学位論文要旨



No 123275
著者(漢字) 前沢,祐
著者(英字)
著者(カナ) マエザワ,ユウ
標題(和) 格子QCDシミュレーションによるクォーク・グルーオン・プラズマ中のポリヤコフ・ループ相関の研究
標題(洋) Polyakov loop correlations in quark-gluon plasma from lattice QCD simulations
報告番号 123275
報告番号 甲23275
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5156号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松井,哲男
 東京大学 講師 小沢,恭一郎
 東京大学 講師 平野,哲文
 東京大学 教授 大塚,孝治
 東京大学 准教授 森松,治
内容要旨 要旨を表示する

Thermal properties of the quark-gluon plasma are studied from the Polyakov-loop correlations in two-flavor QCD simulations with the RG-improved gluon action and the clover-improved Wilson quark action on a 163×4 lattice. From the line of constant physics at mPS/mV = 0.65 and 0.80, we extract the heavy-quark free energies, the effective running coupling geff(T) and the Debye screening mass mD(T) for various color channels of heavy quark-quark and quark-antiquark pairs above the critical temperature. The free energies are well approximated by the screened Coulomb form with the appropriate Casimir factors at high temperature. The magnitude and the temperature dependence of the Debye mass are compared to those of the next-to-leading order thermal perturbation theory and to a phenomenological formula in terms of geff(T). We make a comparison between our results with the Wilson quark action and the previous results with the staggered quark action.

The magnetic and Debye screening masses are also calculated from correlations between the Polyakov-loop operators with restriction of symmetries under the Euclidean time reflection and the charge conjugation. The magnitude of the Debye mass turns out to be larger than that of the magnetic mass (mM), but smaller than twice of mD. This substantiates that the color-singlet channel of the heavy-quark free energy well describes the Debye screening properties. We also find that the screening ratio, mD /mM, shows a good agreement with a prediction from AdS/CFT correspondence.

We also calculate the Taylor expansion coefficients of the heavy-quark free energy with respect to the quark chemical potential (μq) up to the second order. By comparing the expansion coefficients of the free energies between quark and antiquark, and between quark and quark, we find a characteristic difference at finite μq due to the first order coefficient of the Taylor expansion.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は英文で書かれ、本文6章(section)と補遺4章(appendix)から構成されている。第1章は序論で、この研究の動機となる実験的背景である高エネルギー重イオン衝突実験の現状とそこで問題となる高温のクォーク・グルーオンプラズマの性質の強結合QCDに基づく計算方法としての格子ゲージ理論についての概観、そして論文の構成と残りの各章の簡単な要約が述べられている。第2章は有限温度のQCDの非摂動的性質を記述するための格子ゲージ理論の基礎事項についてレビューがおこなわれ、特に、クォークの動的な効果をとりいれる方法としてこの研究で採用したウィルソンの方法、数値計算の方法として採用したハイブリッド・モンテカルロ法、重いクォーク間のポテンシャルをポリヤコフ・ループ相関関数の数値計算から導出する方法などについて詳しく述べられている。第3章では、ポリヤコフ・ループ相関関数の数値シミュレーションから得られた有限温度でのクォーク間の静的な相互作用ポテンシャルの結果が、Q-Q の場合と、QQの場合について報告されている。このうちQ-Q 間のポテンシャルは、クォーク・グルーオンプラズマ中での重いクォークとその反粒子でできた中間子(クォーコニウム)の融解条件を与える重要な量であるが、単純なポリヤコフ・ループ相関関数には、Q-Q のカラー状態について1重項(singlet)と8重項(octet)とが混合しているため、それを分離して評価している。また同様にQQ(ダイクォーク)間の静的ポテンシャルについても、反3重項(anti-triplet)と6重項(sextet)について分離した計算結果を出している。第4章では、ポリヤコフ・ループ相関関数の時間反転と荷電共役にたいする対称性の性質を使って、クォーク・グルーオンプラズマ中での磁気的遮蔽質量を電気的な遮蔽質量と分離して測定する方法とその数値計算結果について述べられている。第5章は、有限バリオン密度におけるクォーク間ポテンシャルのモンテカルロ計算について、バリオン化学ポテンシャルが温度に比較して小さい場合について、新しい試みの報告をおこなっている。第6章は、この研究のまとめと今後に残された課題について述べられている。補遺のA 章では数値解析における誤差評価の方法について述べられ、B 章からD章にかけては、計算結果の補足と詳細が与えられている。

序論で述べられているように、現在、米国ブルックヘブン国立研究所で相対論的重イオンコライダー(RHIC)をもちいて行われている原子核衝突実験では、超高温のクォーク・グルーオンプラズマの生成のとその性質の解明が主な目標とされている。その際、実験結果からクォーク・グルーオンプラズマが生成されたことを判定するための重要な手がかりとして、プラズマ中での重いクォークと反粒子でできた系(クォーコニウム)の振る舞いが注目されてきた。この研究は、そのような重いクォーク間の相互作用ポテンシャルを格子ゲージ理論をつかって非摂動的に計算している。格子上でのポリヤコフ・ループの相関関数は、格子状にカラー電荷を置いたときの自由エネルギーの変化を与えることから、モンテカルロ法を用いてポリヤコフ・ループ相関関数を数値的に評価することからプラズマ中での重いクォーク間の相互作用ポテンシャルやその遮蔽効果を計算することができる。このような研究は、20年以上前から行われてきたが、この研究では、筑波大学の高速計算機をもちいて最新の計算技術を使って行い、またプラズマ中での磁気的遮蔽効果やダイクォーク相関、有限密度に置ける遮蔽効果の計算など新しい物理量の計算も試みている。

第3章で得られた計算結果で特に注目されるのは、高温クォーク・グルーオンプラズマ中でのQ-Q 間とQQ 間の4つの異なるカラーチャンネル(1重項、反3重項、6重項、8重項)の静的相互作用において、著者等が「カシミア・スケーリング」と呼ぶ、スケール則が成り立っていることを見いだしたことである。筆者等の計算結果によると、この4つの静的ポテンシャルはどれも湯川型の指数関数的遮蔽ポテンシャルでよく再現され、その遮蔽距離は高温でどのチャンネルでも計算誤差の範囲で同じ値となっている。またポテンシャルの強度と符号は、カラーの組み合わせの違いに依るカシミア演算子の値の差で説明できる。これはQCDの摂動計算から得られる結果に等しいが、この格子計算でえられた遮蔽質量の値は数値計算の約2倍となっているので、この点でまだ強結合の効果が重要であることを意味している。この論文では、この結果が実験結果にどのような意味を持つのか、あまり議論されていないが、この結果は重要な物理的意味をもつと思われる。

第4章で著者等は、これまで懸案であったプラズマ中での磁気遮蔽の非摂動計算を試みている。非可換ゲージ理論においてはゲージ場の間の非線形効果により、ゲージ場の空間成分の揺らぎに、通常のQEDプラズマでは存在しない、磁気的な遮蔽効果が現れることが期待されるが、それは摂動の高次で複雑な形であらわれ、非摂動的な評価が必要とされてきた。著者等は、ポリヤコフ・ループの時間反転と荷電共役変換にたいする対称性をつかって、磁気的な相互作用と電気的相互作用を分離して計算する方法を考案し、それぞれの遮蔽距離を計算している。その結果えられた磁気遮蔽質量は、転移点付近で電気遮蔽質量に比べて非常に小さく、高温領域ではこの差は小さくなっている。筆者は、高温領域でのこの比は、AdS/CFT対応をもちいて計算された強結合の超対称性ゲージ理論の有限温度での遮蔽質量と質量ギャップとの比に近いことに注目している。

これまで、有限バリオン密度における格子ゲージ理論の計算は、バリオン化学ポテンシャルμ の導入に依って作用が複素数になるため、モンテカルロ法による数値積分ができないという困難があった。筆者はこの問題をμ が小さいところでμ/T でテイラー展開しその係数を求めるという方法で回避し、μ が0でないところでの遮蔽質量の計算を行ってる。その結果は、摂動計算から得られる結果と定性的に一致し、同じ温度に置いて有限密度にすることで遮蔽効果は更に強くなるという結果が得られている。

著者等はこの計算方法を用いて、4次元からの∈ = 4 -d による展開で様々な物理量を計算している。その中で特に注目されるのは、3次元の「ユニタリー極限」でのフェリミ粒子系の一粒子当たりの平均エネルギーで、それと自由気体の一粒子平均エネルギーとの比は「ユニタリー極限」を特徴付ける普遍的な物理量の一つである。著者達は4次元からの展開と2次元からの展開を繋ぐ内挿公式をパデ公式によって求めている。その結果得られた3次元での値0.378±0.014 は、3次元のモンテカルロ法によって数値計算で得られた結果0.42 と近い値となっており、この計算法の有効性を示唆している。著者等はこれ以外に、準粒子スペクトル、粒子密度の異なる混合フェルミ気体の相図、有限温度のBEC 相転移前後での熱力学量の振る舞いなど、様々な物理量をこの∈展開法を用いて解析的に計算し興味ある結果を出している。

この論文でまとめられている一連の研究は筑波大学のフループと指導教員である初田教授との共同研究に基づいているが、本人の寄与が十分あり、博士号を授与するのに十分な内容であると審査員一致で判定した。

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