学位論文要旨



No 123287
著者(漢字) 高梨,直紘
著者(英字)
著者(カナ) タカナシ,ナオヒロ
標題(和) Multi-band Stretch法を用いた低・中赤方偏移における Ia 型超新星の多波長光度曲線の研究
標題(洋) Light Curve Studies of Type Ia Supernovae with a Multi-band Stretch Method at the Low- and Intermediate-Redshift Universe
報告番号 123287
報告番号 甲23287
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5168号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 梅田,秀之
 東京大学 教授 吉井,譲
 東京大学 教授 海老沢,研
 東京大学 准教授 吉村,宏和
 東京大学 教授 家,正則
内容要旨 要旨を表示する

天文学においてもっとも単純で、かつ重要な興味のひとつは天体までの距離を知ることである。宇宙空間に物差しを持って出られない以上、我々は様々な方法を用いて天体までの距離を推測するわけだが、我々の住む銀河系を越えた外に広がる宇宙にある天体までの距離を測る方法となると、その手段は限られてくる。いくつかあるそれらの手法は、いずれも天体までの距離に伴って変化する観測量によって、その距離を推測するという方法である。その中でも宇宙論的距離にある天体までの距離をもっとも精度良く推測する方法として知られているのかla 型超新星を用いる方法である。

la型超新星とは、白色矮星がある条件下において爆発し、太陽の100億倍程度の明るさで輝く現象である。la型超新星はどれも互いによく似た性質を示すことが知られており、最大光度での明るさのばらつきは等程度であることが知られている。非常に明るく、その明るさが一様であるという性質を利用して、見かけの明るさから距離を求めることが行われている。la型超新星程度の明るさを持つ天体としては銀河があるが、銀河はその明るさのばらつきが大きく、精度良い距離指標としての利用は難しい。

la型超新星の明るさは、他の諸天体に比べれば相対的に一様ではあるが、必ずしも均質というわけではない。la型超新星の中に見られる個性を補正し、より精度の高い距離指標として用いるための研究が1990 年代初頭から活発に行われるようになってきた。よく知られている補正方法としては、la型超新星の光度曲線と最大光度の間に認められる相関を利用して最大光度の明るさを補正する方法がある。この光度曲線に基づいた補正方法は、どのように光度曲線の情報をパラメータ化するかという点においていくつかの流儀があり、それぞれに一長一短がある。近年では多波長での測光観測および分光観測が主流となってきており、これらの観測によって取得されたデータを最大限に活かす補正方法が必要とされている。

光度曲線に基づいて適切に最大光度が補正されても、宇宙論的距離にあるla 型超新星までの距離を正確に推定するためには解決しなければならない問題がいくつかある。ひとつは、出現母銀河における微粒子(ダスト)による減光の問題である。一般に、超新星爆発によって放たれた光は我々の観測装置にたどり着くまでに、ダストや地球大気などによって減光を受けている。特に、ダストによる減光の補正を適切に行うことは、天文学における難しい課題のひとつである。幸い、我々の銀河系における減光に関しては schlegel et al.(1998)に詳しく、これに従って補正できるが、la型超新星の出現した銀河における減光を適切に補正することは困難を伴う。通常、ダストによる選択的減光の効果によって光は赤化し、この赤化量を測ってダストによる減光量を補正することが行われる。しかし、その赤化量を知るには、そもそもla 型超新星がどのような色をしていているのかということを知らねばならず、簡単ではない。また、仮にla 型超新星の真の色がわかり、赤化量が正確に見積もれたとしても、銀河ごとにダストの性質が異なる可能性もあり、減光量への変換は単純ではない可能性がある。このように、ダスト補正には容易に系統誤差が入り込む余地があり、慎重に検討されるべき問題である。

このダストの補正問題に加え、宇宙論的距離にある天体を扱う際に注意が必要なのは、天体の進化についてである。遠方に出現したla 型超新星の見掛けの明るさを用いて距離を推測できるとする背景には、近傍と遠方でla 型超新星の性質は変化していないという前提がある。2007年現在では、赤方偏移が0.5(約50 億光年)以上の遠方宇宙に出現したla型超新星と、赤方偏移が0.5(約10 億光年)以下の近傍宇宙に出現したla型超新星の測光的分光的諸性質を比較した様々な先行研究では有意な進化は認められないと結論づけられている。しかし、遠方のla 型超新星の観測精度は近傍のそれに比べて劣るため、観測例が少ない中赤方偏移(0.1~0.5)の宇宙に出現したla 型超新星を高い精度で観測し、進化の有無を確認する必要がある。

本論文では、これらの諸問題について近傍および中赤方偏移に出現したla 型超新星の多波長光度曲線を用いて検討を行った。論文は2部で構成されており、第1 部では近傍la 型超新星の、第2 部では中赤方偏移la 型超新星の多波長光度曲線を用い、標準光源としてどのような性質をもったla型超新星を選ぶべきか、議論を行っている。

第1部では、まず既に報告されている122 個の近傍la型超新星の多波長光度曲線を用いて、標準光源光度曲線の解析手法の開発を行った。具体的には、基本的に単波長光度曲線の解析に用いられるstretch 法(cf.perlmutter et al.1997)を多波長に拡張したMulti-band stretch 法を初めて提案した。Multi-band stretch 法は、先行研究において提案されている手法と比べ、la型超新星の個性を反映しやすい点が新しい。本手法のために用いる超新星光度曲線のテンプレートも独自に作成し、それらのテンプレートが実際の光度曲線に良く合うことを示した。実際に本手法を用いて近傍la 型超新星の多波長光度曲線を解析した結果、標準光源として適したla 型超新星のサ ンプルとしては、光度補正を行った見かけの青いla 型超新星と、光度補正を行った上で色補正を適用した楕円銀河に出現したla型超新星のふたつがそれぞれ適当であることを、先行研究とは独立に示した。また、標準的なla 型超新星とは異なる測光的特性を持つla 型超新星の存在も、測光的性質の側面から初めて指摘している。なお、第1部の内容については、Monthly Notices of the Royal Astronomical Society 誌に投稿している。

第2部では、Sloan Digital Sky Survey(SDSS)-II超新星探索プロジェクトによって発見された中赤方偏移Ia型超新星(以下SDSS超新星)の多波長光度曲線を用いて、標準光源として用いるべきIa型超新星の条件を検討した。SDSS-II超新星探索プロジェクトはこれまでに不足していた赤方偏移0.1~0.5のIa型超新星の発見と追加観測を目的とした3力年の国際プロジェクトで、我々もその一員として参加している。本論文では、このプロジェクトの最初の2年間(2005-2006年)に発見された計373個のIa型超新星を利用しており、中赤方偏移のIa型超新星サンプルとしては世界で初めての大規模サンプルとなっている。なお、発見された各Ia型超新星の測光までは他のプロジェクトメンバーが行っており、個別の光度曲線の解析以降が私が独自に行った研究となる。

まず、第1部で述べたMulti-band Stretch法を用いてSDSS超新星の多波長光度曲線のパラメータ化を行い、SDSS超新星を光度曲線の形に基づいて(1)"abnormal"、(2)"broad"、(3)"normal"、(4)"narrow"の4種類に分類し、それぞれの測光的性質についてまとめ、これらSDSS超新星の間に進化が見られるかどうかについて検討を行った。その結果、ダストの影響を排除した"normal"なIa型超新星においては、BバンドおよびVバンドの最大光度では、赤方偏移が0.4までの範囲で、有意な進化は認められないことを初めて示した。また、遠方において"broad"に分類されるIa型超新星が顕著に見られることも初めて発見し、これらがIa型超新星の進化の結果である可能性を指摘した。これらの結果をふまえ、"normal"なIa型超新星のBバンドの最大光度を、どのように補正して使うべきか検討を行った。その結果、青いIa型超新星を光度補正したサンプルの分布のばらつきがもっとも小さく、またその物理学的背景が比較的明確であるとの理由から、距離指標として使うべきサンプルであることを、中遠方赤方偏移の大規模なIa型超新星のサンプルに基づき初めて提示した。以上の内容については、The Astrophysical Journalへの投稿を予定している。

また、第1部および第2部における解析を通じ、母銀河におけるダストの性質についての研究も行った。超新星の色分布は、減光係数の波長依存性を銀河系のダストと同じ性質であると仮定して考えても矛盾のないことを確認した。また、減光係数の絶対値についても、超新星の真の色は必ずしも光度曲線の形に依存しないという前提の元では、やはり銀河系のダストと同じ性質を持つと考えても矛盾がないことを初めて指摘した。以上の内容についても、The Astrophysical Journalへの投稿を予定している。

図1SDSS超新星の赤方偏移方向の分布を示した図。縦軸には見かけのBバンド等級である。▲は2005年、●は2006年に発見されたことを示しており、白抜きのものは分光的には同定されていないIa型超新星である(信頼度は塗りつぶされた点に比べて相対的に低いが、Ia型超新星である確率は高い)。点線はそれぞれ(a)SDSS望遠鏡の検出限界および(b)シミュレーションから推測された100%検出の限界等級を示している。短い破線は2005年の観測における色に基づいた観測バイアス、長い破線は2006年のものである。実線は絶対等級が一19等の天体が各赤方偏移で何等級に相当するかを示した線で、大部分のSDSS超新星はこの実線付近に分布していることがわかる。一方で、この実線を大きく上回るもの(暗い天体)が存在していることもわかる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文はイントロダクションと2部からなる。イントロダクションではIa型超新星(SNeIa)の観測の歴史を紹介したあと、SNe Ia を用いて宇宙論的な距離を測る方法とその問題点を説明している。それらの問題点に観測データに基づく考察を与えることが本論文の主目的となっている。SNe Ia は非常に明るく、その明るさが銀河などに比べて一様であるため、宇宙論的な距離を測る標準光源として使われているが、距離を正確に測るためには、解決しなければならない主な問題が3つある。SNe Iaの個性、母銀河におけるダスト、そして進化の問題である。

個性の問題は主として第1部で扱われている。SNe Ia の明るさは他の諸天体に比べて相対的に一様であるが、必ずしも均質ではない。したがって、この個性を補正して標準光源としての性質を揃える必要がある。よく知られている補正方法はSNe Ia の光度曲線と最大光度の間の相関を利用する方法である。この方法は、どのように光度曲線の情報をパラメータ化するかという点においていくつかの流儀があり、それぞれに一長一短がある。近年では多波長での測光観測および分光観測が主流となってきており、これらの観測によって取得されたデータを最大限に活かす補正方法が必要とされている。

第1部では、まず既に報告されている122個の近傍SNe Ia の多波長光度曲線を用いて、光度曲線の解析手法の開発を行った。具体的には、単波長光度曲線の解析に用いられていたStretch 法を多波長に拡張したMulti-band Stretch 法を提案し、その実現のために光度曲線のテンプレートを新たに作成した。この方法は、先行研究の手法と比べ、SNe Ia の個性を反映しやすい点が特徴である。これにより、これまで一括りにされていた超新星の分類や、これまではSNe Ia ではないとして落とされる可能性のあったものも扱えるようになった。この手法は第2部で用いられ、新しいタイプのSNe Ia を発見することに繋がっており、本論文の重要な要素の一つとなっている。

母銀河におけるダスト、そして進化の問題は主として第2部で議論されている。第2部では、Sloan Digital Sky Survey(SDSS)-II 超新星探索プロジェクトによって発見された中赤方偏移SNe Ia (以下SDSS超新星)の多波長光度曲線を用いて、標準光源として用いるべきSNe Ia の条件を検討している。SDSS-II 超新星探索プロジェクトはこれまで不足していた赤方偏移0.1~0.5 のSNe Ia の発見と追加観測を目的とした3カ年の国際プロジェクトで、論文提出者もその一員として参加している。本論文では最初の2年間に発見された373個のSNe Ia を利用しており、中赤方偏移のサンプル数としては世界最大規模となっている。これに第1部で述べた Multi-band Stretch 法を適用してSDSS超新星の多波長光度曲線のパラメータ化を行い、光度曲線の形に基づき(1)"abnormal" (2)"broad" (3)"normal"(4)"narrow"の4種類に分類した。さらに"normal"に分類できるSNe Ia の性質が最も一様であることを、中赤方偏移のサンプルを用いて初めて示した。

通常、ダストによる減光の効果によって光は赤化し、この赤化量を測って減光量が補正される。しかし、赤化量を知るには、そもそもSNe Ia がどのような色をしているのかを知らねばならず、簡単ではない。また、遠方に出現したSNe Ia を用いて距離を決定するには近傍と遠方で超新星の性質が変化していないことが前提となっている。この前提を確かめるためにダストの影響が小さいとみなせる、見かけの青い"normal"なSNe Ia に着目した。その結果BおよびVバンドの最大光度では赤方偏移が0.4までの範囲で有意な進化が認められないことを初めて確認した。この事から、見かけの青い"normal"なSNe Ia が距離指標として最も適当であることを中赤方偏移の大規模なサンプルに基づき初めて提示した。

また、赤方偏移が0.1 以上のSDSS 超新星の中に、近傍ではほとんど見られない光度曲線の幅の広いSNe Ia ("broad")が多く見られることを初めて指摘した。これらのSNe Ia は"normal"なものと同程度の明るさであり、光度曲線の幅から期待される明るさより暗いことも発見した。この発見は2つの点において重要である。一つはこのタイプのものは通常の光度曲線の幅と絶対光度の関係に乗らないため、距離指標として使うべきでないことを示した点である。もう一つは近傍には見られないということからSNe Ia の進化の可能性も考えられ、理論的興味を喚起するためである。

本論文はSNe Ia を標準光源として用いる場合、どのようなサンプルを用いるのが最適であるかを示したものであり、宇宙論や天文学上高い意義を有すると評価できる。

なお、本論文第1部は、土居守、安田直樹氏と、第2部は土居守、安田直樹、時田幸一、Joshua Frieman、Masao Sako、Rick Kessler 氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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