学位論文要旨



No 123293
著者(漢字) 村岡,和幸
著者(英字)
著者(カナ) ムラオカ,カズユキ
標題(和) 近傍の棒渦巻銀河M83における高密度ガスの性質と星形成
標題(洋) Dense Gas Property and Star Formation in the Nearby Barred Spiral Galaxy M83
報告番号 123293
報告番号 甲23293
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5174号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坪井,昌人
 東京大学 教授 村上,浩
 東京大学 准教授 奥村,幸子
 名古屋大学 准教授 大西,利和
 国立天文台 准教授 和田,桂一
内容要旨 要旨を表示する

銀河における星形成の「則」を支配する物理は何なのか。これは現代天文学に残された問題の一つであり、銀河進化を解明する上でも欠かせない。よく知られた星形成則としては、1959年にSchmidtにより提唱され、長年にわたって今なお重要な研究課題となっている「シュミット則」がある。これは、星形成の材料となる分子ガスの総量と星形成率の間にはべき乗の関係が成り立っているというものだ。しかし、分子ガスには希薄な成分から星形成に直結した高密度の成分まで、様々な密度構造が存在する。従って、それらの区別をしない「分子ガスの総量」は星形成の詳細な物理を説明する上で不十分である。

星が誕生する際には、分子ガスが収縮し高密度化しているという状態を必ず経ている。従って、分子ガスの密度に着目して星形成活動との関係を探るのが自然な考え方だろう。中でも、全分子ガス量に対する高密度ガスの存在割合(dense gas fraction)というパラメータが最近注目を集めている。ここでは高密度ガスを、水素分子の個数密度が104 cm(-3)を超えるようなガスとする。

2004年、Gao & Solomonはdense gas fractionの良い指標であるHCN(J=1-0)/CO(J=1-0)輝線強度比と星形成効率(単位ガス質量あたりの星形成率)の間に強い相関があることを示した(図1参照)。これは、同じ量の分子ガスがあった場合、そこで発生する星形成率を支配するのは、どれだけ多くの高密度ガスが存在しているか(=dense gas fraction)であることを意味する。

ただし、この結果は渦巻銀河や高光度赤外線銀河の中心領域のみ、若しくは銀河全体を積分したものに対する結果であることに注意する必要がある。しかも、各データの空間分解能は30"以上(多くの銀河について1kpcより大きなスケール)と、決して良くはない。即ち、分子雲複合体(GMA)のスケール(~数100pc)や巨大分子雲(GMC)のスケール(~数10pc)でも同様の関係が成立するかは不明である。更に、銀河の中心領域と円盤領域とで同じ星形成則が成立しているのかどうかも不明である。従って、dense gas fractionと星形成効率の相関についての研究を、

(1) 高い空間分解能(最低でもGMAスケール)においても、同様の相関が見られるかを調べる、

(2) 銀河の円盤領域でも、同様の相関が見られるかを調べる、

という具合に拡張していく必要がある。

とはいえ、HCN(J=1-0)輝線は強度が弱く、近傍銀河でも円盤領域の広範囲のマッピングは難しい。今のままでは、特に(2)の課題を解決するのが難しい状況にある。

そこで本研究ではCO(J=3-2)輝線を新たな高密度ガスのトレースとして用い、銀河の円盤領域においてdense gas fractionと星形成効率の相関を調べることを試みた。CO(J=3-2)輝線はHCN(J=1-0)輝線と同様に密度が104 cm-3の高密度ガスをトレースするので、CO(J=3-2)/CO(J=1-0)輝線強度比はdense gas fractionの良い指標になると考えられる。また、CO(J=3-2)輝線は(物理状態にもよるが)CO(J=1-0)輝線と同程度の強度を持つので、円盤領域での輝線検出も容易である。

本博士論文では、近傍の棒渦巻銀河M83(距離4.5Mpc)をサンプルとし、その中心から円盤領域にわたってdense gas fractionと星形成効率の相関を調べた。dense gas fractionの指標としては、HCN(J=1-0)/CO(J=1-0)比とCO(J=3-2)/CO(J=1-0)比を用いた。また、星形成率は減光補正を施したHα輝線の光度から計算し、分子ガスの面密度はCO(J=1-0)輝線強度から計算した。両者の比が星形成効率となる。

まず、野辺山ミリ波干渉計(NMA)を用いたCO(J=1-0)輝線、HCN(J=1-0)輝線、および95 GHz電波連続波の観測をM83の中心領域に対して実行した。その目的は、M83中心のスターバースト領域においてdense gas fraction(HCN/CO比)と星形成効率の相関が160 pc程度の空間分解能で見られるかどうか探ることと、dense gas fractionと星形成効率の関係からスターバーストの性質に制限を加えることである。

観測の結果、dense gas fractionと星形成効率のマップはよく一致していたが、そのピーク位置には僅かなずれが存在していることがわかった。円盤から中心に向かう分子ガスの流れを考えたとき、dense gas fractionマップのピークは上流側、星形成効率マップのピークは下流側に位置していた。これは、高密度ガスが形成された後に星が生まれるという、星形成の流れを明瞭に捉えたものである(図2)。また、図1にあるものと同様に横軸にHCN/CO比、縦軸に星形成効率をとったプロットを作成した(図3)。右上がりの相関に加えて、HCN/CO比が高いのに星形成効率が低いという点も散見された。これは、正に図2で見られた両者のピークのずれを反映したものである。これを元に、HCN/CO比-星形成効率プロット上での星形成(スターバースト)発現の流れを見出すとともに、スターバースト領域(~300pc)を空間分解した上で、そこでのdense gas fractionと星形成効率の相関を初めて示した。

次に、M83の中心から円盤領域に対してアタカマサブミリ波望遠鏡(ASTE)を用いたCO(J=3-2)輝線観測を実行した。その目的は、M83の中心から円盤領域にわたってCO(J=3-2)/CO(J=1-0)比の空間変化を調べ、それがHCN(J=1-0)/CO(J=1-0)と同様にdense gas fractionを反映しているかを調べること、およびCO(J=3-2)/CO(J=1-0)比が星形成効率と相関しているか調べることである。ここでは、CO(J=1-0)は既に野辺山45m電波望遠鏡で取得されていたデータを用いた。各データの空間分解能は、480 pcほどである。

観測の結果、CO(J=3-2)輝線は強度が強く、円盤領域でも明瞭に検出できた。そして、銀河円盤まで含めたCO(J=3-2)/CO(J=1-0)比の変化をとらえることに初めて成功した。比は銀河中心で1前後と高く、円盤領域では平均0.6程度にまで下がった。しかし、銀河回転に対して上流側で比が低く、下流側で高いという局所的な傾向も見られた。更に、M83の各領域(中心、棒状構造、渦巻腕など)について、横軸にCO(J=3-2)/CO(J=1-0)比、縦軸に星形成効率をとったプロットを作成した。HCN/CO比の場合と同様に右上がりの相関が見られたが、各点のばらつきは大きく、また相関は直線的ではなく、CO比が高いところで星形成効率に超過が見られた(図4)。

なぜこのような傾向が見られたのかを明らかにするため、理論計算を用いて、輝線強度比と分子ガスの物理状態(温度、密度)がどのような関係にあるかを調べた。CO(J=3-2)/CO(J=1-0)比は確かにガス密度に対する依存性を持つ(即ち、dense gas fractionを反映する)が、その一方でガス温度に対する依存性も無視できないことがわかった(温度が高いと輝線比が上がる)。HCN/CO比は温度依存性がほとんどないため、図4のプロットにおける大きなばらつきは、ガス温度の違いで説明できることがわかった。また、CO(J=3-2)/CO(J=1-0)比は1近くになるとガス密度との関係が崩れ、一定以上ガス密度が上がっても(つまりdense gas fractionが上がっても)輝線比は変化しなくなることもわかった。CO比が1付近のところで見られる星形成効率の超過は、このような性質が背景にある可能性が高い。

このように、CO(J=3-2)/CO(J=1-0)比単体では、dense gas fractionの指標としては些か精度を欠くことがわかった。そこで、その見積もり精度を上げるために、もう一つの輝線を適用した。それはCO(J=1-0)の同位体である13CO(J=1-0)輝線である。これを加えることで、CO(J=3-2)/CO(J=1-0)比と13CO(J=1-0)/CO(J=1-0)比という二つの輝線強度比を得ることができ、CO(J=3-2)/CO(J=1-0)比の温度と密度の依存性を切り分けることに成功した。これを利用して分子ガス密度を求め、それを横軸に、星形成効率を縦軸にとったプロットを作成した(図5の黒い四角)。点数こそ少ないが、右上がりの明瞭な相関が見られた。更に驚くべきことに、NMA観測から得られたHCN/CO比から平均のガス密度を計算して同じプロットを描くと(図5の赤い菱形)、両者はほぼ同じ相関に乗ることがわかった。これは、空間分解能が異なっても(150 pcと480 pc)、また銀河中心から円盤まで場所が違っていても、ガス密度(即ちdense gas fraction)と星形成効率の関係は変わらないことを意味する。即ち、分子ガス密度が星形成の強さ(星形成効率)をコントロールするという物理がM83内部において普遍的なものであり、更にSFE=10-12.4 n(H2)0.96という一つの関数形で、密度レンジ一桁にわたって記述できることを初めて見出した。

図1:Gao & Solomon (2004)によって示された、HCN/CO1輝線強度比と星形成効率の相関 。一桁以上にわたって相関が成立している。これは、星形成効率がdense gas fractionに依存している、という両者の関係を示したものである。

図2:M 83中心において、HCN/CO輝線強度比のマップ(白の等高線)に、星形成効率のマップ(擬似カラー)を重ねたもの。両者の分布は大まかに一致しているが、僅かな位置ずれが見られる。

図3:M 83中心において、HCN/CO輝線強度比と星形成効率の関係をプロットしたもの。M83の中心核(赤や緑の点に対応)は、非常に明瞭な正の相関を見せている。一方、中心から北側に離れた場所(黒の点:ちょうど図2で位置ずれが見られる場所に対応)では、HCN/CO比が高いのに星形成効率は低くなっている。これは、星形成直前に高密度ガスが形成されつつある段階を反映したものであると考えられる。

図4:M 83の中心から円盤領域にかけての、CO(J=3-2)/CO(J=1-0)輝線強度比と星形成効率の関係をプロットしたもの。全体的には正の相関があるように見えるが、その関係は直線的ではない。また、プロット点のばらつきがHCN/CO比と星形成効率の相関に比べて大きい。CO(J=3-2)/CO(J=1-0)比は、HCN/CO比に比べてガス密度に対する輝線比の飽和が早く、更にガス温度に対する依存性が大きいため、明瞭な直線は見られない。

図5:M 83の中心やdiskなど様々な場所において、分子ガス密度(dense gas fractionを反映)と星形成効率の関係をプロットしたもの。黒い点は、野辺山45m鏡やASTEによる観測から得たCO(J=3-2)/CO(J=1-0)比と13CO(J=1-0)/CO(J=1-0)比の値から密度を推定したもの。赤い点は、NMA観測で得たHCN/CO比の値から分子ガス密度を推定したものをあらわす。興味深いことに、両者では観測領域や空間分解能がそれぞれ異なっているにも関わらず、ガス密度と星形成効率の 相関はほぼ同じ直線に乗ることがわかった。

審査要旨 要旨を表示する

本博士論文は5章からなる。第1章はイントロダクションであり本博士論文の研究の目的が述べられ、この分野の状況が手際良く概観されている。銀河における星生成は「シュミット則」と呼ばれる、星生成率の面密度が銀河中の分子ガスの面密度のベキ乗で表されることが良く知られている。しかし銀河中に分子ガスは様々な形で存在するので、分子ガスの面密度が意味する分子ガスの総量では、結局分子ガスの何が単位質量あたりの星生成率である星生成効率を実際にコントロールしているは明確ではなかった。最近、T(HCN1-0)/T(CO1-0)の比が星生成効率と良い相関があることを見いだされた。この相関は銀河中の分子ガスのうち高密度ガスの割合が星生成を実際にコントロールしていることを示唆している。ただし、この観測は渦巻銀河全体または銀河中心領域に限られた観測を基にしている。これを踏まえて、この論文の目的が、より高い分解能での観測により分子雲集合体のスケールではこの相関がどうなっているかを明らかにすること、また銀河の円盤部ではこの相関はどうなるかを明らかにすることであることが述べられている。この相関関係が銀河全体より小さいスケールで、かつ質量で大部分を占める円盤部でどうなっているかを明らかにすることは相関関係の検証の次のステップとして必須のことと判断する。また上記の検証が、近傍の棒渦巻き銀河M83 のみを観測することで可能であることが示されている。

本論文第2章ではM83 中心部を野辺山ミリ波干渉計を用いてHCN J=1-0、CO J=1-0 両輝線で観測し、分子ガス全体に対する高密度分子ガスの割合を示すT(HCN J=1-0)/T(COJ=1-0)の比の分布を明らかにした。またスピッツアー衛星の24 ミクロンMIPS 赤外線検出器のデータより減光を補正した星生成効率の分布を求めた。両者が良い相関にあることを確認するとともに両者ピーク位置の『わずかなズレ』を見いだし、それを分子ガスの流れによって説明した。『わずかなズレ』は空間分解能の限界に近いので意見が分かれるが、高密度分子ガスの割合と星生成効率の分布を比べて空間分解した形で相関を表すことに初めて成功して、第1章で述べられた第1の目的が達成されている。これは重要な結果であると評価する。

本論文第3章ではサブミリ波望遠鏡ASTE でM83 の全域に渡りCO J=3-2 輝線で撮像観測した。サブミリ波CO J=3-2 輝線の観測は以前から存在したが中心部周辺に限られていた。この観測は銀河全体でのCO J=3-2 輝線の分布を明らかにした画期的なものである。M83 など銀河の円盤部ではHCN 輝線は弱く現在の電波望遠鏡では膨大な観測時間を必要として現実的ではないので、このCO J=3-2 輝線のデータを活用し、野辺山45m 鏡によるCO J=1-0輝線の分布と合わせてM83 全体でT(CO J=3-2)/T(CO J=1-0)の比から高密度分子ガスの割合の分布を明らかにした。円盤部の棒状構造、渦巻き腕等の構造でこの比による高密度分子ガスの割合と星生成効率の間の相関関係を確認した。しかし同時にこの比では温度分布とも相関してしまいT(HCN J=1-0)/T(CO J=1-0)の比ほどは良い相関でないことも明らかになった。

本論文第4章では第3章で示した欠点を解消するため、CO J=1-0、CO J=3-2、13CO J=1-0の3本の輝線のデータから、分子雲の輝線解析の標準モデルであるLVG(Large VelocityGradient)モデルにより分子雲の温度と密度の状態を解き、高密度分子ガスの割合に相当する平均分子密度を導出している。この平均分子密度が銀河全体に渡って星生成効率と良い相関があることを示し、銀河中心部でも円盤部でも星生成効率を実際にコントロールしているのが高密度分子ガスの割合であることを明らかにした。

本論文第5章は以上の章のまとめである。

この論文は渦巻き銀河中の星形成効率が銀河中心部でも円盤部でも分子雲における高密度分子ガスの割合でコントロールされていることを分子雲集合体のスケールで初めて明らかにしたものであり、天文学的に重要な成果であると評価する。

なお、第3章の一部分はCortes 氏らとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行なったもので論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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