学位論文要旨



No 123281
著者(漢字) 吉本,真也
著者(英字)
著者(カナ) ヨシモト,シンヤ
標題(和) 金属被覆カーボンナノチューブ探針の開発およびそれによるナノメータスケール電気伝導計測
標題(洋) Development of Metal-Coated Carbon Nanotube Tips and Application to Nanometer Scale Conductivity Measurement
報告番号 123281
報告番号 甲23281
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5162号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小森,文夫
 東京大学 教授 柿崎,明人
 東京大学 教授 福山,寛
 東京大学 教授 勝本,信吾
 東京大学 准教授 杉野,修
内容要旨 要旨を表示する

本研究では金属被覆カーボンナノヂューブ探針の開発を行い、それらを4探針走査トンネル顕微鏡(scanning tunneling microscope:STM)で用い、ナノメータスケールの電気伝導測定手法を確立させた。

多探針STMは表面上のナノ構造体や表面超構造の電気伝導測定を行う手法として非常に有効な装置であり、近年のナノテクノロジーの発展とともに注目されている実験手法である。しかし、通常の1探針STMで用いられる金属探針を用いたのでは複数本の探針の間隔をナノメータスケールまで縮めることが困難であり、4探針STMに関するこれまでのほとんどの報告はμm以上の探針間隔で測定が行われてきた。これは、電気伝導測定を行うために金属探針を表面に接触させると金属探針がダメ甲ジを受け、先端の実効的な曲率半径が大きくなってしまうためである。本研究ではこれを解決するための手法として、カーボンナノチューブ(carbon nanotube:CNT)を金属探針の先端に取り付けたカーボンナノチューブ探針(CNT探針)を開発した。カーボンナノチューブはその弾性的性質から、表面に接触して曲げられても負荷を取り除くとまた元の形状に戻る特性がある。さらに、カーボンナノチューブは数nmから数十nmという小さい先端半径と高いアスペクト比を持っているためそれを複数本近づけて、ナノメータスケールの探針間隔が実現可能である。ただし、CNTを金属探針に接続させただけでは電気的接続が良好でなく、探針自身の抵抗が高くなってしまう。また、CNT表面又は内部にはガスが多量に吸着、吸蔵されるため、その吸着分子が試料表面を汚染してしまう。そこで、CNT探針全体を金属で被覆した金属被覆CNT探針を開発した(図1)。金属被覆を行うことで探針の電気抵抗を下げ、吸蔵ガスによる試料の汚染を防ぐことが可能になった。

探針の開発は大阪大学大学院工学研究科電気電子情報工学専攻片山光浩研究室との共同研究として行われ、私は主に独立駆動型4探針STMを用いて探針自身の特性評価を行い(図1(d))、その結果をフィードバックして作成プロセスを最適化した。探針の特性評価から、被覆金属には次のような特性が重要であることを発見した。まず、CNT表面に連続膜を形成すること、次に大気中でも酸化されないことである。グラファイトと同じように、CNT上に連続膜を形成する金属は非常に少ない。しかし、CNTとの濡れ性がよくなければ抵抗の低減につながらない。また、探針作成と探針の利用は別の実験装置で行われるため、輸送の際に大気にさらされてしまう。そのため、酸化の影響も考慮する必要がある。我々はこのような条件を満たす金属としてPtIrを見出し、4探針STMの特性評価から探針の抵抗が10kΩ以下という低い値を持つことを確認した。しかも、100回以上PtIr被覆CNT探針を試料表面に接触させても安定して低い接触抵抗値を示すことを確認し、耐久性にも優れていることが分かった。

また、CNT探針の作成についても様々な手法を試し、最終的に次のような手法が最もよいことを発見した。まず、誘電泳動を用いてCNTをタングステン探針に接続しCNT探針を作成する。これは大気中で、非常に短時間で行うことが可能である。次に、CNT探針を走査電子顕微鏡(scanning electron microscope:SEM)に入れ、CNTの形状確認を行い、よいものに対して接続の補強を行う。補強には電子線蒸着法によるアモルファスカーボンの堆積を用いた。その後、高温処理をしてアモルファスカーボンを強化させた。最後にCNT探針全体をパルスレーザー蒸着(PLD)によってPtIr被覆し、PtIr被覆CNT探針とした。この手法の利点は、SEM観察を行いながらCNTを接続する従来法と比べ非常に短時間で作成が可能である点である。また、補強を行うことで非常に高い強度を持つ。補強を行わない探針の場合、大阪から東京までの輸送で大部分のCNTが外れてしまう。それに対し、補強を行った場合には8割以上の探針が輸送後も元のままの形状を保っていた。

このように、電気抵抗が十分低く強度の高い金属被覆CNT探針の効率のよい作成手法を確立した。次に、このようにして作成したCNT探針を独立駆動型4探針STMに導入し、数十~百ナノメータスケールの探針間隔での4探針電気伝導測定を行った。そのために、測定電気回路を改良して電流電圧の分解能を向上させ、また、4探針の自動アプローチ機能も付加した。試料としては、1次元導体であるコバルトシリサイドナノワイヤ及び2次元導体であるSi(111)-√3×√3Ag表面超構造を測定した(図2)。

コバルトシリサイドナノワイヤはSi表面上に自己組織的に形成される。抵抗率が低く、ナノメータスケールの配線材料として期待される物質である。過去に独立駆動型4探針STMを用いた測定も行われているが、通常の金属探針を使用したためμm以上の大きな探針間隔でしか測定が行えず、しかも主に2探針測定が用いられた。また、一つのナノワイヤに対して探針間隔を変えて測定することは出来なかった。そこで、本研究ではPtIr被覆CNr探針を用いることで一つのナノワイヤに対して探針間隔を変えながら詳細な4探針測定を行った。その結果、ナノワイヤは探針間隔を~35nm程度まで近づけても抵抗は探針間隔に比例し、オームの法則に従う古典的な拡散伝導を示した。コバルトシリサイドの室温での平均自由行程が6nm程度なので、妥当な結果である。この実験では試料の電気伝導特性よりも、次のような点が重要である。まず、金属被覆CNT探針を用いることで~35nm程度の探針が実際に実現可能であることを示した。さらに、4探針測定を行うことでナノメータスケールの測定においても数Ω程度の低抵抗も測定可能であることを示した。そのために、測定回路系を改良し、電流電圧測定の分解能を向上させた。また、CNT探針を接触させても試料の抵抗が変化せず、SEM観察からは探針・試料ともに変化が無かったため、CNT探針を用いると試料へのダメージが無視できる程少ないことが分かった。

2探針STMを用いた実験で数十nmの探針間隔での電気伝導測定は過去に報告されているが、これらは非常に抵抗の高い試料を測定したものであった。つまり、探針と試料の接触抵抗と同程度の抵抗を持つ試料である必要があった。ナノメータスケールの測定では電極(探針)の接触面積が小さいため接触抵抗を低減することは本質的に困難である。コバルトシリサイドの実験においても、探針と試料の接触抵抗は常に数十kΩ以上であった。これはコバルトシリサイドの抵抗と比べ1000倍以上大きい。つまり、導電性試料の測定には4探針測定が不可欠であるといえる。

Si(111)√3×√3-Ag表面超構造は、2次元自由電子的で金属的な電子状態を持ち、表面超構造の電気伝導研究にしばしば用いられている系である。しかし、異方性がなく低温で絶縁体的振る舞いを見せるため、表面状聾の電気伝導度の定量的な検出は行われていない。そこで、本研究では詳細な探針間隔依存性測定と電子線照射による電気伝導度変化を測定することで表面電気伝導度の検出に成功した。

Si(111))√3×√3-Ag表面に対して200nm~100μmの探針間隔で詳細に4探針測定を行った。p型基板では基本的に抵抗が探針間隔に反比例する3次元伝導的振る舞いを示したが、抵抗率の高い基板を使用した場合には探針間隔を縮めると抵抗が探針間隔に依存しない2次元伝導的振るi舞いを見せた。n型基板を用いた場合には探針間隔に依らずに2次元伝導的な振る舞いをみせた。2次元伝導の領域では表面状態及び空間電荷層の電気伝導度のみが測定可能である。探針間隔10μm以下の領域では電子線による電気伝導度の変化が見られたため、n型基板を用いて電気伝導度の電子線照射量依存性を測定した。

ここで、比較のために欠陥導入による電気伝導度の変化が研究されているSi(111)4x1-In表面について、電子線照射による電気伝導度変化を測定した。その結果、電子線によってIn鎖に平行方向の表面状態の電気伝導のみが減少し、垂直方向の空間電荷層の電気伝導度は変化しないことが分かった。電子線による変化の原因は残留水素分子の解離吸着が考えられる。この結果と比較を行うことで、Si(111)√3×√3-Ag表面においても電子線によって表面電気伝導度のみが減少したと考えるのが妥当であると分かった。その場合、銀を1.02±0.01ML蒸着して作成したsi(111)√3×√3-Ag表面の表面状態の電気伝導度は41±4μS/□、空間電荷層の電気伝導度は14±2μS/□であることが分かった。

以上のように電気伝導度の詳細な探針間隔依存性と電子線照射量依存性を測定し、初めて表面状態と空間電荷層、バルクの3つの全ての電気伝導度を定量的に区別して求めた。

本研究では金属被覆CNT探針を4探針STMで用いたナノメータスケールの4探針電気伝導測定をルーチン的に行うことを可能とした。この手法はナノ構造体の電気伝導特性を調べるのに非常に有効であることを示した。この手法を用いた測定は今後ナノ構造体の様々な特性を明らかにしていくと考えられ、本研究でその技術を確立し、いくつかの応用例を示した。

図1.(a)PtIr被覆CNT探針のSEM像、(b)(c)TEM像。(d)4探針STM装置によるCNT探針の特性評価のSEM像。

図2.PtIr被覆CNT探針を用いたコバルトシリサイドナノワイヤの4探針測定。

審査要旨 要旨を表示する

これまでに固体表面構造に依存したマクロな電気伝導が、表面に金属電極を接触させた4端子法で測定されてきた。今後、ミクロな領域での表面電子状態に依存した電気伝導と表面に固定されたナノ構造体の電気伝導を測定し、その物性を調べるために、探針間隔が1μm以下である4端子測定が望まれている。本論文に述べられている研究では、金属被覆カーボンナノチューブを探針とする走査トンネル顕微鏡(STM)技術を利用して金属電極間の距離を数十nmまで狭くすることにより、微小領域の電気伝導測定を可能とする装置を開発し、さらに、金属シリサイドナノワイヤーおよび金属吸着シリコン表面の電気伝導を調べた。これまでに開発されてきたSTM技術を利用した電気伝導測定装置では、極細探針、STM駆動回路および制御プログラムの開発が不十分であったために、このような探針間隔が1μm以下である4端子測定は実現していなかった。

本論文は7章からなる。第1章はイントロダクションで、装置開発と計測の現状および本研究の目的が述べられている。第2章では、電気伝導測定の基礎事項がまとめられている。第3章は、開発した独立駆動4探針STM装置とその制御および測定部の改良が詳細に述べられている。これにより、超高真空中で再現性のある4端子電気伝導測定が可能となった。続く第4-6章に本研究の重要な成果が記述されている。第4章では、探針間隔を数十nm程度にするために開発した金属被覆カーボンナノチューブ探針の開発過程と結果が述べられている。本研究では、測定に最適で丈夫な金属被覆カーボンナノチューブ探針の作成方法と固定方法を確立したことが重要な成果のひとつである。これを用いることにより、超高真空中で作成した試料に対して探針間隔35nmでの測定が探針を交換することなく日常的に行えるようになり、次章以下に述べるナノワイヤや表面微小領域の定量的電気伝導測定を可能とした。第5章では、シリコン(111)表面に形成されたコバルトナノワイヤについて述べられている。本装置を用いることにより、数Ω程度の抵抗値をもつコバルトナノワイヤの抵抗が正しく計測できるようになった。第6章では、Si(111)-√3×√3Ag表面およびSi(111)-4×1In表面について、各々電気伝導測定の結果が議論されている。シリコン基板がn型の場合に探針間隔を変化させて抵抗を測定した結果、探針間隔を狭めることにより電気伝導の起源がバルク伝導から空間電荷層や表面テラスでの伝導へと変化することを明らかにした。一方、p型基板を用いた場合には、探針間隔を数十nmにしても、バルク伝導が観察された。さらに、電子照射に依存した電気伝導度の減少という興味深い現象もみいだした。これは、電子照射にともなう表面での吸着が原因である可能性が高く、探針間隔を狭めることによって始めて観察されたものである。最後の第7章では、本研究で得た結論がまとめられている。

審査委員会は、これらの研究において装置開発および超高真空中の実験が計画的かつ十分注意深く行なわれ、その解析及び考察が適切な手法でなされていると判断した。本開発で、金属被覆カーボンナノチューブ探針作成技術を確立したことの意義は大きい。また、本装置を用いて、電気伝導の起源を定量的に議論できる計測結果が得られるようになったことの意義も大きい。これらの研究を基礎として、今後、サブミクロン領域のナノ構造や表面超構造の電気伝導研究がさらに発展していくと期待できる。

なお、本論文の第3-6章は、指導教員の長谷川修司氏らとの共同研究の結果であるが、論文提出者が主体となって実験方法を確立して実験を行い、その結果を解析して研究を遂行したものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。本論文は、審査員全員が十分納得できる研究成果であり、論文提出者の表面物理学に対する学識も博士(理学)の学位を受けるに十分であり、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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