学位論文要旨



No 123274
著者(漢字) 藤巻,洋介
著者(英字)
著者(カナ) フジマキ,ヨウスケ
標題(和) 梯子型銅酸化物における電荷秩序の光学スペクトルによる研究
標題(洋) Charge Ordering in the Hole-Doped Spin-Ladder Cuprate Studied by Optical Spectra
報告番号 123274
報告番号 甲23274
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5155号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤森,淳
 東京大学 教授 滝川,仁
 東京大学 教授 宮下,精二
 東京大学 准教授 溝川,貴司
 東京大学 准教授 上床,美也
内容要旨 要旨を表示する

近年、低次元モットーハバード絶縁体にホールがドープされたときの競合秩序についての研究が活発に行われている。二本脚梯子Cu2O3と一次元鎖CuO2が積層した構造をしている物質Sr(14)-CaxCu(24)O(41)は、銅酸化物としては二次元CuO2面を持っていない唯一の超伝導体である[1]。このことから、超伝導や、それと競合していると考えられている電荷秩序について多くの研究がなされている[2]。理論的には、二本脚梯子にドープされたホールはペアを形成しており、このため、スピンの励起にはギャップが開いていると考えられている[3]。スピンギャップの存在は、NMR[4]や中性子散乱[5]などにより確認されている。また、電荷秩序が形成されていることを示唆している実験結果も数多く存在している[6-9]。

しかし、Sr(14-x)CaxCu(24)O(41)の性質に関するこれまでの実験結果は、いくつかの点で意見が一致していない。まず一つ目として、梯子にドープされたホールがペアとなっているか否かについて意見が一致していない。二つ目は、梯子にドープされたホールの量の見積もりに関する議論である。Sr(14-x)CaxCu(24)O(41)は梯子と鎖の二つの構造を持っており、それぞれにホールがドープされると考えられている。Ca置換量xを増大させるにつれて、鎖にドープされていたホールが梯子へと移動することにより梯子のドープ量が増大するという点に関しては定性的には意見が一致している。しかし、定量的にはそれぞれの実験結果によるホールドープ量の見積もりは全く一致していない。三つ目は、どのような電荷秩序が形成されているか、また、電荷秩序が形成されているxの領域について意見の相違が存在している。

本研究では、Ca置換量xを系統的に変化させたときの光学伝導度スペクトルの結果から、以上に述べた疑問点について明らかにすることを目的としている。

実験

Traveling Solvent Floating Zone(TSFZ)法を用いて酸素高圧化(3-15気圧)で育成したSr(14-x)CaxCu(24)O(41)の単結晶試料を測定に使用した。反射率の測定は、低エネルギー領域(~0.4eV以下)はFourier Transform InfraRed spectrometer(FT-IR)を用いて行い、高エネルギー側(~0.4eV以下)は回折格子型分光器を用いて行った。

結果・考察

Sr(14-x)CaxCu(24)O(41)(x=0、7、12)の光学伝導度スペクトルを図1、図2に示す。Ca置換量を変化させたときに光学伝導度スペクトルが大きく変化していることがわかる。室温における梯子方向のスペクトル(E//c)を見ると、Ca置換量xを大きくするとともに、梯子にドープされたホールによる低エネルギー領域の吸収の振動子強度が増大しており、梯子のドープ量が大きくなっていることがわかる。

まず、c軸光学伝導度スペクトルのCa置換による変化について考える。x=0の光学伝導度スペクトルは、温度の低下とともに低エネルギーの振動子強度が減少し高エネルギー側へ移動している。また、2eV付近の吸収ピークが低温で発達している。2eVのピークは梯子の脚上の酸素O(leg) 2p軌道からCu 3d軌道への電荷移動励起によるものであり、これが低温で発達していることはO(leg) 2p軌道にドープされているホールの数が減少していることを意味している。一方、低エネルギーから高エネルギーへの振動子強度の移動は2eVの吸収ピークの手前で閉じているように見える。振動子強度の総和側を考えると、2eVの吸収ピークの増大は梯子のドープ量の減少によるものではないことが示唆される。以上のことを考え合わせると、x=0においては梯子にドープされたホールは低温で横木上の酸素O(rung) 2p軌道に局在していることが示唆される。O(rung)は二つのCu(2+)に囲まれているので、三つのCu(2+)に囲まれているOlegよりもホールが入りやすくなっているためであると考えられる。

xを大きくしていくと、低温でも低エネルギー領域の振動子強度が有限の値を持っており、また、2eVの吸収ピークがそれほど発達していないことから、ホールのO(rung)への局在が解けている(または解けつつある)ことがわかる。xの最も大きい組成x=12においては、低温で低エネルギーの振動子強度が増大するようなDrude的な成分が存在している。

x=0の梯子に垂直な(E//a)光学伝導度は、低温で低エネルギー領域にほとんど振動子強度を持っていない。x=7、12とCa置換量を増やしていくと、低温でも低エネルギーに吸収が残っている所x=12のスペクトルには、0.1eV程度のギャップが開いていることがわかる。また、x=7のスペクトルにも0.1eV程度のギャップが開きつつあるように見える。しかし、x=7のスペクトルはx=12のものと比べて、ギャップの内側の光学伝導度が上に凸になっており、ギャップの内側に状態が残っているように見える。x=7のスペクトルの方がx=12よりもフォノンの吸収ピークがなだらかであることからも、ギャップ内に状態が存在していることがわかる。a軸光学伝導度スペクトルに観測される0.1eV程度のギャップは、梯子にドープされたホールがペアとなっていることを示していると考えられている[10]。ホールペアのままでは隣の梯子に飛び移ることが出来ないために、エネルギーを与えてペアを壊さないとa軸方向の伝導に寄与できないからである。

以上をまとめると、梯子にドープされたホールの状態は、Ca置換量が小さいときはO(rung)に局在していることが予想される。Ca置換するにつれて局在が解けていき、Ca置換量が大きいところ(ホールドープ量が十分に大きいところ)ではホールペアを形成している、というようにホールの状態が連続的に変化していると考えられる。

c軸光学伝導度の低エネルギー領域の吸収は梯子にドープされたホールによるものと考えられる。低エネルギーの振動子強度が梯子にドープされたホールの量に比例していると仮定し、梯子のドープ量を様々なCa置換量xについて見積もった。ここで、ドープ量の基準としてx=12におけるドープ量がladder=0.166と仮定した。この仮定は、共鳴X線散乱により報告されている電荷秩序の周期λ=3Cladder[9]に基づいている。このときの、電荷秩序のパターンを図示したのが図3である。以上二つの仮定を用いて見積もったSr14-xCaxCu24O41の梯子のドープ量を示したのが図4である。

x=0における梯子のドープ量はnladder〓0.05と見積もられる。x=0において、梯子にドープされたホールがOrungに局在していることを合わせて考えると、x=0における電荷秩序は図3に示したような秩序であると予想される。これは、x=0において共鳴X線散乱実験で観測されている電荷秩序の周期λ=5cldder,と一致している。

まとめ

本研究では、Sr14-xCaxCu24O41の光学伝導度スペクトルの系統的な測定により、梯子にドープされたホールがどのような状態になっているかを明らかにした。また、梯子のドープ量のCa置換量xによる変化を見積もり、予想される電荷秩序のパターンを明らかにした。

[1] M. Uehara et al, J. Phys. Soc. Jpn. 65, 2764(1996).[2] T. Vuletic et al, Phys. Rep. 428, 169(2006).[3] E. Dagotto, Rep. Prog Phys. 62, 1525(1999).[4] K. Kumagai et al, Phys. Rev. Lett. 78, 1992(1997).[5] R. S. Eccleston et al.,Phys. Rev. Lett. 81, 1702(1998).[6] G. Blumberga et al, Science 297, 584(2002).[7] H. Kitano at al, Europhys. Lett. 56, 434(2001).[8] P. Abbamollte et al, Nature 431, 1078(2004).[9] A. Rusydi et al, Phys. Rev. Lett. 97, 016403(2006).[10] T. Osafune et al, Phys. Rev、 Lett. 82, 1313(1999).

図1:Sr(14-x)CaxCu(24)O(41)のc軸光学伝導度スペクトル

図2:Sr(14-x)CaxCu(24)O(41)のa軸光学伝導度スペクトル

図3:Sr(14-x)CaxCu(24)O(41)のx=0(左)およびx〜11(右)において予想される電荷秩序

図4:光学伝導度スペクトルから見積もったSr14-xCamCu24O41の梯子のドープ量

審査要旨 要旨を表示する

2次元的結晶構造を持つ銅酸化物における高温超伝導の発見以来,低次元結晶構造を持つ銅酸化物の研究が盛んに行われてきた.なかでも1次元鎖が複数本平行に繋がった梯子型構造を持つ銅酸化物が発見され,多くの研究が積み重ねられてきた.とくに,S=1/2の局在スピンが2本脚梯子型に並んで反強磁性的に結合する場合に,スピン1重項が形成されスピンギャップが見られること,ホールをドープすると超伝導が出現することが理論的に予言され,注目されてきた.実際,ホールをドープした梯子型銅酸化物Sr14-xCaxCu24O41が高圧力下で超伝導を示すことが発見され,理論との関連,次元性,同じ物質で見られる電荷秩序などSr14-xCaxCu24O41に関して活発な研究が行われている.また,Sr14-xCaxCu24O41は2本脚梯子層と鎖層が交互に積層した構造を持ち,梯子へのホールドープは梯子層と鎖層の間の電荷移動によっているが,最も基本的な量である梯子のホールドープ量,ドープされたホールの入る軌道や電荷秩序のパターンについて一致した見解がない.本論文では,光学スペクトルの系統的な偏光・組成・温度依存性の測定と解析により,梯子にドープされたホール量とドープされたホールの入る軌道,電荷秩序のパターンについて調べている.

本論文は6章からなる.第1章では,まず本研究の背景と本研究の目的について簡潔に述べている.第2章では,本研究の背景をより詳しく説明するために,梯子型銅酸化物の理論的背景,Sr14-xCaxCu24O41の構造と物性について,磁性・輸送現象・核磁気共鳴・中性子散乱などの結果を網羅的に紹介している.とくに,本論文に直接関係のある光学スペクトルの先行研究,共鳴軟X線散乱,軟X線吸収,核磁気共鳴による梯子へのホールドープ量の見積もりと提案されたてきた電荷秩序パターンのモデルについて詳しく述べている.続く第3章で,本研究で用いたSr14-xCaxCu24O41試料の作製と光学スペクトルの測定方法,解析方法について述べている.

第4章とそれに続く第5章では,実験結果とその解析・考察が述べられており,本論文の中核をなしている.従来の梯子のホールドープ量の見積もりは文献によって大きく異なっていたが,その原因の一つとして,ホールドープ量の少ない組成の測定結果を基準としたためにホールドープ量の多い組成で誤差が積み重なったものと考え,本論文ではもっともホールドープ量の大きい組成を基準とし,光学スペクトルの低エネルギースペクトル強度がホールドープ量に比例することを利用し精度の高い見積もりを行っている.この結果と,最近の共鳴軟X線散乱で決定された電荷秩序の周期を併せて,全ての実験結果と矛盾しない電荷秩序パターンを提唱している.また,ホールドープ量が少ない組成において,温度に依存して起こる特徴的なスペクトル強度の移動を見出し,この組成におけるホールが,理論的研究で前提とされ一般に信じられてきたZhang-Rice一重項ではなく,横木の酸素に入り局在することを提唱している.梯子に垂直な偏光による光学スペクトルも測定し.この局在したホールがドープ量の増加とともに非局在化しペアをつくることも示している.

最後の第6章で,本論文の結論をまとめ,今後の課題について述べている.

以上のように本論文は,作製から測定結果の解釈まで難しい物質であるSr14-xCaxCu24O41と対象とし,ホールドープ量の少ない組成を含む広い組成範囲に測定対象を広げ,測定に用いた光のエネルギー範囲も従来に比べて広げ,多くの新しい情報を実験的に初めて得ることによって,従来の矛盾を解消した新しいモデルの提唱をおこなった点で高く評価された.

なお,本論文の一部は,内田慎一氏,小嶋健児氏,中島正道氏との共同研究であるが,論文提出者が主体となって実験,解析,考察を行なったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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