学位論文要旨



No 123291
著者(漢字) 平松,正顕
著者(英字)
著者(カナ) ヒラマツ,マサアキ
標題(和) 移ろいゆく星形成-ミリ波サブミリ波によるカメレオン座分子雲の観測的研究
標題(洋) Chameleonic Star Formation - A Millimeter/Submillimeter Study of Chameleon Molecular Cloud
報告番号 123291
報告番号 甲23291
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5172号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 田中,培生
 東京大学 教授 海老沢,研
 東京大学 准教授 関本,裕太郎
 国立天文台 教授 富阪,幸治
 東京学芸大学 准教授 土橋,一仁
内容要旨 要旨を表示する

私は、主要な星形成領域のひとつであるカメレオン座分子雲について、初めてサブミリ波分子輝線とミリ波連続波による大規模な観測を行い、その結果を博士論文としてまとめた。

太陽も含めた宇宙に輝く星は、一般に星間に存在する星間物質が重力によって寄り集まって作られるものである。星間物質の集合体としては、太陽の数十万倍の質量を有する巨大分子雲(GMC)や、1万倍程度の質量を持つ暗黒星雲などがある。GMCの中では、太陽のように比較的軽い星から太陽の100倍近くある重い星が生まれているが、暗黒星雲の中では太陽程度の質量の星しか誕生していない。

星が作られるペースは、重力のみによって星間物質が寄り集まって誕生するものよりもずっとゆっくりしている。星間に存在する磁場の力なども指摘されているが、星間空間に存在する超音速乱流も重要である。ランダムに星間物質が運動することで、重力に抗する力となりうるのである。しかし超音速乱流は周囲の星間物質内を通るときに、衝撃波を生じてすぐにそのエネルギーを失ってしまう。しかし、この超音速乱流は様々な分子雲で普遍的に観測されるため、何らかのエネルギー注入メカニズムが必要と考えられている。そのメカニズムとしては、生まれたばかりの星が放出するアウトフロー、超新星爆発による圧縮、銀河系内を分子雲が回転する際の周囲の分子雲との衝突などが挙げられる。このように、星形成は周囲の環境に大いに影響を受けて進展していく。

カメレオン座分子雲は、太陽からの距離160~200パーセクに位置する小質量星形成領域である。この領域には3つの主要な分子雲(Cha I,II,III)が存在し、星形成活動の度合いが各分子雲で異なっている。ChaIでは、よく知られた星形成領域であるおうし座分子雲の5倍以上の星が集団的に活発に作られているのに対し、ChaIIでは星形成活動度は比較的穏やかである。一方、ChaIIIでは、星形成活動の兆候が見られない。互いに近くにありながらこれほどまでに星形成の様子が異なっていることは非常に興味深いが、その原因はわかっていない。

私は、このカメレオン座領域の星形成活動を調査するため、チリ・アタカマ高地に設置された口径10mサブミリ波望遠鏡ASTEを用いて、350GHz帯の分子輝線と、ダストが放射する270GHz帯の連続波の観測を行い、以下のような結果を得た。

分子輝線では、CO分子のJ=3-2遷移、HCO+分子のJ=4-3輝線を主に観測した。CO輝線では、原始星が放出するアウトフローについての情報を得ることができる。観測したのは、当該分子雲の中でも代表的な星形成領域であるCederblad(Ced)110,112とDC303.8-14.2である。CO輝線によって、これら3領域のいずれにおいてもアウトフローを検出した。HCO+輝線は、分子雲の中でも非常に高密度な領域(1cm3あたり水素密度が106個)から放射されることが知られているが、Ced112領域ではこの輝線が観測されなかった。これは、この領域にそのような濃い星間物質の集合体が存在しないことを示している。

Ced110は、原始星が密集した領域として知られている。本研究によって、そのうち2個の原始星(IRS4,IRS6)から放出されたアウトフローを検出することができた。また、HCO+輝線も検出されており、4個の若い天体を包み込む大きな高密度ガスの塊が存在していることが明らかになった。この領域で最も若いと考えられている天体はCha-MMS1と言う名前であるが、この天体の周囲には原始星アウトフローは検出されなかった。これは、Cha-MMS1の内部でまだ星が形成されていないことを示している。一方、IRS4から放出されたアウトフローが、Cha-MMS1に衝突しているような振る舞いを見せていることもわかった。アウトフローはMMS1の直前で方向を変えており、MMS1の外層部のガスがアウトフローに押されるような方向に運動していることがわかった。アウトフローの運動量を計算したところ、MMS1内部のガス運動に大きな影響を与えるだけの強いアウトフローであることがわかった。こうしたアウトフローと周囲の分子雲コアの衝突によって、衝突を受けた側の分子雲コアの中で物質が圧縮されて新たな星が作られるという例も報告されているが、Cha-MMS1ではアウトフローが観測されていないため、このような誘発的星形成は起きていないものと考えられる。

DC303.8-14.2でも、アウトフローと原始星を取り巻く高密度ガスが観測された。この天体で興味深いのは、原始星を取り巻くエンベロープ成分が、アウトフローに引きずられテイルと考えられるような運動をしていることである。一般にはエンベロープ成分はこれから中心の星に落下していく物質があつまったものであるが、この天体では逆に中心の星から遠ざかる方向に動いているのである。エンベロープの大きさと外側に移動している成分の速度から考えると、このような現象は物質が寄り集まって星ができる106年のうちの、わずかに104年でのみ起きている現象であることがわかった。この天体は、星になるための物質を活発に集める最終段階にいるのであろう。

270GHz帯の連続波観測は、マサチューセッツ大学他が開発した144画素カメラAzTECを用いて実行した。この連続波観測では、原始星や原始星になる前の段階の分子雲コアを選択的に観測することができる。観測範囲はChaIとII全体を十分にカバーできる、5平方度、2平方度以上であった。観測の結果検出できる最小の分子雲コアの質量は、太陽質量の10%以下まで抑えることができた。カメレオン座領域においてこれほど広範囲かつ高感度の観測は、本研究がはじめてである。

この観測の結果、ChaI分子雲で81個、ChaII分子雲で25個の若い天体または分子雲コアを検出することができた(図にChaI分子雲の結果を示す)。それぞれの領域での天体の質量の合計は、31.6太陽質量と26.9太陽質量であった。これは、(13)CO輝線で測定された質量のそれぞれ4%、3%であった。これらの天体の分布の仕方は、ChaIとIIで異なっている点が興味深い。ChaIでは、南北4pcを超えるフィラメント状構造の中に天体が分布しているのに対し、ChaIIではそのような大きな構造は検出されず、いくつかの明るい天体の周りに数個の暗い天体が付随している、という分布を見せている。同領域をC(18)O1-0輝線で観測した結果と本研究の結果を比較してみると、同じ天体を検出していると考えられるにもかかわらず、観測結果から導出される質量の相関は必ずしも良いものではなかった。これは、ふたつの観測手法にそれぞれ弱点があり、連続波観測では大きく広がった成分を検出しにくく、C(18)Oの観測では低温高密度領域でこの分子がダスト表面に吸着されてしまうために正確な質量が求めにくい。しかしこれを逆手に取ると、連続波の観測結果から大きな質量が求められるものは比較的中心集中度が高いものと考えられる。中心集中度が高いものはその内部に原始星が存在しているかまさに原始星を形成する直前の段階である可能性が高く、今後の研究に向けたよいサンプルとなる。

検出された天体のうちすでに星が生まれているものを除いた66個と19個について、質量の分布を調べた。ChaIの天体の質量関数の形は、へびつかい座やペルセウス座領域で観測された天体の質量関数の形と極めてよい一致を示した。さらに、同領域で観測された星の質量関数とも良い一致を示した。星の質量がどのようにして決まるのか、というのは古典的ではあるが重要な問題のひとつである。本研究の結果は、星が作られる前の分子雲コアの段階で、その質量分布が決定されているという考え方を支持するものである。一方でChaII領域の天体の質量関数は、ChaIの質量関数に比べて軽い天体が少なく、重い天体が多い分布となった。このような違いが出てきた原因は、ChaIIの天体が19個と少ないことが関係している可能性がある。星間雲内の乱流速度が大きいと分子雲がより小さなスケールの分子雲コアに分裂するため、この質量関数が変化することが指摘されている。しかし、本研究の場合ChaII領域の方が観測された乱流速度は大きいため、質量関数を変化させる方向とは逆の振る舞いを見せている。よって、この質量関数の形の違いの起源を乱流に求めることはできなかった。また、すべての天体の質量は10Kとして計算しているが、実際の温度がこれより高い場合には、10Kを仮定して算出した質量は過剰となる。カメレオン座領域の天体は一般に過去の観測が乏しいため精度の良い質量・温度の導出が難しいが、赤外線観測衛星「あかり」やSpitzerの観測結果と本研究の結果を合わせて、個々の天体の性質を探っていくことは今後の課題である。

また、上記の連続波と分子輝線観測の結果を総合すると、ChaI分子雲内で北側から南側に向かって1頂に星形成が進んできたことを示唆する兆候が見えている。最北端のCed112では、分子輝線観測の結果から高密度の分子ガスが存在しないことがわかった。連続波でもこの領域には比較的進化の進んだ星からの放射が卓越しており、これから星を作るような天体は極めて少なかった。ChaI中央に位置するCed110には若い天体が数多く存在し、連続波観測でもChaI領域で最も顕著な放射が観測された。より南方では、若い星はあまり多く見られないが、連続波では分子雲コアと思われる天体が数十個集中していた。これは、この領域での星形成活動がまださほど進んでいないことを示しているものと思われる。

図.ChaI分子雲における連続波検出天体(小円)の分布。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は5章からなり、主要な研究結果は第3章と第4章で述べられている。それぞれ、ミリ波サブミリ波帯における分子輝線および連続波について、南米チリ・アタカマに設置されているASTE望遠鏡を用いて観測を行い、カメレオン座分子雲の星形成の空間・時間構造についての新しい結果が述べられている。

第1章では、星形成研究の現状が概観されている。特に、小質量星形成について、本論文の主要テーマである、分子雲でのフラグメンテーション、およびその結果形成される、原始星の母体となる分子雲高密度コアの重要性にっいて述べられている。

第2章では、今回の観測対象であるカメレオン座分子雲が概観されている。この分子雲は大きく3っの分子雲(ChaI,II,III)に分かれており、これらの3領域は星形成効率、年齢等が異なる。星形成の起因として考えられている、分子雲間衝突、近傍のOBアソシエーションによるトリガー、乱流などの重要性が述べられている。

第3章では、ASTEによる345GHz帯の分子輝線:CO(J=3-2)、(13)CO(J=3-2)、HCO+(J=4-3)、H(13)CO+(J=4-3)の観測とその結果が述べられている。まず、CO輝線の観測からChaIの2領域(Ced110とCedI12)およびChaIIの1領域(DC303)で新たに分子アウトフローを検出した。さらに、Ced110領域で発見されたアウトフローは隣接する高密度コアに衝突していることを発見した。これらは、星形成直後の様々な活動性を明確に示したと言える。また、DC303内の原始星周囲での高密度ガスがアウトフローと逆の速度勾配を持っていることを発見した。これは、Class0からClass1への進化に際して円盤状エンベロープがアウトフローによってはぎ取られていく様子を初めて検出したことを意味する。一方、高密度コアをトレースするHCO+輝線は、2領域では検出されたものの、ChaI-Cedl12領域では検出されなかった。下で述べる連続波観測の分布とも合わせて考えると、同じChaI領域内でも、Ced110に比べてCed112の方が星形成が進んでおり、星形成が北から南へ空間的に移動していることを明らかに示す。

第4章では、ASTEによる270GHz帯連続波の高感度無バイアスサーベイ観測とその結果が述べられている。この連続波は低温の星間ダストから放出されると考えられ、この詳細な強度分布は高密度コアの分布を示す。観測領域はChaIとChaII全体をカバーし、0.1太陽質量までの分子雲コアを検出することが可能な感度を持つ。つまり、これほどの高感度かっ広領域のミリ波連続波観測は初めてである。その結果、Cha Iで81個(計32太陽質量)、ChaI Iで25個(計27太陽質量)のコアを検出した。この結果をCl80輝線での結果と比べると、同じ天体を検出しているにもかかわらず、それらから求められる質量の相関は必ずしも良くない。これは、両者の観測手法にそれぞれ特徴があり、つまり、C(18)O輝線では拡がった成分を検出しやすいのに対して、連続波では分子のダスト表面への吸着の影響を受けず、分子雲コアの中心部を検出しやすい。このことから、連続波観測は中心集中度の高い天体、つまり内部に原始星を含むかまたは原始星形成直前のコアを選択的に検出していると考えられ、今後の詳細な研究のための大変良いサンプルを提供する。検出された天体の内、すでに星が形成されている天体を除いた66個(Cha I)と19個(Cha II)について、コアの質量関数を調べた。その結果、α2から3太陽質量の範囲内で、質量関数dN/dM∞(-γ)において、γ=2.1(Cha I)、1.8(Cha II)が得られた。これらの値はペルセウス座分子雲やへびつかい座分子雲に対して報告されている値と良い一致を示す。さらに、これらのコア質量関数の指数は標準的な星の初期質量関数の指数(cf.2.35;Salpeter)とも矛盾しない値であり、このことは、この分子雲での小質量星形成の初期質量関数が、分子雲コアの段階でほぼ決められており、分子雲コアが星の直接の形成母体であることを示唆する。

第5章では、本論文の結論と問題点および今後の展望がまとめられている。

以上のように本論文は、AL甑における今後の星形成の研究において重要な役割を果たすカメレオン座分子雲を対象として、ミリ波サブミリ波の分子輝線および連続波を用いた高感度・広領域の観測によって、アウトフローや高密度コアを多数検出し、この分子雲全体における星形成の諸現象、空間・時間的構造の詳細、星形成効率および分子雲コアの質量関数を明らかにしたものである。これらの結果は、星形成の観測的研究において、高く評価できる。なお、本論文は、早川貴敬、立松健一、亀谷和久、大西利和、水野亮、山口伸行、長谷川哲夫(第3章)および川辺良平他(第4章)との共同研究であるが、論文提出者が主体となって観測、解析、議論を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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