No | 123270 | |
著者(漢字) | 長井,稔 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナガイ,ミノル | |
標題(和) | 超対称標準模型におけるフレーバーの破れを起源とした電気双極子能率 | |
標題(洋) | Flavored Electric Dipole Moments in Supersymmetric Standard Models | |
報告番号 | 123270 | |
報告番号 | 甲23270 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5151号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | CP不変性は最も基本的な対称性の一つであり、素粒子標準模型の成立過程においても重要な役割を与えた。CPの破れは中性K中間子の崩壊過程により発見されたが、その発見が契機となってCPの破れをCKM行列で説明することが考えられ、標準模型の三世代目が予言される事となった。これは加速器実験での第三代目の粒子の発見より先んじるもので、フレーバーの物理の重要さを示す一つの例となっている。現在のところ、Bファクトリーにおいて盛んにB中間子のCPを破る崩壊過程が調べられているが、それは全てCKM行列によるCPの破れの描像を支持するものであり、三世代構造を持つ標準模型が確立された。しかし、これは新しい物理を探すという観点からすると、新しい物理の兆候を探るのが非常に難しい状況になっていると言える。 しかしそれでもなお、何らかのCPの破れが高エネルギーにあることが期待されている。というのも、われわれの宇宙のバリオンと反バリオンの非対称性を説明するには、インフレーション後にその非対称性を作る必要があり、そのための条件の一つとしてCPの破れが必須となるからである。 従って新しい物理があったときに、そのCPの破れを如何に探ることができるかが問題となり、そのときに電気双極子能率(EDM)が非常に役に立つことになる。粒子のEDMは、電場をかけた際にスピンとの相互作用によってどれだけエネルギーが変化するかで定義される物理量であり、空間反転P、並びに時間反転Tの対称性を破る量である。これはCPT対称性の成り立つ場の理論では、PおよびCPを破る項で表される。標準模型においてもCPを破る位相がCKM行列に存在するため有限のEDMが生じうる。しかしその寄与は非常に小さくなることが知られており、現在の観測からの制限を大幅に下回るものとなる。一方で、新しい物理にCPの破れがあった場合では、一般には大きなEDMが予言されてしまう。従ってEDMの観測は新しい物理にあるCPの破れを探るよい道具となるのである。 理論的な観点からは、新しい物理がTeVスケールに現れると期待されている。標準模型にはヒッグスの質量の軽さを保証する機構はなく、標準模型が高いカットオフスケールまで適用できるとしたら、ヒッグスの質量とカットオフスケールとの階層性が問題となる。従って標準模型はTeVスケール以下を説明する有効理論であり、それにつながる理論がTeVスケールにあると考えられている。そうした新しい物理として最も期待されるものとして、超対称標準模型が挙げられる。超対称標準模型ではボゾンとフェルミオンを入れ替える超対称性により、フェルミオンのカイラル対称性がボゾンにも引き継がれ、ボゾンが二次で発散をする大きな質量補正を受けないことが保証される。また標準模型を最小に拡張した最小超対称標準模型(MSSM)では、高エネルギースケールで3つのゲージ結合定数が一致する。このことは、超対称性模型では階層性の問題が無いため高いカットオフスケールを取れる事と相成り、超対称性大統一模型(SUSY GUT)の枠組みが非常に好ましい状況となっている。 そこで、こうした超対称性模型、特にMSSMにおけるCPを破る位相がどのような状況にあるのかが問題となる。MSSMにおいてはCPを破る位相はフレーバーを保存する量とフレーバーを破る項の両方に現れる。前者にはゲージーノの質量項やヒッグスの二点結合や三点結合が含まれるが、超対称性粒子が1TeV 以下の質量を持つとしたら、EDM実験からの制限を回避するためにはこれらのCPを破る位相は非常に小さくなければならない事が知られている。このことは、これらの項の位相を抑制する機構が存在する必要がある事を意味し、超対称性模型の模型構築の際に回避しなければならない問題の1つとなっている。一方、フレーバーを破る項、つまりスクォークやスレプトンの質量行列の非対角項はフレーバーを破る過程の観測量にかかると同時に、やはりEDMから制限を受ける事となる。 私の論文では、この超対称性模型のフレーバーを破る項を如何にしてEDMを用いて探ることができるかを主眼において、フレーバーの破れから生じるEDMの詳細な計算を行った。この目的のため、最初にMSSMに現れるCPを破る位相を基底の変換で不変となるような不変量を用いて表すことで関係する位相の分類を行った。これにより、関係する位相がどのようにEDMに効いてくるのかを見通しよく議論することが可能となった。更に私は1ループダイアグラムで効いてくる1次の寄与だけでなく、更に高次のループの寄与を系統的に取り入れる事に成功した。 これらの高次の寄与は先行研究においては無視されてきたが、特にダウンクォークのEDMにおいて、実際は1次の寄与を容易に上回る事ができる程の大きな寄与となることがわかった。最終的にEDMに効いてくるダイアグラムは、1次の寄与から存在するグルイーノの寄与に加えて、電荷を持ったヒッグシーノとヒッグス粒子の3種であり、これらの寄与のMSSMのパラメータに対する依存性をまとめた。 最後に、具体的な模型としてニュートリノを導入した超対称性大統一模型を具体例として、それぞれの寄与がどのように影響しあうかを議論した。このときに例として取り上げた高エネルギーで超対称性を破る模型においては、グルイーノと電荷を持つヒッグスの寄与は常に加算しあう関係にあるが、電荷を持つヒッグシーノの寄与はその質量項の符号の正負によって、加算される場合と大きなキャンセルが現れる場合とがある事を示した。 | |
審査要旨 | 本論文は5章からなる。第1章は、イントロダクションであり、本論文の目的となっているCP対称性の破れの歴史的背景およびそれを研究する動機について書かれている。第2章は、電気双極子能率とCP対称性の破れの関係を説明した上で、現在の実験からの制限および将来の実験計画を紹介している。第3章は、超対称標準模型におけるCP対称性の破れのレビューである。ここでフレーバーを変えないCPの破れに関しては、現在の実験結果から既に、極めて強い制限が得られていることを説明し、その制限を詳しくまとめている。 第4章は、本論文の主要部分である。この章で、まず、フレーバーの破れを起源とするCP対称性の破れによる電気双極子能率のリーディングオーダーの計算を紹介している。これはOne-loopの計算に基づく。その後に、高次loopによるサブリーディングの計算を実行してその結果をまとめている。その結果、理論のパラメーター領域の特定の領域ではサブリーディングオーダーの寄与がリーディングオーダーの寄与と同程度かまたはそれ以上になることを指摘している。 このように、サブリーディングオーダーの計算を正しく実行したのは、世界でも初めてのことである。また、上記の結果は、CPの破れを通じてフレーバー構造を研究する上で極めて重要な研究成果と考えられる。第5章は、結論と議論にあてられている。 なお、本論文第4章は、久野純一とParide Paradisiとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって計算を完成したもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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