学位論文要旨



No 123271
著者(漢字) 成田,憲保
著者(英字)
著者(カナ) ナリタ,ノリオ
標題(和) 分光観測に基づいたトランジット惑星系の研究
標題(洋) Spectroscopic Studies of Transiting Planetary Systems
報告番号 123271
報告番号 甲23271
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5152号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中川,貴雄
 東京大学 教授 牧島,一夫
 東京大学 教授 山本,智
 東京工業大学 教授 井田,茂
 国立天文台 准教授 小久保,英一郎
内容要旨 要旨を表示する

2007 年12 月までに、太陽系外惑星は既に250 個以上が発見されている。しかし、これまでに発見された太陽系外惑星系には、まだ太陽系の惑星に似た軌道要素・質量の惑星はほとんどない。むしろ木星のような巨大惑星であるにもかかわらず公転周期がたった数日しかない惑星(ホットジュピター)や、大きな離心率を持った惑星(エキセントリックプラネット) が多く存在している。こうした観測事実から、宇宙に存在する惑星系の多様性が次第に明らかとなってきた。それでは、この多様な太陽系外惑星はどのようにして生まれ、どのような環境にあるのだろうか? 本研究の目的は、これらの根本的な疑問に対する答えを、観測によって探ることである。

太陽系外惑星系の中でも、特に惑星の公転軌道が我々から見て恒星の前面を通過する(食を起こす)ような惑星系をトランジット惑星系と呼ぶ。このような惑星系では惑星のトランジットを測光観測することで、惑星の大きさや軌道傾斜角など他の観測では得られない多くの情報を得ることができ、より詳細に惑星の性質を知ることができる。さらに、トランジット中のわずかなスペクトルの変化を分光観測することで惑星についてさらなる情報を得ることが可能である。そこで我々は、このトランジット惑星系をターゲットとして、すばる望遠鏡の高分散分光器HDS を用いて、2 つの分光観測に基づいた研究を行った。

1 つめの研究は「Transmission Spectroscopy」、すなわちトランジット惑星の大気吸収探索である。この観測の原理は図1 のように説明できる。まず恒星の放つ光が一定であり、惑星の放つ光が無視できるとする。すると惑星がトランジットしていない時には恒星の光がそのまま観測できるが、惑星がトランジットしている時には惑星が恒星の一部を隠すため全体的に減光する。さらに恒星の光が惑星の外層大気(光学的厚みが小さい領域) を透過してくることから、外層大気中の物質による追加吸収が起こる。これにより、トランジットの中と外のスペクトルを比較することで、トランジット惑星の大気吸収を探し、十分な精度があれば大気の組成などを調べることが可能となる。

2000 年に最初のトランジット惑星HD 209458b(V 等級-7.7 等) が発見されてすぐ、惑星大気モデルの研究者らはナトリウム・カリウムなどのアルカリ金属の吸収線で-0.15%以上の追加吸収が期待できることを発表した(Seager & Sasselov 2000, Brown 2001 など)。そして、その後行われたハッブル宇宙望遠鏡の観測では、HD 209458 のナトリウム線(5893 ± 6A) において、0.0232% ± 0.0057%の追加吸収が確認された(Charbonneau et al. 2002)。

そこで我々はこの結果を追試することを目指して、すばる望遠鏡HDS で初めてのトランジット観測を行った。本研究では非常に小さなスペクトルの変化をとらえるため、我々は温度変化や望遠鏡の向きなどの変化によるHDS の応答の変動を経験的に補正する解析方法を開発し、取得したデータに対して大気吸収探索を行った。この結果、我々は惑星の大気吸収を検出することはできなかったが、5893± 6°A の領域で、大気吸収は0.12%以下(3σ) という制限を得た。この制限は、1 晩の地上観測で得られたものとしては最も強い制限であり、また初期に提案された大気モデルが予言した大気吸収を検出するのに足る精度を達成することができた。

2 つめの研究はトランジット惑星系に見られる「Rossiter-McLaughlin 効果」(以下、ロシター効果)の測定である。ロシター効果は、惑星がトランジット中に、惑星が徐々に移動しながら恒星の自転速度成分を隠してしまうことによって、見かけ上、恒星が近づいたり遠ざかったりして観測される効果である(図2)。このロシター効果による視線速度のずれは、恒星の自転軸と惑星の公転軸のなす角度λ(図3) などのパラメータを用いて記述することができる(Ohta, Taruya, & Suto 2005)。

ところで、現在の標準的な惑星形成理論では、惑星は原始星をとりまく原始惑星系円盤の中で形成されると考えられている。しかしホットジュピターについては、最初にコアが誕生した(原始星から離れた) 場所から現在の軌道へどのように進化してきたのか、まだ完全には明らかになっていない。例えば、原始惑星系円盤と惑星の相互作用を考えるモデルでは、最終的な惑星の軌道長半径の分布はおおまかに説明できる(Ida & Lin 2004 など) ものの、離心率の分布を再現することはできていない。一方、巨大惑星同士の重力散乱や遠く離れた伴星からの摂動を考えるモデルでは大きな離心率を生み出すことはできるものの、これらのモデルを強く支持する観測的証拠はまだ得られていない。

そこで登場するのが、ロシター効果の観測量λ である。すなわち、円盤との相互作用による軌道進化モデルではλ は小さくなることが予想されるが、他の惑星や伴星との相互作用によるモデルではある程度の割合で惑星が大きなλ を持つことが理論的に予言されている。そのためλ という量は惑星の進化の過程を反映しており、特にホットジュピターがどのように形成されたのかについて知る手がかりを与えてくれる。

我々は2004 年に発見された暗い(V 等級-11.8 等) トランジット惑星系TrES-1 のロシター効果の検出を目指して、2006 年にすばる望遠鏡とMAGNUM望遠鏡を用いた同時分光測光観測を行った。その結果、我々はTrES-1 のロシター効果の検出に成功するとともに、この系のλ に対してλ = 30 ±21という制限をつけた。この制限から、我々はこの系で惑星が順行して公転していることを確認した。これは世界で3 例目のロシター効果の検出およびλ への制限であったが、TrES-1 はそれまでに観測がなされていた2 つの惑星系(V 等級-7.7 等) に比べ著しく暗く、約2%の明るさしかない。つまり本研究は、V 等級が-12 等の暗いトランジット惑星系でもロシター効果の測定が可能であることを示した初めての結果となった。

近年トランジットを利用した太陽系外惑星探しは世界中で活発になってきている。今後は地上および宇宙からの観測でより多くのトランジット惑星系が発見されるだろう。本博士論文で行った「Transmission Spectroscopy」と「ロシター効果の測定」という2 つの分光観測によるトランジット惑星系の研究は、今後の新たなターゲットに対しても方法論を適用していくことが可能である。将来より多くのターゲットに対してこれらの研究を継続していくことで、太陽系外惑星はどのようにして生まれ、どのような環境にあるのかという疑問に対し、より明確な答えを得ることができるだろう。

図1: Transmission Spectroscopy の概念図

図2: Rossiter-McLaughlin 効果の概念図

図3: 恒星の自転軸と惑星の公転軸のなす角度λ の概念図

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、太陽系外の惑星の研究において、トランジット惑星系(惑星の公転軌道面が我々から恒星へ視線とほぼ一致し、惑星による主星の食が起こる系)を対象とした方法を2つ研究し、今まで行われてきた研究よりも多くの惑星系にまで、これらの手法が適用可能であることを実証したものである。

本論文は6章から構成される。

まず、1章において、研究の動機が紹介されている。

続いて2章において、系外惑星系研究の様々な方法のレビューが行われている。本論文では、そのうちの2つの方法を用いる。一つは"Transmission Spectroscopy"すなわちトランジット中のスペクトルのわずかな変化から惑星大気の組成を探る方法である。もう一つの方法は、"Rossiter-McLaughlin 効果"(以下、ロシター効果)、すなわち自転する主星の前を惑星が通過する際に、主星のみかけの視線速度が変化する効果を用いる方法であり、恒星の自転軸と惑星の公転軸のなす角度λを決めることができる。

続く3章と4章において、本論文における実際の観測研究の議論を行っている。

まず3章において、 Transmission Spectroscopy の研究が議論されている。惑星大気モデルの研究者らは、トランジット惑星系において、惑星大気中のナトリウム・カリウムなどのアルカリ金属の吸収線で-0.15%以上の追加吸収が期待できることを予言していた。しかしその後行われたハッブル宇宙望遠鏡の観測では、トランジット惑星系HD 209458 のナトリウム線において、惑星大気による追加吸収は観測されたものの、その値は0.0232% ± 0.0057%とモデル大気の予測よりもはるかに小さなものであった。そこで本論文では、この結果を追試・検証することを目指して、すばる望遠鏡HDS でHD 209458の Transmission Spectroscopyの観測を行った。この結果、惑星大気中のナトリウムによる追加吸収は0.12%以下(3σ) という制限を得た。この制限は、1晩の地上観測で得られたものとしては最も強い制限であると同時に、先のハッブル宇宙望遠鏡の結果とも一致する。

続いて、4章において、ロシター効果の測定が議論されている。今までにもロシター効果は系外惑星系において測定例はあるが、これらは主星が明るい(V 等級-7.7 等)2例のみである。そこで、観測対象を増やすため、本研究では、主星がやや暗い (V 等級-11.8 等) トランジット惑星系TrES-1 のロシター効果の検出を目指した。2006 年にすばる望遠鏡とMAGNUM望遠鏡を用いた同時分光測光観測を行った。その結果、TrES-1 のロシター効果の検出に成功するとともに、この系のλ に対してλ = 30 ±21という制限をつけた。この制限から、この系では惑星が順行して公転していることが確認された。

これらの結果を受け、第5章において観測結果の意味を議論している。まず、Transmission Spectroscopy については、得られた追加吸収の量が、初期のモデル計算で予言されていた値よりも少ないことが明らかになり、惑星大気モデルの再考を促す結果となっている。特に本研究では、現存の地上望遠鏡でも、Transmission Spectroscopy 研究が可能であることを実証した意義が大きい。続いて、ロシター効果の結果では、恒星の自転軸と惑星の公転軸のなす角度λが小さいことが分かった。現在の標準的な惑星形成理論では、主星の近くに発見される巨大な系外惑星(いわゆるホットジュピター)は主星から離れた場所で誕生し、そこから主星近傍の軌道へ移動してきたと考えられている。移動には、2つのメカニズムが考えられるが、それぞれ異なるλ 分布を予言している。今回の測定もふくめても、λの測定例は数が少なく、未だ両モデルの決着をつけるにはいたっていない。ただし、本研究において、主星がやや暗い(V 等級-12 等)暗いトランジット惑星系でもロシター効果の測定が可能であることが初めて示された。このことの意義は大きく、本研究に基づき、今後、多くのトランジット惑星系においてロシター効果が測定され、ホットジュピターの成因に迫れるものと期待される。

最後に6章において、全体のまとめを行っている。

このように、本研究では、トランジット惑星系の研究に対して、ターゲットの数を飛躍的に増やしていく方法論を提示し、それを実証したものであり、系外惑星系研究に新たな道を開いたものとして、高い価値を持っている。

なお、本論文は多くの研究者との共同研究であるが、論文提出者が主体となって、観測の提案、観測の実行、データの解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(論文)の学位を授与できるものと認める。

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