No | 123294 | |
著者(漢字) | 吉田,真希子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヨシダ,マキコ | |
標題(和) | 多波長観測に基づく宇宙初期の銀河の性質 | |
標題(洋) | Properties of Galaxies in the Early Universe from Multiwavelength Observation | |
報告番号 | 123294 | |
報告番号 | 甲23294 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5175号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 天文学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 銀河がいつどのようにして形成されどのように進化してきたかという問題を明らかにするためには、高赤方偏移銀河を直接観測しその性質を調べることが不可欠である。我々は広視野で非常に深い多波長観測データに基づき、赤方偏移z~3-5におけるLyman-break銀河(LBGs)の詳細な研究を行った。観測領域は、2つのブランクフィールド、Subaru Deep Field(SDF)とSubaru/XMM-Newton Deep Field(SXDF)である。これらの2つのフィールドは、国立天文台ハワイ観測所の「観測所プロジェクト」、Subaru Deep FieldプロジェクトとSubaru/XMM-Newton Deep Surveyプロジェクトの観測領域として選ばれており、すばる望遠鏡/Suprime-Camを初めとした多くの望遠鏡と観測装置によって、広い波長範囲に渡り精力的な観測がなされている。現在検出されている高赤方偏移銀河は、観測する波長や手法によっていくつかに分類されている。その一つであるLBGsは、可視光帯に赤方偏移された静止系紫外光スペクトルの特徴(ライマン端の前後での連続光のフラックスの落ち込み)を手がかりに見つけられる、若い星形成銀河である。LBGsは今日最もよいサンプルが得られる高赤方偏移銀河であり、現在の宇宙に見られる銀河と同程度に数多く存在することから、高赤方偏移宇宙における最も主要な種族の一つと考えられる。本研究では、銀河の形成の歴史を背後にあるダークマターハローと関連づけながら明らかにするために、LBGsの測光的性質とクラスタリングの性質を調べた SDF(875arcmin2,i'〓26.85,z'〓26.05)においてz~4とz~5のLBGサンプル、SXDF(740arcmin2,z'≦25.5)においてz~3のLBGサンプルを構築した。z~3のLBGs(U-dropLBGs)はU-VversusV-z'ダイアグラム、z~4のLBGs(B-drop LBGs)はB-RversusR-i'ダイアグラムを使って選び出した。z~5LBGsについては2種類の2色図、V-i'versus i'-z'ダイアグラム、R-i'versus i'-z'ダイアグラムを使用した(それぞれ、V-drop LBGs、R-drop LBGs)。検出されたLBGsの数は、962(U-drop LBGs)、3,808(B-drop LBGs)、539(V-drop LBGs)、240(R-drop LBGs)である。分光観測によって赤方偏移が求められている天体の2色図上での分布を調べた結果、採用した選択基準の信頼性は高いことが確かめられた。モンテカルロシミュレーションを実施してこれらのサンプルのコンプリートネスとコンタミネーションを推定した。シミュレーションによって得られたサンプルの赤方偏移分布は、分光観測によって求められた分布とよく一致した。サンプルのコンタミネーションはV-drop LBGサンプルを除いてすべての等級で5%と非常に小さく、またV-drop LBGサンプルについてもせいぜい20%であった。 まず、これらのサンプルを用いてz~3-5のLBGsの静止系紫外光光度関数を導出した。SDFの非常に深いデータによって、z~4とz~5の光度関数を非常に暗いところまで求めることができ(z~4でMuv=-192、z~5でMuv8-20.3)、光度関数の進化を広い等級範囲に渡って調べることが可能になった。また、z~4とz~5について、光度関数を積分して得られる紫外光光度密度から宇宙の星形成率密度を求めた。さらに、観測された星形成率密度と標準的な宇宙の構造形成理論であるコールドダークマターモデルを基に、ダークハロー内の単位バリオン質量当たりの宇宙の星形成率(スピーシフィック星形成率)を計算した。これらの結果と先行の研究結果を合わせて、以下の結論を得た。 1.光度関数はz~4からz~3ではすべての等級範囲で顕著な変化は見られない一方、z~4よりも高赤方偏移において明らかな進化が見られた(図1)。さらに、0〓z〓6での光度関数の進化は銀河の特徴的な明るさ(M*)の変化で説明できることが分かった。M*はz〓4において時間とともに急激に明るくなり、z~4からz~3では変化せず、その後現在までに次第に暗くなっている。 2。光度関数を非常に暗いところまで求めたことでz~4とz~5での宇宙の星形成率密度の測定精度は大幅に改善された。これにより、宇宙の星形成率密度の進化がより強く制限された。宇宙の星形成率密度はz~3からz~4においては減少はなく、z~4からz~5においても減少はもしあったとしても5倍程度以内である。 3.宇宙の星形成率密度の進化の様子は、それを担う銀河の明るさごとで大きく違っていることが示された(図2)。明るい銀河からの寄与ほど時間とともにより急激に変化し、また暗い銀河からの寄与ほどピークは早い時期にあったことが分かった。明るい銀河からの寄与は、z~3-4までに急速に増え、その後現在までに減少してきている。 4.ダークハロー内の単位バリオン質量当たりの宇宙の星形成率は、z~4までは赤方偏移とともに(1+z)3に比例して大きくなることが分かった。z〓4では減少の様子が見られた。 本研究で明らかになった宇宙の星形成率密度の進化の明るさ依存性は光度関数の進化の様子を反映しており、宇宙全体の星形成率に寄与している銀河のポピュレーションは時間とともに変化し、初期ほど暗い銀河が優勢であったことを示唆している。宇宙の星形成率の進化の様子から、星形成の効率はz~4まではダークハロー内の冷却効率に比例して過去ほど高かったことが示唆される。 次に、z~3-5のLBGsのクラスタリングを定量的に表す二体相関関数を測定し、コールドダークマターモデルを基に、それらが属するダークハローの質量を見積もった。多波長データを活用して、クラスタリング強度の静止系紫外光光度(星形成率の指標となる)と静止系可視光度(星質量の指標となる)への依存性を調べ、以下の結論を得た。 5.すべての赤方偏移で、クラスタリング強度には紫外光光度だけでなく可視光光度にも強い依存性が見られ、明るい銀河ほどより強くクラスタリングしていることが分かった(図3)。z~3LBGサンプルではK(静止系可視光)等級と(z'-K)カラーに相関があったが、クラスタリング強度には(z'-K)カラーへの依存性も見られた。 6,z~3でのクラスタリング強度については、紫外光光度と可視光光度の組合せへの興味深い依存性が示された(図4)。可視光光度が明るい銀河は紫外光光度に依らずクラスタリング強度は大きい一方、可視光光度が暗い銀河は紫外光光度が暗くなるにつれてクラスタリング強度は小さくなることが分かった。 クラスタリング強度の上記の依存性は、星形成率が高い銀河ほど、また星質量が大きい銀河ほどより大きなダークハローに属していることを示唆している。さらにそれだけでなく、ダークハローの質量は星形成率と星質量の組合せに、つまり銀河の星形成活動史に依存していると考えられる。すでに多くの星質量を蓄積した銀河にはその時点での星形成率には様々なものがあるが、それらは常に大きなダークハローに属している。しかし一方、星質量の小さい銀河は、星形成率の小さいものだけが小さなダークハローに属している。換言すれば、大きなハローの中には星質量の大きいものから小さいものまでどのような星質量の銀河も存在できるが、小さなハローの中には星質量の小さい銀河しか存在しない。このことは、ダークハローの質量がその中に存在する銀河の星質量の最大値を決めていることを示唆している。また、大きなハローの中の銀河には星質量に関わらず様々な星形成率のものがあるが、小さなハローの中の銀河はどれも星質量は小さく星形成率も小さい。ダークハローの質量は、それまでの星形成だけでなくその時点での星形成活動をも制御していることを示唆している。 図1:静止系紫外光光度関数の進化。緑、赤のデータがそれぞれこの研究によるz~4とz~5の光度関数である。黒破線、黒点線、青、水色は、それぞれ文献によるz~0、1、3、6の光度関数である。 図2:宇宙の星形成率密度の進化。色の違いは銀河の明るさの違いを意味する。青、緑、ピンク、赤、黒の順に暗い銀河が担う星形成率密度から明るい銀河が担う星形成率密度を表す。 図3:z~3における角度二体相関関数。可視光光度で分けた3つのサンプルについてのもので、赤、緑、青の順に明るいものから暗いものを表す。 図4:z~3における角度二体相関関数。紫外光光度と可視光光度の組合せによって分けた4つのサンプルについてのもので、各色は次のようになっている。赤は紫外光光度と可視光光度ともに明るいもの、緑は紫外光光度が暗く可視光光度は明るいもの、水色は紫外光光度は明るく可視光光度が暗いもの、青は紫外光光度と可視光光度ともに暗いもの。 | |
審査要旨 | 本論文は、すばる望遠鏡の観測データを中心に、多波長での宇宙深探査の撮像データの精密な解析を行い、赤方偏移(以下z)3,4,5のラインマンブレーク銀河(以下LBG)を抽出して、星形成率を示す静止系紫外光と銀河の質量を表す静止系可視光のデータに基づいて、銀河進化の解明を行った研究である。本研究は、従来の研究と比較し、一等程度深くかっ数倍以上広い天域に渡って行われたもので、z~3,4,5の大量のLBGのサンプルに基づく光度関数およびクラスタリングの解析から、この時代における星生成史に多くの新しい知見を与える重要な結果を導いている。 本論文は9章と3つの補足からなる。第一章では本研究の目的とこれまでの研究が簡潔にまとめられている。第二章では、本研究で用いられるデータおよびデータ解析がまとめられている。第三章では、zがそれぞれ3,4,5のLBGを観測データから抽出する方法およびその結果が記述されている。z~4,5のLBGとしてはこれまでの中でもっとも暗い銀河までのサンプルになっており、z~4で約3800個(B-drop)、z~5でも600個弱(V-drop)のこれまでで最大のLBGのサンプルが得られている。第四章では、第三章で抽出されたサンプルの完全性およびLBG以外の天体の寄与を、モンテカルロ法を用いて見積もっている。他の天体の寄与は、Vdropのサンプルで20%、それ以外では5%以下であり、以下の解析に影響しないことが確認される。第五章では、第三章の結果を用い、z~3,4,5のLBGの静止系紫外光光度関数をこれまでにない暗い銀河まで導き、広い等級範囲に渡りSchechter関数によるフィットを行った。第六章は、本研究の中核をなす最初の章で、第五章の結果に過去のデータも交えて、z~3,4,5の光度関数および星生成活動の進化を議論している。この結果、(1)光度関数にはz~3から4ではすべての等級範囲で顕著な変化がなく、一方、z~4よりも高赤方偏移で明らかな進化が見られる。その進化は、光度関数の形は変えず、特徴的な明るさM*がz>4において時間とともに急激に明るくなることを明確に示した。(2)さらに暗い銀河までの光度関数を用いて、宇宙の星形成率密度を精密に求め、z~3から4では減少はなく、z~4から5にかけての減少も5倍程度以内であることを高い精度で示した。(3)また、宇宙の星形成率密度は銀河の明るさごとに大きく異なり、明るい銀河からの寄与ほど時間とともに急減に変化し、暗い銀河からの寄与ほどピークが早い時期にあったことを示した。(4)ダークハロー内の単位バリオン質量密度あたりの星形成率密度はz~4までは赤方偏移とともに(1+z)3に比例して大きくなり、z>4では(1+z)3よりは少ない増加の様子が見られることを導いた。この依存性はガスの冷却率と一致し、星形成率は冷却率が支配していることを示唆する初めての観測的証拠を得た。第七章は、得られたLBGのサンプルについて二体相関関数を測定し、従来の研究との比較を行っている。第八章は、本研究の中核をなすもう一つの章で、ここでは、第七章で得られた二体相関関数を用い、クラスタリングの解析を静止系紫外光と静止系可視光について行っている。この結果、(5)クラスタリング強度は紫外光光度および可視光光度に対して強い依存性があり、明るい銀河ほど強くクラスタリングしていることを示した。またz~3のサンプルについては、静止系の可視光カラーとも相関があることが示された。(6)さらに可視光光度が大きい銀河は紫外光光度によらずにクラスタリング強度が強いこと、可視光光度が小さい銀河は紫外光光度が小さくになるにつれて、クラスタリング強度が弱くなることを導いた。 以上の結果は、宇宙の星形成率に寄与している銀河の明るさは時間とともに変化し、過去ほど暗い銀河が優勢であったこと、星形成効率はz~0からz~4までダークハロー内の冷却率に比例し、過去ほど高かったこと、星形成率が高い銀河ほど、また星質量が大きい銀河ほどより大きなダークハローに属し、ダークハローの質量がその中に存在する銀河の星形成率と星質量の最大値を決めていると考えられることを示唆したもので、宇宙の星形成史の理解に大きなインパクトを与えるものである。本論文は、従来に比べて広範囲かつ深い膨大な多波長撮像データに基づく精密かつ深い洞察に基づく研究であり、宇宙の星形成史に重要な知見を与えるものである。なお、本論文は、岡村定矩氏、嶋作一大氏、大内正己氏、柏川伸成氏、関口和寛氏、古沢久徳氏等との共同研究であるが、論文提出者が主体的に行ったものであり、その寄与が十分であると判断する。よって、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。 | |
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