学位論文要旨



No 123286
著者(漢字) 岡島,礼奈
著者(英字)
著者(カナ) オカジマ,レナ
標題(和) コンパクト電波源に対するサイズ-赤方偏移関係
標題(洋) The size-redshift relation for compact radio sources
報告番号 123286
報告番号 甲23286
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5167号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 河野,孝太郎
 東京大学 准教授 川良,公明
 東京大学 准教授 茂山,俊和
 東京大学 教授 土居,守
 東京大学 教授 井上,允
内容要旨 要旨を表示する

宇宙論パラメータを求めるための方法は、大別して3つある。銀河の個数密度が一定だと仮定する「ナンバーカウント法」、天体の明るさが一定だと仮定する「スタンダードキャンドル法」、そしてもうひとつが、この論文の焦点である、天体の大きさを一定と仮定し、見かけのサイズと赤方偏移の関係から宇宙論パラメータを求める「スタンダードロッド法」である。このうち「スタンダードロッド法」以外は、低密度宇宙を示唆する点で結果は一致しているが、「スタンダードロッド法」はその精度も信頼度も低く、とりわけどの天体をスタンダードロッドと考えれば良いかが争点となってきた。

第1章では、「スタンダードロッド法」の精度が低い理由について概説している。すなわち、銀河の大きさや銀河団中の銀河間距離をサイズとする従来の方法では、主要にはサイズの進化効果により、「スタンダードロッド法」の精度や信頼度が低くなっていたため、それに代わるサイズ進化効果のない天体が模索されてきた。その結果、KellermannやGurvitsの考察に基づいてコンパクト電波源天体が理想的なスタンダードロッド天体として考えられるようになったが、それから導かれた宇宙論パラメータは相互に矛盾していたり、その決定精度が低いという予想外の困難に直面している。そのような背景から、コンパクト電波源天体のサイズをどのように定義すべきかが緊急の課題として浮上しているが、いまだ満足のいく考察がなされていないという現状がこの章で述べられている。

第2章ではコンパクト電波源を使ったθ-z relation においてのサイズの定義について論じている。これまでKellermannやGurvitsが行ってきた手法は、サブピークを使ったもので、現在までこのサブピーク法が主流となっている。これは電波源の輝度分布の等高線マップで、一番明るいコア成分の2%の明るさのところで天体を切り出し、コアから一番遠いサブピークまでの距離をサイズと定義する手法である。この手法ではビームの影響を回避してサイズを決定できる利点はあるものの、2%のパーセンテージを変えると結果も変わるという欠点がある。また、サブピーク成分には超光速運動を示すものが多く、結局見ているのはジェットなので、時間変化する成分を使ってサイズを定義してよいかという疑問がある。また、そもそもサブピークがない電波源のサイズは測れず、結果としてサンプルにバイアスが持ち込まれるという欠点もある。そこで新しい方法として楕円FIT法という方法を考えた。これは、輝度分布の等高線マップから、FWHM楕円を切り出し、それからビームの影響をdeconvolutionで除去して電波源の大きさをFWHM楕円で定義するという方法である。これにより、サブピーク法で問題となったサブピークのないもの電波源野の大きさも求めることができるようになった。また、大きさをFWHM楕円で求めたことにより、楕円の長軸、短軸、傾きという3つの量を定義することができた。ここで、楕円の長軸の傾きがサブピーク成分のproper motion の方向にほぼ一致していることを見い出したことから、長軸だけにジェットの情報が含まれており、短軸はジェットの影響を受けないサイズとしてθ-z 関係に利用できることを結論とした。しかし、輝度分布の等高線マップはオリジナルなvisibility データからフーリエ変換されて求められているため、輝度分布の等高線マップを使って大きさを定義することに対して、その信憑性に疑問がのこった。

第3章では、上記の理由により、オリジナルなvisibilityデータから直接に電波源の大きさを定義する方法を使うことにした。その結果、より確かな大きさを求めることができた。ここでは3つのサンプルを用いた。3つのサンプルとは、Caltech- Jodrell Bank VLBI survey における、5GHz (波長6cm、以下6cm CJと表記)、1.6GHz(波長18cm、以下18cm CJと表記)のサンプルと、VSOP 5GHz survey における 5GHz(波長6cm、以下6cm VSOPと表記)のことである。visibility data が゛手に入ったものは6cm CJ が193個、18cm CJが112個、6cm VSOPが102個であり、このうち大きさが定義できたものは6cm CJが188個、18cm CJが88個、6cm VSOPが75個であった。ここから、電波光度、赤方偏移、スペクトルインデックス、大きさの全てが揃う天体は6cm CJが153個、18cm CJが71個、6cm VSOPが65個であり、これからθ-z 関係を求めた。短軸を「スタンダードロッド」とすることが適切であるという第2章の結論に基づいて、短軸のθ-z 関係から宇宙論パラメータを求めると、6cm CJの場合にはΩm=0.29±0.12(Ωm+ΩΛ=1)となり、SNIaやWMAPなどによる最近の傾向と一致することがわかった。今回18cm の結果はサンプル数が少なく、また18cmの電波は6cmよりもエネルギーが低くてコアの外側の領域から放射されているため、サイズが大きく見積もられ、ジェットの情報も入ってきてしまっていると思われる。また、VSOPもサンプル数ガ少なく、またvisibility マップもデータ点がまばらなため、フィッティング精度を示すχ2の値が大きいことから判断しても、大きさを精度よく定義することが難しかった。以上のことからコンパクト電波源を「スタンダードロッド」として使うには、6cm CJの短軸が最も望ましいと結論した。

第4章では、超光速運動のある電波源の運動方向と楕円長軸の向きは約30%の範囲で一致していることを示し、それに基づいて長軸のデータからジェットの性質を統計的に制限する新しい可能性を論じている。ジェットの放出方向と視線との角度についての確率分布に赤方偏移の重み付けをし、長軸の頻度分布を理論的に予想し、それと観測で求めた長軸の頻度分布を比較した。この理論予想はジェットのローレンツファクターγと、電波源カウントの冪数p(dN∝S-p-1dS)とスペクトルインデックスαを組み合わせた量であるa=(2-α)p-1に依存しており、標準的にはa=2付近の値を持つと考えられている。また、この理論予想は宇宙論パラメータにも依存するが、これは短軸のθ-z関係から求めたΩmとΩΛの値を使うことができる。その結果、6cm CJではa=2で、γ=15が観測を最も良く再現することがわかった。また、18cm CJでは(a,γ)=(3.5-5,18-25)、6cmVSOPでは(a,γ)=(1-2,10-12) が観測を最も良く再現することがわかった。ここで18cm CJの赤方偏移分布をみるとピークの無い平坦な分布をしているため、赤方偏移については適切なサンプルになっていないと考えられる。このことから6cm CJと6cm VSOPの結果に基づいたジェットの性質の制限が適切と結論した。また、ここにおいて、宇宙パラメータの値を変えて理論予想の長軸頻度分布を計算し、6cm CJ の観測頻度分布と比較すると、分布のピーク位置が再現できなくなくことが分かった。この結果、コンパクト電波源の短軸のθ-z 関係から求めた宇宙論パラメータを使って、長軸の頻度分布からジェットの性質を制限することが、整合した結論を導くことがわかった。

第5章は論文の結論を述べている。コンパクト電波源のサイズを短軸と長軸と区別することにより、ひとつの種族で宇宙モデルとジェット性質の両方同時に制限できる従来にない新しい手法を開発し、その制限をVLBIのvisibilityデータ解析から定量的に求めたことが、この論文の最も独創的な点であることを述べた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、宇宙論パラメータを観測的に制限するための手法の一つ、スタンダードロッド法に着目し、コンパクト電波源のサイズの定義に関する入念な考察と注意深いデータ解析に基づき、スタンダードロッド法でも他の手法とよく整合する宇宙論パラメータが得られることを示した初めての研究成果である。

本論文は5章からなる。第1章では、宇宙論パラメータを制限するための3つの基本手法、すなわち、ナンバーカウント法、スタンダードキャンドル法、スタンダードロッド法のうち、スタンダードロッド法の精度が低いという現状について概説している。サイズ進化効果のない理想的なスタンダードロッド天体として、コンパクト電波源が注目されているが、そこから導かれた宇宙論パラメータはしばしば相互に矛盾し、その決定精度が低いという困難に直面している。コンパクト電波源のサイズをどのように定義すべきかについて、いまだ満足のいく考察がなされていないという現状が述べられている。

第2章では、コンパクト電波源のサイズの定義について論じている。これまで採用されてきた手法は、電波源が持つ複数の構造(サブピーク)に着目したもので、構造を定義する閾値を変えると結果も変わるという問題、サブピーク成分の多くは超光速運動を示すジェットであり、時間変化するジェット成分でサイズを定義してよいかという疑問、そもそもサブピークがない電波源はサイズが定義できないという欠点、などがあることを指摘している。そこで新しい方法として、楕円FIT法を考案した。これは、輝度分布の等高線マップから楕円を切り出し、それから観測ビームの影響をdeconvolutionで除去して電波源の大きさを定義するという方法である。これにより、サブピークのない電波源でも大きさが定義できるようになり、さらに、電波源について、楕円の長軸、短軸、傾き角という3つの量を定義することができた。ここで、楕円の長軸の傾きが、サブピーク成分の固有運動の方向にほぼ一致していることを見出したことから、長軸だけにジェットの情報が含まれており、短軸はジェットの影響すなわち進化の影響を受けないサイズとしてθ-z関係に利用できることを結論した。しかし、輝度分布の等高線マップはオリジナルなvisibilityデータから人為的な処理を経ているため、輝度分布の等高線マップを使って大きさを定義することに対して、その信憑性に疑問が残った。

第3章では、直接的な観測量であるvisibilityデータから電波源のサイズ情報を抽出する方法、および、それを実際の観測データに適用した結果について詳しく述べている。ここでは3つのサンプルを用いた。すなわち、Caltech-Jodrell Bank VLBI surveyにおける波長6cm(以下6cmCJと表記)および波長18cm(以下18cmCJと表記)のサンプルと 、VSOP5GHzsurveyにおける波長6cm(以下6cmVSOPと表記)のサンプルである。Visibilityデータが入手でき、かつ、そこからサイズが抽出できたものは6cmCJが188個、18cmCJが88個、6cmVSOPが75個であった。そのうち、電波光度、赤方偏移、スペクトル指数、サイズの全てが揃う天体は6cmCJが153個、18cmCJが71個、6cmVSOPが75個であり、これからθ-z関係を求めた。短軸をスタンダードロッドとすることが適切であるという第2章の結論に基づいて、短軸のθ-z関係から宇宙論パラメータを求めると、6cmCJの場合にはΩm=0.29±0.12(Ωm+ΩA=1、誤差は1σ)となり、Ia型超新星やWMAPなどによる最近の傾向とよくL致することがわかった。これは、スタンダードロッド法でも他の手法とよく一致する宇宙論パラメータが得られることを示した世界で初めての成果である。一方、18cmの電波は6cmよりもエネルギーが低く、コアの外側の領域から放射されているため、ジェットの情報が混入していること、また、VSOPのデータはスナップショットサーベイによるものであったためvisibilityのサンプルが粗く、大きさを精度よく定義することが難しいこと、を指摘し、コンパクト電波源をスタンダードロッドとして使う上で6cmCJの短軸が最も望ましいと結論した。

第4章では、超光速運動のある電波源の運動方向と楕円長軸の向きは約30%の誤差範囲で一致していることを示し、それに基づいて長軸のデータからジェットの性質を系統的に制限する新しい可能性を論じている。ジェットの放出方向と視線との角度についての確率分布に赤方偏移の重み付けをし、長軸の頻度分布を理論的に予想し、それと観測で求めた長軸の頻度分布を比較した。この理論予想は、ジェットのローレンツファクターγ、および電波源カウントのべき数p(ただしd∞S-P-1dS)とスペクトル指数αを組み合わせた量であるa=(2-α)p-1に依存し、標準的にはa=2付近の値を持つと考えられている。また、この理論予想は宇宙論パラメータにも依存するが、これは短軸のθ-z関係から求めたΩ、とΩAの値を使うことにより、6cmCJではa=2で、γ=15が観測を最も良く再現することがわかった。

第5 章では本研究で得た結果が、今後の研究の展望と共に要約されている。

以上、本論文は、コンパクト電波源のサイズ情報を短軸と長軸に区別して抽出することにより、宇宙論モデルとジェットの性質を両方同時に制限できる従来にない新しい手法を開発し、さらに、スタンダードロッド法でも他の手法とよく一致する宇宙論パラメータを得ることができることを実際のデータに基づいて示した初めての研究として高く評価できる。

なお、本論文の一部は、吉井譲との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析及び論証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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