学位論文要旨



No 123264
著者(漢字) 田村,健一
著者(英字)
著者(カナ) タムラ,ケンイチ
標題(和) すざく衛星による銀河中心領域に付随した硬X線放射の研究
標題(洋) Suzaku Investigation of Hard X-ray Emission Associated with the Galactic Center Region
報告番号 123264
報告番号 甲23264
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5145号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 山崎,典子
 東京大学 教授 高瀬,雄一
 東京大学 教授 須藤,靖
 東京大学 准教授 江尻,晶
 東京大学 教授 山本,明
内容要旨 要旨を表示する

我々の銀河の中心領域は、無数に存在する銀河の中で最も近い銀河の中心であり、個々の現象を区別して観測できる唯一の領域である。この領域からは、拡がった強いX線放射(X 線拡散放射)が観測され、そのスペクトルの形から1億度に及ぶ高温プラズマの存在が示唆されている。一方で10 keV 以上の硬X 線帯域では、検出器性能の限界から、硬X 拡散放射の観測は未だ実現していない。2005 年に打ち上げられた日本の「すざく」衛星は、高いエネルギー分解能を持つX 線CCD カメラ(XIS)と硬X 線から数百keV のガンマ線にかけて高い感度を持つ硬X 線検出器(HXD)を搭載している。非常に興味深いことに、「すざく」衛星の初期の観測によるXIS データを用いた解析により、高温プラズマからの熱的放射に加えて、10 keV 以上まで伸びる非熱的放射の存在が示唆された(Koyama et al. 2007)。この非熱的放射が実在するものであれば、銀河中心領域において粒子加速を伴う高エネルギー現象が存在することとなり、そのスペクトルの形や分布を調べることにより、銀河中心の高温プラズマの起源や粒子加速の源を探るうえで大きな手がかりとなる。

我々は、「すざく」衛星によって、銀径方向に±2度、銀緯方向に±0.5 度の銀河中心領域に対して、合計1Msec、35 ポインティングにも及ぶマッピング観測を実施した(図1)。「すざく」衛星搭載のHXD のPIN 検出器(HXD-PIN)は、10 keV 以上の硬X 線領域において高い感度と絞られた視野(0.5 度 × 0.5 度、FWHM)を持ち、拡がった放射を調べる上で、インテグラル衛星やスイフト衛星などの符合化マスクを用いた衛星よりもはるかに適している。

しかし、0.5 度角という絞られた視野であっても、点源の密度の高い銀河中心領域では、視野内に混入する硬X 線点源を完全に避けることは難しい。よって、銀河中心領域に付随する非熱的放射の存在を明らかにするためには、それらの点源が、得られたデータからNXB のみを差し引いたフラックスに対してどれだけ寄与するか、精度良く見積もることが重要である。そこで我々は、HXD-PIN の角度応答を軌道上で詳細に較正し、インテグラル衛星による硬X 線領域のモニター観測のデータから1 mCrab 以上の強度で混入する点源の寄与を全て評価して、視野内の硬X 線源の差し引きを行った。

HXD-PIN は64 個のPIN 型半導体検出器で構成され、各PIN 検出器の上に設置している計64 本のファインコリメータによって、視野が 0.5 度角に絞られている。60keV 以下ではコリメータは完全に不透明であるため、PIN の角度応答は、1本1本の光軸の違いによって個性を持つ。我々は、「カニ星雲」に対するスキャン観測を実施し、衛星の指向方向に対するファインコリメータのアライメントを軌道上において直接測定し、1 分以内の精度で 64 本の光軸を決定した(図2)。この結果は、HXD-PIN によるスペクトルの絶対強度を決定する基準となるもので、データベースとして全世界に公開されている。また、これらの光軸のばらつきを積極的に利用することで、我々は撮像能力を持たないHXD-PIN を用いて視野内に混入した点源の寄与を見積もる方法を新たに考案し、実際の観測にも適用した(図3)。

我々は、まずXIS のデータを詳細に解析し、Koyama et al. (2007) によって示された、(銀径, 銀緯)=(0°, 0°)付近の軟X 線エネルギースペクトルが、6 keV 程度の高温プラズマからの熱的放射と、べき関数型の非熱的放射との足し合わせで説明できるという描像が、観測した全領域において、表面輝度の違いだけでどこでも成り立つことを確認した。さらに、軟X 線スペクトルの連続成分の表面輝度分布を作成した。

次に、HXD-PIN の視野内に含まれる硬 X 線点源の個数によって観測データをクラス分けした。まず、既知の硬 X 線点源が視野内に1個も入らず、点源の見積もり系統誤差に影響されない銀径=-1.8 度の観測をクラスA と定義した。この観測において、XIS と HXD-PIN の視野の違いを考慮して広帯域スペクトルを解析した結果、高温プラズマからの熱的放射に加えて、光子指数 2.3 ± 0.1 のべき関数で表される放射が銀河中心から2度も離れた領域においても確かに存在することを示した(図4)。

次に、視野内の点源の個数が1個しかない、計8観測をクラスB と定義した。これらの点源の明るさを、XIS による直接観測結果、インテグラル衛星のライトカーブからの内挿(IBIS 法)、および視野が隣接する観測データを用いた見積もり法の3つの評価法によって見積もった。3つの見積もり法による点源からの寄与は誤差の範囲内で一致した。その寄与をHXD-PIN のスペクトルから差し引き、クラスA と同様に広帯域スペクトルを解析した結果、クラスB の全ての領域にもべき型関数の放射が存在し、その光子指数が1.8 - 2.5 の間に含まれることを示した。さらに、少なくとも 30 keV までは、それらのスペクトルに折れ曲がりがないことが分かった。

最後に、クラスA,B 以外の観測の点源の寄与をIBIS 法によって見積もり、差し引いた後の 14-40 keV のフラックスを銀径に対してプロットすることで、銀径 ±2度の硬X 線表面輝度分布を作成した。系統誤差が大きく、軟X 線の分布と同じであるかどうかを有意に評価することはできないが、両者の分布は良く似ているようである。もし、両者の分布が一致すると仮定すると、銀径±2 度、銀緯±0.5 度の領域で14-40 keV における、べき型関数の放射の総放射量は、4 ± 0.4 × 1036 erg/sec と求まる。

我々は、検出した硬X 線拡散放射が暗い点源の重ね合わせで説明が可能であるか検討した。HXD-PIN で得られた硬X 線スペクトルの形から、暗い点源の候補はIntermediate Polar (IP)と呼ばれる激変星に限定される。そこで、銀河中心領域のほぼ全てのIP を検出していると考えられる、チャンドラ衛星による観測結果と比較したところ、暗い点源の重ね合わせでは検出フラックスの10-30%しか説明できず、銀河中心領域全体に拡がった非熱的放射が確かに存在することを示した。

本研究で示唆されたように、もし熱的成分と非熱的成分が相関するならば、2つの放射メカニズムが全く異なる成分が、同一の起源において発生していることを示唆する。すなわち、高温プラズマの加熱と、非熱的高エネルギー粒子の加速を同時に起こすような物理現象が、銀河中心領域の広がったスケールにおいて起きているか、あるいは、空間分解できないほどに暗い個々の未知の天体で普遍的に起きているかであると考えられる。

図1:XIS による銀河中心領域のイメージ(2-10 keV)

図2:ファインコリメータの光軸の分布

図3:「カニ星雲」による角度プロファイル。(傾きから点源の明るさを見積もることが可能。)

図4:XIS とHXD-PIN による広帯域スペクトル(クラス A の観測)

図5:(上)軟X 線表面輝度分布。赤がデータ点、青線は分布モデルをXIS の視野で丸めた形を示す。(中)硬X 線表面輝度分布。赤がデータ点、青が分布モデルをHXD-PINの視野で丸めた形を示す。(下)硬X 線のデータ点と青線の比。破線は、XIS 分布から分布モデルを求めた際のフィッティングエラー20%を示す。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は8章からなり、1章ではこの論文の目的と構成、2章で我々の銀河系中心にみられる特異な硬X線放射の特徴と未解明な問題についてのレビューが述べられている。3章では本論文で解析に用いた「すざく」衛星の検出器の特徴、4章では「すざく」硬X線検出器の角度応答に関する地上および軌道上での評価と、視野近傍の点源の放射強度の推定方法が示される。5章では本論文で用いた銀河中心付近の観測について、6章では解析の詳細が提示されている。7章ではその結果をもちいて本論文で明らかになった硬X線放射の特徴が議論され8章では結論が述べられる。

銀河中心方向からの硬X線放射は、10keV以下の領域では1980年代から、強い鉄輝線放射が知られ、1億度程度の高温で希薄なプラズマからの放射であろうと考えられてきた。しかし、エネルギースペクトルの形は単純ではなく、幅の広い輝線と非常に硬い(あるは温度の高い)連続スペクトルを示し、非熱的放射が示唆されてきた。このような放射を生じる高エネルギー粒子の生成過程は全くわかっていない。しかし10keV以上では、撮像ができないために、銀河中心付近にあるX線連星等による強い放射を取り除くことが難しく、これまで定量的な観測は行なわれて来なかった。「すざく」衛星は高いエネルギー分解能をもつ撮像分光器であるCCDカメラと30分程度と視野の狭いシリコンPINダイオード検出器を兼ね備えている。初期観測におけるCCDデータの解析から、幅の広い鉄輝線は高階電離のプラズマ中の鉄と、硬X線に照射された中性の鉄による蛍光輝線の混合であることが示された。また輝線の示すイオン比と連続成分の食い違いから非熱的放射も示唆された。

本論文では銀河中心方向の1Msecにおよぶマッピング観測を用いて、CCDデータの統一的な再解析を行なった。軌道上においてPIN検出器のコリメータの較正を行ない、コリメータのわずかな向きの違いを利用した近傍点源の強度推定法が提案されている。その手法とインテグラル衛星によるモニター観測データを補完・推定した点源強度を比較することで、より信頼性のおける点源差し引き手法を確立した。また衛星高度での高エネルギー粒子による非X線バックグランドの差し引きも行なった。点源の混入可能性により観測領域を3つに分類した。点源のない領域において、CCDとPINデータの同時解析を行ない、40keVまでのエネルギー領域で、硬X線放射を検出し、そのスペクトルが光子指数2.3±0.1のべき関数で表されることを示した。残りの領域についても点源強度を推定して系統誤差を評価した結果、やはり光子指数1.8-2.5であり、30keV以下で明確なスペクトルの折れ曲がりは無いことを示した。空間分布について、10keV以下のCCDによって検出された強度と14-40keVのPINによって検出された強度を比較し、両者が一致していても矛盾はないことを明らかにした。また銀河中心から銀経±2度、銀緯±0.5度の範囲での14-40keVでの総放射量を(4±0.4)x1036 erg sec-1とはじめて導出した。硬X線領域の放射源については、スペクトルの類似する暗い激変星の可能性について考察し、今回の検出強度の10-30%以上にはなり得ないことを示した。これらは数100pcという広い領域で、高温プラズマと非熱的放射が混在するような加熱・加速過程が存在しているということを強く示唆している。

なお、本論文は高橋忠幸、国分紀秀、湯浅孝行、牧島一夫、中澤知洋との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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