学位論文要旨



No 123265
著者(漢字) 塚本,光昭
著者(英字)
著者(カナ) ツカモト,ミツアキ
標題(和) 新しいアルゴリズムを使ったモンテカルロ法による量子スピン系の研究
標題(洋) Monte Carlo simulation of quantum spin systems with new algorithms
報告番号 123265
報告番号 甲23265
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5146号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮下,精二
 東京大学 教授 瀧川,仁
 東京大学 教授 押川,正毅
 東京大学 教授 今田,正俊
 東京大学 准教授 加藤,岳生
内容要旨 要旨を表示する

経路積分表示を用いた量子モンテカルロ法は、時空間上のスピンの状態をモンテカルロ法によりサンプリングをする方法であり、スピン系の研究をする上で非常に重要な手法である。特にループアルゴリズムを始めとして、古典系で提案されたクラスターアルゴリズムが量子系に適用されて以降、ますますその重要性は高まっている。しかし、これらのアルゴリズムを用いても状態更新の方法は一意的には決まらず、場合によってはシミュレーションの効率が著しく低下することがある。また今までにない形の相互作用を扱うには、様々な工夫がいる。そこで本研究では、最近注目されている下記の2つの系について量子モンテカルロ法を用いた計算を行い、効率の良いアルゴリズムの提案や4体の相互作用がある場合の計算方法にっいて調べた。

1.容易軸異方性のあるハイゼンベルクモデル

これは、スピン1を持っNi化合物Nicl2-4sC(NH2)2(DTN)の磁場誘起相転移を説明するために提案されたモデルであり、以下のハミルトニアンで現される。

ここでD≧Jのため、H=0では基底状態は|Sz=0>で、ギャップが開いている。磁場Hを磁場誘起相転移はマグノンのボーズ・アインシュタイン凝縮として理解できるため、DTNについて中性子散乱、磁気熱容量の測定、ESRなどの実験が盛んに行われた。我々は、このモデルの量子モンテカルロ法にシミュレーションを行い、スピン間の交換相互作用を求め、温度磁場相図を描いて実験結果と比較した。上図は、計算により得られた相図と実験により得られている相図との比較であるが、実験結果を上手く再現している。このとき、スピン間の相互作用の強さはJx=Jy=0.1815K、Jz=2.2Kであった。

さらに、H=0でDとJの大きさの比を変えたときに起きる圧力誘起の相転移についても調べて相図を書いて、量子臨界点近傍での相境界のべきに1og補正が以下の形でつくことをを導き、この式を用いた計算で得られた相境界をフィッティングしてlog補正があることを確認した。

また本研究においては、スピン1の系をシミュレーションする上で、効率の良いアルゴリズムの提案も行う。またアルゴリズム間での計算効率の比較を行い、アルゴリズムの選択が効率に大きな影響を与えることを確認した。

2.4体相互作用のあるハイゼンベルクモデル

4体相互作用のあるハイゼンベルクモデルとは、以下のハミルトニアンで書き表されるモデルである。

右辺第2項のpについての和は正方格子のブラケットについての和であり、格子点i,j,k,lはpの4隅の点で、さらにボンド(i,j)と(k,l)が並行になるようにとる。この系は、J/Q>1のときには基底状態はNee1状態であるが、J/Q<0.04ではシングレット状態にあるダイマーで構成されるVBS状態にある、ということが分かっている。また、このモデルが始めて提案されたとき、Neel状態からVBS状態が2次転移で、近年提案されたdeconfine critical phenomena(非閉じ込め臨界現象)との関連で注目を集めた。非閉じ込め臨界現象の理論では、VBS状態とNeel状態のように、破れている対称性が違う2つの状態間で2次相転移が起きるという。我々はループアルゴリズムを用いて4体相互作用の項を取り扱う方法を示し、さらにJ/Q=0でのVBS状態にっいて調べた。このVBS状態は、格子のZ4対称性が破れた相であるとの予想があったが、ダイマーの秩序変数のヒストグラムをとると、下図のように系が見掛け上U(1)対称性を持っているかのように見える。もし本当にZ4対称性の破れる転移が起きているなら、これは離散的な対称性の破れでるから有限温度で相転移が起こりうる。そこでこの系の有限温度での系の振る舞いを調べ、相転移温度を決めた。また有限サイズスケーリングにより臨界指数の値を求めて転移のユニバーサリティークラスを調べた。結果得られた臨界指数はv=0.68(1)及びη=0.55(2)であった。これは、予想される乙対称性の破れる転移温度のユニバーサリティーのものとはことなる値である。

本研究は、このように最近注目を集めている2つ系についてより効率のよいアルゴリズムを提案し、量子モンテカルロ法によるシミュレーションを行ったものである。その結果、Ni系化合物については交換相互作用の強さを見積もることが出来、さらにまたVBS相などの今までに無い特徴を持った相を調べることが出来た。

図1:シミュレーションによって得られた相図と実験結果との比較。相境界の低磁揚側と高磁場側での非対称な形を含めて実験とよく一致している。

図2:J/Dvs.Tc/Jの相図。図の直線はlog補正項を含めて、破線はlog補正項を含めずにフィッティングしたもの。挿入図は挿図の全体像である。また(D/J) c=10.0019(2)である。

図3:ダイマー秩序のヒストグラムP(Dx、,Dy)。左側がβ=10、右側がβ=20である。Z4対称性の破れたVBS状態であれば、ヒストグラムの形は丸くならずに、4つのピークが現れると予想される。β=10ではダイマー秩序は出ておらず、β=10~20の問にVBS相への有限温度転移があることがわかる。

図4:ダイマー相関の比の有限サイズスケーリング。得られた結果はTc=0.065v=0.68(1)であり、図はこの値を用いてプロットしたもの。全ての五で同一曲線上に乗っている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は4章からなる。第1章は、序論であり、本研究で展開される量子モンテカルロ法の研究背景、および今回の研究で用いられる向き付きループアルゴリズムが説明されている。第2章は、容易軸異方性があるハイゼンベルクモデルの磁場中相転移に関する量子モンテカルロ法による研究が述べられている。

まず、本研究の動機となったスピンギャップをもつ低次元量子スピン系においてギャップが磁場で壊される場合に生じる横方向の磁化の秩序化に関する磁場誘起相転移に関するマグノンのボーズ・アインシュタイン凝縮に関する紹介と、関連する実験が紹介されている。そして、この問題に量子モンテカルロ法を適応する場合に状態更新を効率よく行うためにいくつかのアルゴリズムを比較し、状態更新に用いるワームと呼ばれる更新点の運動に関する効率のよいアルゴリズムを見いだしている。この方法を用いて、対象をモデル化した3次元の容易面異方性をもつS=1ハイゼンベルクモデルの相転移を調べ、相転移が3次元XYモデルと同じユニバーサリィティクラスに属していることを確認し、さらに磁化過程を調べ、対応する実験の値を再現することに成功している。さらに、圧力依存性に関連すると考えられるパラメター依存性についても明らかにし、臨界温度のパラメター依存性における対数補正についても議論している。

第4章は、4体相互作用があるハイゼンベルクモデルに関する量子モンテカルロ法による研究が述べられている。2次元反強磁性ハイゼンベルクモデルにおいて多体のスピン相互作用が加わった場合に、二体力が有効な場合でネール状態と4体相互作用がある場合のVBS状態の間の相転移は、対称性が異なるため、通常のLandau-Ginzburg-Wilsonの現象論的描像では一次相転移が予想されるのに対し、非閉じこめ臨界現象と呼ばれる二次相転移が予想されている。

この問題に関しては、いくつかの先行研究があるが、扱ったサイズが小さいなどのこともあって、詳しい性質が知られていなかった。特に、正方格子上ではシングレットボンド、あるいは4体シングレット状態が四重に縮退し、それらの分布が重要な役割をする。本論文では、4体相互作用がある場合に、量子モンテカルロ法の技法の一つであるループアルゴリズムを工夫し、効率の良い計算方法を考案している。そして、これまでに調べられているより2倍大きな系での計算を可能にした。それによって、この系の秩序変数であるダイマー秩序のヒストグラムを丁寧に調べた。その結果、秩序変数の空間的な性質から4つの離散的な値を取ると考えられるのに対し、得られたヒストグラムは連続的な分布を示し、この系の新しい側面が明らかになった。秩序変数の相関関数のサイズ依存性からは、長距離秩序の存在を示唆するような結果が得られているがその場合に考えられる転移点での相関関数の緩和のべき指数が通常の場合に予想されるものとは大きく異なり、この系の相転移の異常さが示された。また、秩序変数がヒストグラムから示唆されるように、連続的な対称性を持つ場合には、ゆらぎの赤外発散によって自発的な対称性の破れが起きないいわゆるコスタリッツ・サウレス転移が起きると考えられるが、そのような兆候は見つかっていない。このように、相転移に関しては断定的な結論は得られていないが、これらの議論は今回の新しいアルゴリズムによって詳しいデータが得られたことで、このような新しいタイプの相転移の可能性が議論できるようになった。

その意味で、本研究の計算物理学での成果は評価に値するものと考える。

第4章は、全体のまとめに当てられている。

なお、第2章はCristian Batista・川島直輝、第3章は川島直輝・原田建自との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究推進したものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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