか説明しない。このことは、理論予測が巨大共鳴領域を経由する遷移の寄与を核行列を過少評価していることを示す。

最後に、実験で得られたGT遷移強度の各励起エネルギー毎の遷移強度の平方根でGT遷移行列を置き換えて全ての中間状態の寄与を足すという近似で、0υββの核行列として0.32土0.05を得た(うち、GT巨大共鳴領域のみの寄与が0.202±0.005と全体の約60%あり、巨大共鳴領域を経由する遷移が2υββ崩壊の核行列に大きく寄与することを示唆する)。この値は崩壊寿命測定によって得られた値0.064土0.007より5倍大きい。この原因はエネルギーごとの行列要素の位相の違いによる打ち消しを無視したことによる。

本論文は、2重ベータ崩壊の親→中間核と娘核→中間核の双方のGT遷移強度分布を研究した初めてのものとして評価できる。実験は論文申請者を含む22名の共同で行われたが、特に(p,n)反応の実験、データ解析、理論との比較については論文提出者が主体となって行っており、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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