学位論文要旨



No 123257
著者(漢字) 鈴木,宏
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ヒロシ
標題(和) TOFスペクトロメータを用いた中性子過剰なTi同位体における励起状態の研究
標題(洋) Study of Excited States of Neutron-rich Ti Isotopes using TOF Spectrometer
報告番号 123257
報告番号 甲23257
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5138号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 浜垣,秀樹
 東京大学 教授 酒井,英行
 東京大学 教授 上田,和夫
 東京大学 教授 齊藤,直人
 東京大 准教授 板垣,直之
内容要旨 要旨を表示する

中性子過剰なTi同位体(53,54,55,56,58Ti)の核構造を、イン・ビームγ線核分光の手法を用いて研究した。その結果、(58)Tiと(56)Tiの核の集団性はほぼ等しく、Cr同位体に見られた中性子数N=40にむけて強まる変形は、(58)Tiには見られないことが示唆された。また、Ti同位体の奇核におけるlow-lyingな励起状態のエネルギー比較結果が、従来から示唆されてきたTi同位体におけるN=32の閉殻性を支持することが分かった。

中性子過剰なpf-殻領域の核は、中性子数が過剰になるにつれて殻構造がダイナミックに変化し、これが核の集団性に強く影響している。Cr,Ti,Ca同位体では、N=32に2+励起エネルギー(E(2+))のピークが有り、閉殻性が強いことが示唆されている。また、Cr同位体においては、調和振動子型の魔法数N=40の魔法数性が消失し、中性子数がN=40に近づくにつれて変形が進むことが報告された。(60,62)Crにおいて、E(2+)は他のCr同位体のそれより低くなり、核の変形度も増大している。

本研究の目的は、Ti同位体におけるN=32の副閉殻に関する知見を、中性子の1粒子軌道から得ること、そしてCr同位体で発見された変形領域がTi同位体にまで広がっているのか、広がっているならばどの程度広なのかを明らかにすることである。

中性子過剰なTi同位体のγ線核分光実験を、理化学研究所・入射核破砕片分離装置(RIPS)にて行った。63AMeVの一次ビーム(70)Znから、入射核破砕反応法により目的の核を含む高速の不安定核(カクテルビーム)を生成した。一次標的としては9Beを使用した。不安定核はRIPSでTOF - ΔE - Bρ法により識別した。

不安定核を励起するための二次標的として、液体水素標的を選択した。本標的は、荷電粒子が物質通過中に損失する単位エネルギーあたりの標的核数が多く、またバックグラウンドが少ない。これらの点がビーム強度の低い実験にとって有利になるためである。陽子非弾性散乱や中性子剥離反応により、目的のTi同位体の励起状態を生成した。

励起した核から脱励起して放出されたγ線は、二次標的周りに設置したNaI(Tl)検出器群DALI2で検出した。

二次標的にて散乱した粒子(質量数(A)~60)の識別のために、TOFスペクトロメータを使用した(図1参照)。この装置は陽子数(Z)と質量数(A)をTOF - ΔE - E法によって識別する。本装置の工夫点は、二次標的で散乱して広がる粒子を超伝導三連四重極電磁石(STQ)で収束させ、TOFのための飛行距離を確保したまま後方の検出器の面積を小さくしたことである。また、装置内に双極磁石を使用していないため、様々な磁気剛性を持つ散乱粒子を磁場設定の変更なしに一度に検出できる。ゆえに、二次標的での様々な反応(陽子非弾性散乱、荷電交換反応、入射核破砕反応など)により生成した多核種を同時観測できる。

本装置は、1)TOF測定2)ΔE、E測定3)粒子収束の3つの役割を持つ。1)TOFはSTQ前後のプラスチックシンチレータとPPACの時間情報を使用して測定した。2)ΔEとEはビームライン最下流に置いたシリコン検出器(SSD)にて測定した。3)STQの磁石を磁場のシミュレーション計算から適切な値に設定し、粒子の効率よい検出に努めた。本実験でのZ分解能は2.0%(FWHM)を達成し、Z~22の粒子を5.3σで分離した。A分解能は1.4%(FWHM)となり、A~55の粒子を3.0σで分離できた。

γ線の観測は、二次標的に入射する粒子、及び標的から出射する粒子とのコインシデンスをとった。入射粒子はRIPSで、出射粒子はTOFスペクトロメータで識別することにより、核種と反応チャネルを同定した。

Ti同位体の偶偶核についての結果と考察を述べる。

(58)Tiに3本のγ線を発見した。そのエネルギーは1046±9(sta)±6(sys) keV、1376±16(sta)±7(sys) keV、そして1835±20(sta)±18(sys) keVであった。1046keVのγ線は陽子非弾性散乱チャネルにおいて強く観測されたので、(58)Tiの第一2+励起エネルギーと決定した。1376 keVと1835 keVのγ線は、1046 keVのγ線とコインシデンスしていると考えられ、励起状態のエネルギーは、それぞれ2422±18(sta)±13(sys) keV、2881±22(sta)±24(sys) keVである。1376 keVのピークは1046 keVのピークの次に強く観測されたので、既知の核の例から、2422 keVが第一(4+)励起エネルギーと考えられる。

次に、(54,56,58)Tiの第一2+励起状態の生成断面積を測定した。また、DWBA計算を用い、これらの核の変形度β(p,p')を導出した。

(58)TiのE(2+),R4/2(=E(4+)/E(2+)),βp,p'を既知のTi同位体と比較した。その結果、(58)Tiの集団性は、(56)Tiの集団性と同等(E(2+),β(p,p')より)か、それ以上(R4/2より)と分かった。

Ti,Cr,Fe同位体のE(2+)を比較した。その結果、Cr同位体を中心としてN=40にむけてE(2+)が下がっていることが分かった。つまり、(58)TiにはCr同位体で見られた変形は見られず、N≦36のCa,Ti同位体には変形領域が広がっていないことが示唆された。

次に、Ti同位体の奇核についての結果と考察を述べる。

(53)Tiにおいて、新しいγ線を発見し、そのエネルギーは1021±22(sta)±6(sys) keVであった。この励起状態は基底状態に直接脱励起することが示唆された。また、full pf-殻計算であるGXPF1A計算より、このエネルギーは中性子軌道νp3/2とνp1/2のエネルギー差に相当することが考えられる。

(55)Tiにおいても、新しいγ線ピークを発見し、そのエネルギーは983±7(sta)±5(sys) keVであった。これは、3/2―励起状態から2/1―基底状態への遷移によるものと考えられる。また、以前より知られていた592keVのγ線が陽子非弾性散乱チャネルで強く見られることから、E2遷移によるものと同定した。励起状態のエネルギーが低いのは、(54)Tiコアの励起によるものと、単独中性子の軌道準位の変化による励起が混ざっているためと考えられる。

N=29,31のCr,Ti同位体の低励起状態のエネルギー比較をした。これらの核の基底状態は3/2-なので、1/2-,5/2-の低励起状態のエネルギーは、それぞれ、中性子軌道νp3/2からνp1/2とνf5/2へのエネルギー差を反映していると考えられる。Ti同位体では、1/2-状態への励起エネルギーが5/2-状態と1/2-状態のエネルギー差より大きいことより、νp(3/2)とνp(1/2)のエネルギー差のほうがνp(1/2)とνf(5/2)より大きいことが考えられる。つまり、N=32に殻ギャップがあり、N=34にはないことを示唆している。これは、偶偶核のE(2+)の比較から示唆された閉殻性の挙動を支持するものである。

図1: TOFスペクトロメータの概略

図2: Ti同位体の第一2+励起エネルギー

図3: (58)Ti近辺の核種の第一2+励起エネルギー

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、中性子過剰なTi同位体(53,54,55,56,58Ti)の核構造をイン・ビームγ線核分光の手法を用いて研究したものである。

本論文は7章からなる。第1章はイントロダクション、第2章は実験の概要と使用実験装置の説明、第3章は実験装置の内、特に2次標的での反応生成同位体元素の同定に用いられたTOFスペクトロメータについての説明、第4章はデータ解析、第5章は実験結果、第6章は結果の考察と議論、第7章はまとめ、である。

中性子過剰なpf-殻領域の核は、構造がダイナミックに変化することが知られている。Cr、Ti、Ca同位体においては、中性子数N=32で第一2+励起エネルギー(E(2+))が大きな値を持ち、閉殻性が強い。また、Cr同位体においては、安定領域の原子核では魔法数であるN=40の近傍で、第一2+励起レベルが低く、魔法数性の消失、変形を示唆している。

本研究は、Ti同位体に着目し、Cr同位体のN=40の近傍で見られる閉殻性の消失と、中性子数N=32での閉殻性出現の系統性について新たな知見を得ようと意図した。

実験は、理化学研究所RARF加速器施設に於いて、入射核破砕片分離装置(RIPS)を用いて行われた。核子あたり63 MeVの一次ビーム70Znを一次標的9Beに照射し、入射核破砕反応により目的の核を含む不安定核(カクテルビーム)を生成した。目的の不安定核はRIPSを用いて、TOF - ΔE- Bρ法により同定した。不安定核を液体水素二次標的に入射し、陽子非弾性散乱や中性子剥離反応により、目的のTi同位体の励起状態を生成し、脱励起により放出されたγ線は、二次標的周りに設置したDALI2と呼ばれるNaI(Tl)検出器群を用いて検出した。

二次標的からの放出粒子(質量数(A)~60)の同定には、TOFスペクトロメータを使用した。超伝導三連四重極電磁石(STQ)により二次標的で散乱し広がる粒子を収束させることで、大きな立体角を持ちながら後方の検出器の面積を小さく出来る特徴を持つ。また、双極磁石を用いない故に広い磁気剛性アクセプタンスを持ち、様々な反応(陽子非弾性散乱、荷電交換反応、入射核破砕反応など)の同時測定が可能である。TOF測定とΔE、E測定により、Z~22の粒子を5.3σで分離でき、A~55の粒子を3.0σで分離できた。

Ti同位体の偶偶核についての結果は以下のとおりである。58Tiに新しい3本のγ線が見出された。そのエネルギーは1046±9(sta)±6(sys) keV、1376±16(sta)±7(sys) keV、1835±20(sta)±18(sys) keVであった。1046keVのγ線は陽子非弾性散乱チャネルにおいて強く観測されたので、58Tiの第一2+励起エネルギーと同定した。1376 keVと1835 keVのγ線は、1046 keVのγ線とコインシデンスしているが、1376 keVのピークは1046 keVのピークの次に強く観測されたので、2422 keVが第一4+励起状態と推定される。

(54,56,58)Tiの第一2+励起状態の生成断面積を測定し、DWBA計算を用いて、これらの核の変形度β(p,p')を導出した。

(58)TiのE(2+),R4/2(=E(4+)/E(2+)),β(p,p')と既知のTi同位体との比較から、(58)Tiの集団性は、(56)Tiの集団性と同等程度であることがわかった。Cr同位体ではN=40にむかってE(2+)が下がっているが、58Tiではその傾向は見られない。このことから、Cr同位体で見られた顕著な変形はN≦36のTi同位体では見られないと結論できる。

Ti同位体の奇核についての結果は以下のとおりである。(53)Tiにおいて、新しいγ線が見出され、そのエネルギーは1021±22(sta)±6(sys) keVであった。この励起状態は基底状態に直接脱励起することが示唆された。また、full pf-殻計算であるGXPF1A計算との比較から、このエネルギーは中性子軌道νp3/2とνp1/2のエネルギー差に相当することが考えられる。

(55)Tiにおいても新しいγ線ピークを発見し、そのエネルギーは983±7(sta)±5(sys) keVであった。これは、3/2―励起状態から2/1―基底状態への遷移と考えられる。また、以前より知られていた592keVのγ線が陽子非弾性散乱チャネルで強く見られることから、E2遷移によるものと同定した。励起状態のエネルギーが低いのは、(54)Tiコアの励起によるものと、単独中性子の軌道準位の変化による励起が混ざっているためと考えられる。

N=29、31のCr、Ti同位体の低励起状態を比較した。これらの核の基底状態は3/2-で、1/2-,5/2-の低励起状態のエネルギーは、それぞれ、中性子軌道(νp3/2とνp1/2)、及び(νp3/2とνf5/2)のエネルギー準位の差と考えられる。Ti同位体では、これらのエネルギー差が大きいことから、N=32に殻ギャップがあると考えられる。このことは、偶偶核のE(2+)から示唆されたN=32における閉殻性の挙動を支持する。

以上、本研究により得られた中性子過剰Ti同位元素の低励起状態についての結果は、中性子過剰pf殻原子核の系統性について新しい知見をもたらすものとして、高く評価できる。

なお、本論文の基になった実験データは複数名との共同実験研究により取得されたが、論文提出者は、実験の企画・遂行において中心的な役割を果たし、また、本論文に用いられているデータの解析、まとめ、考察は、本人が中心となって進めたものであり、論文提出者の寄与は十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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