学位論文要旨



No 123280
著者(漢字) 矢幡,和浩
著者(英字)
著者(カナ) ヤハタ,カスイヒロ
標題(和) 銀河系ダスト減光地図と銀河個数密度
標題(洋) The relation of the Galactic extinction map to the surface number density of galaxies
報告番号 123280
報告番号 甲23280
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5161号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 安田,直樹
 東京大学 教授 牧島,一夫
 東京大学 教授 中川,貴雄
 東京大学 教授 佐藤,勝彦
 東京大学 教授 山本,智
内容要旨 要旨を表示する

銀河系ダスト減光とは、銀河系外から到来する光の強度が、銀河系内のダストによる吸収および散乱を受けて実際よりも暗くなる現象である。ダスト減光の度合いは光の波長に大きく依存し、近赤外~紫外の波長域で顕著に観測される。ダスト減光の強さを知らなければ、我々は銀河系外天体の本来の明るさや色などを知る事ができないため、銀河系ダスト減光の地図は銀河系外天体を扱う光赤外天文学にとって非常に重要なデータとなっている。

現在、最も広範囲に利用されているダスト減光地図は、1998年にSchlegel、Finkbeiner、Davisの3名(以下、SFDと表記)によって作られたものである。しかしながらこの地図は、ダスト減光を直接見積もったものではなく、ダストの遠赤外線での放射量から間接的に求められたものである。そのため、この地図の前提となっているいくつかの仮定が破れている場合には系統的な誤差が生じてしまう。過去の研究では、この地図は、分子雲内部およびその周辺のような減光の強い領域し4v>0.5mag、AvはVバンドでの減光量。)において、減光を過大評価しているとの報告がいくつかなされている。

本論文では、銀河系外の観測にとって重要な低減光領域におけるSFD減光地図の系統誤差の有無を、Sloan Digital Sky Survey(以下SDSSと表記)によって観測された~107個に及ぶ銀河データを用いてこれまでより高い精度で調べた。

我々はSDSSの観測領域をSFD減光地図での減光量、4SFDに応じて分割し、それぞれの領域においてSDSS銀河の個数面密度S(gal)を求め、これとSFD減光量との比較を行った。もしSFD地図が正しく減光を推定していれば、.ASFDが増加するにともない、5(gal)は減少していくはずである。また、減光を補正した上でS(gal)を計算したならば、S(gal)はASFDにはよらず、一定となる事が期待される。しかしながら、我々が得た結果は驚くべきもので

あった。rバンドでの減光が0.1magよりも強いところにおいては、おおよそ上に述べた期待通りであったが、減光が0.1magよりも弱い所においては、4SFDが小さくなるにつれてSg。1は増加するどころか減少していたのである(図1)。この事実は、4SFDに何らかの系統誤差があることを示している。

SFD減光の小さい領域においてSgalが少なくなる原因としては、SFD地図がそのような領域において減光量を過小評価していると考えるのが最も単純である。しかしながら、この単純な仮説が真である場合、遠赤外線の放射量と負の相関をもつダスト成分が大量に存在しなければならず、また、この仮説を元にした減光曲線の評価からは、これらのダストは分子雲に存在するよりも大きな粒子で構成されていなければならないという示唆が得られる。これらを物理的に正当化する事は難しい。

我々は、図1に見られたS(gal)とA(SFD)の正の相関の原因を探るため、まずSDSS測光クエーサーの個数面密度を調べた。その結果、クエーサーの個数面密度とA(SFD)との問には正の相関が見られなかった。次に我々は、遠赤外光と並んでダストのトレーサーである、中性水素(21cm線)の地図をSFD減光地図の代わりに用い、図1に示したものと同じ解析を行った。その結果、中性水素の強度とS(gal)との間にも図1にみられるような強い正の相関は見られなかった。

このように正の相関はSDSS銀河と.ASFDの間でのみ見られるものであった。この事から、SFD減光地図が持つ何らかの誤差はSDSS銀河と関係があるものである事が予想される。SFDらによる減光地図は、実際には遠赤外光の地図である。つまり見方を変えると、我々の解析は銀河個数面密度と減光量の相関というよりも、銀河個数面密度と遠赤外光の相関を調べたのだといえる。この事から我々は、低A(SFD)領域でのS(gal)とA(SFD)の間の正の相関は、銀河からの遠赤外光がダストからの光として減光地図に混入している事によって生じているという仮説を提案した。観測された遠赤外光は銀河系内ダストからの放射と銀河からの放射の和であり、.A(SFD)が小さい領域では、ダストからの寄与が小さく銀河からのそれが卓越しうる。そのような領域では、遠赤外光の銀河起源の成分と、その銀河の個数面密度の間に相関が見られる事は自然である。

この仮説を検証するため、我々はまず、「銀河は統計的に一様に分布しているが、銀河の分布と相関のある誤差がダスト減光地図に存在する」という状況の元で、観測された正の相関が再現されるかをシミュレーションを用いて調べた。シミュレーションの手順は以下の通りである。(1)SDSSの観測領域に仮想銀河をボアソン分布で一様にぼらまく。(2)、4SFDを真の減光だとして、仮想銀河の面密度に応じた"誤差"を、ASFDに加えた新たな減光Acの地図を作る。(3)仮想銀河の数を真の減光である.4SFDに基づいて減少させる。(4)SDSSの観測領域をAcの値によって分割し、それらの領域で仮想銀河の個数面密度とAの比較を行う。その結果、10(-3)magオーダーの誤差が減光地図に存在すれば観測結果を再現しうる事が判明した。

次に我々は、SDSS銀河が放射する遠赤外光を見積もり、これが10(-3)magオーダーの誤差を、ASFDにもたらすかどうかを検証した。SDSS銀河とIRASPSCzカタログの銀河から求めた、遠赤外光と可視光との光度比を用いると、SDSS銀河からの遠赤外光は確かに10(-3)mag程度の誤差を生じさせる事が確認された。

これらの結果は我々が提案した仮説と一致している。これをふまえ、我々はSFDによるダスト減光地図には銀河からの遠赤外光が混入している事による系統的な誤差が存在するとの結論に至った。

この銀河からの遠赤外光は近く利用可能になる「あかり」の全天サーペイデータによって大部分を取り除く事ができると期待される。

図1:SDSS銀河の個数面密度SgalとSFDダスト減光Ar,SFD。赤は減光補正前。青はAr,SFDによって減光を補正した後のもの。

審査要旨 要旨を表示する

銀河系内の星間物質による吸収および散乱によって、銀河系外から到達する光の強度は実際よりも暗く観測される。これは銀河系ダスト減光と呼ばれるが、その度合いは光の波長に依存し、紫外~可視光~近赤外の波長域で顕著に観測される。銀河系外天体の真の明るさや色を知るためには、ダスト減光を補正する必要があるため、銀河系ダスト減光の地図は非常に重要なデータとなっている。現在、最も広く利用されているダスト減光地図は、1998年にSchlegel、Finkbeiner、Davis(以下SFD)によって作成されたものである。彼らは、COBE衛星とIRAS衛星で観測されたダストの遠赤外線の放射量からダスト減光を見積もっており、直接ダスト減光を見積もったものではない。そのため、SFDの仮定が破れている場合には系統的な誤差が生じている可能性がある。本論文では、Sloan Digital Sky Survey(以下SDSS)によって観測された約107個におよぶ銀河データを用いてSFD減光地図の系統誤差の有無を調べている。

本論文は7章からなる。第1章は、イントロダクションであり、研究の背景と論文の構成について述べている。第2章では銀河系ダスト減光の基礎的なレビューを行うとともに、SFD減光地図の概要とこれまでの他の観測との比較について述べられている。減光の非常に強い領域では、減光が過大評価されているという報告がいくつかなされている。本論文で扱っているデータは逆に減光が弱い領域である。第3章では、本論文で利用したSDSS観測の概要、データの性質になどについて述べている。SDSSは銀極方向の領域を約7000平方度にわたり可視光5バンドで撮像観測しており、さらに明るい銀河については分光観測により赤方偏移も決められている。星との分離が確実に行われていると考えられる測光サンプルの銀河の数は107個以上にのぼり、分光サンプルの数も106個近い。

第4省と第5章が本論文のメインの部分である。本論文ではダスト減光を測定する手段として銀河の個数面密度(単位立体角あたりの銀河の数)を利用している。第4章では解析方法の詳細と銀河の個数面密度とダスト減光との関係および予想される誤差について述べられている。当然ながらダスト減光が大きな領域では観測される銀河の数は少なくなることが予想される。実際の解析はSDSSの観測領域をSFD減光地図での減光量ASFDに応じて分割し、それぞれの領域においてSDSS銀河の個数面密度Sgalを求め、これとSFD減光量との比較を行っている。得られた結果は驚くべきものであり、rバンドでの減光が0.1magよりも強い領域では、予想通りASFDの増加にしたがってSgalの減少が観測されたが、減光が0.1magよりも弱い領域では、ASFDが小さくなるにつれてSgalが増加せず減少することが観測された。これは、SFD減光地図に何らかの系統誤差があると考えられた。単純にはSFD減光地図が減光量を過小評価していることが考えられるが、その補正量が非常に大きいこと、遠赤外線の放射量と負の相関を持つことなどからこの可能性は否定している

第5章でさらに詳しくSFD減光の小さい領域においてSgalが小さくなる原因を調べている。まず、同じ解析をSDSS領域のクエーサーについて行っている。その結果には異常は見られず、クエーサーの個数面密度は予想通りの振る舞いをしていた。また、遠赤外放射と並んでダストのトレーサーとして使われる中性水素の柱密度の地図をSFD減光地図の代わりに用いて同じ解析をしたところ異常は見られなかった。これらのことから、銀河自身からの遠赤外線がダストからの光としてSFD減光地図に混入していることによって生じているという仮説を提案している。ASFDが小さい領域では、ダストからの寄与が小さく銀河からの遠赤外線放射が卓越しうるので、ASFDと銀河の個数面密度の間に正の相関が見られることは自然に解釈できる。この仮説に基づいて検証のためシミュレーションを行って10(-3)magオーダーの誤差が減光地図に存在すれば観測結果を再現しうることを示している。さらに、SDSS銀河が放射する遠赤外線放射をIRASPSCzカタログから見積もり、SDSS銀河からの遠赤外線放射が10(-3)mag程度の誤差を生じうる可能性があることを示している。これらの結果から、SFD減光地図には銀河からの遠赤外線放射が混入していることにより1α3mag程度の系統誤差が存在していると結論づけている。

第6章ではこの系統誤差が大規模構造の解析に与える影響と銀河からの遠赤外線放射を取り除くために必要なデータ、方法などについて検討され、第7章でこれらの結果がまとめられている。

以上述べたように、本論文は現在SDSSによる広範囲にわたる大量のデータを用いて、銀河の個数面密度を精密に測定することにより、広く利用されているSFD減光地図の検証を行ったものである。ここで得られた結果はこれまでまったく知られていなかったものであり、科学的意義は非常に高いと認められる。本論文は他の研究者との共同研究であるが、全体にわたって論文提出者が主体となって解析および考察を行っており、論文提出者の寄与が非常に高いと判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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