学位論文要旨



No 123283
著者(漢字) 阿久津,智忠
著者(英字)
著者(カナ) アクツ,トモタダ
標題(和) レーザー干渉計による100MHz重力波背景放射の探査
標題(洋) Search for a stochastic background of gravitational waves at 100 MHz with laser interferometers
報告番号 123283
報告番号 甲23283
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5164号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 常田,佐久
 東京大学 准教授 大橋,正健
 東京大学 准教授 梶野,敏貴
 東京大学 准教授 関本,裕太郎
 高エネルギー加速器研究機構 准教授 井岡,邦仁
内容要旨 要旨を表示する

本論文では100 MHz の重力波に感度を持つレーザー干渉計型検出器を開発し、それを用いてこの周波数における重力波背景放射の探査をおこなった。

重力波とは、一般相対性理論から予言される時空のゆがみの伝搬現象である。重力波の存在は、連星パルサーPSR B1913+16 からの電波パルス周期変化の観測から間接的に確認されてはいるが、信号が弱いためにいまだ直接観測に成功した例はない。重力波の源としては超新星爆発や連星の運動のようなものから、初期宇宙に起源を持つ宇宙背景放射まで様々なものが考えられている。これらはたいてい低周波の重力波であるが、いくつかの理論からは超高周波に大きな成分をもつ重力波背景放射が予言される。超高周波の重力波を直接観測することで、これらの理論に制限をつけることができる。

これまで100 kHz を超えるような高周波の重力波を直接観測する試みは、(本論文を除けば)Cruise たちの実験しか知られていなかった。彼らは100 MHz の重力波に感度を持つ重力波検出器を二台作成している。彼らの検出器は、導波管で作ったループに電波を共振・周回させることで、その周回している電波の偏光面が重力波による時空のゆがみにより傾く効果を観測しようというものである。また二台の出力信号の相互相関をとることで、両検出器に独立に存在する雑音成分をとりのぞき、両検出器に共通に入射するであろう重力波を、効率よく検出しようとしている。

本論文ではレーザー干渉計を二台用いて、100 MHz の重力波に対してより高感度な重力波検出器を開発した。このレーザー干渉計の概観を図1 に示す。この干渉計はシンクロナス・リサイクリング干渉計、またはレゾナント・リサイクリング干渉計とよばれている。基本概念は1980 年代にDrever によって提案されていたが、我々の実験で初めて実装された。

本論文で超高周波の重力波を検出するために、従来のマイケルソン干渉計ではなく新しい干渉計方式を採用したのは、次の理由による。現在世界で稼働している大型のレーザー干渉計型重力波検出器(TAMA300、LIGO、GEO600、VIRGO)のようにマイケルソン干渉計をベースにしたものは、重力波の波長が検出器のサイズよりも小さくなると感度が低下する。つまり高周波の重力波を捕らえる用途には向いていない。レーザー干渉計型重力波検出器では、重力波による時空の歪みの情報を、干渉計に滞在する光の位相に蓄積しているが、光が干渉計内に滞在している間に重力波の位相が変わり、たとえば時空の歪みが「伸び」から「縮み」に変わると、この蓄積した情報は取り出される前に相殺され失われてしまう。

これに対し本論文の干渉計型重力波検出器では、図1 に示すRM、TM、EM1、EM2 の四枚の鏡で構成されるL 字のリング型光共振器(recycling cavity)の中で、重力波の効果を光の位相に蓄積する。重力波の周期がこの光共振器を光が一周する時間と等しいときにこの蓄積効果が最大となり、その周波数の重力波に対して共振的な感度を持つ。図2 に現実的な光学パラメータを考慮して計算した本検出器の検出限界を示す。ただし検出限界を与える雑音源はレーザー光のショットノイズのみとしている。また縦軸はストレイン振幅で示してある。図2 は、干渉計の共振特性を反映して、共振周波数(~100MHz)で雑音が低下し、他の周波数よりも小さな重力波までを検出できることを示している。また、この図のように100 MHz に共振を持たせるためには、光共振器の一辺(たとえばRM からTM)の長さは約75cm となる。本論文では干渉計を大気中に設置し光共振器を構成する鏡も低反射率のものを使ったが、図3 のような感度を得ることができた。両方の干渉計ともにストレイン振幅に換算して10-(16) Hz(1/2) 程度の雑音レベルを達成している。これは単体感度で比べるとCruise たちの検出器を二桁程上回っている。

つぎに、この二台の重力波検出器から得た信号の相互相関をとり、重力波への感度を相対的に向上させた。観測時間は約1000 秒で、観測に用いた信号帯域幅は100.1 MHz のまわりの2kHzとした。図4 は相互相関関数の推定値とその推定誤差(標準偏差)の、観測時間による変化を描いたものである。推定誤差は観測時間の1/2 乗で低下している。なお、このような狭い信号帯域幅中では、背景重力波のスペクトルはほぼ一定であると仮定した。最終的に得られた相互相関関数の推定値は約μZ 4.9 10-(12) となり、その推定の標準偏差はσμ = 3.7 10(-12) となった。これらの結果から換算したところ、100 MHz 付近の背景重力波のupper limit としてを得た。ただしupper limit は片側90% 信頼区間で定義してある。Ωgw(f) は単位logarithmic 周波数あたりの重力波のエネルギー密度を宇宙の臨界密度で割った値である。h0 はハッブル定数の不定性を表す。

以下に本論文の構成を示す。第1 章では本研究の背景を述べた。第2 章では以降の論理展開に必要な数式を整備した。第3 章では、シンクロナス・リサイクリング干渉計の重力波に対する応答と、重力波検出器として達成しうる感度(図2)を導出した。感度を制限する雑音源としてはショットノイズのみを考えた。第4 章では、シンクロナス・リサイクリング干渉計を実際に重力波検出器として稼働させるのために不可欠な信号を取得する方法を開発した(図1)。本干渉計の光共振器も、従来のFabry-Perot 共振器の制御と同様なPound-Drever-Hall 法で制御できることを示した。また、干渉計から重力波信号を取り出す方法について述べた。これは光共振器を制御するのに必要なRF(radio frequency)sideband を、重力波sideband に対するlocal oscillatorとして流用して、100 MHz の重力波信号を15 MHz 程度の中間周波数の電気信号に変換するものである。さらに、データ取得系に記録できるように数kHz までダウンコンバートすることにした。第5 章では、開発したシンクロナス・リサイクリング干渉計とその性能について述べた(図3)。実際にPound-Drever-Hall 法を用いて、レーザー光が共振器内で共振を保ち続ける状態に制御(ロック)できることを確認した。また、前述のように両方の干渉計ともストレイン振幅に換算して10-(16) Hz-(1/2) 程度の雑音レベルを達成した。なお二台の干渉計は近接して設置されている。これは干渉計を離して設置すると、背景放射の相関が消えてしまうからである。第6 章では二台の干渉計の出力された信号の相互相関解析について述べた。単純に二つの出力の相互相関を計算するのではなく、低周波重力波検出器の解析で用いられているようなoptimal filter を高周波に拡張し導入した。最終的に得られた相互相関関数の推定値は、前述のように約μZ 4.910-(12) となり、その推定の標準偏差はσμ 3.7 10(-12) となった(図4)。なお、この推定値は両方の干渉計の出力が互いに無相関なノイズに支配されているとしたときの値にほぼ一致した。最後に100 MHz 付近の背景重力波のupper limit としてを得た。ここでupper limit は片側90% 信頼区間で定義してある。第7 章では考察を述べ、第8 章を本論文のまとめとした。

図1 シンクロナス・リサイクリング干渉計を用いた重力波検出器。

図2 100MHz の重力波に感度を持つシンクロナス・リサイクリング干渉計にショットノイズが与える検出限界。

図3 開発した重力波検出器の雑音。ストレイン振幅に換算してある。

図4 Cross-correlation の推定値およびその推定誤差の時間変化。赤点が推定される平均値、黒い曲線で囲んだ部分が両側90% 信頼区間に相当する。

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、100 MHz の重力波に感度を持つレーザー干渉計型検出器を開発と、それを用いた重力波背景放射の探査について述べられている。重力波の存在は、連星パルサーPSR B1913+16 からの電波パルス周期変化の観測から間接的に確認されてはいるが、直接観測に成功した例はない。第1 章では本研究の背景として、重力波の源として超新星爆発や連星の運動のようなものから、初期宇宙に起源を持つ宇宙背景放射まで様々なものがありえること、いくつかの理論からは、超高周波に大きな成分をもつ重力波背景放射が予言されていることなどが述べられている。第2 章では、以降の論理展開に必要な数式が整備されている。

従来のマイケルソン干渉計では重力波の波長が検出器のサイズよりも小さくなると感度が低下するが、本論文のシンクロナス・リサイクリング干渉計では、四枚の鏡で構成されるL 字のリング型光共振器の中で、重力波の効果を光の位相に蓄積する。重力波の周期がこの光共振器を光が一周する時間と等しいときに、この蓄積効果が最大となり、その周波数の重力波に対して共振的な感度を持つ。第3 章では、これらのシンクロナス・リサイクリング干渉計の原理、重力波に対する応答と重力波検出器としての感度が導出されている。雑音源としてショットノイズのみが考慮されており、干渉計の共振特性を反映して、共振周波数で雑音が低下し、微弱な重力波を検出できることが示されている。

シンクロナス・リサイクリング干渉計を実際に重力波検出器として稼働させるために不可欠な信号を取得する方法は、4 章に展開されている。まず、従来のFabry-Perot 共振器の制御と同様なPound-Drever-Hall 法で光共振器の制御ができることが示され、次に干渉計から重力波信号を取り出す方法として、光共振器を制御するのに必要なradio frequencysideband を、重力波sideband に対するlocal oscillator として流用して、100 MHz の重力波信号を15 MHz 程度の中間周波数の電気信号に変換している。

第5 章では、シンクロナス・リサイクリング干渉計の開発とその性能について述べられている。Pound-Drever-Hall 法を用いて、レーザー光が共振器内で安定に共振を保ち続ける状態に制御(ロック)できることが確認され、2 台の干渉計ともストレイン振幅に換算して10(-16)Hz(-1/2) 程度の雑音レベルを達成している。本干渉計の基本概念は1980 年代にDrever によって提案されていたが、本論文により初めてその動作が確認された。これまで、100 kHz を超えるような高周波の重力波を直接観測する試みはCruise たちの実験のみであるが、本論文の達成した単体感度は、Cruise たちの検出器を二桁程上回っている。

第6 章では、二台の重力波検出器から得た信号の相互相関をとり、重力波への感度を相対的に向上させる手法について述べられている。単純に二つの出力の相互相関を計算するのではなく、低周波重力波検出器の解析で用いられているようなoptimal filter が、高周波に拡張し導入されている。観測時間は約1000 秒で、観測に用いた信号帯域幅は100.1MHz のまわりの2kHz である。最終的に得られた相互相関関数の推定値は約4.9×10(-12)となり、その推定の標準偏差は3.7×10(-12) となった。この推定値は、両方の干渉計の出力が互いに無相関なノイズに支配されているとしたときの値にほぼ一致し、100 MHz 付近の背景重力波のupper limit としてh02Ωgw(f)<(6.0±1.2)×10(25) を得た。ただし、upper limit は、片側90%信頼区間で定義してある。なおh02Ωgw(f)は、単位logarithmic 周波数あたりの重力波のエネルギー密度を宇宙の臨界密度で割った値である。h0 は、規格化されたハッブル定数を表す。第7、8章では、考察・今後の課題・本論文のまとめが述べられている。

本研究では、Drever によって提案されていたシンクロナス・リサイクリング干渉計を開発し、Pound-Drever-Hall 法を駆使して、世界で初めて安定した動作に成功した。これにより、100MHz において大幅な重力波の検出感度向上を実現した。また、論文では、実験に必要な理論的検討・評価が詳細に行われている。

なお本論文は、藤本真克、川村静児ら計13 名との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。本論文は重力波天文学の進展に顕著な貢献をするものであり、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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